PCが突然ハード故障を起こし、修理依頼をしたものの、ちょうど

工場がお盆休みに入ったためか、修理に時間がかかってしまい、

ようやく本日、修理を終え、戻ってきました。

その間にセントライト記念で小さな巨人ライスシャワーをやぶって

優勝し、更に1993年のジャパンカップに優勝して騙馬として初の

GⅠ制覇を果たしたレガシーワールドが亡くなったとの訃報が

北海道より届きました。

引退後は北海道新ひだか町(旧静内町)のへいはた牧場で

功労馬として余生を送っていましたが、8月18日早朝、老衰

のため死亡したとのことです。32歳でした。

心からご冥福をお祈りいたします。お疲れさまでした。

今週は札幌競馬場で第57回札幌記念が行われます。

札幌記念は1965年に旧4歳(現3歳)以上の馬による重賞競走

として創設され、札幌競馬場で施行する最も歴史が古い重賞

競走です。

また札幌競馬場は寒冷地のため、昭和期は芝コースが設置

されておらず、左回りや右回りのダートで施行されていましたが、

1990年から右回り芝コースでの施行に変更され、現在に

至っています。

思い出の馬は、昭和56年第17回優勝馬キタノリキオーです。

兄には弥生賞やスプリングSに優勝し、昭和54年のクラシック

候補となったリキアイオーがいます。

キタノリキオーは、菊花賞馬ダイコーターを父に持ち、昭和55年の

クラシック組でしたが、善戦するももう少しのところでクラシックに

乗ることは出来ませんでした。

年が明けて古馬になると急に本格化し、オープン戦での優勝を

皮切りに、目黒記念ではメジロファントムやカシュウチカラを

やぶって優勝し、続く中山記念ではホウヨウボーイやハワイアン

イメージをやぶって優勝。

その勢いのままに札幌記念では59キロの斤量も物ともせずに

2着に5馬身差をつけて優勝し、見事4連勝を飾りました。

しかし、歴戦の疲れかその後は突如スランプに陥り、重賞レース

での惨敗が続きました。

そして翌年、馬名のとおり北の大地が好きなのか、札幌日経賞で

オーバーレインボーをやぶって復活優勝したものの、このレース

がキタノリキオーにとっての最後の優勝となりました。

その後サンケイオールカマーで3着を最後に競馬場に別れを

告げました。

 

今週は札幌競馬場で伝統の札幌記念が行われますが、今年は

例年になく名立たる馬達が出走を予定し、面白いレースに

なりそうです。

何と言っても注目は白い桜の女王ソダシとオークス馬ラヴズ

オンリーユーとの女王対決です。

そこに復活の兆しが見えた有馬記念馬ブラストワンピース、

目黒記念馬ウインキートスやステイフーリッシュやユーキャン

スマイル等の重賞常連組が女王2頭にどう挑むのかも注目です。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを見ます。

