side W



「バンジー、制汗剤貸してくれー」
「ん」


 スクールバッグからスプレー式の制汗剤をウナギに渡すバンジー。いつの間にこんな打ち解けたんだか。あんだけバンジーを毛嫌いしていたようなウナギだったのに。いつの間にかって言えば、5月初めの頃にバンジーの家に行った時か。
 あの日、俺とウナギとバンジーと、アキチャとムクチと5人で色々と話したんだ。……訂正。俺とウナギとバンジーとアキチャとで4人。ムクチは何も話してない。あいつは頷いてただけ!
 何で馬路須加に来ようと思ったのかとか、大島軍団とラッパッパの抗争のこととか、趣味とか好きな物とか、とにかく他愛もないこととか。沢山話して、バンジーのお母さんに御飯作って貰った。めっちゃ美味しくして、超満足だったな。あんなに美味いもの食ったことない。うちのおかん?まぁ普通なんじゃん?そのままバンジーの家に泊まって、映画の一本でも見れば仲は深まるもんだろ。『大草原の小さな家』は、俺の趣味じゃなかった。


「6月って梅雨じゃねぇのかよっ、暑ぃっ!」
「ガチで暑いな……」


 窓から外に向かって叫ぶアキチャを横目に、机に突っ伏す。暑いんだよ、マジで。何なんすか、この暑さは!梅雨は梅雨なんだとは思う。今日だって朝は小ぶりながらに雨降ってたし。けど、昼になって急に晴れた。梅雨の合間の晴れ。さすがにもう季節は夏らしい。夏らしくて、夏らしく気温上昇中。
 一匹狼を止めたバンジー。俺らと一緒にいるようになった。まぁチームだし。一匹狼だった奴だし、どうなるかと心配ではあったけど、すんなり打ち解けてる。一人とか団体とか、あんまり気にしない奴なんだな。バンジーが完璧に仲間になったわけで、クラスの中では最大勢力ということになってる。


「お、喧嘩か?」
「マジで?」


 顔を上げて、窓から校庭の方を見てみると、1年生同士で喧嘩していた。またあの2人か。制服の上に着物を羽織った変な格好の2人組。顔にも変なメイクをしてて、1年の中でも目立つ存在感。そして相当な喧嘩の腕だ。2人して喧嘩慣れしている。青と赤の着物。人呼んで


「歌舞伎シスターズじゃん」


 誰が呼び始めたのかは知らない。もしかしたら自分たちで名乗り始めたのかもしれない。直接的に関わったことは無いからよくは知らないけど、喧嘩とは言えないぐらいに卑劣なことをするとかなんとか。凶器でも使うんだろうか。どっちにしても、今現在の1年の中では一番名を上げている。
 そして歌舞伎シスターズと同じくらいに名を上げているのがガクランだった。学ランを着た男装野郎。誰とも徒党を組まない一匹狼。直に学ランの喧嘩を見た訳じゃないけど、かなり強いらしい。俺らの学年でも頭角を現す奴らが、どんどんと名を上げ始めている。


「私らも、ラッパッパに入るんならこんなとこでのんびりしてる場合じゃないだろ。なぁ、ヲタ」
「まぁなー……」


 ラッパッパを目指すのであれば、名を上げることは必要だ。つまりは自分達の強さを示すこと。俺らってばこんなに強いんだぜ?ヤンチャなんだぜ?って、校内のヤンキー達に名を売り込むこと。
 いやいや、売り込むも何も俺らってそんなに強い訳じゃないだろ。歌舞伎やガクランとは訳が違う。蚤の心臓を5つ集めたところで、人間の心臓一つ分にも見たないだろうが。それに名前だけならとことん売り込めてると思う。無駄に広まってると思う。


「そういや、最近ラッパッパの動きとか聞かないな」


 俺らってば無駄にラッパッパに関わっちまってたりするからさ。優子さん達と変な縁があるからよ。校内に名前は広まってるはずだ。チーム名も無いような新入生の一団。ヲタと愉快な仲間達なんて感じで。まぁ実際は全然愉快でも何でもない訳で。この一ヶ月は何も無かった。いや、何も分かった訳でもないか。結構ヤンキーに絡まれたりした。校内外問わず、結構。2日に一回は喧嘩するぐらいの頻度。平日だけ。愉快な仲間たちと一緒に喧嘩してたりする。
 お陰で拳が少し硬くなった。生傷が絶えないし、新品だったセーラー服にも汚れが目立つ。今度の休みにクリーニングにでも出さなくちゃな……。


「大島軍団に動きがないんじゃ、必然的にラッパッパも動かねぇだろ」
「そんなもんかなぁ……」


 そんなもんでもないと思うんだ。ひきこもりがちのハナさんはともかくとして、シンディさんは行動派だとか聞くし。ラッパッパの動きも、大島軍団の動きも、めっきりと聞かなくなっている。シンディさん、ハナさん他、四天王も部長も副部長も。もちろん優子さん達も。息を潜めているのか、相手の出方をうかがっているのか。どちらにしても嵐の前の何とやらって奴だ。
 けど風の噂でも聞く。優子さんが街のゲーセンでレースゲームやってたとか、クレーンゲームで景品が取れないのにいらついて機体を思い切り蹴ったとか。大島軍団の面々がゲーセンを飛び出していくのを、マジ女の生徒に見られていたらしい。優子さんならやりかねない。


「俺達も売り出してみるかー」
「どうやってだよ」
「ラッパッパを倒すとか」


 バンジーをのぞく3人から一斉にチョップを喰らった。いや、あの、思いっきりやらなくても良いじゃん。どう考えたって冗談に決まってるじゃん。大島軍団のことを考えてたらちょっとだけ強気になっちゃっただけじゃん。


「冗談じゃねー!!ふざけんなー!!」
「私らが勝てるわけねーだろっ!!」
「!!」
「ムクチ、言いたいことあるなら口に出せ!」


 次のツッコミはムクチに向くのだった。そりゃ口をパクパクさせながらチョップして来るようじゃ突っ込みたくもなるわ。鯉じゃねーんだからよ。つか、そろそろ普通に喋れよ。


「うんうん、ふざけたことぬかしてんじゃねーよ、カス」
「えっ?」


 いきなり言われると心苦しい毒舌に振り向くと、目の前の席に女が座っていた。まるでずっとそこにいたみたいに。最初からそこにいたみたいに。ごく自然な風にいた。とてつもない美人。前髪を分けたショートカット。マジ女の生徒とは思えない、ごく普通の制服の着こなし。優雅な笑顔。
 何かの見間違いかと思った。こんな人がマジ女に、俺の目の前にいるはずがないと、そんな風に思った。


「てめーじゃハナにも勝てねーよ、ゴミ」


 また言われた。とんでもない毒舌。そんな笑顔で言わなくても良いじゃない。しかも高い声。アニメ声って奴だ。聞く人が聞けば鼻に付くだろうって声。俺自身は別に気にならないけどさ。好きなアイドルとかこういう喋り方するし。


「だ、誰……?」
「誰も何もねぇ……」


 また振り返る。バンジーが壁に寄りかかりながら、強い視線で優雅な笑顔の女を見つめていた。っていうか睨んでいた。良い雰囲気じゃない。その目付きだけで、女が何者なのか察することができる。
 優雅な笑顔だったはずなのに、また見たら恐怖しか湧きあがってこない。何なんだよ。俺ってば本当に不幸かよ。不幸の星の下にでも生まれたのかよ。


「ラッパッパ四天王……、マーメイド・セリーナ!」


 それにしたって、いきなり過ぎやしないか?





side G



「暑い……暑い……暑い……」
「暑いのはわかったから少し黙れよ……」


 シブヤに怒られた。
怒られたけど、別に怖くない。優子さんじゃないし。
優子さんは怖くない。でも強い。凄い。優しい。
 6月は雨が降ってばっかり。今日も降ってた。
朝から降ってて、さっき止んだところ。空、晴れてる。
雨上がりの匂いだ。雨上がりの匂いとシブヤの匂い。
ツユだっけ?雨が降るのはつゆだからってブラックが言ってた。
 学校の中は、今日もたくさんのヤンキーが歩き回ってる。
まじすかじょがくえんはそういうトコ。ヤンキーがたくさんいる。
ヤンキーの匂いがたくさん。血とかキンゾクとかケショウの匂いとか。
たくさんの匂いな中でも、あの匂いだけ見つからない。あの変な匂い。
たくさんと戦ったときに匂う、いっぱい血が混ざったみたいな匂い。
血と汗と人の匂いが混ざったみたいな。


「喰らえぇっ!!」


 ガツンって、頭をナグられた。痛い。てつパイプ?それともカクザイ?
ナグられたとこ触ったら、ヌルッてする。血の匂いがする。痛い。


「はっはっは!狂犬仕留めた!!」


 笑い声。誰だか知らない声。ヤンキーが笑ってる。
見たことないヤンキー。イチネンセイだと思う。だって知らないもん。
でもイチネンセイでもニネンセイでも、皆同じにしか見えないや。
とにかく楽しそう。私を殴って、楽しそう。嬉しそう。笑ってる。


「クソガキ……!」


 シブヤが隣で怒ってる。殴られたの、私なのにな。
何でシブヤが怒ってるんだろ。シブヤはいつも怒ってるけど、優しい。
そういうところ、優子さんに似てる。匂いは全然違うんだけど。
 それより、頭が痛い。ズキンズキンって痛い。


「血だぁ」


 血だ。
血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。
血を見てると、ニヤッて笑っちゃう。嬉しくなっちゃう。
何で?だって、血って温かいじゃん。寒くたって、温かいじゃん。





side Sb



 狂犬ゲキカラ。狂った犬か。子供っぽくて、幼稚な奴かと思ってたけど、なるほどな。こりゃ確かに狂ってるわ。血まみれになってニヤニヤしてるし。
 背後から不意打ちしてきたヤンキーは5人組だった。5人組で、私らと同じ二年生。チームを組んでたんだろうな。揃って似たような髪型してたし。どんな髪型かって言えば……どんなだったろう。もう忘れた。


「ねぇ……怒ってる?」


 ゲキカラがニヤニヤしながら、血まみれのヤンキーの髪を切り刻んでる。どこかから取り出したハサミで。目の前で、楽しそうに。5人が5人とも、廊下に転がってる。壁や床には固まり始めた血がこびりついてる。折角整えたであろう髪も、こうなっちまえば何も残らねぇな。
 ゲキカラの問いに、ヤンキーは誰一人答えない。答えられない。気失ってやがる。この光景には呆れるばかりだ。驚く?恐れる?そんなことは全くない。私だってこういうことには慣れてるからよ。これでもヤンキーなんだ、根っからの。


「一人ぐらい残しとけよ……」
「何か言った?」
「……別に」


 こいつは敵に回したくないな。負けはしないけど、勝てるかもわからない。こいつの場合、攻撃を読むとかそんなことが出来やしないし、とにかく体力が半端ない。どっちかって言えば体力に自信のある方じゃない私だから、勝てるかわかんねぇ。髪も切られたくないし。


「うーん……」


 ゲキカラが急に立ち上がって首を傾げた。髪を着るのに飽きでも下のか、それとも別の何かか。全く何考えてんのかわからん。ゆ、優子さんやブラックなんかはどうしてわかるんだか。


「ゲキカラの考えなんて読もうと思って読めるもんじゃない……」


 サド……さんに聞いたらそんな風に言ってた。それが普通なんだろう。まぁ幼稚な奴だから、子供とでも思ってりゃそれで良いんだろうけど。


「どした?」
「違うなぁー……」
「また匂いかよ」
「うん」


 血まみれの爪をカリカリと髪ながら頷く。爪を噛む癖が何の意味があんのか知らねぇ。爪が美味しいのか、それとも爪に付いた血が美味しいのか。どっちにしても私の趣味じゃねぇ。爪は飾ってこそのもんだ。
 最近こいつは匂いだかに拘ってる。匂いってなんだよ。いくら嗅いでみたって雨の匂いぐらいしかしねぇし。狂犬って……実は狂ってるって方よりも、犬って方から付いてるんじゃねぇだろうな。血の匂いとかわかるわけない。


「でも違う」
「もっと嫌な匂いなんだろ?」


 コクッと頷いて、ゲキカラは持ってたハサミを放り投げた。気を失っているヤンキーの傍に勢い良く落ちる。おいおい、刺さったら死ぬぞ。さすがにそれはヤンキーの度を越している。
 本当によくわかんねぇ。ゲキカラって奴は。こんな動物を、優子さんはどうやって手なずけたんだろうか。もしも仮にだ。もしもこんな奴が私のサークルにいたら……。そんなことを考えると複雑な気分になる。


「っ!!」


 ゲキカラが急に顔を上げた。何かに反応するように。それはまるで家鳴りを聞いた猫のように。……犬の次は猫かよ。なんて思うよりも先に、野生の勘が働いた私もなかなかのもんだ。
 廊下を走り出すゲキカラ。くそっ。嫌な予感しかしねぇんだよ。





side G



 匂い。どんどん強くなる。
嫌な匂い。血みたいな。優子さんにも似た匂い。
でも優子さんとは違う。好きじゃない。嫌いだ。
どこにいる。どこにいる。どこにいる。


「おいっ!」

 急に肩を引っ張られた。シブヤに。

今日はシブヤと一緒。ブラックはトリゴヤと一緒。
シブヤは、最近よく一緒にいる。嫌いじゃない。
怒るけど、たまに優しい。辛いおセンベイくれるし。


「これ以上行くなっ」
「んー?」
「階段上ることになるぞ」


 目の前には階段があった。
階段。暗くて嫌な匂いが続く階段。
この匂い、ラッパッパの匂い。ラッパッパの誰かの……。
なら、今すぐにでも消しちゃえば良いじゃん。
殴っちゃえば良いじゃん。倒しちゃえば良いじゃん。
誰か知らないけど、臭くてたまんないし。
 シブヤの手を振りほどこうとする。
でも離れない。シブヤは、手の力が強い。
ボクシングか何かをやってたんだって。
私と違って、お家がお金持ちだから。


「優子さんに怒られんぞ」
「でも、嫌な匂いする……」
「最近そればっかりだな」


 学校の中でこの匂いを見つけるのは大変だった。
他にもたくさんの匂いがあるし、この匂いはあったり無かったりだから。
見つけるのが難しい。やった……、やっとこの嫌な匂いを消せる。


「おいっ」


 廊下の向こうからサドさんが歩いてきた。
こんなに暑いのに毛皮のコートをはおってる。袖は通してないけど。
何だか怖い顔。サドさんは、優子さんと違っていつもあんな怖い顔。


