昨日、東京競馬場で行われました

記念すべき第1回アイルランドトロフィーは

4番人気のラヴァンダが外から追い込み、

内で粘るアンゴラブラック、カナテープを

ゴール前で差し切って勝ち、初代女王に

輝きました。

2着には6番人気のアンゴラブラック、

3着には5番人気のカナテープが入り、

1番人気に推されたボンドガールは直線で

伸びず9着に敗れました。

今週は、京都競馬場で牝馬クラシック

三冠目、節目となる第30回秋華賞が

行われます。

秋華賞は昭和期、4歳(現3歳)牝馬

クラシック路線の3冠目という位置づけで

1970年にビクトリアカップが創設され

ました。

その後1975年にエリザベス女王の来日

を記念して1976年にエリザベス女王杯が

創設されと距離や競走条件はビクトリア

カップを踏襲したものの、エリザベス女王

への敬意を表するため、ビクトリアカップ

からの引き続きではなく第1回エリザベス

女王杯として行われ、1995年まで牝馬

クラシック3冠目という位置づけで4歳

牝馬限定競走として行われていました。

その後、1996年に牝馬競走体系の

見直しに伴い、エリザベス女王杯は競走

条件が4歳牝馬限定から4歳以上牝馬に

変更され行われることになりました。

このエリザベス女王杯の位置づけの

変更により、エリザベス女王杯に代わる

4歳牝馬クラシックの3冠目として新たに

秋華賞が新設され、現在に至っています。

 

思い出の馬は、牝馬最強世代にあって

桜花賞と当時牝馬クラシック三冠目だった

エリザベス女王杯の二冠を制した昭和を

代表する名牝インターグロリアです。

インターグロリアの父は昭和を代表する

万能系種牡馬ネヴァービートで代表

産駒には皐月賞馬マーチス、天皇賞馬

リキエイカン、オークス馬ルピナス

障害の王者グランドマーチスやクニノハナ

ダイイチオー、メジロスイセイ、マツカオリ

ハシクランツ等、挙げれば切りがない程

多くの重賞勝ち馬を世に送り出しました。

 

