きついと思われるから。
先日の記事に登場のMさん。
ほら、えっちゃん伝説の箸休め。
千歳市在住のセラピスト。
「保護観察官」のMさんね。
自由奔放な次男さん。
いつも振り回されて、疲れ気味。
なぜ、次男さんだけ?
コントロールできる。
コントロールしなければ。
例え、親子と言えど。
他人は、コントロールできません。
コントロールできたように思えることはあっても。
それ、思い込みです。
親だから?
では、なぜ、長男さんや長女さんには感じないの?
それは、次男さんが自由奔放だから。
思ったこと、そのまんま。
後先考えず、カラダが動く。
Mさんは、見てられない。
けど、コントロールに気づかれたMさん。
> Mさん、今日次男さんが宿題している姿を
> 大らかに見ていられたそうです!
> やりもせず「無理ー!」とか言ってる次男さんに
> 「いやー!天才だわ!」といい続けたところ、
> いつもより早く宿題も終わり、
> 次男さんはルンルンだったとのことです。笑
> 次男への対応が明らかに変わったことで
> 自分自身が穏やかです。
> あ、コントロールしたいと思ってる…と
> 気づけた時には言葉を変えることができます。
> すごいなぁ。
気づいて、すぐに実践できるMさん。
すごいなぁ。
けど、Mさん、さらに気づきが。
なぜ、自由奔放な次男さんだけに?
「ムダが許せないんです。」
ムダ?
「思ったら、すぐに行動するんですが。」
ですが?
「効率がめちゃくちゃ悪いんです。」
たしかに。
直観派は、ロジカルに効率なんて考えないよね。
「あとで、それとこれ。」
「一緒にこなせば、時間が節約できるのに。」
「ムダに気づくと、つい指摘しちゃうんです。」
ほー、誰に対しても?
「昔は、そうだったんですが。」
ですが?
「いまは、身内だけです。」
なるほど。
「きつい」って言われたの?
「はい、まさしく。」
言われるかもね~。
Mさんは、責めるつもりはないのに。
ただ、事実として気づいたことを。
「はい、ほんとにそのとおりです。」
けど、相手は責められていると。
「黙っておくのも優しさだよって。」
Mさんに優しさが足りないみたいだね。
「それ以後、身内以外には言わないように。」
なるよね。
で、いまも指摘し続けるお身内さんは?
「やはり『きつい』と。」
ご家族揃って言われるのね。
玉置浩二もびっくりの「キツイ奴ら」。
そっかあ~。
そう言われると、自分でも思っちゃうよね。
「私って、きついんじゃないか」って。
「ええ、思ってます。」
けどね。
Mさん、言っちゃったらいいよ。
お身内以外にも。
「えっ?」
私は、言う側だったの。
「それ、手厳しいね」って。
だから、ご家族の気持ちもわかります。
Mさんに指摘されたことね。
本人も「そうだ」と思ってるの。
だから、刺さるの。
イタイとこ、突かれてるから。
的外れだったら、スルー。
「は?」ってかんじ。
「けど、言い方があるだろうって。」
Mさん、「正す」前提で言ってない?
「えっ?」
あなた、それ、ムダだから。
ちゃんと直しなさいよって。
「うーん、どうでしょう?」
「そこまできつく言ってる自覚はないんですが。」
じゃあ、指摘したムダをね。
そのまんまにされたら?
「あっ、カチッときます。」
「言ったでしょって。」
ほら。
あなたは間違ってるから、正しなさい。
じゃない?
「ああ、ホントですね。」
ホントに気づいた事実だけを伝えるのなら。
伝えるだけで、完結。
本人がどうするかは、相手次第。
ゆだねられます。
けど、「ムダ」だと思った時点でね。
相手は間違えてる。
私が正しいに。
その前提で話されると。
誰だって、反発しちゃうよね。
いくら言い方を考えてもね。
言葉は、アプリ。
意識が、OS。
トガッた気が放たれるとね。
感覚レベルでキャッチされます。
「それ、こうしたら、〇〇できるんじゃない?」
Mさんとしては、相手のために言ってるんだけど。
指摘が歓ばれるのは、
本人が気づいてない時だけ。
「わかってるよ。」
「いちいち、うるさいな。」
と言われるのが、オチ。
「・・・言われてます。」
だよね~。
「じゃあ、どうすれば?」
大阪人はね。
ツッコミとして、ネタにしちゃうの。
「ネタですか?」
笑いって、ギャップなのね。
本来なら、〇〇だけど、この人は□□なんだね。
この〇〇と□□の差。
大げさに強調して笑いに。
「大げさに?」
ギャップが大きいほど、エネルギーも大きく。
ウケがいいの。
ほら、高い所から落下させたほうが、
衝撃も大きくなるでしょ。
笑いもエネルギー。
物理法則と同じ。
ツッコミのゴールは、笑い。
笑いとは、最大の肯定表現。
文章にすると、きつく感じても。
「ともに笑おう」という感覚から発するとね。
相手も笑うしかない。
言葉ではなく、気に共振。
相手と一緒に。
心地よいビジョンを描いてるの。
ってことで。
些細なムダも。
ロッテンマイヤー級に大げさに。
えっちゃん伝説を参考にしてね。
ほら、Mさん。
思い出して。
私、助手席で、スマホにメモってたでしょ?
えっちゃんのネタ帳。
あれ、Mさんと同じだよ。
ムダに気づいている点では。
笑いに転換する前提で、メモってるの。
ムダの対極を意識してね。
どうすれば、ギャップが大きくなるかって。
そうそう、長沼へのバイパスで。
えっちゃんが言ってたでしょ?
「ここから旭川の山って、見えるのかしら?」
見えるわけないよね。
そもそも、そんなこと、訊いてどうするのって。
ムダでしかない。
大阪人は、そこでツッコむ。
「いや、見えないだろ。」
これで、ボケた発言が、「ボケ」に。
ツッコまれることでね。
「お笑い」として昇華されます。
「けど、大阪人の鋭いツッコミは・・・。」
「私のペースでは、ムリかもしれません。」
ゆったりなら、ゆったりなりの「間」があるの。
Mさんも言ってたよね。
「ちょっと遠いかもしれませんね。」
これ、ちゃんとツッコミとして成立します。
ともに笑うという前提でね。
「う~ん、ちょっと遠いかもしれませんねー。」
ニヤニヤしながら。
大げさに。
「ああ、なりそうですね。」
お試しあれ。
えっちゃんの千本ノックで。
「つまり、ツッコミにすれば。」
「ムダを指摘してもいいと?」
ああ、それはそれで楽しめるけどね。
ごめんなさい。
大阪人として、力説しちゃった。
お笑い路線以外の選択肢。
「そんな自分に気づく」
というのも。
それをムダと感じてね。
ひと言、言ってやりたくなる自分に。
(ああ、またやってるやってる。)
(ひと言言いたくなってるわ、私。)
(相変わらず、忙しい人だわ、私って。)
苦笑いしちゃうから。
笑えた時点でね。
口に出しても、きつくないから。
ムダに気づくのは、Mさんの才能。
意識してるわけじゃないでしょ?
「ええ、反射的に気づいちゃいます。」
何の努力もせず、自然体でそうなる。
それ、才能だから。
才能とは、自ずとわきあがるエネルギー。
抑えられると、気詰まり。
誰だって不機嫌に。
ってことで、Mさん。
お笑いでも。
自己観察でも。
その才能、活かしちゃいましょう。
Mさん自身の手で。
さて、あなたの才能は?
今日は、ここまで。
また、明日。