「それ以上階段に近づくな。優子さんの言いつけだぞ」
「……」


 いやだ。こんな匂いは嫌いだ。怖い顔も嫌だ。
怒ってる。私を……、怒ってる。嫌だ。匂いも、怖い顔も……嫌だ。


「怒ってる……?」
「お前が進むなら、怒る。私じゃなくて、優子さんがだ」


 優子さんが……怒る。それも嫌だ。
シブヤがまた、私の肩をぎゅっと掴む。
戻ろうって、そう言われたような気がした。





side W


「人魚姫……!?」
「だからてめーの仲間がそうだっつってんだろうが、頭空っぽかよ」


 何だろう。そんな優雅な笑顔で毒舌を言われても、怒りが込み上げてこない。むしろ呆気に取られてしまう。本当に目の前のこの人がそんなことを言ってるのだろうかって、そんな感じ。ギャップ萌え的な。優雅な笑顔にアニメ声。ハナさんとは違って、また別の意味で四天王とは思えなかった。全くと言っていいほどに、ヤンキーには見えないし。


「な、何の用ですかっ……?」


 アキチャが口を開いた。急過ぎる登場に呆気に取られ過ぎて、聞くのすら忘れていた。ただただ恐怖に似た感情だけが支配してくる。こんなに暑いって言うのに、背筋がゾクゾクする。ギャップ萌えから来る、謎のようなもの。何をしでかしてくるか予測ができない。
 マーメイド・セリーナ。人魚姫。ラッパッパ部員にして、四天王の一人。本名は……不詳らしい。教職員に聞けばすぐにわかるのだろうけど、噂じゃ教職員にすら口止めしているとかなんとか。じゃあセリーナって何か。何かって言えば、芸名って奴なんだろう。声楽を習ってるとか何とかで、その世界じゃ有名だとか。


「廊下歩いてたらこいつの声が聞こえて来たんだよ、ウスラバカ」


 ウスラバカと呼ばれたアキチャは少しカチンと来たらしい。来たらしいけれど、何も出来ずに怒りを飲みこんだ。そうするのが正解だ。得体が知れない以上は手を出すべきじゃないし、こっちから仕掛けるのは間違っている。


「いや、あの!あれは冗談で!」
「当たり前だ、てめーらがラッパッパに手を出せるとでも思ってんのか、ミジンコ」


 セリーナさんは毒づかなくては生きていけないのか、人の悪口を言うのが癖らしい。何かもう、欝な気分にさせられるには十分過ぎる。そうです、俺がミジンコです。
 と、俺の前の席の主が教室に入ってきた。ガラの悪い奴で、それ以外はよく知らない。思えば、クラスメイトのことなんてウナギ達以外よく知らねぇな。知る必要も特には無いけどよ。


「人の席で何やってんだよ、お嬢ちゃん」


 えっ。こいつ、四天王のこと知らねぇの……?って偉そうに出来る訳もない。俺自身知らなかったんだから。普通に見れば、セリーナさんなんて、こいつが言うようにお嬢ちゃんにしか見えない。何も知らなければ、もしかしたら手を出していたかもしれないんだ。バンジーが知っていたからこそ、手を出していないだけ。


「あ?この汚ぇ席はてめぇの席かよ、ゴリラ」


 ゴ……ゴリラ。悪口としては結構突き刺さる部類だ。これにはカチンとくるだろう、どうだ、どうなんだ、1年生!ってキレてるーっ!!そりゃ、そうだーっ!!言われてカチンと来ない方がおかしい!明らかに眉間にしわを寄せて、今にも拳を振ろうとしている!
 なんて脳内実況を繰り広げては見るものの、教室内には緊迫した状況が広がっていた。当然だろう。この人が四天王の一角とさえ知っていれば、この状況がどんなものなのかがわかる。バンジー以外にも、この人が人形姫であることを知っている。……つまりは入学当初から今までに、階段を上ろうとしたわけだ。
 次の瞬間、1年の方が腕を振り上げたように見えた。見えただけ。また次の一瞬には、マーメイドの右足の裏が1年のお腹に密着していた。大きな音を立てて、1年が教室の真ん中まで転がる。


「歯ごたえゼロだ。調子に乗るなよ、ゴミ」


 その声は多分、1年には聞こえていない。鳩尾を思いっきり蹴られたんだ。痛いとかそんなこと思う前に、あの威力じゃ気絶して当然だ。誰もが息を飲む一瞬だった。瞬きしたことすら後悔してしまう。


「お前も来るか?ミジンコ」
「……い、いえっ」


 こんなのと勝負しようなんて、想像することすら間違ってる。ましてや口に出して言うなんて。ハナさんと良い、この人と良い、四天王は得体が知れない人の集まりなのか?シンディさんがまだまともに見えるくらいだ。あんだけボロボロにされたんだけどよ。


「そんな度胸も無いくせにラッパッパ目指そうとか、蛆虫以下だ」


 そう言いながら、セリーナさんは椅子の上に立ちあがる。優雅な笑顔に……見下ろされる。見下ろすその笑顔は、不敵な笑みだ。この笑顔……、どっかで見たことがある。どこだっけ。誰かの笑顔に似てる気がするんだ。狂気に満ちたような、笑顔。


「てめーの力を知れ。お前らなんかに階段は登れねー、燃えもしねーゴミ共」
「黙って聞いてりゃ舐めやがって!!」


 ウナギが強く机を叩いた。振り返ると、ウナギとアキチャとバンジーがガンを飛ばすようにしてセリーナさんを睨みつけていた。おいおい、ふざけんな。お前ら、自分達の実力分かってキレてんのかよ。ムクチもムクチだ。頬っぺた膨らまして、見るからに怒ってますよ!私だってキレてますよ!みたいな顔してんなよ!


「何が人魚ひ」
「やめろっ!」


 何とか止めなくちゃと、ウナギの前に右腕を上げる。止めなくちゃ、こいつらは止まらない。また……シンディさんの時のように、こいつらがやられるのは黙って見てられない。だってよ、ほら、上げた右腕が震えてんじゃん。どうせここでセリーナさんと闘ったって、俺は……私は何もできない。私がリーダーなんだから、一番しっかりしなくちゃいけないのに。


「ヲタ……!!」
「俺らが5人いようが勝てねぇっ」


 ヒューッ、と高い音が教室に響く。セリーナさんが吹いた口笛。甲高く、そして綺麗な音。それはメロディーを持っているようにも聞こえる。さすがは人魚姫と言ったところか。毒舌だが、音楽の才能は本物のようだ。


「ははっ、胸糞悪いぐらいに正しい判断だよ、ヘナチョコ」


 ヘナチョコ。それは優子さんが俺を呼ぶ時に使う言葉。何だろう。セリーナさんは毒舌のつもりで言ったのだろうけれど、不思議と評価された気分だ。悪口ばかり言われて、胸糞悪くなってるのは俺らの方だって言うのに。


「入学早々、注目された理由がよく分かった。大島優子との繋がりもできるわけだ」
「えっ……!?」


 そ、その辺りは誤解が解けたんじゃ!いや、確かに優子さん達との繋がりが無い訳じゃないけど、でも!セリーナさんと思いっきり視線があった。心を捕われるような不思議な視線。その目は、人魚姫と言うよりどちらかと言えば……海の魔女。心を捕われ、声を奪われる。俺は唖然として、声が出せなかった。


「くくくっ、図星か、脳無し」
「い、いやっ!」
「安心しろ。てめーらみてーなのは相手にしねーよ。喧嘩したって面白くねー。骨無しに骨のある喧嘩なんかできねーだろ?」


 はい、その通りです。俺みたいな骨無しチキンは手を上げられません。負けるってわかってますもん。そんな無謀な喧嘩しませんってば。つか、骨無しチキンって唐揚げか何かかっ!と、心の中でつっこんでみる。


「なら何でここに……」
「だからてめーの声が聞こえたんだよ、ウスラバカッ!!」


 セリーナさんが言い終わると同時に、大きな音を立てて椅子が飛んできた。今さっきやられたヤンキーが目を覚ましたのかと思ったが、どうやら違うらしい。っていうか違う。廊下の方から飛んできた椅子は、一度も床に落ちることなくそのまま窓ガラスを突き破った。ガシャンと。そりゃーもう見事に。
 そんな椅子をセリーナさんは机の上に立ったままヒラリと避ける。避け方すらも華麗と言わざるを得ない。


「どこの馬の骨かと思えば、玲奈じゃんかよ」


 椅子を投げ飛ばしたのは、ゲキカラさんだった。暴れ馬のように鼻息を荒げている。それは今までに見たことが無いぐらいにイラ付いているゲキカラさんだった。あぁ、そうか。誰かに似てるようなセリーナさんの笑顔は、ゲキカラさんの笑顔に似てるんだ。狂気という言葉がとても似合っている、あの笑顔。
 ってか、ゲキカラさんって玲奈って名前なんだ……。その印象と違って、また随分と可愛らしい。





side G


 何がニンギョヒメだ。
何がマーメイドだ。偉そうに。
あいつはいつだって、私のことを見下してるんだ。
初めて会ったときから。ずっとずっとずっとずっとずっと!
 シブヤと一緒に、ロウカを進む。
むしゃくしゃする。イライラする。
匂いのもとがもう目の前にあったのに。
あとちょっとなのに。匂いを消したい。
この大嫌いな匂いを、けしさってしまいたい。
けどそれは許してもらえない。
サドさんでもシブヤでもない。
優子さんに許してもらえないんだ。
優子さんが怒る……。怒られちゃう。
そんなフクザツな気分の時にあいつがいたから、怒った。
私が、怒った。近くの教室にいたあいつに、椅子を投げた。


「そんなん当たらんよ、玲奈」


 ふははは、っておかしそうに笑う。むかつく。
あいつの匂いも嫌いだ。胸がざわざわする。
殺してやりたい。ちょっとだけあの匂いもする。
当たり前。あいつもラッパッパだもん。
あいつも、あの階段を上ったり下りたりしてるんだ。
匂いはするはず。してトウゼン。


「何やってんだ、ゲキカラ!!」


 シブヤがまた私の肩を掴む。
怒ってる?怒ってるだろうね。ふふっ。
ふはははは。何だかテンション上がってきた。


「騒ぎを起こすなって言われてんだろっ!!」
「サワぎ?でもラッパッパがそこにいる」


 指さした先に、あいつがいる。人魚姫。
昔から知ってる、私の大嫌いな人間の一人。
イチネンセイの教室?そんなこと知るかっ。


「相変わらず狂ってるなー、玲奈」
「その名前で呼ぶなっ!!」


 嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。


「大嫌いだっ!!」





side Sb



 ゲキカラがこんなにイラ付いてるのなんて初めて見た。いつだって訳わかんねぇ奴だけど、今日はいつにも増して訳がわかんねぇ。
 ラッパッパ四天王の一角、マーメイド・セリーナ。奴もまた、ゲキカラ同様に狂ってるとか聞く。まともに見えて、悪い噂ばっかりだ。声楽だか何だか知らねぇけど、裏の顔は真っ黒なんだろ。マジ女にいる時点で、黒くて当然なんだろうけどよ。


「あー、悪い悪い。今はゲキカラだったか?」


 得体が知れない。けどひとつだけわかることは、ゲキカラとマーメイドの間に何かがあったってことだ。馬鹿の私だってそれぐらいはわかる。だってゲキカラの本名を知ってるんだから。私だって知らなかったゲキカラの本名だ。知ろうとも思わなかった。玲奈か。可愛い名前じゃんかよ、狂犬。
 って、そんなことを考えてる場合じゃない。優子さんには、ラッパッパと関わらないようにしろって言われてんだ。ラッパッパに関わらず、校内の情報を集めろって。けどよ、元々そんなん無理なんだよ。だってゲキカラと一緒なんだからよ。狂犬のリードは、ブラックほど上手くは引けねぇ。


「うあぁぁっ!!」
「挑発に乗るなっ!退くぞっ!!」


 椅子の次は机でも投げようと思ったのか、机を掴むゲキカラを止める。優子さんに従ってばかりいる訳でもねぇが、ここでトラブルを起こすのは良い予感がしないんだ。
 しかし、そこはゲキカラ。私が思っている以上に力が強い。怒りだか憎しみだか、この無駄なエネルギーのもとが何なのかはわからんけど、ちょっと強過ぎやしねぇかっ!?私はウェイトがそこまであるわけじゃねぇんだよっ!!


「くっ……!!」


 押し退けられた。屈辱だ。1年の教室に尻もち付いちまった。と、咄嗟に顔を上げると、マジでビビった。見たことあるか?机が鼻の頭ギリギリを飛んでく光景。普通じゃねぇ。私もろとも巻き込まれるとこだっつーんだ、ふざけんなっ!!


「はっはっはっ!!相変わらずイカれてるじゃねぇかっ!!」


 鼻に付くような声で、マーメイドが笑う。窓を突き破る音はそりゃあ物凄い音だった。周りにいた1年もさすがにこの事態に恐れをなしたのか、教室の端に避けている。その中には見知ったような顔も居たけど、誰だったっけか。見覚えはあるんだが、忘れちまった。


「ぶっ殺す!!」
「お前はぶっ殺すつもりでも、私は逃げるぞ。こっちも言い渡されてんだ、部長にさ。そっちも大事にしたくないはずだっ。なぁ、友美ちゃん」


 一瞬誰に話しかけてんのかわからなかった。はっ?って頭にハテナが浮かんだ。けどすぐに頭がはっきりとする。私の名前じゃねぇか。何であいつはそんなこと知ってんだよ。マーメイドの方に振りかえると、それはもううざってぇ笑顔だった。ゲキカラじゃなくてもぶん殴ってやりたいような、見下すような笑顔。
 けど、ここで挑発に乗ってたまるかっ。あいつはこの場を治めようとしてる。しかしただの振りだ。実際はさらに事態を大きくしようと狙ってる。そんな笑顔だ。


「私はゲキカラほどじゃねぇっ」
「……なーんだ、つまんなっ!」


 何がつまらないだっつーんだよ、ふざけんな。こちとらゲキカラを抑えるのに必死なんだよっ!!


「まぁ良いや、何か飽きた」


 マーメイドはそう言って、机の上で大きく欠伸を吐いた。飽きたって偉く呑気だけど、この場からどうやって逃げるんだよ。入口はゲキカラがおさえてるんだ。簡単には出られないぞ。
 なんて、もっと簡単な答えを私は無視していた。やつの真後ろには窓がある。ゲキカラによって破られた窓が。ここが3階だからって、考えから外れてたんだ。まさか、マーメイドがそこから飛び降りるだなんて、想像も出来ないだろ?




