大きくなったら
獣医さんに
なろうと思った
ドリトル先生のように
どうぶつと
お話をして
診られたら
どんなに
いいだろう
でも
その獣医さんになるためには
動物の解剖も
こなさなくては
いけない
獣医さんはひとりで
どうぶつの
全部の診療科を
うけもつわけだから
当然手術だって
こなさなくてはいけない
ということで
結局は
ならなかったし
なれなかったけれど
どうぶつは
わたしたちと
切っても切り離せない
存在だから
ドリトル先生みたいな
人が
どこかに
いてくれたら
こころ強いな
大きくなったら
獣医さんに
なろうと思った
ドリトル先生のように
どうぶつと
お話をして
診られたら
どんなに
いいだろう
でも
その獣医さんになるためには
動物の解剖も
こなさなくては
いけない
獣医さんはひとりで
どうぶつの
全部の診療科を
うけもつわけだから
当然手術だって
こなさなくてはいけない
ということで
結局は
ならなかったし
なれなかったけれど
どうぶつは
わたしたちと
切っても切り離せない
存在だから
ドリトル先生みたいな
人が
どこかに
いてくれたら
こころ強いな
軽やかなことと
軽くて薄っぺらいことは
もちろん
ちがうし
真剣なことと
深刻で重たいことも
もちろん
ちがう
ちがいをことばにすれば
いとも簡単に
区別がつくのに
自分のこととなると
いともたやすく
かんちがいがおこる
客観的にみているつもりで
俯瞰しているつもりで
ものすごく
自分勝手な
バイアスが
かかっていたりする
バランスを崩すたびに
軌道修正を
はかるけれど
まだまだ
自覚が足りていない
自分を卑下せず
誇りを持ちつつも
傲慢にならず
謙虚さを忘れないで
隠れている
弱さも全部
受け入れる
じかんわりがあった
学校のころ
毎日
いろんな
授業を受けていたのは
すごいことだったと
あらためて氣付く
5時間や6時間授業のように
現在の
自分の一日を
細かく
区切って
やることを
決めて
きちんと
実行できたら
いろんなことが
さくさく
進んで
自分のご機嫌もとれることだろう
車を運転するのをやめて
自分の足で
歩いてみる
地面から
等身大で
地球さんに
とんとんとんと
ごあいさつ
お花をもって
お墓も参る
歩いていると
地面から
かなへびが
こんにちは
みどりが日々
生き生きと
濃くなっていく
山の木々に
野生の藤が
淡い紫の
ヴェールを
かけて
色彩を加える
どうしようもなく
自分への
なぐさめが必要になり
ベートーヴェンの
力をかり
悲愴にひたる
見上げた
夕暮れの空には
飛行機雲があった
わあきれい
でも
不思議なかたち
途中でちぎれて
すぐに消えてしまった
ああ
たしかなものなんて
なにもない
まわりに
助けを求めても
かすみのように消えるのみ
わたしはわたしだけ
ただ
わたしだけ
藤は藤らしく
百合は百合らしく咲く
わたしも
わたしらしく
咲くのみ