22.5<渡辺麻友>




 ポジションナンバー0番。いわゆるAKB48のセンター。その場所に立つためには十分過ぎるほどの努力をしなければいけない。努力なんかではすまない。運と実力が伴ってなくちゃいけない。ある種のカリスマ性だってなくちゃ。


「ゆきりぃん……」
「まゆ、おめでと」


 舞台裏の暗い廊下で、ゆきりんが私の身体をギュッと抱きしめてくれてた。強く、そして優しく。ゆきりんは……、私のお母さんはいっつもこうして抱き締めてくれる。私が苦しくないように、優しくね。その温もりが嬉しかった。優しさに甘えて来た。
 去年、AKB48第3回選抜総選挙の際、ゆきりんは快挙を成し遂げた。神7を崩壊させ、まさかの第3位に選ばれたのだ。快挙なんて言葉では足りないだろう。物凄い波乱を巻き起こした。それは19位だった由依ちゃんや、9位に昇りつめたさっしーも同じことが言える。


「私が2位だなんて……」


 2012年6月6日。つまり今日。第4回選抜総選挙。武道館。頭が真っ白になりそうなぐらいに緊張して、今年もまた、ステージのど真ん中で涙を流してしまった。私は……渡辺麻友はそれぐらいに頑張った。ドラマ主演、ソロデビュー、その他にも沢山。頑張って頑張って頑張った。頑張り続けて、ようやく報われたんだ。
 傍ではさっしーがチームAの皆に囲まれていた。それはそうだろう。こじぱ、麻里子様、そしてたかみなさんを差し置いての第4位だもん。まさかさっしーがチームAのトップだなんて、いじられて当然だろう。でも麻里子様もこじぱも、もちろんたかみなさん達も、さっしーを妬むことなんてしない。皆が皆、さっしーを褒め称えてる。


「まゆだって、チームBのトップなんだよ」


 強く抱きしめていた腕の力をゆるめるゆきりん。少しだけ距離を開けると、何だか久しぶりにゆきりんの笑顔を見たような気がした。たった数秒前のことなのに、こんなに嬉しいものなのかな。


「ゆきりん……」
「本当におめでとう!」


 何を言ってるんだろう……。ゆきりんだって悔しいはずじゃないか。闘争心を持つんだって言ってたじゃないか。悔しいはずなのに。やっと掴んだセンターへのチャンスなのに。私を祝ってる場合じゃないよ。


「何言ってんの!可愛い娘の躍進が、嬉しくない訳ないじゃんっ」


 そう言っているのは本心だろう。だって優しいゆきりんだもん。優しいお母さんだもん。でも本心とは別に、やっぱり悔しいんだと思う。言うと同時に、ジワリと目が潤んだんだ。悔しいという気持ちが、一気にあふれ出て来たんだ。けど……その涙の真意なんて私にはわからない。わかるわけがない。


「麻友ちゃーん、おめでとー!!」
「うわぁっ!」


 急に後ろから飛びついてきた。圧し掛かるかのように。お母さんとほのぼのしてたのに。まゆゆきりんタイムを邪魔するのはどこのどいつだ!なんて思う前に、きたりえの顔が私の顔の真横に現れた。プルンッとした唇に大きな目。選挙が終わったばかりとは思えないぐらいに、とても楽しそうだった。緊張が解けきっている。


「きたりえ、重いよー」
「麻友ちゃんおめでとー!ゆきりんもおめでとー!」


 勢い任せの頬ずりだった。さすがはうなりえ。こういう席での盛り上がりはファン同様だ。共同生活の途中なんだからさ、もう少し同居人を気遣ってあげればいいじゃないか。まぁ共同生活のメンバーはそれぞれがやっぱり人気メンなだけあって、祝福とかいうものでもないのかも。
 でもきたりえのことだから、やっぱりさっしーを一番にお祝いしてあげるものだと思ってた。だって2人はとっても仲良しなんだから。私とゆきりんのように。いや、それ以上に仲良しなんだから。もちろん理由なんてないかもしれない。聞くだけ野暮なんだ。ゆきりんの涙と一緒だ。


「2位3位がチームB!これはBの時代が来てるね!」
「ちゆうちゃんも上がったしね」
「うん!」


 めちゃくちゃに嬉しそうなきたりえだ。人のことを自分のこと以上に喜べる、そんな素直なうなぎ。羨ましい。
 私だってもちろん、皆の躍進や結果が喜ばしいし、励ましてあげたいし。けど……やっぱり自分のことが一番だった。2位が嬉しい。嬉しくて……そして悔しい。