先週行われました第69回クイーンステークスは3番人気の

テルツエットが直線で抜け出して優勝。

1番人気のマジックキャッスルは直線で差されて2着と

なりました。

また、東京オリンピック総合馬術個人で戸本選手が

89年ぶりのメダル獲得は逃すものの、見事4位入賞を

果たしました。

人馬一体となった本当に素晴らしい走行でした。

戸本選手そしてヴィンシー号、本当にお疲れさまでした。

今週は昭和期に係わる重賞レースが無いため、ある記事に

関して、ふと感じたことについて書かせ頂きます。

少し前になりますが、スポーツ紙の部長が競走馬に対する

「死んだ」という表現に一石を投じていました。

それというのは、ある騎手が宝塚記念等GⅠを3勝した名牝

スイープトウショウの死を報じた各紙の記事や見出しについて、

腸捻転のため「死ぬ」「死す」「死んだ」と書いていたが、確かに

死んでいるんだけれど、もうちょっと違う別の書き方は

無いんかな、ちょっと考えてよというメッセージに対し、メディアに

身を置く身として考えさせられたとのことでした。

そのスポーツ紙の記者も腸捻転のためノーザンファームで死んだ

と書いていましたが、本心としては「亡くなる」「死亡した」と書き

たかったものの、いずれも人の死に限られる用語で原則として

使えなかったとのことです。

その後シーザリオ、ジャングルポケット、ネオユニヴァースと

悲報が続きましたが、やはり同じような書き方しか出来なかった

そうです。

またスポーツ紙の部長は、

命名された競走馬は半ば擬人化され、馬主、生産者、厩舎

関係者はもちろん、ファンの思い入れも深く、騎手にとっては

ともに勝利を目指す相棒であり、ある意味ペット以上の繋がりが

あり、だから「死ぬ」「死んだ」という冷めた表現に違和感が残る

のはよく分かる。

まだ「病死した」「急死した」の方が受け入れられるか。

サラブレッドの死はキツネが死んだ、蛇が死んだ等とは確かに

違う意味合いがある。

死去、逝去、他界、訃報等は、死亡と同様で人に限られるが、

息を引き取った、永眠した、旅立ったなどは許されていいだろう。

少しでも敬意を込めた書き方を模索することは、◎○▲を打つ

ことでしか愛情表現できなかった競走馬への、せめてもの償いに

なると思うのだ。と述べていました。

確かに私もスポーツ紙を見て、名馬達の死を報じる際の、死んだ

との表現には、何か冷たい感じがして、名馬達に対する敬意が

あまり感じられないと思っていました。

だから自分がブログで名馬達の死に関して書くときは、人の

死に対する表現になるかも知れませんが「天国に旅立った」

「生涯を終えた」「天寿を全うした」「この世を去った」等、

私なりに名馬達の功績を称え、最大限の敬意を払って書かせて

頂いています。

そして、今週も全馬の無事を祈ってレースを見ます。

先週行われました第21回アイビスサマーダッシュは1番人気の

オールアットワンス優勝。

2着には2番人気で一昨年の覇者ライオンボスが入り、

人気通りの決着になりましたが、3着には1頭だけ一番内を

ついた14番人気のバカラクイーンが入り、3着絡み馬券は

軒並み高配当になりました。

今回のアイビスサマーダッシュは内と外とに大きく分れたレース

となり、見ていてとても面白いレースになりました。

今週は、札幌競馬場で伝統の第69回クイーンステークスが

行われます。

クイーンステークスは1953年に旧馬齢4歳牝馬による重賞競走

として創設され、昭和期においては東京競馬場や中山競馬場で

牝馬による秋の重賞競走として行われていました。

1996年に秋華賞が新設された際、距離を芝の1800mに

変更し、秋華賞のトライアル競走となりました。

その後2000年に行われました牝馬競走体系整備の一環として

施行場を札幌競馬場に変更する共に現3歳以上の牝馬限定戦

となったため、これ以降、レースの位置づけや性格は大きく

変わることになりました。

昭和期においては秋以降に行われていたため、夏の札幌での

開催に関しては、未だにあまりピンと来ていません。

 

