Ψ(さい)のつづり~しあわせを引き寄せる「し」~ -25ページ目
幼稚園まで
歩いた道
小学校にあがって
少し遠くまで
通った道
驚くほど
変わっていない
坂の表情や
ところどころにある
階段
道幅が狭かったり
記憶より曲がっていたり
公園も小さかったり
はあるけれど
驚くほど
そのままだった
古い家は
当時のまま
時を刻み続けている
そこに行って
何を
するのかなと
言われるから
一人で
時を遡る
わたしは
こんなにも
繊細に
世界を感じていた
だからこそ
いまでもそのままの記憶で
地図がなくても
この場所をたどることができる
景色をからだが覚えているから
ラジオ体操の公園の
隣の家もそのままで
再会に
涙が出そうになったけれど
こうやって
残っている家もたくさんある中
わたしの家はもうない
知ってはいたけれど
いま
目の当たりにする
わたしの家の車庫だった基礎は
そのまま生かされているようだけれど
それ以外の名残は一切ない
梅の木も
ネズミモチも
何もかも
家の跡地に3軒の家が
窮屈に建ったように見える
裏の景色は変わってしまっていたから
もしかしたら違うけれど
横にある階段はそのままだから
きっと
そうなのだろう
とにかく
当時いた
わたしにさえ
にわかには
わからない変わりようだった
いまだにある
友だちの家や
近所の家
わたしの家も
本当はまだ
使えるはずだったのに
ここだけが
わたしの記憶と
写真の中だけにしかいない
その怒りと悲しみが
どうしようもなく
からだを
突き抜けていった
でも
ここに戻るまでに
本当に
本当に
長い道のりだったから
甘いだけじゃないのはわかっていたけれど
帰ってきたんだよ
ありがとう
ありがとう
ありがとう
美化しないで
そのまま
記憶しておくね

源氏物語を
読みながら
普段乗らない電車に揺られていると
すごく遠いところまで
きた氣がする
やっぱり家が
いちばんなら
出かけなければ
いいじゃない
と
思っていた
かつては
でも
出かけてこそ
あらためて
いつもの居場所の良さが
実感できるのだと
いまはわかる
別の空氣や
おいしいものを
味わって
でも
そろそろ家に
帰りどきだなというのも
からすが鳴いても
鳴かなくても
わかる
帰ったら
帰ったで
休んだ分よりも
動いている
氣にもなるけれど
それもまた
一興
どんなに好きなところに
いたって
別の場所も必要なんだ
光源氏のように

虫を無視
したいけれど
どうして
排除したくなるんだろう
だいたいの
虫は無視できるし
ちょっと
そちらへ行っていてね
くらいの
あしらいで
済むけれど
どうしても
完全に
徹底的に
いなくなってもらわないと
困る
断固
許すまじ
と
なってしまう
虫もいる
この世界には
もちろん
虫だけでなく
いろんな
存在がいて
みんなに共通しているのは
生きていること
当たり前に
生きたいし
生きるために
必死なこと
だからこそ
勝手な判断で
排除していいとは思わない
とはいえ
自分の家が
安心できない場に
なるのも困る
こういうのを
煩悩というのかな

大風吹いて
大雨降って
本当に
濡羽色の
カラス
なんとか
嵐の中でも
連絡を取り合う
あらためて
カラスは美しいと
雨のかからない場所にいて
勝手な人間は思うけれど
カラス自身は
それどころではなく
じっと
お家で
休んでいるわけには
いかない模様
今日は猫も
濡れ猫
軒先で
しばし
雨宿り
ゆっくり
おやすみなさい

香りが
忘れていることを
運んできてくれて
ふわっと
蘇ったとき
わたしの中の
子どもが
泣いて
笑って
ジャンプする
ネズミモチの
白い可憐な花が
決して主張しない
ほのかな香りを漂わせ
湿度を増していく
この季節の
大氣と
絶妙なハーモニーを
奏でる
どんなに
小さな
子どもにも
ありとあらゆる
記憶が
刻まれていて
蘇るタイミングを
何年も
何十年も待っている
せっせと蜜を集めていた
蜂もネズミモチの香りがして
お花がおわってから
かわいい緑の実をつけて
そのなかには
白いスプーンが
入っていたことも


