ドロップアウトのえらいひとになりたいひとのブログ -4ページ目

作品

ひとつ作品を作るとして、
その中にいくつかのパーツが盛り込まれて折り重なって出来上がるわけですが、

そのパーツの持つ要素について感じたことです。

ダンスのショーを作る際、質が良いからと言って、流れや相性を考えず全くごちゃ混ぜにして贅沢なものをつくっても、必ずしもうまくいくとは限りません。

感動がぶつ切りになるのかな?見ている側の引き込まれ方が、小さい波のまま別の新しい波に移行してしまうというか。

それだったら、さらに小さい波であっても連鎖させて、大きな波をたててやったほうが、ずんずんと引き込まれて最終的に特大になるのでは。

そのためには何があれば良いのか?

私が言いたいのは『つながり』というものです。

栗の花のはちみつの苦味
ライムの皮の苦味

一見合わなさそうなこのふたつでも、苦味と言う共通項のおかげで意外とつながっちゃったりするわけです。

分かりやすいところでいくと、
LOCKとPOPとのコラボ

多少なりとも源流が重なっているからか?たまたまか?

どちらでも良いのですが、意外と似たような動きがあって、ひとつにつなげられることもあるわけです。

分かりやすい相性の良さであれば、改めて言うまでもないですよね。

ただ一見したところ合いそうにない、明らかに合わない、一般的には一緒に使われない、ようなもの同士から、何らかの共通項を探り出して何の違和感もなくつなげてしまうことが出来る場合があります。

これは大抵の場合、その魅力が認められているものではなく未知数であることが多いので、新たな価値、ニューバリューとなるわけで、それを発掘する楽しさが癖になる醍醐味なわけです。ん~ニューバリューフロンティア。要するにこれが言いたかったんですわ。

でももうひとつ…

この『つながり』が無く、論理的にも全く説明できないのに、ガツンと感動させられることもある。

という具合に一筋縄に分析出来るものではないんだけれど、結局良いものは良い!!という説明のつかない部分がやめられなくて、多くの人が惹かれるのかな。

踏み外すと

趣味だって

楽しいと思いながらやるから楽しいものの、いくらでもおもしろくなくなったり嫌になったりする可能性は孕んでいるわけで。

僕は趣味も仕事も、同じだと思うのです。

あ~しんどいわ~

もう飽きたわ~

おもんないわ~

こういうワードは絶対に口にするべきではないですね。感じたとしても、その瞬間に肯定のワードにて消し去るべきです。

口に出し始め、それが常態化すればほとんど終わり。

負けます、その言葉に喰われて。

僕はお菓子作りの魅力をたくさん知っている。

それを仕事にするからには、絶対マイナスに持っていきたくありません。

しかしながら一歩踏み外すと、もろく崩れ去るのはほぼ間違いない。

但し、このことを分かっていて実践出来る人にとっては、その一歩は限りなく遠い一歩です。

大丈夫。

人に笑顔を与えられる仕事なんだから、自分も笑って仕事しよう。

これも、人生の師が教えてくれたことのひとつです。

大切にしていきたいですね。

人生の師

私の人生、なんだかぼんやり進んできました。

大きな振れ幅が無かったような気がするのは気のせいだろうか…

無難に、はたから見れば順調に、ある程度安定していたのではないかと。

大学生活を折り返した頃、人生の師となる女性と出会いました。

もっとも、彼女がそういう存在であることは、今振り返ってみて気付くことですが。

彼女は僕の人生を大きく変えました。

今まで、自らの中から勝手に沸き上がる感情にて暮らしてきた私。

それは恐れや怒りが多くを占め、結果として消極的な私を形成していきました。

それが、当たり前だと思っていましたし、何の疑問も抱きませんでした。

彼女と出会い、初めは受け入れられず抵抗ばかりでした。

すべての環境は自らの内面に原因がある

怒りに意味はなく、笑顔でいれば全てうまくいく

彼女は特殊な人だと思っていました、少数派だと思っていました。私自身は、そうではない多数派で一般的な人種だと思っていました。

けれども彼女には、物事の本質をことごとく示されました。彼女の言っていることがどうやら真実なのだと次第に気付かされていきました。

そこに端を発し、同じような考えを持った会社に入社。数多くの、いわゆる少数派だと思い込んでいた人々に出会い、感化される日々。

1年に1~2冊の読書をするくらいだった私が、1ヶ月に3~4冊の本を読みました。

そうして私は積極的に本質論を吸収し、これまでとは全く違う人間に変わっていったのです。

そういう意味では、私の人生の師は彼女です。

もちろん世界には数多く尊敬するべき方がいますし感銘も受けます。

しかし私の師は彼女です。これは紛れもない事実。

そして以前の少数派は私の周りで多数派に変貌しました。自然に引き寄せますからね。

本当にまとまらない文ではありますが、彼女への感謝の気持ちが一気に膨れ上がり、この日記へとなりました。

いつまでも大いなる存在です。