お久しぶりでございます。

163です。

就職して以来なかなかパソコンを開けず、

しばらく放置状態が続いてまして申し訳ありません。

総選挙以来なので約2カ月……(´□`)

無事に生存しております。


そんな2カ月の間にも色々なことがありましたね。

特に大きい話題と言えばやっぱりさっしーのHKT移籍でしょうか。

HKT48を盛り上げるためにも、個人的には良いと思っています。

が、りっちゃんや地方組みと離れ離れになるのは心苦しいです。

仲良しは一緒にいるべきだと思うんですよ。

さっしーとりっちゃん、そしてあっちゃんとたかみな・・・。



お仕事とアイスの実の推理に頭を悩ませる毎日です。



22.5<渡辺麻友>




 ポジションナンバー0番。いわゆるAKB48のセンター。その場所に立つためには十分過ぎるほどの努力をしなければいけない。努力なんかではすまない。運と実力が伴ってなくちゃいけない。ある種のカリスマ性だってなくちゃ。


「ゆきりぃん……」
「まゆ、おめでと」


 舞台裏の暗い廊下で、ゆきりんが私の身体をギュッと抱きしめてくれてた。強く、そして優しく。ゆきりんは……、私のお母さんはいっつもこうして抱き締めてくれる。私が苦しくないように、優しくね。その温もりが嬉しかった。優しさに甘えて来た。
 去年、AKB48第3回選抜総選挙の際、ゆきりんは快挙を成し遂げた。神7を崩壊させ、まさかの第3位に選ばれたのだ。快挙なんて言葉では足りないだろう。物凄い波乱を巻き起こした。それは19位だった由依ちゃんや、9位に昇りつめたさっしーも同じことが言える。


「私が2位だなんて……」


 2012年6月6日。つまり今日。第4回選抜総選挙。武道館。頭が真っ白になりそうなぐらいに緊張して、今年もまた、ステージのど真ん中で涙を流してしまった。私は……渡辺麻友はそれぐらいに頑張った。ドラマ主演、ソロデビュー、その他にも沢山。頑張って頑張って頑張った。頑張り続けて、ようやく報われたんだ。
 傍ではさっしーがチームAの皆に囲まれていた。それはそうだろう。こじぱ、麻里子様、そしてたかみなさんを差し置いての第4位だもん。まさかさっしーがチームAのトップだなんて、いじられて当然だろう。でも麻里子様もこじぱも、もちろんたかみなさん達も、さっしーを妬むことなんてしない。皆が皆、さっしーを褒め称えてる。


「まゆだって、チームBのトップなんだよ」


 強く抱きしめていた腕の力をゆるめるゆきりん。少しだけ距離を開けると、何だか久しぶりにゆきりんの笑顔を見たような気がした。たった数秒前のことなのに、こんなに嬉しいものなのかな。


「ゆきりん……」
「本当におめでとう!」


 何を言ってるんだろう……。ゆきりんだって悔しいはずじゃないか。闘争心を持つんだって言ってたじゃないか。悔しいはずなのに。やっと掴んだセンターへのチャンスなのに。私を祝ってる場合じゃないよ。


「何言ってんの!可愛い娘の躍進が、嬉しくない訳ないじゃんっ」


 そう言っているのは本心だろう。だって優しいゆきりんだもん。優しいお母さんだもん。でも本心とは別に、やっぱり悔しいんだと思う。言うと同時に、ジワリと目が潤んだんだ。悔しいという気持ちが、一気にあふれ出て来たんだ。けど……その涙の真意なんて私にはわからない。わかるわけがない。


「麻友ちゃーん、おめでとー!!」
「うわぁっ!」


 急に後ろから飛びついてきた。圧し掛かるかのように。お母さんとほのぼのしてたのに。まゆゆきりんタイムを邪魔するのはどこのどいつだ!なんて思う前に、きたりえの顔が私の顔の真横に現れた。プルンッとした唇に大きな目。選挙が終わったばかりとは思えないぐらいに、とても楽しそうだった。緊張が解けきっている。


「きたりえ、重いよー」
「麻友ちゃんおめでとー!ゆきりんもおめでとー!」


 勢い任せの頬ずりだった。さすがはうなりえ。こういう席での盛り上がりはファン同様だ。共同生活の途中なんだからさ、もう少し同居人を気遣ってあげればいいじゃないか。まぁ共同生活のメンバーはそれぞれがやっぱり人気メンなだけあって、祝福とかいうものでもないのかも。
 でもきたりえのことだから、やっぱりさっしーを一番にお祝いしてあげるものだと思ってた。だって2人はとっても仲良しなんだから。私とゆきりんのように。いや、それ以上に仲良しなんだから。もちろん理由なんてないかもしれない。聞くだけ野暮なんだ。ゆきりんの涙と一緒だ。


「2位3位がチームB!これはBの時代が来てるね!」
「ちゆうちゃんも上がったしね」
「うん!」


 めちゃくちゃに嬉しそうなきたりえだ。人のことを自分のこと以上に喜べる、そんな素直なうなぎ。羨ましい。
 私だってもちろん、皆の躍進や結果が喜ばしいし、励ましてあげたいし。けど……やっぱり自分のことが一番だった。2位が嬉しい。嬉しくて……そして悔しい。


『チーム……B!渡辺麻友!!』


 徳光さんが私の名前を、いや、Bと言う瞬間まで……私は期待してたんだ。1位になることを。センターに立つことを。ゼロ番を手に入れることを。優子ちゃんに勝てるわけなんてないのに。大きな壁だってわかってるのに。
 最後の2人になった瞬間に、淡い期待をしていたんだ。







 2位か。ポジションナンバーで言うなら、1番。1番……。本来なら嬉しいはずなのにな。まだ上があるんだと思うと、素直に喜べないんだ。今だってこうして、優子ちゃんの隣に立って写真を撮り続けてる。
 嬉しい。悔しい。悔しい。悔しい。嬉しい。悔しい。気持ちが、胸の中で渦巻き続ける。嬉しいし、それ以上に悔しい。1位になれなかったことが。1位になれると期待した自分が。こんな時……もう一人の自分ならどう思うんだろう。ネズミなら……。いやいや、ダメだ。自信をなくしちゃだめだ。私は私なんだから、ちゃんと気持ちを持っていなくちゃ。


「おしりっ!」


 ぐんっと、突き上げるようにお尻を持ち上げられる。わおっ。この絶妙な尻使いは……!私が知る限りでは一人しかいないじゃないか!


「ぬおっ!」
「しりりー!」
「おしりこさんっ!」


 名前だけ呼んで、そのままムギュっと抱き合う。お尻シスターズ。まゆゆきりんと同じくらいに。言いたいことがわかるんだ。尻で繋がる絆。まさにお尻合い!つまんね!
 優子ちゃんは、Not yetの一員として一年間の共同生活の真っ最中。Not yetの4人と、ノースリーブスの3人での共同生活。まだ始まって2ヶ月しか経ってない、長い長い共同生活。この間、私もともちんと一緒に訪問したばっかりの大きなマンション。ものすんごく高級そうで、私も住みたいなーなんて思ったり思わなかったり思ったり。


「しりりー……」


 優子ちゃんは、私を抱き締めたまま何も言わない。もちろんそれは私もだ。言うべき言葉に戸惑ってる。おめでとうでもない。良かったねなんて安い言葉でも無い。なんて言って良いのかがわからない。わからないけど、わかる。お互いを称えよう。頑張った1年間を。選挙期間を。お互いの順位を。


「嬉しかったよ、麻友」


 周りでは、他のメンバーがまた互いに互いを祝福していた。選抜入りを射止めた梅ちゃんや、SKE48の2人のエースである珠理奈と玲奈ちゃん、まだまだ涙を流してる由依ちゃん、ノースリーブスの3人。客席がほとんど空っぽになった武道館の中に、嬉しさが溢れている。


「えっ……?」
「来年は1位、取りに来るんでしょ?」
「あれは……」


 勢いで出てしまった言葉なんだ。1位になるだなんて。優子ちゃんに向けた宣戦布告。もちろん……勢いで出たからこその私の本音でもある。嘘は付かない。下手にヘタれたことは言わない。


「うん。取りに行く」


 誤魔化す必要なんてないや。嘘なんて言うことは無い。総選挙はいつだってガチなんだもん。神に誓って。お母さんに誓って。いつだって本心を、本気をぶつけなくちゃいけない。私の今の気持ちは、やっぱり悔しいんだ。


「それでこそ、負けず嫌いの麻友だ」


 最後に、優子ちゃんは私の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。攻めなくちゃ。攻めて行かなくちゃ。麻里子様が、潰しに来いと言っていたように。本気で乗り越えなくちゃいけない壁があるんだ。
 優子ちゃんが笑顔で私から離れる。どことなく、淋しそうな横顔だった。1位になったのに。頂点に立ったはずなのに。何でそんなに淋しそうなんだろう。梅ちゃんと話しながら、嬉しそうに笑ってるのに。






「麻友さん、おめでとう!」
「ありがと、珠理奈」


 中学校を卒業して、一段一段と階段を上り続ける珠理奈。衣装から私服に着替える更衣室で、珠理奈が満面の笑みを浮かべてる。目の周りは、腫れに腫れてるけど。珠理奈は珠理奈なりに嬉しかったのだ。去年よりも順位が上がったことが。そして多分……玲奈ちゃんより上の順位になったことが。
 優子ちゃんとあっちゃんが比べられてきたように、珠理奈と玲奈ちゃんも比べられてきた。SKE48の2人のエース。2人だからこその宿命。どっちが人気とか、不人気とか。どっちが真のエースだとか。プレッシャーは相当だったんだ。私にもわかるよ。私だって、似たような経験を沢山してきた。


「珠理奈もおめでと」
「麻友さんに比べたらまだまだだけどねっ!」


 ピッと右手の親指を立ててウィンク。どういう喜びの表現なんだか。高校生になっても、こういところがまだ子供なんだなーってたまに思う。それでこその珠理奈。まだ若さがある。それだけ時間があって、チャンスがある。
 私は……、もう18歳。高校も卒業してしまった。アイドルとしてのちょうど良い年頃に差し掛かってしまってる。あと2年たらずで二十歳。その頃でも珠理奈は17歳か……。本当に恐るべしだな、15歳児め……。


「もっと嬉しそうな顔しようよ、麻友さん!」
「珠理奈が嬉しそう過ぎるんだよー」
「そんなことはない!そんなことナイズドスイミング!」
「……」


 一旦スルーしておこうかな。ダジャレにしてはかなり無理があったし。スルーしても爽やかに笑う珠理奈だし。


「シンクロときめきとかけてみました!」
「そっちかいっ!しかも全く掛かってないし!」
「ふっふっふっ」


 不敵な笑みだ。ま、まさかとは思うが珠理奈が先を読んで考えたとでも言うのか……!?いや、そんなことがあるはずがない!単純実直でこその珠理奈なんだから!くっ、思わずツッコんでしまった。スルーするつもりだったのに……。


「これからも頑張ろうねっ!」


 優子ちゃんやきたりえとは違って、抱き締めてはこなかった珠理奈。いつもの珠理奈なら、やっぱり抱きついて来るんだと思った。抱き締めてこないけど、私の右手を両手で掴んでいる。


「真夏のSounds good!。今日の結果を胸に、攻めて行こう」
「珠理奈……」


 頼もしく見えた。とても頼もしく見えた。まるでマジすか学園のセンターのように、強く凛々しく、そして神々しく。
 攻める者。MVの中で、私達はそんな風に例えられた。「守る者」と「攻める者」の攻める側。けど、実際は「守る者」に手を差し伸べる。


「考えたんだけどね、攻めるって言うのは「守る者」を攻める訳じゃないんだよね」
「私達が攻めるのは……」
「攻めるべきは、48グループの危機にだよ」


 48グループの危機……。いつかピークが来るかもしれない。そんな時の為に、下火になんかさせないためにも、私達がどんどん攻めて行かなくちゃいけない。「攻める者」は、そういうことなんだ。


「私さ、正直言って今回はどうしても玲奈ちゃんに勝ちたかったんだよね……」
「だろうね……」


 そうだろう。私だって……本心を言えばゆきりんに勝ちたかったんだ。1回目も2回目も私より順位が下だったはずなのに。私がチームBのエースだったはずなのに。何で私よりも上に行っちゃうんだよ、お母さん!って風に。
 でも、そうじゃないんだね。優子ちゃんに勝ちたいんじゃない。ゆきりんに負けたくないんじゃない。あくまで、センターに立ちたいんだ。私がセンターに立って、AKB48に、48グループに新しい風を吹かせて行くべきなんだ。


「それが」
「攻めることだよね」


 珠理奈はまたにっこりと笑う。爽やかに。白い歯が、眩しいぐらいに輝く。私もそんな風に笑いたい。笑っていたい。簡単だ。心から楽しめばいい。総選挙というガチの場を。そしてこれからの活動を。お仕事を。歌うことや踊ることを。楽しもう。楽しんでこその攻めだ。
 心がウズウズと騒ぎだす。武者震い。選挙が終わったばかりだって言うのに。いや、来年に向けての武者震いだ。今から気持ちを切り替えよう。去年よりも、そして今年よりも、さらに私は本気になる。素直になれ。新しい風を吹かせるんだって、強く思おう。


「来年は」
「テッペン取りに行こう」














あとがき...

総選挙速報小説。

ひとつ屋根の下22のあとの話でごわす。

即興書きなのであんまり長くないですがあしからず!

メンバーの皆さん、本当にお疲れ様!


総選挙お疲れ様です!

何という結果・・・!とりあえず


まゆゆ2位おめでとー!!

じゅりな再上昇おめでとー!!

梅さん選抜入りおめでとー!!

フジテレビ途中で切るとかふざけんなー!!


麻里子様の演説に鳥肌が立って、

優子さんの1位に涙腺が崩壊し、

さしこの中継とヘタレで笑ったw


これからの48グループにも期待したいとおもいます!