『チーム……B!渡辺麻友!!』


 徳光さんが私の名前を、いや、Bと言う瞬間まで……私は期待してたんだ。1位になることを。センターに立つことを。ゼロ番を手に入れることを。優子ちゃんに勝てるわけなんてないのに。大きな壁だってわかってるのに。
 最後の2人になった瞬間に、淡い期待をしていたんだ。







 2位か。ポジションナンバーで言うなら、1番。1番……。本来なら嬉しいはずなのにな。まだ上があるんだと思うと、素直に喜べないんだ。今だってこうして、優子ちゃんの隣に立って写真を撮り続けてる。
 嬉しい。悔しい。悔しい。悔しい。嬉しい。悔しい。気持ちが、胸の中で渦巻き続ける。嬉しいし、それ以上に悔しい。1位になれなかったことが。1位になれると期待した自分が。こんな時……もう一人の自分ならどう思うんだろう。ネズミなら……。いやいや、ダメだ。自信をなくしちゃだめだ。私は私なんだから、ちゃんと気持ちを持っていなくちゃ。


「おしりっ!」


 ぐんっと、突き上げるようにお尻を持ち上げられる。わおっ。この絶妙な尻使いは……!私が知る限りでは一人しかいないじゃないか!


「ぬおっ!」
「しりりー!」
「おしりこさんっ!」


 名前だけ呼んで、そのままムギュっと抱き合う。お尻シスターズ。まゆゆきりんと同じくらいに。言いたいことがわかるんだ。尻で繋がる絆。まさにお尻合い!つまんね!
 優子ちゃんは、Not yetの一員として一年間の共同生活の真っ最中。Not yetの4人と、ノースリーブスの3人での共同生活。まだ始まって2ヶ月しか経ってない、長い長い共同生活。この間、私もともちんと一緒に訪問したばっかりの大きなマンション。ものすんごく高級そうで、私も住みたいなーなんて思ったり思わなかったり思ったり。


「しりりー……」


 優子ちゃんは、私を抱き締めたまま何も言わない。もちろんそれは私もだ。言うべき言葉に戸惑ってる。おめでとうでもない。良かったねなんて安い言葉でも無い。なんて言って良いのかがわからない。わからないけど、わかる。お互いを称えよう。頑張った1年間を。選挙期間を。お互いの順位を。


「嬉しかったよ、麻友」


 周りでは、他のメンバーがまた互いに互いを祝福していた。選抜入りを射止めた梅ちゃんや、SKE48の2人のエースである珠理奈と玲奈ちゃん、まだまだ涙を流してる由依ちゃん、ノースリーブスの3人。客席がほとんど空っぽになった武道館の中に、嬉しさが溢れている。


「えっ……?」
「来年は1位、取りに来るんでしょ?」
「あれは……」


 勢いで出てしまった言葉なんだ。1位になるだなんて。優子ちゃんに向けた宣戦布告。もちろん……勢いで出たからこその私の本音でもある。嘘は付かない。下手にヘタれたことは言わない。


「うん。取りに行く」


 誤魔化す必要なんてないや。嘘なんて言うことは無い。総選挙はいつだってガチなんだもん。神に誓って。お母さんに誓って。いつだって本心を、本気をぶつけなくちゃいけない。私の今の気持ちは、やっぱり悔しいんだ。


「それでこそ、負けず嫌いの麻友だ」


 最後に、優子ちゃんは私の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。攻めなくちゃ。攻めて行かなくちゃ。麻里子様が、潰しに来いと言っていたように。本気で乗り越えなくちゃいけない壁があるんだ。
 優子ちゃんが笑顔で私から離れる。どことなく、淋しそうな横顔だった。1位になったのに。頂点に立ったはずなのに。何でそんなに淋しそうなんだろう。梅ちゃんと話しながら、嬉しそうに笑ってるのに。






