Ψ(さい)のつづり -22ページ目
どんなに邪魔しようとしたって
無駄じゃよむだむだ
われはがはは大公ぞ
効かないのじゃ
がははと笑って
ブルドーザーのように
なぎ倒すぞよ
どんなに意地悪しようとしたって
無理ムラ無駄
むりむらむだなことじゃ
われはがはは大公
そんなちっぽけな
意地悪は
痛くもかゆくもないわい
がははと笑いとばすぞよ
どんなに陥れようとしたって
せんないことじゃよ
われを陥れようとする者は
自ら落とし穴に真っ逆さまじゃ
われはがはは大公
われが笑っているのは
愚かなせいではないのじゃ
笑いは何ものにも勝る武器なのじゃよ
笑っていれば
世は安泰じゃ
余は安泰じゃ
われに悪さする者は
すべて
己に3倍にはね返ってくると
心得よ
それでも
かかってくるものこそ
本当の愚か者よ
がははがはは
われはがはは大公なり

背が大きいと
子どものころから
年齢より大きくみられるし
しっかりしているように
思われる
背が小さいと
子どものころから
より幼くみられ
頼りなく思われて
周りから
励まされたり
特にがんばっていないのに
ほめられたりする
そういうことの
積み重ねが
いつしか
セルフイメージにも
なってしまって
なんとなく
与えられた
役回りを
演じるように
なってしまう
そしてそれが
自分のキャラクターだと
思い込む
大人になって
背の大きさは
あまり関係なくなって
さらに年を重ねても
なんとなく
そのままでいるから
痛々しい
自分の姿かたちは
天から与えられた
今生をいきていく
大切な器
でも
イメージは
人から受け取った
無責任な枠で
自分を不自由にするもの
ならば
そんな窮屈な枠は
壊せばいい
意外と
壊すのを
恐れているのは
自分自身だったり
するものだから

時間を
追いかける
時間を
巻き戻すことはできなくても
あの場所にいけば
あのときの時間が
流れていて
あのころの
わたしが
待っている
いまは
ずっとずっと
いいよ
いまは
もっともっと
たのしいよ
でも
いまも
あのころの
こころの
よじれは
覚えているし
息ができないくらいの
かなしみも
くるしみも
覚えているよ
ちゃんと
記憶としては
残っているけれど
それは
いまは
もう
わたしを
直接
苦しめることは
ない
だから
なかったことに
する必要はないんだよ
だって
あったことに
大切な意味が
あるんだから
残っていても
それを
冷静に
扱えるように
なるときが
きっと来るから
だから
泣かないで
いいえ
そうじゃない
たくさん
泣いて
いいんだよ
いまがどうなっているのか
伝えることはできないけれど
あのころの
続編は
もっとよくて
これから創り出す
未来は
さらによくなる

ぞうさんの
お鼻が長いのは
知っていたし
タイのぞうさんの
背中の
籠に乗せてもらったことは
あったけれど
ぞうさんに
ごはんをあげられる日が
くるとは
思っていなかった
らくだ
ろば
うま
たくさんの動物に
乗せてもらったけれど
ご褒美の
ごはんは
あげるようになっていなかったから
さぞかし
働き損だいっ
と
思っていたに
違いない
ごめんね
ぞう
らくだ
ろば
うま
きっとそのあと
ごはんは飼い主から
もらっていたはずだけど
乗せてもらった
わたしから
あげられたら
よかった
ぞうさんの
お鼻は
お鼻だから
中が
ふたつに
分かれている
ぞうさんの
お鼻は
お鼻だから
ちょっと荒い
鼻息も
そのふたつに分かれた
お鼻の先から
出てくる
ぞうさんのお鼻は
お鼻だけど
水を飲むとき
かけるとき
そのお鼻をストローみたいにするから
中に
水が残っている
それとも
ひょっとして
鼻水かも
とにかく
にんじんや
バナナを
あげたら
手に水がつく
それを知ってか知らずか
手の平を頂戴の形にするときみたいに
お鼻の先だけ
上に返してお皿みたいに
する新時代仕様の
ソーシャルディスタンスぞうさんも
いてくれて
ごはんが
あげやすい

生きとし生けるものが
同じ空の下で
毎日
励ましあう
空飛ぶ鳥も
地を歩くカニも
瞬間移動できる猫も
川に泳ぐハヤも
その川に落ちていく
どんぐりも
お寺のお線香のけむりさえ
なにひとつ
無駄なものはなく
毎日が
毎日が
まったく
違う日々で
ありながら
かならず
呼応しあって
活かしあっている
当たり前なんて
なにひとつなく
知らず知らずのうちに
お互いの存在が
お互いを補い合っている
自分の意図でありながら
世界を織りなす糸
自分の意思でありながら
世界を築く石
自分の希望でありながら
世界の喜望


