見るとか見られているとか人間は色々な観点を持った | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「見る」について。

皆さんは、視線を感じやすいですか?

視線に鈍感なほうですか?

 

人間は、「見る」ということをとてもします。

 

誰かの顔と名前を憶えたり、

表情から感情を読み取ったり、

見られて承認欲求を満たしたり、

憎しみを込めて見たり、

景色を見て感動したり。

最近では、スマホをとても一日中見てますよね。

「見る」ということは、様々なジャンルに活用されています。

 

◆「あなたは常に見られている」

これは何でしょう?

そうですね。宗教です。

神は全てを見て知っていて、それによって死後が決まるという概念ですね。

 

◆「誰かに見られていなくとも」

これは何でしょう?

そうですね。道徳です。

見られている、見られていないに関わらない良き行いの定義ですよね。

 

◆「どう世界を見ているか」
これは何でしょう?
そうですね。哲学です。
〇〇とは!?という否定できない理を通してものごとを見ます。

◆「見えているものが何か」
これは何でしょう?
そうですね。科学です。
仮説を立て、実験を繰り返し何かを立証します。

◆「見えるようにする」
これは何でしょう?
そうですね。数学です。
現代では、人間の評価を数字化していますね。

◆「見ることが出来たなら」
これは何でしょう?
そうですね。文学です。
様々な表現方法によって、読者に委ねています。

◆「見られて興奮する」
これは何でしょう?
そうですね。性癖のひとつです。

日常生活に支障を来した場合は露出症となります。

 

最後のは冗談ですがw

人間は、「見る」ということひとつを

様々に深めています。

正しく「見る」ことを極めたなら、

世界の見え方は、大きく変わるでしょう。

 

…と、いうことは、

学ぶということで、私たちには「可能性」が、

多く残されているということです。虹



いつも有難うございます。

世の中にうんざりなときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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