ちなみにじゅりなに投票しました((ボソッ


こんにちは、
最近どうにも放置気味ですみません

なかなか書く時間がないのです
そしてちゃんと書き進めてますよ(>_<)
と言い訳になります・・・
一応生存報告と言うことで

ホルモンとアイどると二作連載中ですが
それでもアイデアとか以前にどんなのが読みたいのかお聞きしたときのコメントとか見てると
色々と他にも書いてみたくなっちゃいます・・・
ひとつ屋根の番外編も書きたいし

まぁそれは置いといて
総選挙が始まってますね
速報の梅ちゃんの順位に驚きました
他にも支店のランクインの多さと言ったら・・・
そろそろ自分も誰に投票するか決めないとなー

なんて思いながら間もなくファン歴1年を向かえるのであります

Program 2

"Daybreak of AIdol"





-M-



「この度は、本日より日本に配備されるAI-Dollシリーズナンバー0018・MYW-Ιの発表記者会見にお集まりいただきましてありがとうございます」


 報道陣や政界のお偉方、芸能関係者等、多くの見物がホールの中に集まってる。そこまでして見たいものなのかって聞けば、私だって当然見たい。もう一人の『私』とか関係なく、AI-Dollシリーズの新型機お披露目なんだから。絶世の発明だ。まるで人間にしか見えない超高性能アンドロイド。今までのAI-Dollシリーズだけを見ていれば、まさかあれが機械だなんて思う訳がない。だってただの人間だもん。


「けど、次のAI-Dollがまさか自分の分身だなんてねぇ」
「うん……」


 ホールの後方、出入り口の傍に立ちながら一人のタレントと話す。私より一つ年上。昔はヘタレヘタレなんて言われていたけれど、タレントとして、アイドルとして、そしてプロデューサーとして第一線で活躍してる。アイドル好きだからこそのプロデュース力。AKB48の新ユニットのプロデュースにも参加していて、四十手前とは思えないぐらいに元気だ。


「34歳もとっくのとうに過ぎてしまった!」
「麻里子様に思いっきり祝ってもらったじゃん」
「もう5年も前とは……」


 時が過ぎるのは早い。本当に早い。時間に比例するように、あの頃のメンバーとの仲はどんどん深まっていくばかりだった。さっしーこと指原莉乃もその一人。今でもたまに、一緒に食事に行ったり旅行に行ったりする。
 さっしーは年老いた秋元さんの右腕的存在としてその辣腕を振るっている。これがなかなかのプロデュース能力で、本当にヘタレのさっしーと同一人物なのかどうか怪しいところだ。


「まぁ作詞はりっちゃんに任せっぱなしだけど」
「きたりえ、元気?」
「うん、元気みたいよ」


 さっしーのプロデュース能力は並み外れているものの、しかし秋元さんのようにプロデュースと作詞の両立までは出来ていなかった。昔一度行った一年間の作詞企画のことを思い出すこともあるらしいけど、なかなか上手くはいかないみたい。そこで協力を求めたのが心友、北原里英。女優にしてアイドルにして作詞家。40歳になっても人見知りのきたりえに誰かのプロデュースは難しいみたい。けれど、芸能の仕事と作詞の勉強を両立してきて、今となっては48グループの曲の作詞をするまでになった。現在は外国の48グループの元を廻りながら、歌詞を考えてるとか。


「りのりえは凄いねー」
「麻友だって今度ミュージカル出るんでしょ?」
「まぁ」


 と、ホールのステージにスモークが巻き上がった。報道陣のカメラが一斉にフラッシュを光らせる。MYW-Ⅰ……、イチガタがついに全世界に向けて公開される。……なんて思うよりも先に、カメラのフラッシュってものもあまり進歩しないなーということを考えてる私だった。イチガタもAI-Dollなんだから、アンドロイドなんだからカメラとか録画機能とか内蔵されてるのかな。
 隣ではさっしーが前の席にまで乗り出して、食い入る様にステージを見つめていた。


「……そんなに大したもんでも」
「でも麻友がAKBに戻ってくる!」


 さっしーの目が思いっきり輝いていた。活き活きしてる時の秋元先生みたいな……。アラフォーとは思えないぐらいに子供っぽい。こんな風に心に余裕を持ちながら生きたいもんだ。まぁさっしーはさっしーなりに苦労はしてるんだけどね。何かあれば人気低迷だとか、プロデュース失敗だとか責められるのだから。


「これは大きいよ!何と言ってもRevival of Mの企画名は私が考えたんだから!」
「お前かー!」


 一気にホールの中が湧いた。私がさっしーに向かって吠えたからではない。ステージにイチガタが現れたからだ。アンドロイドとは思えない滑らかな動きは、本当に人間みたいだ。本当に……私だ。

[みーんなの目線をー頂きーまゆゆーッ!]

 あぁ、またやってるよ。私ってあんなことしてたのか。この歳になると、あんな風にはしゃいでる頃の自分がある種の黒歴史にも思える。もちろん若気の至りとも言うけどさ、自分もあんなことしてたんだなーって思うと、顔が熱くなる。






-Ⅰ-



ワタナベマユ本人ノ静脈ヲ確認...
起動準備完了...
システム確認中...
認証システム正常...
感情システム正常...
記憶メモリー容量0.1%...
言語システム...


itadakimayuyu x
イタダキマユユ x
いただきまゆゆ o


システムオールクリア...
AI-Doll No.0018 MYW-Ι 起動...



[みーんなの目線をー頂きーまゆゆーッ!]



 私コトMYW-Ιハ目覚マシタ.失レイシマシタ.言語しすてむヲ再確認中...ベ、別ニおんぼろジャナインダからネ!何と言ッテも世界最高峰のAndroidの最新型なンだかラ!おッとッと、しッかりシステム確認しなくちャ.
 なんて言ッてる間に確認OK!いやー、さすがはMYW-Ι!最新機種!私ッてば凄いね.とか自惚れちャうような性格は、起動している私を見つめる渡辺麻友様本人の和華かりし頃の性格なのです.失礼.若かりし頃の性格なのです.私は麻友様をモデルに作られた、言わば麻友様の分身.まァ分身とは言え、全てが違うのですけど.金属製の身体.皮膚も筋肉も全てが人工.身体中に血液なんて流れていない.流れるのは繊維型ソーラーセル、私の髪によッて蓄えられた電気.電気信号と、たまにオイルが身体中を駆け巡る.
 今現在語ッているこの言葉の羅列でさえ、全てはプログラムされたもの.麻友様の行動パターンから計算された言葉の羅列.数列.


「こ、これが私……」
「厳密に言えば、渡辺様を模した人工知能搭載超高性」
「説明は良い」


 『私』…….17歳の身体の私とは違う、年老いた本物の『私』.渡辺麻友様.オリジナルまゆゆ.年老いても綺麗だ.美人.機械に美意識がわかるのかッて?わかるよ.簡単だ.顔のパーツの配列やバランスを計算すればわかる.麻友様は綺麗だ.


[お初にお目にかかります、麻友様]
「いや……お初じゃないだろう」


 真ッ白い壁や床に囲まれた部屋の中で、麻友様は表情を無くしていた.笑顔率2%.楽しそうではない.嬉しそうでもない.隣にいるこれまた真ッ白い服を着た女性の方が笑顔率は高い.82%.目が笑ッているとは言えないので、営業用の笑顔と言えます.


[確かに麻友様は、この姿はお初ではないでしョうね.むしろ麻友様の身体ですから]
「様は止めろ、イチガタ」
[イチガタ……]


 『イチガタ』をキーワードに検索中.ヒットワード、『一型糖尿病』.うーん……、私は糖尿病?いや、麻友様がそのような言葉を知ッているとは思えない.糖尿病の経験は診断したところ無いようだし.


[イチガタ……?]
「あぁ、お前と私を区別するための名前だよ」


 名前……?私は、MYW-Ι.そして渡辺麻友だ.しかしそれとは違う、また別の名前…….イチガタ.麻友様の思考パターンから計算すれば、MYW-ΙがMAYU WATANABE型AI-Doll初号機であることから初号=壱、そして型をとッて壱型.つまりはイチガタということだろう.さすがは麻友様.なかなか安易だ.


[様はお嫌いですか?]
「17の頃の私が様を付けてたのはアニメのキャラクターぐらいだ!」
[まァそうかもしれません]


 麻友様の思考パターンならそうでしョう.誰かに敬われるとかも、好きかと言えばそうではないと思います.とにかく負けず嫌い.可愛らしい容姿からは想像もできないくらいに負けず嫌い.


[では、なんと及びすれば良いのですか?]
「及びじゃない。お呼びすれば、だ」
[失礼.変換ミスです]


 まァ最新機種ッて言ッても、今の技術じャこんなもん.計算と会話、そして動作を同時に行うと多少ながらエラーが発生してしまう訳です.言ッても想定の範囲内なので問題はありません。問題はあり得ません。


「様じゃなきゃ何でも良い」
[麻友ちャん]
「ふざけんなっ」
[様ではないです]
「渡辺様は別の呼び方をご所望よ。イチガタ」


 白い服の女性もそう言ッた.それに女性も様を付けて呼んでいる.……いつまでも女性では失礼.しかし名前を知らない.知らないからシロイさんで良いや.服が真ッ白ですからね.シロイさんからすれば麻友様はクライアントに当たるのだから仕方ないと言えば仕方ない.
 では、私は麻友様をどういう風に呼べばいいのでしョう.麻友様……麻友様……麻友様…….『渡辺麻友 呼び方』で検索中.……最適なワードの検索結果0件.再検索……、いえ、ここは自分で思考しましョう.そうでなければ人工知能搭載である意味がありませんから.
 シロイさんは麻友様を渡辺様とお呼びします.何故か.そういう関係だからです.なら私と麻友様の関係は……オリジナルと複製.麻友様を模した、機械で出来たレプリカ.麻友様がいるから、私は作られた.麻友様から作られた…….


[ママ……]
「マ、ママ……!?」


 私にとって、無くてはならない存在.母親のような存在.母であるべき存在だ.私……、いや、麻友様にとってのお母さんは実のお母さんと、そしてゆきりん.柏木由紀.麻友様を見守る優しい人.優しくて素敵な人.お母さんと呼ぶのでは、ゆきりんと同じになってしまう.だから……






-M-



[ママ―ッ!!]


 ステージの上で、イチガタが思いっきりはしゃいでいた。はしゃぎながら、こっちに向かって手を思いっきり振っている。ブンブンと激しく。本当に機械の動きとは思えない。何度でも言おう。あれが私と同じ容姿でなければ、アンドロイドだなんて信じない。
 会見の途中に急にママという単語を叫んだイチガタに、報道陣やお偉方、ホール中の人が振り返った。止めてくれ、イチガタ……。今注目を浴びるべきなのはお前なんだよ。


「あははははっ!」
「笑い過ぎだ、指原ー」
「だって……ママって!」


 お腹を抱えながら笑うさっしー。私だって、自分がそっち側の立場だったら笑うだろうさ。爆笑だったね。床に転げても良い。どういう思考回路してるんだって怒ってやりたいけど、結局イチガタの思考回路は私の性格を模したものらしい。昔の私は、確かにゆきりんを見てあぁ言う風にはしゃいでいた……ような気がする。
 
「イチガタちゃんはダンスも踊れるんでしょ?」
「聞いてないけど、AKBに入る以上は踊れるんじゃない……」
「そっかそっか。こりゃ話題になるね!」


 ウキウキしてんなー、さっしー。まぁ話題作りとしては申し分は無いだろう。しかし、オリジナルの自分としては複雑な気分だ。機械のくせに、本当に私を真似しやがって。技術の進歩には称賛を与えても良い。けど、あれは人工物なんだから。人工物で組み上げられた、レプリカなんだから。ママなんて呼ばないでくれ……。


「すんごいサプライズ演出でも考えよっ!なんならシンクロときめきをカバーさせるかっ!?サバどるをリメイクとかね!」
「カバーもリメイクも、結局私の顔なんだから意味ないじゃん」
「38歳役は麻友本人がやれば良いし!」


 ナイスアイディアだねっ!なんて褒めてやるかっつの。イチガタでカバー?リメイク?機械なんだから何でも出来るに決まってるじゃんか。どんな踊りだって、計算式をプログラミングすればそれで一発じゃないか。私があれだけ苦労してきたことを、高性能のあの子は何でもこなすんだ。機械の身体で。人口の思考で。私の性格で。
 38歳独身。現在恋人無し。そんな私に、もう一人の『私』という17歳の子どもがいきなり出来てしまった。機械の身体をもつ、特異だらけのアイドルが、その日デビューした。



新作公開しましたということで


[アイどるの夜明け-Revival of M-]


です。20年後のまゆゆとAKB48とアンドロイドの話。

AKB0048前提でもあるということで。

まぁ0048の3型目がまだどういう存在なのかわからないんですけど。

というかまだ0048見ていないんですけど(´□`)


20年後にそこまで技術が進歩しているかと聞かれれば

していないと思いますけど、さばドルの麻友と同じ年齢。

ある種、さばドルのパロディみたいなものですかね。

あんまり長い話にはしない方向で、よろしくお願いします。


Program 1

"Overture"




-M-


 何年経ったって、電車と言う乗り物の形状は大して変わらない。それはそうだと思う。変わる必要が無いのだから。もちろん車内は乗客が過ごしやすいように座席や空調などは改善される。それでも電車そのものは変わることは無い。今日もまた同じ線路の上を走る。私の乗る自動車の頭上、高架線を山手線が走り抜けて行った。秋葉原発、白いリムジン。
 自動車と言うものも大した変わりは無いな。いつまでも車輪が無くなることは無いし、空を飛び回ってる訳でも無い。しかしつい最近は外国で研究が進んでるとか。


「この度、渡辺麻友様にはお忙しい中、貴重なお時間を割いていただきましてありがとうございます」
「貴重という程でも無いわ」
「いいえ、時間は何時だって貴重です。Time is Moneyとも言うぐらいですから」


 私と向かい合うように座っている女性。無機質なぐらいに真っ白なスーツを着てる。スポンサーというか、研究員というか、美人秘書というか。まぁその存在は謎でいい。結局のところ私だって彼女が何者なのかわからないんだから。ただただ営業用と言わんばかりの笑顔を浮かべている。


「相変わらずお美しい」


 そうは言うものの、どうせ外交辞令に過ぎないのだ。何時だってそうだ。何時会ったってそうだ。これで会うのは何度目かわからない。何度目かはわからないが、会う度にそう言ってくるのだ。外交辞令にしか聞こえない。
 都内のビル群を縫うようにして、リムジンは進んでいく。見慣れた光景。ずっと芸能界で働き続けてきたのだ。都内のビルなら、どれがどういうビルなのかぐらい何となくわかる。この20年、いや、もっと長い。もうすぐ30年か。長い間芸能界にいるのだから。
 AKB48の名を知っている人間は少なくないだろう。きっと全世界の人間が知っているはず。かつて日本で"国民的アイドル"と称されたAKB48は、20年でさらに知名度を広げ、今や全世界にまで名は知れ渡っている。インドネシアのジャカルタから始まった海外拠点の姉妹たちも続々とその数を増やしている。
 AKB48の黄金時代と呼ばれたあの頃から、20年。私ももうすでに38歳。三十路なんてとっくのとうに過ぎ去って、四十路手前。あのころ流行った言葉をあえて使うなら、アラウンド・フォーティー。いわゆるアラフォーになってしまったわけだ。20年あれば全てが変わる。変わり続ける。変わることはできる。時代は流れ、世界は変わり、そして技術は発展した。まぁ私は、私達のような今を生きる人間は変わり続けることになれてしまったせいか、大した技術には大した驚きをすることは無くなってしまった。だって今を生きているのだから。
 充実した人生を送っている。送れていると思う。ドラマや歌、番組、舞台、沢山の仕事がある。元AKB48のメンバー達とももちろん連絡を取り合っている。しじみのように地味では無い。もちろん、しじみはしじみなりに充実していただろう。輝いていたろう。しかし私はそれ以上に輝いている。
 その内、リムジンはとあるビルの地下駐車場へと進入していく。都心の某所にあるビル。一見、周りにあるビルとは何の変わりも無い。何の変哲もない、普通のビルだ。しかしそうでは無いことを私は知っている。ただのビルで無いことを知っている。
 内部はビルなんかじゃない。研究所のようで、工場のようで、はたまた普通の会社のよう。フロアによっては学校のような錯覚に陥る。リムジンを降りて、白い女の後に着いて通路を進む。白いスーツと同じくらいに、ビルの中も無機質な印象を受ける。人の気配もほとんどない。もちろんこんなに大きなビルだ。まさか二人っきりなんてことはないだろうけど。


「こちらに手を」
「わかってる。急かさないで」


 エレベーターで別のフロアへ移動し、そして大きな鋼鉄製の扉の前に立ち止まった。私の身長よりも1メートルほど高い。静脈認証。虹彩認証。声紋認証。一つ扉をくぐる度に生態認証を繰り返す。いつ来てもこのシステムは面倒くさいな。それだけの重要機密でも無いだろうに。


