どうにもならない人が身近にいて疲れてしまうときできること | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「人生の境界線」について。

皆さんは、誰かと一緒にいることで、

エネルギーを消費してしまうようなことがありますか?

 

私たち人間の脳には、ミラーニューロンどいう細胞があり、

他者の感情や痛みを理解し、

自分のことのように感じる能力があります。

 

卑屈な気持ちになっていなければ、

幸せそうな人を見れば、幸せそうな気持になりますし、

辛そうな人を見れば、辛い気持ちになります。

 

集団の動物である人間にとって、"共感"は大事な能力です。

 

しかし、珍しくない話として、

身近な友人や、家族がネガティブなどん底にして、

しかも身近故に、自分のアドバイスを全く聞かないということはあると思います。

すると、繰り返し感じてしまうのは…。

「なんで変わらないの!?」

「私はどうしたらいいの!?」

といった憤りや無力感ではないでしょうか。


どうにかしてあげたいのに、

どうにもならない状況が続くことで、

お互いが疲弊してしまうのです。

アドラー心理学ではこういった考えです。

 

悩んだ人やうまくいってない人喉が渇いた人

身近で何とかしてあげたい人案内する人

 

"喉が渇いた人"に対して、"案内する人"ができることは、

唯一、水辺に案内することだけです。

水を飲むかどうかまでは、できないことであり、やらなくてよいことなのです。

 

それを水を飲まそうとして、

「飲んでよ!」

「やだ!」

という問答をすると、疲れてしまいます。

 

じゃあ「やだ!」となったときには、できることがないのか?

 

ひとつあります。

結末まで見守ることです。

限界がくれば、水を何とかして飲もうとするからです。

 

自分ができること、相手に委ねること。

境界線を曖昧にして、それをごちゃ混ぜにすると、

互いに疲弊し、おかしなことになってしまうのです。虹



いつも有難うございます。

ごちゃ混ぜで疲れた人はアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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