インターグロリアは昭和52年の牝馬

クラシック組で、同期には3強と言われた

オークス馬リニアクイン、アイノクレスピン

快速馬メイワキミコやセーヌスポート

スリーファイヤー等の重賞勝ち馬がいます。

インターグロリアはデビューが遅く、旧馬齢

4歳2月京都の新馬戦でようやくデビュー

しましたが、調整のミスにより大差の7着に

敗れてしまいました。

しかし、馬体を立て直した結果、2戦目の

新馬戦は大差の圧勝で初勝利を挙げ、

続く条件特別も快勝すると、一躍牝馬

クラシック候補に躍り出ました。

そして迎えた牝馬クラシック初戦

桜花賞では1番人気に推されました。

レースは、スタートして悲劇の快速馬

キシュウローレルの妹メイショウローレル

が果敢に逃げ、インターグロリアは

5、6番手の絶好のポジションから進み

ライバルのアイノクレスピン、リニア

クインは中団からの展開となりました。

第3コーナーから第4コーナーにかけて

インターグロリアが仕掛けて2番手に

上がり、アイノクレスピン、ファイン

ニッセイも差を詰めて直線の勝負へ。

最後の直線に入って、インターグロリアと

ファインニッセイが抜け出して競り合う中

リニアクインも追い込んで来ましたが

最後はインターグロリアが脚を延ばして

突き放し、2着に3馬身差をつけて快勝。

破竹の3連勝でデビューから僅か2ヶ月で

クラシック制覇を成し遂げ、第37代

桜の女王に輝きました。

その後、インターグロリアはオークスを

目指して東上したものの、体調を崩し

オークストライアルは9着に敗れ、本番の

オークスも14着と大敗してしまいました。

夏場を休養したインターグロリアは

当時は前哨戦と言われた京都牝馬特別で

3着に入って復調の気配を見せ、本番の

牝馬クラシック最終戦エリザベス女王杯に

挑みました。

このレースにはオークス馬リニアクインや

神戸新聞杯でオークス馬リニアクインを

負かし、並み居る牡馬達をも蹴散らして

勝ったアイノクレスピンが参戦。

1番人気は本格化したアイノクレスピンが

推され、牝馬3強の戦いと言われる中

インターグロリアは距離への疑問からか

3番人気での出走となりました。

レースはスタートしてケイシルバーの

逃げで始まりましたが、アイノクレスピンが

並びかけて2頭が競り合う形になりました。

インターグロリアは2頭を見るように中団を

進み、リニアクインは後方からの競馬と

なりました。

第3コーナーでアイノクレスピンが先頭に

立つと、外からリニアクイン、内からは

インターグロリアが一気に仕掛けて

差を詰め、3強による激しい女の戦いを

演じながら直線の勝負へ。

最後の直線でアイノクレスピンが先頭に

立つも、内からインターグロリアが鋭く

伸びてアイノクレスピンを交わして先頭に

立ち、外から猛然と追い込んで来る

リニアクインをおさえて優勝を飾り、牝馬

クラシック二冠馬に輝きました。

そして暮れの阪神牝馬特別でリニアクイン

アイノクレスピン、インターグロリアの牝馬

3強が顔を揃え、再び対戦することに

なりました。

期待どおり最後の直線で3強が激しい

競り合いを演じ、内から鋭く伸びた

インターグロリアが接戦を制して優勝を

飾り、3つ目の重賞を獲得しました。

そして、インターグロリアは昭和52年に

おける成績が高く評価され、最優秀

4歳牝馬に選出されました。

 

年が明け古馬になったインターグロリアは

オープン競走を快勝し、オープン特別で

2着に惜敗した後、マイラーズカップに

参戦しました。

このレースには後の名牝トウメイの仔で

後の天皇賞馬テンメイ、同期でライバルの

ファインニッセイやアータルオー等が

出走しました。

レースはナルタキサンダーが果敢に

逃げる中、1番人気に支持されたインター

グロリアが2番手を追走、テンメイは後方

からレースを進めました。

最後の直線でナルタキサンダーが

逃げ切りを図る中、インターグロリアが

鋭く伸びて先頭に立ち、大外から豪快に

追い込んで来たテンメイを何とかおさえて

優勝を飾り、4つ目の重賞を獲得しました。

しかし、その後インターグロリアは2戦して

いずれも精彩を欠いて6着に敗れたため、

休養に入りました。

秋に入って京都牝馬特別で復帰した

インターグロリアは桜花賞馬オヤマテスコ

最優秀3歳牝馬に輝いたラブリトウショウ

昨年の覇者リネンジョオーやウラカワ

チェリー、スリーファイヤー等の重賞

勝ち馬が出走する中、道中4番手につけた

インターグロリアは最後の直線で先に

先頭に立ったラブリトウショウを大外から

追い込んで一気に差し切り、2着に

5馬身差をつけて圧勝、見事復活を

果たしました。

続いてインターグロリアは暮れの大一番

グランプリレース有馬記念に挑みました。

このレースにはテンポイント、トウショウ

ボーイと共にTTG時代を形成したグリーン

グラス、ダービー馬サクラショウリ、

天皇賞馬エリモジョージとホクトボーイ

菊花賞馬プレストウコウやカシュウチカラ

古豪ヤマブキオー、シービークロス、

メジロイーグル、カネミノブ、リュウキコウ

メジロファントム等、日本一を決めるのに

相応しい名馬達が顔を揃えました。

1番人気はプレストウコウが支持され、

紅一点で挑んだインターグロリアは10番

人気での出走となりました。

レースはスタートしてからメジロイーグルと

エリモジョージの2頭が終始競り合う形で

早い流れで進み、インターグロリアは

内々をとおって3番を進みました。

第3コーナーから第4コーナーで各馬が

一斉に仕掛け、メジロイーグルが先頭で

直線の勝負へ。

内からカネミノブ、真ん中からインター

グロリアが鋭く伸びて抜け出し、先頭に

立ったカネミノブをインターグロリアが

必死で追い込むも僅か届かず、惜しくも

2着に敗れてしまいました。

しかし、この年の活躍が高く評価され

インターグロリアは最優秀5歳以上

牝馬に選出されました。

 

