Ψ(さい)のつづり -48ページ目
ワムジーおじさん
ねとねとね
ききくる
せかいに
かみしばい
よんできかせる
ものがたり
いきぬくちえが
つまってる
ねとねとね
せむしおとこに
はいかぶり
せかいを
ひっくりかえす
だいどんでんがえし
みために
だまされちゃ
いけません
ただし
なまけちゃいけません
やることちゃんと
やりながら
ばらんすばらんす
ばらんすぼーる
ちょっぴり
むごいことだって
さらっと
かいてある
おとぎばなし
むかしむかしあるところに
それは
あんぜんちたいからながめる
とおいところのようでいて
いまのわたしたちには
むかんけいなようでいて
ほんとうは
ほんとうは
ぜんぜん
むかんけいじゃない
むかしはいま
いまはむかし
ちいさなときから
ちいさいからこそ
しっかり
いんすとーる
できるよう
ごせんぞさまが
かんがえているよ
うけとるこどもは
うけとれるよう
ねとねとね

作曲家の
息吹が
あなたの
指揮をとおして
蘇る
過去との
境界線が
なくなり
数百年の
時を隔てていた
扉が開く
あなたの振る
タクトの
パッションに
演奏家の歓びが
重なり
一糸乱れぬ
緊張感と
躍動感から
湧き上がる
エネルギーは
ホールの聴衆を
熱狂の渦に巻き込む
そして
そこから
世界へ
広がっていき
美しく
高い波動で
包み込む
世界中の
あらゆる存在に
希望を与える
その姿を
その演奏を
いまでも
映像で
みられることが
奇跡です
立ち上がって
鳴りやまぬ拍手喝采に
わたしも
加わっています
ありがとう
カラヤン

地を駆ける
十字を描いて
飛ばない鳥だから
そりゃあ
危険なことも
あるけれど
飛ばない道を
選んだんだから
走って逃げるのさ
追いかけるのさ
生きた食べ物は
地面にいるし
おうちも
地面の近く
意外と
やっていける
ものなのさ
人間だって
自転車や電車
車や飛行機がなかったら
地面を
歩いたり走ったりするだけだろう
だから
おんなじ
鳥だから飛ぶとか
人間だから賢いとか
そんな
ステレオタイプはもう
いらないよ
ぼくらの祖先は恐竜なんだから
人間がぼやぼやしていたら
ぼくたちが
天下を
取っちゃうかもよ

春が来て
夏がちょっと早めにやって来て
秋が駆け足で過ぎて行って
冬が来て
また春が来る
梅がかおって
木蓮が開き
桜が咲いて
つつじがあちらにも
こちらにも
強くなってきた陽射しを
くっきりと
色で感じさせてくれる
ひとつひとつのことが
歓びとなり
心に押し寄せてきて
油断していると
すぐに涙目になる
つばめもおかえり
巣の具合はどう
夜明けがはやくなって
空のあおが
別のトーンになり
雲の形がかわってきて
それはそれで
また美しい
季節はめぐりめぐるけれど
同じなようでいて
全然違う
子どものころに
見上げた空は
もうないけれど
年々
輝きを増して
美しさに磨きがかかる
そして
毎年
新しい
エッセンスを
世界に
振りかけて
わたしたちのことも
少しずつ
変えてくれているんだね
ありがとう
世界は
どんどん
良くなっていて
わたしも
追いかけていくよ

あのころの
わたしとせんせいが写った
写真をみつけたよ
あのころの
わたしの世界で
いちばん
かしこいのは
せんせいだったし
わたしは
全身全霊で
せんせいに
憧れていたから
せんせいが
よい大人でよかった
だってせんせいが
すべてだったから
せんせいが
わるい大人だったら
簡単に
ついていっただろうから
わたしは
結局
憧れのせんせいの
道には進まなかったけれど
そして
たくさんの寄り道と
行き当たりばったりを
くりかえしてきたのだけれど
それら
すべてには
意味があったんだと
いまは
おもえるようになったの
だから
いまのわたしが
一番好きだよ
せんせいがいま
どこにいるかわからないし
もう
会うことは
ないだろうけれど
きっと
ようやってるぞ
えらいな
って
笑ってくれるんじゃないかな
わたしも
自分で
なんだかんだ
えらいやんって
おもうけど
ときどき
せんせいみたいな人に
ようやってるって
ほめてもらいたいから
まだまだ
かもね