「麻友さん、おめでとう!」
「ありがと、珠理奈」


 中学校を卒業して、一段一段と階段を上り続ける珠理奈。衣装から私服に着替える更衣室で、珠理奈が満面の笑みを浮かべてる。目の周りは、腫れに腫れてるけど。珠理奈は珠理奈なりに嬉しかったのだ。去年よりも順位が上がったことが。そして多分……玲奈ちゃんより上の順位になったことが。
 優子ちゃんとあっちゃんが比べられてきたように、珠理奈と玲奈ちゃんも比べられてきた。SKE48の2人のエース。2人だからこその宿命。どっちが人気とか、不人気とか。どっちが真のエースだとか。プレッシャーは相当だったんだ。私にもわかるよ。私だって、似たような経験を沢山してきた。


「珠理奈もおめでと」
「麻友さんに比べたらまだまだだけどねっ!」


 ピッと右手の親指を立ててウィンク。どういう喜びの表現なんだか。高校生になっても、こういところがまだ子供なんだなーってたまに思う。それでこその珠理奈。まだ若さがある。それだけ時間があって、チャンスがある。
 私は……、もう18歳。高校も卒業してしまった。アイドルとしてのちょうど良い年頃に差し掛かってしまってる。あと2年たらずで二十歳。その頃でも珠理奈は17歳か……。本当に恐るべしだな、15歳児め……。


「もっと嬉しそうな顔しようよ、麻友さん!」
「珠理奈が嬉しそう過ぎるんだよー」
「そんなことはない!そんなことナイズドスイミング!」
「……」


 一旦スルーしておこうかな。ダジャレにしてはかなり無理があったし。スルーしても爽やかに笑う珠理奈だし。


「シンクロときめきとかけてみました!」
「そっちかいっ!しかも全く掛かってないし!」
「ふっふっふっ」


 不敵な笑みだ。ま、まさかとは思うが珠理奈が先を読んで考えたとでも言うのか……!?いや、そんなことがあるはずがない!単純実直でこその珠理奈なんだから!くっ、思わずツッコんでしまった。スルーするつもりだったのに……。


「これからも頑張ろうねっ!」


 優子ちゃんやきたりえとは違って、抱き締めてはこなかった珠理奈。いつもの珠理奈なら、やっぱり抱きついて来るんだと思った。抱き締めてこないけど、私の右手を両手で掴んでいる。


「真夏のSounds good!。今日の結果を胸に、攻めて行こう」
「珠理奈……」


 頼もしく見えた。とても頼もしく見えた。まるでマジすか学園のセンターのように、強く凛々しく、そして神々しく。
 攻める者。MVの中で、私達はそんな風に例えられた。「守る者」と「攻める者」の攻める側。けど、実際は「守る者」に手を差し伸べる。


「考えたんだけどね、攻めるって言うのは「守る者」を攻める訳じゃないんだよね」
「私達が攻めるのは……」
「攻めるべきは、48グループの危機にだよ」


 48グループの危機……。いつかピークが来るかもしれない。そんな時の為に、下火になんかさせないためにも、私達がどんどん攻めて行かなくちゃいけない。「攻める者」は、そういうことなんだ。


「私さ、正直言って今回はどうしても玲奈ちゃんに勝ちたかったんだよね……」
「だろうね……」


 そうだろう。私だって……本心を言えばゆきりんに勝ちたかったんだ。1回目も2回目も私より順位が下だったはずなのに。私がチームBのエースだったはずなのに。何で私よりも上に行っちゃうんだよ、お母さん!って風に。
 でも、そうじゃないんだね。優子ちゃんに勝ちたいんじゃない。ゆきりんに負けたくないんじゃない。あくまで、センターに立ちたいんだ。私がセンターに立って、AKB48に、48グループに新しい風を吹かせて行くべきなんだ。


「それが」
「攻めることだよね」


 珠理奈はまたにっこりと笑う。爽やかに。白い歯が、眩しいぐらいに輝く。私もそんな風に笑いたい。笑っていたい。簡単だ。心から楽しめばいい。総選挙というガチの場を。そしてこれからの活動を。お仕事を。歌うことや踊ることを。楽しもう。楽しんでこその攻めだ。
 心がウズウズと騒ぎだす。武者震い。選挙が終わったばかりだって言うのに。いや、来年に向けての武者震いだ。今から気持ちを切り替えよう。去年よりも、そして今年よりも、さらに私は本気になる。素直になれ。新しい風を吹かせるんだって、強く思おう。


「来年は」
「テッペン取りに行こう」














あとがき...

総選挙速報小説。

ひとつ屋根の下22のあとの話でごわす。

即興書きなのであんまり長くないですがあしからず!

メンバーの皆さん、本当にお疲れ様!