年が明けて6歳になったインターグロリアは

有馬記念での活躍により現役を続行し、

6歳の初戦、1番人気に推され中京記念に

出走しましたが3着に敗れ、続く連覇が

かかり、ここでも1番人気に推された

マイラーズカップに出走、天皇賞馬ホクト

ボーイとテンメイやアイノクレスピンには

先着したものの、1/2馬身およばず2着に

敗れ、連覇はなりませんでした。

そして続く春のグランプリ、宝塚記念では

13頭立ての12着に大敗してしまいました。

秋に復帰して京都牝馬特別に出走し、

オークス馬アグネスレディー、桜花賞馬

ホースメンテスコ、最優秀3歳牝馬に選出

されたシルクスキー、後のエリザベス

女王杯馬ミスカブラヤ等をやぶって連覇を

果たし、6つ目の重賞を獲得しました。

しかし、この勝利がインターグロリアに

とっての最後の勝利となりました。

その後、昨年と同様に大番狂わせを演じた

有馬記念に4番人気に支持されて

出走しましたが、16頭立ての9着に

敗退し、この有馬記念を最後に引退する

ことになりました。

 

引退後インターグロリアは北海道の

オーナー所有のインターナショナル牧場で

1980年から繁殖牝馬となり、当時の

人気種牡馬テスコボーイ、マルゼンスキー

トウショウボーイなどと交配され、

1986年頃から体調を崩し始めたものの

12年連続して出産しました。

産駒からは勝ち馬は出たものの、代表

産駒には恵まれませんでした。

 

記録によりますと

1994年3月8日に牝馬を出産した後

インターグロリアは危篤状態に陥り、

2、3日生死の境をさまよいましたが、

スタッフの懸命の治療とインターグロリアの

強靭な精神力で一命は取り留められました。

しかし、その後のインターグロリアの健康

状態は一進一退を続け、1995年5月には

右後脚がフレグモーネに侵され、全身が

徐々に衰弱していき、もはや立っていること

すらできなくなり、寝たきりの状態になって

しまいました。

それでもスタッフ一同が必死に治療を続け

ましたが、奇跡を起こすことは出来ません

でした。

1995年6月3日、これ以上苦しめるのは

酷との判断から断腸の思いで安楽死の

処置がとられ、インターグロリアは21年の

生涯に幕を下ろし、天国へと旅立って

行きました。

 

今週は京都競馬場で牝馬クラシック3冠目

節目となる第30回秋華賞が行われます。

カムニャック、ケリフレッドアスク

グローリーリンク、カネラフィーナに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。

昨日、秋の東京開催開幕を告げる伝統の

第76回毎日王冠は5番人気のレーベン

スティールが最後の直線で鋭く伸びて

差し切って優勝を飾り、昨年のオール

カマー以来となる勝利を挙げました。

2着には逃げ粘った2番人気のホウオウ

ビスケッツ、3着には1番人気のサトノ

シャイニングが入りました。

また、昨日、日本馬クロワデュノール、

ビザンチンドリーム、アロヒアリイの3頭が

参戦し、パリのロンシャン競馬場で行われ

ました第104回凱旋門賞は9番人気の

フランスのタリズが最後の直線での

ミニーホークとの叩き合いに勝って

優勝を飾りました。

2着には2番人気のミニーホーク、3着には

5番人気のソジーが入り、1番人気に

推されたアヴァンチュールは11着に

終わりました。

そして、日本勢は最後の直線で先頭に

立っていた3番人気に推されたクロワ

デュノールは直線で沈んで14着、直線で

追い込んだビザンチンドリームは5着、

アロヒアリイは16着に敗れ、今年も高い

壁に阻まれ悲願達成はなりませんでした。

でも3頭とも悪コンディションの中、

最後までよく頑張ってくれました。

どうか人馬共に無事に帰国することを

祈っています。

本当にお疲れさまでした。

 

今週は、東京競馬場で今年から新設された

エリザベス女王杯の前哨戦、記念すべき

第1回アイルランドトロフィーが行われます。

アイルランドトロフィーは2025年度より

昨年まで10月に施行していたアイルランド

トロフィー府中牝馬ステークスを引き継ぐ

形でエリザベス女王杯のステップ競走

として新設され、回次も第1回とした上で

行われます。

これに伴い、府中牝馬ステークスは

2024年まで施行されていたマーメイド

ステークスの競走条件:施行時期6月、

重賞格付GIII、負担重量ハンデ戦を引き

継いで2025年より東京競馬場で

実施され、回次も引き継ぐ形としました。

 