思い出の馬は、昭和47年第20回優勝馬タカイホーマです。

タカイホーマは、地方競馬の史上最強馬と評され、中央競馬でも

天皇賞や宝塚記念に優勝した名馬ヒカルタカイの妹として

昭和44年に生を受け、昭和47年の牝馬クラシック組で関東の

仲住厩舎に所属しました。

同期には桜花賞馬アチーブスター、オークス馬でダービー馬

タケホープの姉タケフブキ、後に安田記念を制したキョウエイ

グリーン、朝日杯3歳S他重賞を制したトクザクラ、シンザン記念他

重賞を制したシンモエダケ等、やはり牡馬同様、昭和47年組には

多くの名牝が存在していました。

タカイホーマは札幌でのデビュー戦には敗れたものの、2走目の

新馬戦と特別戦を連勝し、関東のエースに躍り出るかと思い

ましたが、当時の3歳牝馬には、東のトクザクラ、西のシンモエ

ダケという特に図抜けた牝馬がいたため、まだ目立った存在では

ありませんでした。

年が明けて競馬界は馬インフルエンザや組合ストライキの影響で

大幅にレーススケジュールが乱れ、クラシック路線も2ヶ月遅れで

開催されることになりました。

そんな状況の中、旧馬齢で4歳になったタカイホーマは3月に

行われることになった京成杯で初重賞に挑戦し、関西の3歳

チャンピオンで疾風吹く言われた強豪ヒデハヤテや後の皐月賞馬

ランドプリンスには負けたものの、クラシック候補の牡馬相手に

4着と大健闘しました。

この後、タカイホーマの快進撃が始まり、牝馬同士のクイーン

カップでは2着に5馬身差をつけて圧勝、その後桜花賞への

出走は断念してカーネーションカップに出走し、2着に4馬身差

をつけてここも圧勝。

そして続くオークストライアル4歳牝馬特別では後のオークス馬

タケフブキをやぶって優勝し、3連勝を飾ると共にオークスの

最有力馬に躍り出ました。

本番のオークスは距離が2400mであったため、父がクラシック

戦線で距離に泣いたアローエクスプレスと同じスパニッシュエクス

プレス持つタカイホーマは距離が持つかどうかと言われました。

それでもオークスでは1番人気に推されたタカイホーマは直線で

先頭に立つなど大健闘し、弟で後のダービー馬タケホープの

姉タケフブキに敗れはしたものの、2着に入りました。

次に出走した当時残念ダービーと言われていた日本短波賞では

イシノヒカル、ハクホウショウ、スガノホマレ、タケクマヒカル等の

名立たる牡馬相手に僅差の3着に大健闘しました。

そして迎えた第20回クイーンステークスでは、斤量を他馬より

3キロも多く背負ったものの、圧倒的1番人気に推され、その

期待に応えるように、ライバル馬キョウエイグリーンに2馬身差を

つけて圧勝し、格の違いを見せつけました。

この強さにタカイホーマは間違いなく4歳牝馬ナンバー1であり、

秋の女王の座についたとまで言われました。

しかし、この勝利がタカイホーマにとっての最後の勝利でとなり、

そして、この後に起きる悲劇を誰が予想したでしょうか。

次に出走した京都牝馬特別においても、1番人気推され、

ライバル馬のアチーブスターやシンモエダケには勝ったものの、

僅差の4着に敗れてしまいました。

そして迎えた運命の第3回ビクトリアカップ、今の秋華賞にあたる

レースには桜花賞馬アチーブスターやライバル馬シンモエダケも

参戦しましたが、東の代表格となったタカイホーマは、このレース

でも当然のように1番人気に推されました。

運命のスタートが切られ、予想外の先行策に打って出たアチーブ

スターを前方にみながらタカイホーマは中団を進み、レースは

スローペースでの展開となりました。

そして勝負どころの第3コーナーに入ったところでタカイホーマに

異変が発生して急激に失速し、そこで停止させることが出来ずに

そのまま4コーナーまで来るも、コーナーを曲がり切ることが

出来ずに崩れ落ちるかのように転倒し、競走を中止しました。

落馬競走を中止したタカイホーマの状態は酷く、脚の第一指関節

完全脱臼、右後ろ脚浅屈腱断裂を起こしていて、更に折れた骨が

心臓に刺さってしまったことで出血多量を起こし、死亡しました。

4年にも満たない短い生涯でした。

突然起こった悲劇にスタンドはどよめき、若き名牝の死を多くの

人が悼みました。

一説によると、タカイホーマは3コーナー右後ろ脚浅屈腱断裂を

起こしたが、競走馬の本能なのか、その時すぐに停止させることは

出来ずに、そのまま走り続けたため、次には前脚を脱臼して

しまい、ついに4コーナーを曲がることが出来ず、崩れ落ちたと

のことです。

この悲劇は決して忘れられない、そして忘れてはいけない

京都に散った白い花タカイホーマの悲劇として、未だに

語り継がれています。

 

今週は函館競馬場で第69回クイーンステークスが行われます。

成績が安定している実力馬マジックキャッスルと名牝ジェン

ティルドンナの妹ドナアトラエンテ、そして巻き返しを図る

ルメール騎乗のテルツエットに注目しています。

競馬場は違うものの、悲劇が起こったレースだけに今週も

全馬の無事とレースの無事を祈りながらレースを見ます。