「いいえ、もちろん最高機密です。国家的。世界的。兵器への悪用も十分に考えられる代物ですので」
「……時代はそんなに進んじゃったわけか」


 SF映画のような未来ははるか遠くのことだと思っていたのにな。……と、危ない危ない。私がもう年老いたみたいな発言じゃないか。そういうことは言わないようにしなくては。


「では……どうぞ」
"ポーン"


 女性が言うと同時に、真っ白な部屋の中に高い音が響いた。部屋に入ったという合図みたいなもの。真っ白な部屋。壁も床も天井も全てが真っ白で、まるで360度、全体が私達を照らしているかのようだった。
 そこ彼女はいた。彼女と言うか、『私』がいた。まるで梱包されたフィギュアのように透明の箱で覆われ、目の前の『私』は固い表情でそこにいる。鏡映しという訳ではない。鏡映しなら、その鏡には38歳の私が映るはずだ。そうじゃない。そこにいる。『私』がいる。38歳の私の前に、17歳の頃の『私』がいるのだ。肌はやわらかそうで、滑らかそうだ。背格好はあのころの私とまるで一緒。キュッと真っ直ぐなツインテール。今思えば恥ずかしいぐらいに固めていた前髪。見ていると懐かしくて、私ってこんなところに黒子があったんだななんて、自然と笑みが零れてしまう。


「いかがでしょうか」
「いかがも何も、すごい……」


 17歳当時の私の顔。驚きも驚きだ。マネキンや作り物、デスマスクなんかではない。私の顔。私の身体。高い位置で結んだツインテールに、「Everyday、カチューシャ」で着ていたマリンルックの衣装。今更この衣装ってどうなんだ……とは思うものの、17歳の頃の私にはそれがとても板に付いていた。
 私に飛び込んできた一つのお仕事。仕事?企画?プロジェクト?今でも健在であり、業界では長老とも呼ばれている秋元先生からの伝えられたのは、モデルだった。モデル……?どう言って良いのかわからないな。今でも芸能界で活動しているAKB48への、サプライズ。



"Revival of M"



 Mの復活。現在のAKB48へのお達しは、そう銘打たれたサプライズだった。襲名メンバーと呼ばれる、現代のたかみな……たかみなさんやあっちゃん達。3代目や5代目が続いている中で、唯一つの空席があった。私だ。あの頃のメインメンバーの冠が継承されていく中で、『渡辺麻友』だけは襲名されることは無かった。何故か。サプライズの為だ。


「まるで死体みたい……」
「渡辺様はお亡くなりになっておりません」
「当然じゃん」


 白いスーツの女性は『私』を見つめる私を見て、微笑んでいた。掴めない性格だな。秋元先生の知り合いとのことだけど、やっぱりよくわからない。私と同じ年齢……いや、もう少し若くも見える。


「渡辺様も相当お若く見えますが」
「でも、この子には勝てない」
「我が社、そしてこの国の技術の結晶。人工知能搭載の超高性能自立式アンドロイド・AI-Doll。シリーズナンバー0018。MYW-Ι」
「それが……この子の名前」


 真っ直ぐに、スラッと伸びた細長い手足。柔らかそうな肌と唇。何から何までが、当時の私そっくりの、もう一人の『私』。私をモデルにしたアンドロイド。まさかAKB48にアンドロイドを送り込むだなんて、秋元さんの考えることは突拍子もない。


「えぇ。渡辺様の性格や癖、口調などの全てを17才当時のまま人工知能に集約しました」
「……私の性格の全てを数式、プログラミングで表せるとでも?」
「失礼しました」


 あの頃の私は、確かにCGだとか言われていた。もちろんそんなのは冗談の域であって、私の笑顔をコンピュータなんかで再現出来るわけがない。もちろん技術は進歩している。あの頃の技術とは比べ物にならないぐらいに進歩して、進化している。
 自立式アンドロイド・AI-Dollシリーズの評判は私も聞いている。全世界が知っている。シリーズナンバー最初の3体は稼働実験の際に異常を来たし廃棄。現在世界各地に14体の存在が確認されているAI-Dollシリーズ。人間そのものの動きを再現したと言われるAI-Doll。本物を直に見たことはないけれど、起動しているAI-Dollの動画を見たことがある。アンドロイド?何を言っているんだ。動いているのはただの人間じゃないか。そう思わせるぐらいに人間の動きを忠実に再現していた。


「何かご質問は?」
「いいえ……、特には無いわ。AI-Dollの機能なんて世間の皆が知っているし」
「説明不要で助かります」
「……強いて言うなら」
「はい」
「この子をどう呼んだらいいんだろ」


 この子もまた、渡辺麻友なのだ。私も渡辺麻友であり、同姓同名でなく、同じ人間。いや、アンドロイドを人間と呼ぶのはおかしいか。同じ存在。18才当時の私の再現。再生。誰かがこの子を『渡辺麻友』とか『まゆゆ』と呼ぶのは構わないが、しかし私はどう呼べばいい。結局は自分なのだ。自分を呼ぶのはおかしいだろう。子供じゃあるまいし。


「お好きなように呼べばよろしいかと」
「MYW-Ι?」
「MAYU WATANABE型初号機の略です」


 初号機って……。まるでこの子が使徒とでも闘うかのようだ。AI-Dollに戦闘用兵器が積んであるなんて話は聞いたことがない。それにまさかとは思うが弐号機や参号機の登場フラグにならないだろうな……。って、いつの時代の話だ。フラグなんて言葉も今となっては死語みたいなもの。口に出すのだけは止しておこう。


「壱型……」
「イチガタ?」
「この子は壱番目のMAYU型。壱型」


 まゆゆ壱型。この子の名前。私が呼ぶ、もう一人の渡辺麻友。人間ではない、機械の体を持つ渡辺麻友。憧れていた、憧れ続けていたSFがここにある。目の前にある。人工知能。人工筋肉。動力はもちろん電気だし、髪の毛にしか見えない10万本もの細い繊維はそれぞれがソーラーパネルの役割を果たす。最長2週間は充電不要。防水はもちろん防熱、防寒。防げないのは人間と同じく拳銃や兵器、武器類。そして高熱。つまりは火。それぐらいと聞いている。


「ナノマシンの導入による傷の自然回復も考案されましたが」
「さすがにそれはな……」
「えぇ」


 正直言って、機械が自動的に修復するなんて気味が悪い。データの復旧とは訳が違う。機械は……いつまで経っても機械のままで良い。治すではなく直す。治療ではなく、修理。人間の手による修理。機械は機械だ。


「起動しましょう」


 女性がそう言った。この女性の名前、そう言えば聞いていないな。今更どうでも良いけど。しかし女性と呼び続けるのもどうだろうな。真っ白なスーツなだけに、通称シロイで良いか。名前を知らないスタッフにあだ名を付けてる気分だ。
 シロイが真っ白な壁の一部分をスッと撫でた。するとそこにコンピュータの画面が表示される。細く長い指でスッと操作をするその姿は、随分と手慣れている。むしろ慣れていなかったら困るが。


「お下がりください」


 言われた通りに一歩下がると、壱型を覆っていた透明の箱が崩れるように消え去った。溶けるようにして。もちろんただのガラスやプラスチックがそんな風に消えるわけがない。透明な箱に見える、ただの立体映像。解除する前に触れれば警報が鳴る。そうなってるらしい。
 さらにシロイは壁に表示されているコンピュータを操作し続ける。システムに異常は無い。起動実験はもうすでに終了しているとも聞いてる。ついに……もう一人の私と出会う時が来た。


「どうぞ」
「え?」


 さっきまで起動画面が映し出されていたその場所に、入口にあったのと同じ静脈認証の画面が表示されている。


「本日この場より、MYW-Ⅰ……、イチガタの起動権限を渡辺様に委譲されます」
「その権限は誰から……?いや、聞かなくても何となくはわかるけど」


 48グループの全権限を手中に収めている人間なんてただ一人しか考えられない。今でも長老として、その手腕をふるい続けているのだから。凄いなんてものじゃない。そんな安っぽい言葉じゃ全く持って足りない。未だに掌の上で踊らされているようだ。そんなあの人から権利を譲り受ける……か。なら躊躇してる場合じゃない。


「ポチッとな」


 画面に触れると同時に、ワーンと部屋の中に音が響いた。置いた掌から、画面から、部屋全体に向かって幾何学的に光が走り抜ける。やがて光は一点に集中していき……


[みーんなの目線をー頂きーまゆゆーッ!]


 目を開き、全身で部屋の真ん中に飛び出す壱型は、かつての私のキャッチフレーズを叫んだ。満面の笑みで。満面の、機械的な笑みで。それがかつての私との、もう一人の『私』との……初めての出会いだった。



side W



「何であいつが付いて来んだよ……」


 アキチャとウナギが呆れた顔をするのもわからなくはなかった。私……俺れらのチームに妙な因縁を付けては追いかけ回してきたんだからな。殴られもしたし暴言も吐かれたし、そりゃ呆れもするだろう。むしろ俺がこいつらの立場だったらキレるとも思う。きっとキレる。多分キレる。絶対にキレる。


「まぁ良いじゃねぇか」
「良くねぇよ!ヲタ、お前はあいつに偉い目に合わされただろうが!」


 いやいやいやいや、ウナギさん。偉い目も何もあいつとタイマン張ってる時にラッパッパが乱入してきたって話であって、別にあいつのせいじゃない。単に運が悪かった。俺の運が悪かった。入学初日から矢場苦根に絡まれて、3日目にはトップ集団から目を付けられる。そしてついには集団リンチだ。運が悪いと言わずして何と言えば良いんだか。
 とは言え、良いことだってその分あったんだ。ウナギとムクチとアキチャという仲間ができた。と……友達って言って良いんだろうか。一緒にいる仲間ができた。優子さんのような人達にも出会えた。そして、素直じゃないけど。不貞腐れてるけど。バンジーが俺達4人の少し後ろを付いて来ていた。


「俺はお前を仲間だなんて認めねぇぞ!」


 ウナギが立ち止まって、バンジーを指さした。右手の人差し指を真っ直ぐバンジーに向ける。橋の上。入学式の日に、優子さんが降ってきたあの橋の上。矢場苦根の溜まり場が近くにあるってのは分かってる。けど、何となく今日は大丈夫なんじゃないかなって野生の勘がそう言ってる。


「知るかっ」


 バンジーはそっぽを向きながら、吐くようにそう言った。うわー。バンジーはバンジーで愛想悪いなー。なんでそこまで愛想悪いのに俺達に付いてくるんだか。まぁ誘ったのは俺なんだけどさ。こんなにも素直に……素直に?素直かどうかはわかんないけど、付いてくるもんだとは思いもしなかったんだ。
 いばらの城から抜け出して一週間。騒動は想像以上に沈静化していた。まるで何事も無かったんじゃないかってぐらいに。俺達が無関係であることを優子さんが言ってくれたからだろうか。この一週間、ヤンキーに絡まれること無く普通に学校生活を送っていた。


「何だと、こらっ!」
「止めろっての」
「喧嘩なら買うぞ」
「バンジーも落ち着けって!」


 何でこいつらはここまで気が短いんだか。俺と違って根っからのヤンキーなのかもしれない。……って、ウナギは俺と同じビビりだったはずじゃないか。それにバンジーよぉ、少しは性格丸くなっても良いじゃんか。一週間も休んだんだからよ。
 バンジーはこの一週間学校に来なかった。ラッパッパの猛攻に恐れをなしたのか、それとも猛攻によって負った怪我が酷かったのか。一週間ぶりに学校にやってきたバンジーを見れば後者であることは明らかだった。袋叩きにされて残った顔の腫れは引いていなかったし、右脚には包帯を巻いている。見てると少しだけ歩き辛そうだ。


「よ、よぉ……」


 今朝、バンジーはゆっくりと歩きながら、不貞腐れたような顔をして教室に入ってきた。窓際のムクチに席の周りに集まっていた俺達の4人のすぐ傍を不機嫌そうに通り過ぎる。そんなバンジーに、俺はダメ元で声をかけてみた。いや、何となくさ。ここは声かけるべきかなって思って。別に敵じゃないし。もちろん味方でもないけど。一緒にラッパッパにやられた仲なんだから、何となくそんな意識が芽生えちまった。どうせバンジーのことだし、こんなことしたって無視されるんだろうとムクチ達の方に向き直って


「おぅ」


 小さな声でバンジーがそう返事をした。まさかバンジーが応えるなんて思わなくて、呆気に取られたまま今日一日を過ごしてしまった。一週間前は、結局ほとんどなにも話さないままだったから。喋るのもやっとなぐらいにボコボコにされたから。
 で、何処行く宛ても無く4人で帰ろうとしてたら今度はバンジーの方から声をかけられた。


「……お前、何でそんなピンピンしてんの」
「えっ?」


 ピンピンって、そんなにピンピンしてるか?これでもまだ傷とか残ってて痛いんだけどな。痣も沢山あるし。まぁバンジーみたいに歩きづらいとかそんなことは全くもってないんだけど。


「てめぇの身体はどうなってやがんだ……」
「ヲタが丈夫なんじゃね?」

 そう言ったのはアキチャだった。アキチャはウナギと違って、バンジーが話しかけてきてもいつもみたいに能天気にしていた。まぁアキチャだしな。沸点が低いのはウナギとあんまり変わんねぇけど、沸騰しにくいらしい。と言うよりはどうやったら沸騰するのかがわかんねぇ。


「ていっ」
「ひゃんっ!」


 アキチャが急に俺の脚を掴んだ。スカートの下から露わになってる俺の脹脛を。急に触られたせいか、奇声が出てしまった。奇声過ぎて周りの4人が俺をマジな目線で見つめていた。恥ずかしい……。
 奇声が恥ずかしすぎて、逃げるように小走りのまま帰り道。バンジーが付いて来て、そんでウナギがキレてる。素直じゃないけど付いて来るバンジーが嬉しいし、俺のことを心配してくれるウナギの気持ちが嬉しかった。喧嘩はしないでくれたらありがたいけど……まぁそうもいかない。


「本当に仲間にすんのかよ!」
「あぁ」


 何か騒動に巻き込まれる時に、一人でも仲間が多い方が頼もしい。バンジーなら腕っぷしも強いし、俺達に無いような度胸だってある。俺達が変われるかもしれない。そして一匹狼のバンジーが、もしも、もしかして心を開いてくれたらそれも嬉しいなって。……ヤンキーらしくねぇな。


「……勝手にしろ!」


 そう言うとウナギは一人早足で先を歩いていく。おいおい、一人で行くんじゃねぇよ。また矢場苦根さんに絡まれたらどうすんだっての。バンジーが早く歩けないんだしよ。


「アキチャ、ウナギを一人にすんな」
「りょ!」


 アキチャはまた能天気に敬礼をしてウナギの後ろを付いていく。まず了解を略すなってことと、敬礼は左じゃないぞ。ちゃんとやるなら右でやれって。


「……っ!」


 振り向くと、バンジーがちょうど道端の小石に蹴躓く瞬間だった。小石なんかに蹴躓くなんて、一匹狼が可愛らしいじゃん。なんてことを考えている場合でなく、なかなか危ない状況だった。右脚ケガしてて不安定なんだから、危ないに決まってる。
 と、俺が手助けに入る前にムクチがバンジーの上体を抱きこんだ。