今週は東京競馬場でエリザベス女王杯の

前哨戦、記念すべき第1回アイルランド

トロフィーが行われます。

ボンドガール、アドマイヤマツリ、

セキトバイースト、カナテープに

注目しています。

記念すべき初代王者はどの馬になるのか、

今週も全人馬の無事を祈りながらレースを

観ます。

昨日、中山競馬場で行われました秋の

G1の開幕を告げる電撃6ハロン第59回

スプリンターズステークスは11番人気の

8歳馬ウインカーネリアンが最後の直線で

ジューンブレアとの叩き合いを制し、

G1初制覇を果たしました。

そして蹄葉炎を克服し、8歳馬で頑張った

ウインカーネリアン、騎乗した三浦皇成

騎手も127度目のG1騎乗で待望の

初勝利となり、場内からは皇成コールが

起こるなど、改めて馬と人が織り成す

ドラマに感動で涙しました。

2着には7番人気のジューンブレア

3着には2番人気のナムラクレアが入り

1番人気のサトノレーヴは直線で差して

来たものの、4着に敗れました。

 

今週は、東京競馬場で第76回毎日王冠が

行われます。

毎日王冠は4歳(現3歳)以上の馬による

重賞競走として1950年に創設されました。

1981年にジャパンカップの創設に伴い、

天皇賞秋の施行時期が1ヶ月繰り

上げられてからは天皇賞秋の前哨戦

として位置づけられ、1着馬には

天皇賞秋の優先出走権が与えられて

います。

距離は創設当初は芝2500mでしたが、

1984年から天皇賞秋の距離が2000m

に短縮されたことに伴い、本競走も

1800mに短縮され現在に至っています。

昭和期は天皇賞秋や有馬記念に向けた

古馬による秋初戦のレースとなって

いましたが、現在は秋のマイルや中距離

路線に向けた古馬や3歳の有力馬達が

秋の初戦として出走しており、天皇賞秋や

マイルチャンピオンシップ等の秋のG1

戦線を占う上での重要なレースとなって

います。

 

思い出の馬は、悲運のファミリー 稀代の

暴れん坊タカラテンリュウです。

彼が走るとゴールするまで何が起こるか

分からないとまで言われた、まさに

昭和を代表する稀代のくせ馬でした。

大きな出遅れはいつものことで、旧馬齢

3歳の条件特別戦ではスタートして

1回転して反対方向に走り、48秒も遅れて

ゴールしたかと思えば、スタートから

先頭に立って綺麗に逃げ切って勝って

しまう等、実力はあったものの、気性が

激しかったためか、いつも走って

見なければ分からない、本当に個性溢れる

馬でした。

 

タカラテンリュウの父はステイヤー系

種牡馬インターメゾで代表産駒には

テンポイント、トウショウボーイと

共にTTG時代の一角をなした

グリーングラスやミスタールマン、

カールスバット、オーゴンタケル、

ステイード等の重賞勝ち馬がいます。

母は京都牝馬特別を制し、女傑

テスコガビーにも先着したこともある

カバリダナーで、姉にはクイーンカップに

優勝したカバリエリエースがいます。

 

タカラテンリュウは昭和57年のクラシック

組で同期にはダービー馬バンブーアトラス

皐月賞馬アズマハンター、菊花賞馬

ホリスキーや快速馬ハギノカムイオー、

ホスピタリティ、アスワン等の重賞勝ち馬が

います。

タカラテンリュウは旧馬齢3歳秋の東京で

デビューし、新馬戦は7着に終わりましたが

続く中山での未勝利戦で初勝利を

挙げました。

しかし、奇しくもその同じ日にクイーン

カップを制した姉のカバリエリエースが

ダービー卿チャレンジトロフィーのレース中

骨折のため競走を中止し、予後不良になる

という不運に見舞われてしまいました。

後にタカラテンリュウにも、この不運が

訪れることになるとは、この時、誰が

予想できたでしょうか。

続いて出走した条件特別で気性の悪さが

出て、前代未聞の大敗をきしたタカラ

テンリュウは年が明けて4歳になってからも

好走と凡走を繰り返し、ダービーへの

出走をかけて挑んだNHK杯でも9着に敗れ

ダービーへの出走は叶いませんでした。

その後、条件特別を2連勝したタカラテン

リュウは菊花賞に向けてセントライト

記念に参戦しましたが、6着に敗れたため

菊花賞を断念。

続く1番人気に支持されて出走した特別

競走では大差の15着に敗れたかと思えば

続く同じ条件の特別競走では見事な逃げ

切り勝ちで圧勝してオープン入りを

果たす等、本当に走って見なければ

分からない馬で、現在であれば相当な

人気馬になっていたと思います。

 

