あの出来事は仕方がなかったと感じる危険性 | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「経験」について。

皆さんは、過去に痛烈に嫌だと感じることありますか?

それとも特にありませんか?

 

ものごとを俯瞰して(客観的)に見たとき、

今が自分なりに充実しているならば、

過去にあった、よしなしごとに納得がいきます。

 

嫌なことがあったからこそ考えたこと。

辛いことがあったからこそ出会った人。

悩んで進路変更したからこそある今。

 

しかし、インパクトの強いことの場合、

その痛烈な経験からの記憶で、

ものの見方が歪んでしまうこともあります。

 

いじめられたことで、他者を信じられなくなってしまう。

父母のケンカが激しくて、感情的なことが苦手になってしまう。

酷く侮辱されたことで、自分を卑下するようになってしまう。

 

これは、感情が過剰に恐怖心を植え込んだことによる、

考え方の歪みと言えるでしょう。

 

ところが、逆の場合もあるのです。

 

 

その相手を憎みたくない、道徳的に抵抗がある、

そうだと記憶をすり替えたほうが楽、

だから感じないようにしてしまうことがあります。

 

特に成人するまでというのは、無力なことが多いので、

その環境に身を置き続けざるを得ないです。

 

そういう自分を許すかのように、

思い込んでしまうこともまた、危険なのです。。

 

親に虐待を受けて嫌だった自分が言うこと聞かなかったから

身近な大人に性的虐待を受けていたあの人は未熟だから

おやに甘えられず寂しかった感情を切り離して強くなった

 

悲しかった、恐かった、不安だった、嫌だった、

それはとても自然な感情です。

 

自然な感情に蓋をしてしまうと、

されたことと同じことを他者や身近な人にしてしまうことがありますし、

不安定なとき、そのころの感情が噴き出したりします。

たとえ仕方がなくとも、嫌なものは嫌なはず。

過剰になり過ぎても、不自然に蓋をしても、

今の自分への影響を感じるときは、向き合ってみましょう。虹



いつも有難うございます。

向き合いたいときはアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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