「……わりぃ」


 バンジーはムクチに助けられて、決まりが悪そうな表情だった。人に助けられ慣れてないんだろう。少しだけ、頬が紅くなってる。





side Y



「な、なんでシブヤがいるのっ……!?」
「いちゃ悪ぃのかよっ!」


 トリゴヤにつっかかるシブヤの声が教会の礼拝堂に響いた。ブラックの家である教会。町の片隅に教会はあって、そこが私達5人、いや6人の溜まり場になっている。神聖なとこでヤンキーが集まるなって?何言ってんだ。神聖なとことか髪とか仏とか言う前に、ここは友達の家なんだから良いじゃんか。ブラックだって、気楽そうに長椅子に腰掛けて本読んでるし。ゲキカラなんて祭壇の上で寝てる。何かしらの罰が当たるなら、きっとあいつが一番だろう。いや、ゲキカラだけはどうにも許されるような気がした。それぐらいにあいつは純粋だ。


「それにしても遅かったじゃん、サド」
「すみません」


 トリゴヤと一緒に礼拝堂に入ってきたサド。いつも通りのポーカーフェイス。息を切らしている訳でもなく、汗を掻いてる訳でもなく、ただただ冷静。トリゴヤなんて、サドと正反対に汗だくだし息を切らしてる。まぁトリゴヤの場合はそれが常だな。何かあればその辺のヤンキーに追いかけまわされてる。それぐらいに隙だらけ。基本的にボーッとしてるし、ほんと鶏みたいだ。
 けどトリゴヤはこれで強いんだ。信じられないだろうけど、パンピーぐらいならぶっ飛ばせると思う。それに変に勘が鋭かったり運が良かったり、異常なぐらいに変で、異常なほど面白い。ドジな様子は見てて飽きないんだよなー。


「別に謝ることじゃねぇけど」
「す……みません。コマに遭遇したもので」


 コマなー。ありゃラッパッパの中でも色々厄介だ。何気に優秀な手駒が多い。あれは、ただの木っ端と訳が違う。一人ひとりならまだしも、人数が揃えば私だって苦労する。まぁ勝てないことはないけど。結局は人海戦術なんだから対処できないこともない。


「うちのサークルは使わせ」
「使う気は無いっての」


 シブヤは結局、素直に私らのとこに来てくれるようになった。まぁここに来るのは今日が初めてなんだけど。シブヤはシブヤでこの一週間、ギャルサーのメンバーと色々話したようだ。上下関係を気にしないつっても、名目上は私の下に付くのと同義だもんな。スタッズをちりばめた真っピンクのパーカーを身にまといながら、長椅子に腰かけてトリゴヤを睨みつけている。シブヤを追いかけてたのは基本的にトリゴヤだからな。まぁシブヤの性格じゃキレるかもしれんな。


「タイマンと多人数で戦い方変えねぇと。なぁ、ブラック」
「私は……いつも同じ」
「あはは、そかそか」


 ブラックのオヤジさんは私達が来ると部屋に引っ込んでしまう。そんなにビクビクすることでもねぇだろ。そりゃ確かにムカついて一発殴っちまったけどさぁ。お客さんが来たらお茶とかお茶受けだすもんだろうが。って、私客やないかっ!
 ブラックは相も変わらず暗い。暗くて黒い。サドと同じに寡黙なタイプ。基本的には黙って本を読んでる。聖書とか詩集とか。そういうのが好きなんだろうな。身体を動かすよりは文化系なタイプだし。でも結構ノリは良かったりして、私の冗談に乗っかってきてサドやトリゴヤをイジることもしばしばある。顔はいつだって無表情だけど、楽しいんだと思う。信頼がおける奴だ。ゲキカラも妙に懐いてるから任せられる。


「コマが動いてんの?」
「いえ、そうではないと思います」
「トリゴヤはどう思う」
「うーん、嫌な予感はしない……かな?」


 唇を尖らせて、明後日の方向を見つめながら首を傾げるトリゴヤ。なるほどなるほど。トリゴヤの予感、いや、それはもう予言の域だろう。トリゴヤの予言がそう言うんなら大したことは起きないんだろう。しばらくは動きが無いと見て良さそうか。とは言ってもたまに外れるんだけどな。
 と、そんなトリゴヤとのやり取りをシブヤが唖然とした表情で見つめていた。


「シブヤのかくれんぼを見つけてたのも全部トリゴヤなんだぜ?」
「意味がわかんねぇ……っすよ」


 無理やり敬語に変えてきた。もちろん敬語って言うにはまだ無理があるけど、それでもシブヤなりに敬意を込めている。私は別に良いって言ったんだけど、下に付くって言うのはそう言うことだからってよ。そこまでプライド曲げなくて良いのにな。シブヤはシブヤなりに偉そうにしてりゃ良いんだ。


「私もトリゴヤのことはよくわかんねぇよ」
「優子さんってばひどーい!」
「だってわかんねぇもん!」


 サドは……何か知ってるらしい。サドとトリゴヤは小学校の頃からの幼馴染ってやつで、付き合いもそれなりにあったらしい。トリゴヤを紹介してくれたのもサドだ。すっとぼけてるけど使える奴とか何とか。初めて見た時は私もシブヤと同じような気持ちだった。こんな絵に描いたようなドジっ子で大丈夫かよ……って。まぁそんな不安は付き合いを重ねて行くうちに払拭出来たから良い。トリゴヤに何があるのかも聞かない。別に知りたくもない。見ていて面白けりゃ、それで十分。


「ま、ラッパッパのことは置いとこ」
「置いていいのかよっ!……良いんすか」
「そんな無理すんなって。おい、ブラック。例の物」
「もうそこに」
「えっ?」
「はっ?」


 シブヤと2人して長椅子の方に振りかえった。さっきまでそこには何も無かったはずなのに、置いてあった。何がって紙袋が。何時の間に……。何時もなら何となく付いていけるブラックのスピードなのに、油断した。ってか私の隙を付くとはなかなかやるじゃないか。


「ほい、シブヤにプレゼント」
「プレ……、はっ?」


 シブヤの好きそうなピンク色のスカジャン。スカジャンはうちに結構あるんだ。ちっちゃい頃から、着るわけでもないのにさ。多分両親の物だったんだろう。両親が着ていたんだろう。顔も知らない両親。祖母ちゃんには死んだって聞かされてる。どうせうちにあっても着るもんじゃないし、それならいっそ誰かに来て貰った方が嬉しい。ブラックが身に付けているように。ゲキカラが身に付けているように。トリゴヤが身に付けているように。シブヤにもスカジャンを上げたかったんだ。
 一応サドにも銀色のやつ上げたんだけどさ、あいつはあいつの信条として毛皮のコートを羽織ってる。私を慕うあいつが唯一断ったことだ。それならそれで良い。


「スカジャンって……」
「嬉しいだろっ!」
「これから夏になんのに……っすか?」
「あっ!」
「あっ!って!!」
「優子さん……スカジャンは暑い」
「本当に暑いよー」


 静かに無表情のままのブラック、そしてスカジャンを着崩しているトリゴヤの頬に汗が流れていた。そういや今日は暑くなるとかサドが言ってたっけ!サドを見ると、静かなに真っ直ぐ立ちつくしてるけど、どう見ても毛皮のコートは暑そうだった。


「お前ら、暑かったら脱げよ!」
「一人だけ制服で涼しそうにしてるのは優子さんじゃーん」
「こればっかりはトリゴヤに同意……っすよ」
「麦茶、取って来ます……」


 爆睡してるゲキカラだけは、暑さを感じさせないぐらいに気持ちよさそうだ。





side W



「ちょうどここで助けられたんだ。優子さんに」


 橋の欄干に寄り掛かって、下のランニングコースを見下ろす。矢場苦根に絡まれてたムクチをここで助けたんだった。もうそれも1か月前のことか。結構早かったな。あっという間だった。まぁその間に何度ヤンキーに絡まれたかはわからないし、自分がどう変わったのかもわからない。


「それでも優子さんとの出会いは大きいと思う。な、ムクチ」


 俺と同じようにして橋の下を見下ろしていたムクチがニッコリと頷く。そういやムクチは出会ってからと言うもの、全く喋ることは無かった。たまにメールを打つこともあるけど、メールの中だけは超絶と言って良いぐらいに饒舌だった。今日はこんなことしたよねとか、こういうのが嬉しかったとか、ラッパッパにやられた時も心配のメールをくれたし。声は聞いたことないけど、何となく繋がってる気はする。


「大島優子……」
「バンジーも優子さんに憧れてる口?アキチャが憧れてんだよ」
「結局お前は大島優子と繋がってんのか?」


 あー、そこから聞くんだ。まぁ聞きたくもなるんだろうな。一応これでも学校の話題にはなったらしいから。シンデレラといばら姫に目を付けられた新入生。大島優子と繋がりを持つ新入生。作りたくもない噂や伝説を絶賛制作中。本当にそんなものはいらないんだけどな。


「入学一ヶ月で大島軍団、シンデレラ、いばら姫と接触だ。注目されるのも無理はねぇ」
「でももう弱いのはバレてんだろ?」
「だろうな」


 一週間で全くと言って良いぐらいにヤンキーに絡まれなかったのが良い証拠だ。注目株も大暴落ってわけだ。それで良いよ。別に優良株ってわけじゃないし、優子さんの名前で上に行っても面白くは無い。迷惑はかけられないだろ。


「繋がっちゃねぇよ」
「まぁお前なんか助けても仕方ないもんな」
「他人に言われると何か腹立つ。お前も慰めんな!」


 俺の肩をポンポンと叩きながら、何か良い笑顔のムクチ。こいつは何様なんだよ、全く。調子に乗ってるんじゃねぇぞ。バンジーも口が悪いのは変わらない。憎まれ口で目つきが悪い。ヤンキーになる為に生れて来たような奴だな。


「逆にバンジーは、よくラッパッパの部室に一人で行こうとか思うよな」


 姉ちゃんが取れなかったものを取るって言ったって、入学して早々に上るもんでもないだろう、あれは。人が降ってくるんだぜ?人間技じゃねぇよ。優子さんやサドさんだって、あんな細い腕であれだけの力を出せるってどうなってんだよ。身体の構造が気になって仕方ない。


「自分を試すにはちょうど良いだろ」
「試すにもレベル高すぎんだろ!」
「馬路須加に入ったくせにチキンな奴だな、お前」


 うぐっ……。今更そこに触れるんじゃねぇ。チキンなんてのは自分でもよくわかってんだ。一ヶ月でやっとこさ慣れたところなんだよ。人が飛んだり、瞬間移動したり、血塗れだったりしてさ。それでもそういう人間はマジ女のほんの一部なんだってようやくわかった。最低でも俺達のクラスには優子さん達やラッパッパみたいなヤンキー、それに学ランや着物を着たような妙な奴もいない。冷静に見りゃ、少し粋がってるぐらいの高校生だ。俺らと同じ、中学卒業したばかりの高校一年。


「私の見立てじゃ、1年C組で最強と言えるのはお前らだ」
「へっ」
「お前の言う通り、クラスの奴らは少し粋がってるだけだ。どうせ中学で問題児とか言われて調子に乗ったんだろ」


 あはははは……はは。正直に言えば、俺もその口だった。中学で粋がって、人もまともに殴れねぇのに馬路須加にやってきた。今にして思えば、ただ持て囃されてただけだろう。ヲタクのくせにな。まぁ語るほどのものでもない。中学時代のことなんか別に興味ないだろ。


「大島優子やその類みたいな人間じゃなきゃ、人数が物言うだろ」
「クラスじゃ俺らのチームが最多ってことか」
「それだけじゃねぇ。アキチャとウナギって野郎も、その辺の奴よりは腕っぷしはある」


 へぇ。こいつって、短気なくせして結構冷静に周り見てんだ。まぁウナギはどうか知らないけど、確かにアキチャは強いと思う。私に比べたらな。タッパはあるし、何か慣れたような動きだし。


「お前も大概変だし」
「変とは何だ!」
「シンデレラにあんなに攻撃喰らって普通に立ってたじゃん。なぁ」


 バンジーに同感と言わんばかりにムクチが頷く。あー、そういやそんなこともあったっけ。あの時は……何で立ち上がれたんだろうな。俺自身訳わかんねぇや。


「ムクチだっけ?お前はよくわかんねぇや」
「こればっかりは何もフォローできねぇよ、ムクチ」


 バンジーにせせら笑いされてプゥッと頬っぺたを膨らませるムクチだけど、膨れるのは違うだろ。膨れるぐらいなら何か喋れっつの。キャラ付けって言っても徹底しすぎだろうが。


「そういやウナギとアキチャはどこまで行ったんだか」
「どっかで絡まれてんじゃねぇの?」
「……不吉なこと言うなよ」


 そんなこと言われると何か心配になってきた。追いかけるか?いや、けどバンジーを置いていくわけにもいかないし。あいつら、ケータイ持ってるはずだし掛けてみた方が早いかな。
 ポンポンと、またムクチが俺の肩を叩く。今度は励ましとかじゃなくて、向こうを見ろって言う合図。振り返ってみると、ウナギとアキチャがこっちに向かって駆けて来ていた。


「おー、お前らー……って」
「めんどくせぇもん引き連れてんなぁ」
「おめーら逃げろー!!」
「待てやごらーっ!!」
「糞ガキッ!!!!」


 俺もムクチも思わず一歩引いた。一か月前にここで出会った矢場苦根のヤンキー達だった。ですよねー。俺の野生の勘なんて当てにならないことぐらいわかってるよ。相当怒ってらっしゃるし。そりゃそうだ。ウナギが倒したヤンキーもその中にいるんだ。
 全部で7、8人。見た感じ木刀とか鉄パイプみたいな危なっかしいものは持ってない。せいぜい鞄ぐらいか。学校帰りと見た。


「早く行け」


 バンジーが涼しい顔でそう言った。行けって言っても、お前が逃げらんないじゃんか。走れないからって囮になろうとでも言うんじゃねぇだろうな。つか絶対にそのつもりだろ。マジ女の制服着てんだから、ただで見逃して貰えるわけもない。自己犠牲のつもりか?囮になる私カッケー!みたいな?いやいや、それがマジならカッコ良すぎんだろ。漫画や小説じゃあるまいし、そんなカッコ良いことさせるかよ。


「てめぇ一人残していくか、バーカ」
「あっ?」


 馬鹿って言ったら睨んだ。本当にこの子ってば短気で困るわー。なんて怯むかよ。怯んでる場合じゃないだろ。いつもの俺なら逃げるけどよ、逃げるのがダメなら拳握るだろ。頭垂れて謝るのだって、プライドが許すわけがない。ちっぽけなプライドだけどよ。


