Ψ(さい)のつづり -66ページ目

Ψ(さい)のつづり

地球さんを愛する作詞家(SAKU4KA)です
しあわせを引き寄せる「し」をみなさんにお届けします

最後の炎を燃やして

 

夏が

 

秋に

 

主役の座を

 

譲る

 

たくさんいた蚊は

 

まだまだいるけれど

 

たくさんいた

 

蜂は少しずつ

 

活動を減らして

 

引退の準備をしている

 

季節のサイクルを

 

何度も

 

何度も

 

体験できる

 

人間は

 

なんて

 

幸せな

 

種族なんだろう

 

こうやって

 

巡る季節を

 

もっともっと長い間

 

廻ている

 

木々は

 

どっしりと

 

落ち着いていて

 

気候の変動に

 

一喜一憂したりしない

 

太陽は

 

休むことなく

 

世を照らし

 

夜には

 

月が日々

 

形を変えて

 

楽しませてくれるし

 

金星や木星のような惑星や

 

もっと遠くの

 

恒星の星々が

 

きちんと

 

姿をみせてくれるのだから

 

なんの心配もなければ

 

孤独もない

 

せっかく

 

動き回ることができる

 

足が与えられているのに

 

それがために

 

じっとできないのなら

 

それがために

 

思考が定まらないのなら

 

それは

 

葦ではなく

 

ただの

 

浮草

 

 

 

 

 

 

森を歩いていたら

 

思いっきり

 

顔丸ごと

 

蜘蛛の巣に

 

ひっかかった

 

あわてて

 

後ずさったから

 

頑丈な

 

巣は

 

あんまり

 

壊れなかったみたいだけど

 

蜘蛛ごと

 

巣を頭に

 

乗せちゃうところだった

 

ごめんごめん

 

ちゃんと前をみないとね

 

あなたたちは

 

最先端の糸と

 

編み方で

 

ぼんやりしている

 

虫がひっかかるように

 

つくっているんだから

 

そりゃあ

 

巨大な

 

顔がひっかかったら

 

驚くでしょうよ

 

ごめんごめん

 

そのあと

 

森を抜けて

 

人の世界に戻って

 

しばらくたったあと

 

頭にこつんと

 

何かが当たったような

 

衝撃があった

 

あれ

 

やっぱり蜘蛛をつれてきちゃったのかな

 

と思ったけれど

 

蜘蛛はやっぱりいなかった

 

不思議な衝撃は

 

その後も

 

何回かあって

 

それはきっと

 

ぼんやり

 

ぼやぼやは

 

厳禁

 

っていう

 

理解で

 

よろしいでしょうか

 

蜘蛛さん

 

 

10年ひと昔

 

というけれど

 

かつて知っていた場所へ

 

行くと

 

ことごとく

 

以前より

 

栄えていたり

 

美しくなっていたり

 

異臭を放つどぶ川だった水が

 

きれいになっていたりする

 

この國は

 

戦後に復興して

 

発展して

 

バブルがはじけたときに

 

おわったかにみえたけれど

 

それからも

 

たゆまず

 

休まず

 

そこからが

 

踏ん張りどころとばかりに

 

着々と進化

 

してきたことを知る

 

かつてのおもかげも

 

残しつつ

 

成長していくエネルギーは

 

どこからくるんだろう

 

世界を少しでも

 

良くしたいと願う

 

ひとりひとりの

 

想いが集まり

 

目に見える形を

 

成したのだろうか

 

 

地下鉄が

 

地上に出たり

 

もぐったりしてから

 

本格的に

 

地上に出ると

 

ゆうえんちが

 

あって

 

そこでは

 

所狭しと

 

ジェットコースターや

 

小さな観覧車が

 

ひしめき合い

 

まばゆい

 

非日常を

 

醸し出していた

 

こんなところ

 

と

 

冷ややかな一瞥をくれて

 

次の駅まで

 

進むと

 

わたしの

 

にくき

 

学校があった

 

もう昭和じゃなかったけれど

 

学校は嫌でも

 

行かなきゃいけないし

 

辞めちゃいけないものだった

 

何度も

 

辞めようとしたけれど

 

許されなかった

 

それは

 

わたし以外のだれかの

 

自慢の種だったから

 

人が

 

どんなに憧れる学校でも

 

自分が好きじゃなきゃ

 

意味がない

 

消え入りそうな自分で

 

もがき続けた

 

わたしに

 

久しぶりに

 

会いにいった

 

あのころ

 

あおのころの

 

苦しさや

 

憤りに

 

耐えてよかったんだよ

 

なんて

 

言うつもりはない

 

けれど

 

すべてが余すところなく

 

いまの

 

わたしを構成している

 

それは

 

すべてが

 

わたしの

 

愛してやまない

 

一部分になっているってこと

 

そういう風に

 

いまは

 

なったってこと

 

それから

 

ゆうえんちが

 

いまも変わらない光を

 

放っていることに

 

ほっとしたような

 

懐かしいような

 

気もちになれたってこと

 

それはいま

 

はっきりと

 

言えるんだ

 

そういう時が

 

いまあるのは

 

あのころが

 

あったからなんだよ

 

気休めにきこえるかもしれないけれど

 

ありがとう

 

本当に

 

ありがとう

 

愛しているよ

 

ずっとずっと

 

 

 

 

からすがなくから

 

起きましょう

 

からすは

 

なんとなく

 

お寝坊さんな

 

イメージだけど

 

朝も

 

きちんと

 

早起きです

 

かーかーと

 

からすが

 

呼ぶから

 

外をみたら

 

電柱のてっぺんで

 

待っていた

 

起きたか

 

起きた

 

お待たせしました

 

意外と早かったね

 

今日も

 

一日

 

よろしくね