Ψ(さい)のつづり -25ページ目
どうしてなんだろう
人前で
ピアノを弾こうとすると
手が震える
別に
上手に弾こうとか
思っているわけではないのに
そもそも
そんな技量はなく
趣味としても
まだまだなのに
だからこそ
大舞台で
たっぷりとした
情感で
弾くことができる人を見ると
それだけで
尊敬する
魂の
広がりを
指先から
繊細に解き放つとき
そこには
きらきらとした
金の粉や
熱い
火花が散る
演奏全体を
心から
楽しむことができれば
もう
それは
競争ではなく
ひとつひとつの
異なった
時の
芸術
評価は
あとからついてしまうけれど
ただ
ただ
ブラボー
惜しみない
拍手を

あんなに
かたい絆だと思ったのに
蜜月は
長くは続かないもんだ
頭のおかしな人が
大声で
うそをわめきたてても
そんなことは
意にも介さないだろう
と楽観的にとらえていたけれど
意外や意外
そうではなかった
まじめな人ほど
頭で考える
確かにあの人は
頭がおかしいようだけれど
自信をもって
大声でわめきたてているからには
相手にもどこか
非があるんじゃないか
何かの
理由がなければ
あそこまで
騒ぎ立てることも
さすがにないのでは
そういう
正論の
さざ波が
その人の心の中で
広がっていく
疑り深いしみは
どんどん広がり
膜となり
信頼していたけれど
今後は
なるべく
関わらないようにしよう
そして
関わらないといけないときは
疑ってかかることにしよう
いとも簡単に
大声を出す人に
自分のものの見方を
操られていく
以前なら
愛想よく挨拶してきた
あなたが
わたしから
あからさまに
目をそらしたのを
気が付かないとでも
思うのか

聖遺物とじっくりと向き合っていると
不意に涙があふれてくる
あなたはわたしを知っているのですか
わたしはあなたを知っているのですか
わたしは誰だったのかしら
思い出せないんです
棺の表情も
表面の彫刻も
何だか
語りかけているよう
表情が少しずつ
変化していくようで
目が離せない
この感覚は
物理や数学の
難問を解くのに似ていて
触れるようで
触れない
辿り着けるようで
辿り着けない
もどかしさが
わたしを
じりじりと
焦らす
でも
きっと
ヒントを
いただいた
必要なのは
癒しと
時間と
リラックス

光が少なくなり
夏の間にたっぷり与えられた
外からの光と熱を
たくわえておいた
自分の内で
育てながら
使っていく
どんなに暑くても
どんなに寒くても
大雨でも
日照りでも
季節は
巡り巡って
流れ流れて
エネルギーをうむ
リンパ液のように
ゆっくりでも
澱まないで
循環していけば
悪いものは
たまらない
いまの
立場に
安穏としていても
自分が澱みでなければ
良いけれど
いまの
立場は
いつまであるかわからないから
おのずから
そうなるまえに
みずから
すすんで
巡っていくのも
また
一興

世界に美しい橋を架ける
七色に輝く
言霊にのせて
そこかしこで
待っている
存在の
背中に乗せて運び
風とともに
世界中のハートに届ける
希望と
愛を
伝え
情熱と
創造性を
呼び醒ます
この世界で
生きるには
厳しさも
苦しみも
避けてはとおれない
何もなければ
怠けるのが
わたしたちだから
何かないと
成長しないのが
わたしたちだから
でも
こんなにも
美しい
世界に生きることができ
喜びも
楽しみも
限りなくあり
心を開けば
受取ることができる
自由意志が
与えられているから
すべては
自分次第
その背後の
深い深い愛に
感謝して
共鳴する