「ウナギ!アキチャ!回れ右!」
「えっ!?」
「そう言ってくれると思ったぜ、リーダー!」


 アキチャってば良い笑顔だなー。やっぱりそれなりに喧嘩好きなんだな。キュッと橋の上でブーツを鳴らして、瞬時に構える。呆れ顔のウナギだけどこの際関係ないね。腹括れ、腹!
 本当は泣きそうな俺だけどさ、虚勢張るぐらいしか出来ないんだ。物凄い形相で迫ってくるヤンキーはマジで怖いけど、それでもラッパッパに遭遇するより何倍も、何十倍もマシだ。つーかムクチよぉ、喧嘩の直前なんだからもう少しそれっぽい表情作れないのかよ。キョトンとしやがって。あー、吐きそう。







「いってぇ……」
「無闇に突っ込むからだろ」
「ヲタもウナギもへっぴり腰なんだよ」
「うっせぇっ」


 矢場苦根のヤンキーとの喧嘩は結局勝った。勝ったんだと思う。興奮してたし、よく覚えてない。ただ、気付いた時には「覚えてろ!」ってヤンキーの一人が声を張り上げていた。まともに喧嘩できるのがアキチャだけだってのに、よくぞまぁ勝てたもんだ。もちろん、こっちも被害はゼロだったわけじゃなくて、それぞれ顔とか身体とか殴られて怪我してる。バンジーなんて見るからに怪我してたもんだから右脚ばかり狙われてた。


「大丈夫かよ……」
「人の心配してる場合か。唇切れてんぞ」


 一人じゃ歩き辛そうだったからバンジーに、肩貸しながらゆっくり進む。バンジーのことだから拒否されるもんだと思ったけど、案外素直に応じてくれた。それぐらいに一人で歩くのが辛いんだろう。
 いやいや、そんなことあるわけないやろ。なんて思いながら空いた右手の甲で口許を拭ってみると……ほんまやん!ほんまに血が出てるやん!と、エセ関西弁で驚いてみる。
 実力としては拮抗してたのかな。苦戦と言うほどの苦戦では無かったし、善戦と言うほどの善戦では無かった。数が少なかった分、善戦だったと思っておこう。勝ったわけだし。


「完全に顔覚えられてんな……」


 そう呟くウナギ。アキチャ曰く、橋の先の方までしばらく行ったところで矢場苦根に絡まれたらしい。ウナギの顔を覚えていたんだろう。あの時だってたった2人の新入生に倒されたわけだから、因縁の一つも抱いてて可笑しくない。もうこの辺を一人で気軽に歩くなんてことはしない方が良いな。ビビりのウナギに関しては、絶対にそんなことはしないと思うけど。


「どんだけビビりなんだよ」
「ビビりじゃねぇ!慎重に生きてんだよ、てめぇと違って!」


 噛みつくようにウナギはバンジーに言い返した。慎重に生きてるか。その言い方は良いな。俺もそれ使うようにしよ。


「で、何処だよ。お前ん家」


 先導するように俺らの少し先を歩くアキチャだけど、もちろん道を知らないままに歩いてる。そりゃまぁそうだろう。知り合って間もない同級生の家なんてそう知ってるもんじゃないし。俺だってこの中じゃウナギの家しか知らない。アキチャもムクチも帰り道が結構違うから。そんな俺達は今、バンジーの家に向かってる。このままバンジーを一人で家に返すわけにもいかないし、どっかで傷の手当てでもしたいなってことでバンジーが


「家……来るか?」


 って。断る理由も特に無し。ウナギだけはちょっと意地を張ってたけど、俺らが行くって決めた時点で断れなかったようだ。バンジーを一人にするわけにもいかないし、まさか自分が一人になれるわけもない。結局満場一致で可決。
 橋から少し離れた住宅地。俺やウナギの家とも大分離れてる。アキチャも家は学校挟んで逆側らしい。ムクチは……よくわかんなかった。色々伝えようとしてたけど、手の動作だけじゃ誰にも理解出来なかったし、揃って「いや、喋れよ」って突っ込んだ。また頬っぺた膨らましてたムクチだけど、今は呑気に一番後ろを歩いてる。


「もうすぐだ。そこの教会んとこ、左に曲がれ」


 この街には似つかわしくない古びた教会だった。古びてるけど、外観はとても立派だ。この街にこんな所があったのか。まさかヤンキーが踏み込んで良い場所じゃなさそうだし、構うものでもない。
 左に曲がるとごく一般の住宅が並んでいる。その中に仁藤という表札の家があった。ちょっと小綺麗なクリーム色の外壁。協会とは別の意味で、ヤンキーが住んでるとは思えない。何て言うか、絵に描いたような綺麗な家だもん。案外と良い家のお嬢様か何かだったりして。


「まぁ可愛らしいお家ですこと」
「あぁっ?」


 ウナギの馬鹿にしたような含み笑いに、バンジーが眉根を寄せる。ウナギの隣でムクチも震えてるし。まぁ似つかわしくないって言う意味で言えば……俺も笑ってしまいそうだ。けど、家は家だし。そういうので人のことを笑っちゃいけないんだぞ。


「バンジーって良いとこのお嬢様か何か?」
「んなわけねぇだろ、この街に住んでて」
「ふーん……」


 ただ、裕福そうではある。うちはパパ……親父はただのリーマンだし、そこまで裕福ってことは無い。マジ女に入ったのだって、学費が安いって言うのも一つの理由だし。私立であるはずなのに、学費は格安なマジ女。さすがに騙されてるんじゃないだろうかってぐらいの。まぁ授業をちゃんとやってる訳でもないし、何となく理由はわかるけどもさ。あの校長のことだから、考えはわかんねぇ。


「とりあえず上がれよ」


 そう言いながら、バンジーは玄関扉を開けた。片腕は俺の肩に回してるから手伝ってやらんと大変そうだ。右脚がこれじゃ踏ん張りも聞かないだろうし。開けてみると、またまた小綺麗な玄関。花とか飾ってあるし。てっきりこんな目つきの悪い短気な子が住んでるもんだから、外観は綺麗でも中は荒れ放題……とか思ってたのに。


「姉ちゃんもマジ女だったんだろ?」
「あ?違ぇよ」
「え?でも姉ちゃん、マジ女のテッペン目指してたって」
「中学の時にな。姉貴は優等生だからよ。そう言うのに憧れてたんだよ」


 えー。思ってた話と違う!姉ちゃんがマジ女のテッペンを前にしてトップに敗れたものと思ってたのに!こんな子の姉ちゃんだから相当の人だと思ってたのに!


「ただ単に姉貴に自慢できると思って」
「騙されたー!!」
「御帰りなさい。萌乃ちゃん」


 急に現れたその人は、多分バンジーのお母さんだろう。バンジーに似た感じの清楚なお母さん。美人。ただ、釣り目ではないから優しそうな印象を受ける。俺もウナギもアキチャも揃って口にした。


「お邪魔します」
「あらあら、お友達?」
「まぁ……」


 お母さんに向かってまぁって何だよ。真っ直ぐ顔も見ないし。何だ?反抗期か?親孝行したい時に親は無しとか言うだろ!ちゃんとしなきゃダメだぞ!って言おうとして、でも言わなかった。バンジーの耳が真っ赤だったから。バンジーが照れてる。バンジーなりの強がりで、素顔を見せた瞬間だった。






「ほら、テキトーに使えよ」


 そう言って、バンジーは救急箱を部屋の床に置いた。バンジーの部屋。玄関や外観に比べたら普通の部屋。家具は最小限って感じで小ざっぱりしてる。ベッドと机と本棚。ちょっと大きめのテレビは床に直置き。一人ぐらしの大学生か何かかよ。本当に小ざっぱりって言葉がよく合ってる。


「何か淋しいな」
「漫画とかねぇし」
「あんまジロジロ見んなよ……」


 ウナギもアキチャも俺も、傷の治療よりも部屋を眺めることを重要視してた。ヤンキーって言っても、こういうところ女子だね。バンジーはやっぱり恥ずかしいんだろう。まぁジロジロ見るって程見るものねぇんだけど。本棚も縦に細長いタイプで、難しそうな本と、映画かドラマのDVDが並んでる。大草原の小さな家。シリーズ1から……いくつまであるんだか。


「……好きなの?」
「見ちゃ悪ぃかよ」


 やっぱり耳を真っ赤にするバンジーだった。へぇ……バンジーってこういうの好きなんだな。ぬいぐるみとか置いてあってもあれだけど、これはこれで可愛いとこあんな。DVDをボックスで揃えてるし。
 ムクチはベッドの傍に腰を下ろして、いつのまにやらそこにいた猫を撫でてる。膝の上に乗せて。多分この家のペットなんだろう。可愛らしい首輪付けてるし。バンジーに似た目付きの銀色の虎柄。何だっけ……。アメリカンショートヘアだっけ?わからんけど、雑種とかではなさそう。


「へぇ、そいつが懐くなんて珍しい」


 そう言いながらムクチの隣に腰を下ろすバンジー。ペットが飼い主に似るのであれば、多分気性の荒い猫なんだろう。いや、でもムクチに懐いてるようだし。しかもウナギも平気で撫でてる。ん?ウナギさんはさっきまで意地っ張りじゃなかったか?


「おー、可愛いニャンコだねー!おりゃおりゃおりゃー!」


 猫を平気で撫でまくるウナギだけど、そんな勢いで撫でたら毛とかふけとか飛ぶだろ……!くそっ!


「ハックション!!ブアックション!!」
「くしゃみすんなら口押えろよ!!」
「わ、悪ぃ!ハックション!ただ、俺、猫アレル……ヘクシッ!」
「猫アレルギー?」


 ウナギの目がキラキラと輝いた。ひーっ!こいつ、俺で遊ぶ気だっ……!という予想の通り、猫を抱き上げて俺に向かって真っ直ぐ突き出した。バンジーもムクチも止める様子もなく冷静な顔して見てる。アキチャは……何でベッドで寝てんだしっ!


「や、やめろ、ウナギ!!」
「ひっひっひ!人の不幸は蜜の味ってなっ!」
「鬼!悪魔!ろくでなしーっ!!」
「何とでも言えー!!」


 ウナギがふはははは、と大きな笑い声を上げて駆け寄ってくる。やめろ!結構真面目にやめろ!これは一旦部屋の外に避難するしかないっ!部屋のドアを思い切り開けて廊下に転がり出る。大きな音で迷惑とかこの際どうでも良い!と、大暴れしてるのに住人であるはずのバンジーは冷静にこっちを見ていた。


「外行くんなら何か食えるもん買ってきてくれよ、来る時スーパーあったろ」
「待て待て待て!リーダーをパシリにする気かっ!!」
「買ってこないと大変なことになるぞっ!ふはははは!」
「戻ってくるまでにどうにかしとくから」


 人の不幸が本当に楽しそうなウナギと、案外優しく対応してくれるバンジー。もうこいつらがチームのメンバーだなんて……どうすりゃいいんだよ!
 どうするもこうするも、ウナギが猫のふけを撒き散らしてる以上は部屋から避難するしかなかった。しょうがない。しょうがないから買いに行ってやるよ、食えるもん。俺だってさっきの喧嘩のせいでお腹が空いたとこなんだ。一人で外に出て絡まれようと知ったことか!こうなったら自棄だよ。自暴自棄だよ。


「あ」
「え」


 バンジーの家から出て、ちょっと歩いたところで出会った。何でそこにいるのかは知らないけど、大島優子と出会った。優子さんが教会から出てくるところだった。制服の裾からお腹が見えるくらいに伸びをしながら。何で教会から優子さん……?優子さんってそっち系の人?しかも一緒に出てきたのは、ゲキカラさん。いつも着ているスカジャンを肩のあたりまで下ろして、その下には黒いタンクトップ。大きく欠伸を吐きながらこっちを見ていた。


「優子さん……」
「おぉ、ヘナチョコじゃん。何?お前、この辺住んでんの?」


 優子さんは、さも俺が知り合いであるかのように話しかけてくる。一応マジ女でもトップクラスの実力持つような人だぞ。俺なんかが何でこの人みたいな人に普通に話しかけられてるんだろ。


「い、いえ……友達ん家が近くで」

「へー、そうなんだ。私らもだぜ?ここ、ブラックん家」


 そう言って優子さんが指さしたのはすぐ後ろの教会だった。え?ここ?ブラックさん家が……ここ?ヤンキーとは無関係に近そうな印象を受けたはずのここが?


「どうせ誰も来ないし。って、おい。ゲキカラ」
「ひっ!!」


 いつの間にやらゲキカラさんが目の前にいた。おいおい……ブラックさんじゃないんだからさ、そういうのは止めて下さいよ。そして、初めて出会った時のことを思い出して身体が固まる。蛇に睨まれた蛙状態。ゲキカラさんはスンスンと鼻を鳴らして俺の身体中を嗅ぎ回ってた。


「血の匂いだぁっ」
「え」


 俺の口元を真っ直ぐに見詰めて、ゲキカラさんがニヤリと笑う。ひぃぃぃぃぃぃ!バンジーん家の猫と比べ物にならないぐらいに怖ぇ!何なんだよ、この恐怖体験!真っ直ぐに細い腕を伸ばしてきて、その指で口元を拭ってくる。まだ乾いていなかった俺の血液がゲキカラさんの左手に付いていた。


「……違う?」


 手に付いた俺の血を嗅いで、ゲキカラさんがそう言った。違う……?違うって何が?俺の血は血じゃないとでも言うのか?