年が明け古馬になったタカラテンリュウは

古馬初戦の金杯に出走し7着に終わり

ましたが、続く東京新聞杯では既に4つの

重賞を獲得している女傑エイティトウショウ

をおさえて逃げ切り勝ちを収め、念願の

重賞初制覇を果たしました。

続く目黒記念でも菊花賞馬ミナガワマンナ

ホリスキー、天皇賞馬メジロティターンや

メジロファントム等の超一流馬が

出走する中で直線に入っても最後まで

逃げ粘り、僅差の5着に入るなど、

古馬になってついに本格化しました。

この勢いのままタカラテンリュウは続く

ダイヤモンドステークスでも大逃げを打ち

直線で追い込んで来た1番人気の

ウエスタンジェットをおさえて優勝を飾り

2つ目の重賞を獲得しました。

次にタカラテンリュウは中京競馬場で

行われる高松宮杯に挑戦しましたが、

ここは快速馬ハギノカムイオーに先手を

取られ、終始2番手でレースを進めるも

4着に敗れてしまいました。

 

夏を無事に過ごしたタカラテンリュウは

天皇賞秋を目指して毎日王冠から始動

しました。

天皇賞秋を目指すこのレースには

前年の覇者キョウエイプロミス、桜花賞馬

リーゼングロス、後の天皇賞馬モンテ

ファストやイーストボーイ、キヨヒダカ等の

重賞勝ち馬が出走し、豪華メンバーによる

レースとなりました。

当日は不良馬場となり、1番人気は

イーストボーイが支持され、タカラテン

リュウは2番人気での出走となりました。

レースは大方の予想どおり、タカラテン

リュウが不良馬場の中で早いペースで

逃げ、その後ろからスピーデイタイガーと

キョウエイプロミスが続き、リーゼングロス

キヨヒダカは中団から、人気のイースト

ボーイは後方からの競馬となりました。

第4コーナーで各馬が差を詰め、8頭が

一団となって直線の勝負へ。

先頭のタカラテンリュウは外をまわり

内からはリーゼングロス、外からイースト

ボーイとキョウエイプロミスが猛然と

追い込んできましたが、最後はタカラ

テンリュウが2頭をおさえて優勝を飾り

3つ目の重賞を獲得すると共に

天皇賞秋への有力候補に躍り出ました。

この時がタカラテンリュウにとっての

絶頂期だったと思います。

そして迎えた東京3200mで行われる

最後の天皇賞秋でタカラテンリュウは

1番人気に支持され、スタートしてから

果敢な逃げを展開しましたが、最後の

直線で失速し、7着に敗れてしまいました。

これで流れが変わったのか、続くジャパン

カップでも11着に敗れ、休養に入りました。

 

半年の休養後、6歳になった春にタカラ

テンリュウは復帰するも、安田記念6着、

エプソムカップ6着に敗退し、その後、

不治の病と言われた屈腱炎を発症した

ため、再び長期休養に入りました。

1年4ヶ月後、一昨年に制した毎日王冠で

復帰しましたが、7頭中大差の6着に大敗

しました。

 

年が明けて8歳になったタカラテンリュウは

現役を続行しましたが、金杯、東京新聞杯

共に先行出来ず、いずれも10着に

敗退する等、かつて果敢に先手を奪って

逃げた姿はもうどこにも無く、全く精彩を

欠いてしまいました。

そしてタカラテンリュウは最後のレースと

なった運命の目黒記念に出走しました。

このレースでタカラテンリュウは、先手を

とって逃げることは出来ませんでしたが

向こう正面から第3コーナーにかけて

競り合いを演じながら先頭に立ち、大いに

見せ場を作りましたが、第4コーナーで

力尽きたのか、最後の直線に入ると

ガクッとバランスを崩し、そのまま競走を

中止してしまいました。

診断結果は左第1指関節脱臼で、姉の

カバリエリエースと同様に安楽死の処置が

とられました。

最後のレースで命をかけて意地を見せて

くれたタカラテンリュウ、最後まで個性派を

貫き通してくれた名馬でした。

 

今週は、舞台を東京競馬場に移し、伝統の

第76回毎日王冠が行われます。

エルトンバローズ、ホウオウビスケッツ

チェルヴィニア、サトノシャイニングに

注目しています。

今週も全人馬の無事を祈りながら

レースを観ます。