死にたい気持ちを優先するのがエゴなのか、生きてくれと頼む人の気持ちがエゴなのか | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「安楽死」について。

皆さんは、わがままですか?

誰かに忖度しがちですか?

 

【エゴ】

 

エゴというのは、"自我"や"認識"という意味を含め色々あります。

そのなかには、 自分本位の考え方・態度や、

利己的な考えや態度などがあります。

 

話は変わります。

両親と2人の姉をもつ女性。

末っ子として家族から溺愛されて育ちました。

しかし、6歳の時にCIDPという難病に診断されました。

幼くして壮絶な闘病生活が始まることになります。

 

両親に「悲しい顔をさせてはいけない」との思いから、

どんなに痛みが伴う治療や検査でも涙を流さずに耐えたそうです。

20年にもわたって、その生活は続きます。

 

この難病は、すぐに死に至る病ではありませんが、

症状は徐々に進み、四肢に痛みが広がります。

治ることはないと、主治医からは宣告されたそうです。

 

やがて、彼女には「安楽死」というものが頭に過るようになります。

その言葉を口にするようになり、それは現実として実現していくのでした。

 

勿論、どんな高額な治療でも娘のために応援してきた父親。

リハビリを笑顔を絶やすことなくサポートしてきた母親。

仲の良い家族からすれば、喜べることではありません。

 

スイスでは、安楽死が認められ、

医師の元、安楽死をすることができます。

 

彼女は、父親の付き添いによってスイスに渡り、

安楽死の当日を迎えます。

 

致死薬を口に含み始めたとき、

父親の姿を見て、安楽死に迷いが生まれ、

医師は安楽死をストップしました。

 

彼女の激痛と闘病は、今も続いているそうです。

皆さんは何を感じましたか?

 

彼女が感じる毎日の激痛は、彼女にしかわかりません。

だから"死ぬ権利"は彼女にあるという見方もあるでしょう。

 

もしくは客観的に事象を感じて、

「個人の自由を尊重すべき。」

という自由至上主義のような現代的な意見もあるでしょう。

 

死というものは、そこに至るまでは本人のもののような気がしますが、

世を去った後は、残された者のものとなります。

 

更には、家族ではなく、

これが友人や知り合いのような第三者であれば?

 

本人の辛さや痛みが本当の意味では分からないにしても、

他者が責任を取れなくても、

本人が最終的に決断するとしても、

 

「仕方がないね。」

 

という言葉が出てこない世の中であって欲しいなと、

個人的には思います。

どういう何がエゴなんでしょうね?虹
 

 

 

いつも有難うございます。

苦しいときはアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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