「こらこら、ゲキカラ。後輩ビビらすなっつの。行くぞっ」
「けど……んー」
「じゃあなー、ヘナチョコ」


 これでもかってぐらいの角度まで首を曲げて傾げるゲキカラさん。何だってんですか、ゲキカラさん。物凄い気になるんですけど。
 左手の血を見つめたままのゲキカラさんを連れて、優子さんはそのまま行ってしまった。





side G


 暑い。
さっきまでぐっすり寝てて、起きたら暑かった。
ブラックのお家、好きだけど涼しくない。
優子さんが何か買いに行くって言って


「私も行きます」
「良いよ、サドは休んでろ」
「じゃー私行く」
「おぉ、起きてたのかよ。ゲキカラ」
「うん」


 サドさんは優子さんが大好きだなー。
私も大好きだ。優子さんは強いもん。
喧嘩が強くて、頭もよくて、温かくて、大好き。


「シブヤー、オセロやろー」
「やるわけねぇだろっ!!」
「えー、どしてー」


 最近仲間になったシブヤ。
匂いがよくわかんない。
まだ慣れてないからなのかな。
でも悪くは無いと思う。嫌いじゃないな。
トリゴヤも普通に話してるみたいだし。


「私が相手になるよ」
「わーい、さすがサドー!」
「けっ」
「怒ってる?」
「あ?」


 シブヤが怒ってるみたいに見えた。
怒ってる。怒ってる。怒ってる。怒ってる。
怒ってる人を見ると、喧嘩したくなる。
小さい時からずっとそう。喧嘩。血。


「行くぞー、ゲキカラ」
「あー、うん」


 優子さんと一緒に外に出る。
外にはマジ女の制服きた子が一人でいた。
優子さんはそいつに普通に話しかけてる。
どっかで見たことある。良い鼻だ。
パンチしたら、すぐに折れちゃいそうな鼻。
それに優子さんの匂い。血の匂いもする。


「血の匂いだぁっ」
「え」


 鼻の子は、口に血が付いてた。
まだ乾いてないそれを指で取る。
ん?違う。血の匂い。
沢山する。これだけじゃない。


「何が違うんだ、ゲキカラ」


 1年が見えなくなって、優子さんが言う。
いつもみたいに笑ってない。マジな顔。
何が違うって。この匂いだけじゃない。


「もっと沢山、匂いがする」
「沢山?」
「優子さんが喧嘩したときみたいな」


 沢山と喧嘩した時の、匂い。
どこからかはわかんない。でも匂いがすごい。
血と違う匂いもちょっとする。


「心当たりは?」
「学校で嗅いだ」
「確かか?」
「うん」


 学校で嗅いだことある。
学校のどこかで嗅いだことある。
優子さんの匂いじゃない。
サドじゃない。ブラックじゃない。
トリゴヤじゃないし、シブヤじゃない。
学校のどこで嗅いだ匂いだっけな……。


「近くにいんのか……?」
「わかんない」


 この辺りが沢山匂いする。
よくわかんないけど、この匂い。
あんまり好きじゃない。





side W



 優子さん達との遭遇率、俺ってば結構高いよな……?何だろう。野生の勘が何か言ってる。何か怒る気がしてならない。いやいや、勘弁しろよ。一人でラッパッパに絡まれるとかマジで無理。心細いなんてもんじゃない。どうする?このまま進むか?道を引き返して優子さん達に用心棒でも頼む?
 アホかっ。そんなこと出来るわけねぇだろ。それこそ優子さん達に迷惑かけてんじゃねぇか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。それに野生の勘が当たるとも限らねぇじゃん。さっきだって大丈夫と思いこんで絡まれた訳だし。バンジーが言ってたスーパーも目の前だ。ゲキカラさんの言ってたことがかなり気になるけど、大丈夫だ。絶対に何も無いって。どうせ私……俺の勘なんて当たりやしないんだからさ。


「ちょっとそこのお嬢ちゃん……!」
「ひっ!!」


 誰かに声をかけられた。へ、変質者か!?いや、女の人の声だった。まぁ女の人だからって変質者じゃないとは言い切れないんだけどさ。その場に立ち止まって周りを見回す。スーパーは目の前。その辺には普通に自転車に乗ったおっさんとか、店先で井戸端会議してるおばさんとかはいるけど……。


「こっちだっつの」
「えっ!?」


 振り向くと、スーパーと隣の床屋のちょうど間。細い路地の間に一人の女がいた。マジ女の制服を着た、見るからに怪しい女。見るからに怪しいって、ゲキカラさんのように血塗れだとか、ハナさんみたいに変な格好してる訳ではない。普通の格好。普通にマジ女の制服。アクセサリーとかもちょいちょい付けてたりして、ヤンキーの一人なんだろう。


「ちょっと助けて……!」


 そんな普通の格好の女の人の何処が怪しいかって言えば、お尻からゴミ箱に嵌っていた。お店とかによくありそうな大きなゴミ箱に。何で路地裏でそんなことになってんだか知らないけど、どうにも怪しい。


「だ、誰……?」
「いいから助けてっての!」
「は、はいっ」


 弱弱しい笑顔がとても素敵な美人。俺の好きなアイドルグループとかにも普通に居そうなぐらいに。ただ少し眉間に皺を寄せるだけで怖い。妙な威圧感を感じる。まぁ良いや。身動き出来なくて困ってるみたいだし、ここは助けても良いんだろう。
 多分マジ女の先輩であろう女の人の伸ばした手を掴んで引っ張る。


「えっ……」


 掴んだ瞬間、さらに怪しさが増した。掴んだ女の人の右手一杯に、赤い液体が付いてた。赤黒くて、多分血だ。ヌルッとして、引っ張りづらい。っていうか俺の手を掴むこの人の力、結構強いんだけど。まるで締めつけられてるみたいな。何なんだよ……この人。絶対にヤバい人だ。


「ふんっ!」


 女の人の気合いの声と共に、スポッと軽々抜けた。抜け出た。ゴミ箱はガラガラと音を立てて地面に転がった。女の人は、八つ当たりのつもりなのか、そのゴミ箱を思い切り蹴り飛ばす。蹴り一発でゴミ箱は簡単に割れ、路地の奥に向かって勢いよく転がっていく。


「いやぁ、助かったよ、お嬢ちゃん」


 何も言えなかった。言えるわけがなかった。もう何を言って良いのかわかんないし。声も出てこない。喋ったら殺されるんじゃないかってぐらいに、身体が緊急信号を発してる。ホイッスルなんて吹けるわけねぇ。吹いた瞬間に、俺の身体があのゴミ箱と同じ状態になってる気がした。


「何か道に迷っちゃってさ。ここ、何処かわかる?」
「あ……い……え……」
「よく道に迷っちゃうんだよ。さっきも矢場苦根の奴らとやり合ってさー。帰ろうかと思ったら転んでハマっちゃって」


 ドジっ娘……?いや、ドジっ娘が手を血塗れにしてるわけない。やり合ったって……もしかしてさっきの矢場苦根じゃないだろうな。いや、結構離れてるし違う。本当に何なんだよ、この人。


「まぁ良いや。学校ってどっち?」
「あ……」


 あっちって、簡単な言葉も出なかった。ただ、何とか学校の方向と思われる方を指さすことで精一杯だ。多分向こうの方。方向感覚には自信ないからあっているかはわからないけど。


「ん、向こうね。あんがとー。お礼にあげるよ」


 あどけない顔をして、血塗れの右手で俺の手に何かを乗せて行った。紙。クシャクシャになった……一万円札。いやいや、こんなのいらねぇっすよ!って、拒否することもできない。無駄に口を滑らせて、殴られるような気がした。


「じゃあねー、お嬢ちゃん」


 あどけない表情で去っていく女。俺が指さした方向とは真逆に歩いていく。腰にぶら下げたアクセサリーの束をチャラチャラと鳴らしながら。実はちゃんとした方向をわかっているのか、それともただ頭が可笑しいのか。優子さんとゲキカラさんを足したようなその人が残していったものは、血塗れの諭吉と、音符型の銀色のアクセサリーの印象だった。







 その後、普通にスーパーで買い物をした俺ってば、なかなかの精神力の持ち主だったと思う。誰だか知らないし、関わりたくないし、とにかく忘れたかった。記憶を自在に操れるんだったら、早く消し去ってしまいたいぐらい。実際はスーパーでの記憶もほとんどないに等しい。ほとんど無意識だったんだ。
 バンジーの家の前に戻ってきて、一万円札が無いことに気付いた。代わりにお釣りと思しき金が、商品と一緒にビニール袋の中に入ってる。あんな血塗れのお金で支払いしたんかよ、俺。店員に怪しまれただろうな。俺があの人を怪しんだように。


「おい」
「え?」


 スーパーからひたすら顔を上げずに地面だけを見つめて来た俺に、誰かが声をかけた。顔を上げると、そこにはバンジーがいた。たった2、30分程だったのに、バンジーの顔が妙に懐かしく思えた。


「おう、バンジー……」
「何かあったのか……?」
「あ、あぁ……まぁ色々」


 一目見りゃ何かあったことぐらいわかるだろう。あの人に掴まれた俺の右手も、血塗れになってんだから。あの人が誰だかもわからない。この血が誰のものかもわからない。


「大丈夫か?怪我しての?」
「いや……大丈夫」
「何があったんだよ」


 話せば長くなる。長くなりそうだ。たった数分の出来事だったけど、色々と整理して話すとなると長く掛かる。俺だってよくわかんなかったんだ。しょうがないじゃんか。


「はぁ……」


 バンジーの顔を見て、一気に力が抜けた。ずっと強張ってた身体中の筋肉が一気に緩むみたいだった。目付きが悪いバンジーでも、あんなのに比べたら遥かに安心感がある。怖かった……。


「すぐそこにしちゃ遅いからよ」
「悪ぃ……」
「とりあえず行こうぜ。ちゃんと掃除もしてあるから」
「あぁ」


 何も言わず、俺の荷物を持ってくれるバンジーだった。結構良い奴だな。猫アレルギーにも気遣ってくれるし。歩きづらいくせに外まで見に来てくれるし。頼りになるんじゃないか。


「なぁ」
「ん?」
「あいつらと仲良くしてくれ」


 ウナギとかアキチャとか、挑発するとすぐカッとなるからさ。バンジーが下手しなきゃ意外とバランス良いと思うんだ。もちろんあいつらが下手しなきゃもだけどさ。ウナギは言えばわかると思うし、今日一日一緒にいればそれで済むだろ。


「仲良くっつかよ、チームなんだろ」
「うん」
「一緒にいなくちゃいけねぇだろ」
「バンジー……」


 本人としてはらしくない台詞だったんだろうか。それはそうだ。この一ヶ月を一匹狼としてやってきたんだから。仲間を作るのが恥ずかしかったのか、バンジーの耳が紅くなってた。素直じゃないなー。意地っ張りで強がり。それぐらいしかまだよくわかんねぇけど、どんどんわかってくるだろ。仲間も友達も、最初はよく知らないもんなんだから。


「つかよ」
「ん?」
「何で醤油何か買って来てんだよ……」


 ガサガサと、ビニール袋からバンジーが取りだしたのは醤油だった。1リットル入り。あー、無意識だったから変な物買っちまった。何だよ、醤油でも一気飲みしようとでも思ったか?


「……お母さんにあげてくれ」


 返しに行くの何か無理だ。しばらくはバンジーの家で、皆で遊んでいよう。どうせ明日からゴールデンウィーク。休日は遊ぶに限る。




 さて、ひとつ屋根の下が終わりましたということであとがきです。


 掲示板で書き始めた頃から半年と終了までとても長くなってしまったのですが、皆様のコメントを見て書いてきて良かったなと心から思いました。コメントなどでいつも応援してくださり本当にありがとうございます。


 書き始めた頃はちょっとしたネタのつもりだったんですけど、何か起きた方が面白いんじゃないかということで作詞と卒業という企画を話に盛り込みました。本当に歌詞を書くのか読者の方から質問もありましたが結局書くことはなかったですね。まあ現実にりえこちゃんが作詞を始めてるということで、そちらに期待しましょう(笑)


 最初に考えていたのはたかみな不在辺りまででした。あとはじゃんけん大会のみゃお。(一応考えていたエピソードとしてたかみながじゃんけん大会を勝ち進む、というのもありましたが総選挙とともにボツにしました。)それより後は何も考えず、とにかくひとつの山場としてそこまで書いてからでいいやと。あともともと倒れれるのはたかみなでなく優子さんで進めていたんですけど、色んなメンバーが出てくるうちに48グループの代表であるたかみなにシフトしました。たかみなも優子さんもそちらの方が弱味が見えて結果として良かったと思います。で、たかみな不在終わってからもう一度読み直して、それでも特に何も思い付かず後半は基本的に出したいメンバー出すためだけに書いてます。テレビやラジオで「あ、このメンバー良いな」って思ったメンバーです。ゆかるんは有吉AKBを見て、亜美菜はANN聞いて、わさみんはソロデビュー、かなちゃまはリクエストアワーでのランクイン、咲子さんやはるきゃんはぐぐたすでの活躍、って感じですね。お陰で推しが随分と増えました。さしこのありがたい言葉わ「推しは変えるものではなく増やすもの」を実感してます(笑)


 後半の優子さんを思い付いたのは前半で出番の無かったゆきりん、ツインタワー、そして推しの梅ちゃんを登場させるために思いつきました。こう聞くと「そんなことで・・・?」と思う方もいるかもしれませんが深い理由はありません。薄ら考えていたのは前半がヤング組の成長が主だったので、後半はアダルト組の成長を描きたかったってことぐらい。まぁ例外としてにゃんさんはあまり成長を描いていません。ゼロでは無いですけどにゃんさんだけは自分の中で例外的な立ち位置です。共同生活の傍観者。やっぱり一番の年上さんですし、にゃんさんは見てるのが一番です。もちろん書きたくなかった訳ではないですよ。AKB48というグループの中で麻里子様とにゃんさんはそういう人達なんだと個人的には思っています。学校の先生みたいな。保母さんのような。何であれ、優子さんエピも丸く収まってくれてよかったです。


 結末は2つの案がありました。残留エンドと卒業エンド。どっちを描くかは最後まで悩みましたけど、やっぱり最高のハッピーエンドで締めるべきストーリーだと思ったので、残留エンドの方を描きました。そこで発表されたあっちゃんの卒業。あー、現実ではそうなってしまうんだ。やっぱりそういう飛びきりのサプライズは最後まで真似できなかったですね。実際あっちゃんもいる方向で描いていたのでこれにはビックリでした・・・。もう一つのエンド、卒業エンドもいつか文字に興せたら良いな。いや、胸に仕舞っておこうかな。最後で描きたかったのはキャプテンの振りをするりえこと乃木坂ちゃんと次の共同生活。次の共同生活のメンバーも7人全員決めてます。エピローグの中に全員います。そしてさすがにそっちは書きません。長くなるので(笑)


 エピローグにおいて、Rayさんから「優子ちゃんが大泣きする場面がなかった」と言われて、思い返せばそうですね。あれで優子さんもたかみなに似て泣き虫ですもんね。孤独を感じさせてばかりじゃなく、大泣きさせてあげればよかった。一生の不覚。でも、描いてないところで大泣きしたのかもしれません。 


 他にも色々と考えたことはあります。あると思います。暇があるなら1話1話にあとがきつけたいくらいです。そして書いていく度に増えていく推しメン。知れば知るほど好きになるAKB48は素晴らしいです。まだ描いていないメンバーが多いので、その内書けたらいいなーなんて。クリスとさしこの中指コンビ、渡り廊下勢ぞろい、野呂さんと太田メン、再び地方組、他色々。共同生活は終わってもひとつ屋根の下の世界は続いていきますからね。そういう風で言えば残留エンド、卒業エンドとかではなく「俺達の冒険はまだまだ続く!エンド」だと思います。番外編も書きたい!


 今日から4月ということで、これから新社会人になる私です。しばらくは勤務が忙しくて小説を書く暇がなかなか無いと思いますが、絶対に途中では止めないとここで宣言しておきます。ホルモンだって終盤まで構想できてるんですからね。そして読者の皆様には改めて感謝します。長い長い物語を最後まで読んでくださって、そして応援してくださってありがとうございました。まさかの出来事でもない限りは消さずに残しておきますので、好きな時に好きなだけ読んで貰えたらと思います。そしてたまにコメントやメッセージを貰えたら幸いです。


 まぁそんなわけで一旦閉幕。またその内、彼女達の暮らしが再開したらお付き合い下さいませ。ありがとうございました。