先週行われました第70回ラジオNIKKE賞は4番人気の

ヴァイスメテオールが直線で力強く鋭く抜け出して優勝。

2着には11番人気のワールドリバイバルが入り、波乱の

結果となりました。

雨による馬場の悪化が影響を及ぼしたのかも知れませんが、

このクラスの馬達のレース予想は本当に難解です。

今週は福島競馬場で第57回七夕賞が行われます。

このレース名を聞くと今年もいよいよ夏競馬が始まったんだと、

改めて思ってしまいます。

 

昭和期では夏競馬や福島、新潟等のローカルを得意とした

昭和を代表する馬が何頭かいました。

そのうちの1頭が花の昭和47組で、昭和48年第9回優勝馬

サンヨウコウです。

この馬の名前を聞いただけで、今でも夏競馬、そして福島、

新潟を思い浮かんでしまいます。

サンヨウコウは史上最強の世代と言われる花の昭和47年組

とはいえ、旧馬齢4歳でデビューしたものの4戦目の福島での

未勝利戦でようやく勝ち上がりました。

デビュー当時から福島とは相性が良かったのかも知れません。

その後中央場所では勝てなかったものの、新潟でも特別レース

に連勝し、続く関谷記念ではパッシングゴールには敗れたものの

桜花賞馬ナスノカオリをやぶって2着に食い込みました。

その後中央場所に帰ると惨敗を続ける等、なかなか勝てません

でしたが、古馬になって迎えた福島ではまるで水を得た魚のように

特別レースに優勝すると続く七夕賞では怪物ハイセイコーを

苦しめた、あのニューサントをやぶって優勝。

続く福島記念では人気薄にも係わらずオープン大将と言われた

コーヨーをやぶって2着に入り、次の関谷記念ではローカルの

鬼と呼ばれたノボルトウコウやタクマオーをも撃破して優勝。

そして次の新潟記念では軽量のヤマテスコに敗れはしたものの

2着に入る等、まさに福島、新潟にサンヨウコウありと言わしめる

ほど、活躍しました。

しかし、中央場所に帰ると、やはり水が合わなかったのか

力が足りなかったのか、負けが続き、6歳時は勝ち星には

恵まれませんでした。

年が明けて7歳になり現役を続行したものの、もう往年の走りは

期待できないと思われていましたが、7歳の夏の新潟開催に

参戦すると、昔を思い出したかのように関谷記念で快速馬

スガノホマレやオークス馬ナスノチグサ、イシノマサルに先着して

快速馬ファイブワンのレコードタイムでの勝利の中で2着に入る

大健闘を見せました。

その後、福島での福島民友Cを制し、2年ぶりの勝利をあげました。

しかし、このレースがサンヨウコウにとっての最後の優勝と

なりました。

サンヨウコウは、その後地方競馬に移籍して、旧馬齢で10歳まで

走って5勝をあげたとの記録が残っています。

現役を引退後、サンヨウコウがどこに行ったのか、最後は

どうなったのかについては記録は残っておらず、今となっては

知るすべもありません。

夏競馬が始まると、毎年サンヨウコウという馬がいたことを

ふと思い出してしまいます。

 

今週は福島競馬場で第57回七夕賞が行われます。

このレースも絶対的な本命馬がいない、難解なレースと

なりそうです。

そのような状況の中で、成績はイマイチでしたがGIⅠレースに

出走したケレッシェンドラヴ、福島を得意とするヴァンケドミンゴ、

デビュー前はクラシック候補と評判だったワーケアに注目して

います。

今週も全馬の無事を祈ってレースを見ます。

先週行われました上半期を締めくくる夢のグランプリ第62回

宝塚記念は1番人気のクロノジェネシスがまさに横綱相撲の

圧倒的な強さで優勝。

ファン投票1位に応えると共に牝馬で初のグランプリ3連覇を

果たし、グランプリ馬の貫禄を示しました。

2着には鳴尾記念優勝馬で牡馬のユニコーンライオンが牝馬

3強の一角を崩して入り、無敗のレイパパレは3着に敗れ、

初の敗戦となりました。

クロノジェネシスは凱旋門賞に行くのでしょうか。

これだけの名牝なので、よく体調を見極めて参戦を決断して

欲しいと思います。

今週からはいよいよ夏競馬が始まります。

今週は福島競馬場で第70回ラジオNIKKE賞が行われます。

昭和人の私としては日本短波賞としてのイメージが強く、

ダービーで敗れた馬やダービーに出走出来なかった馬達が

参戦したことから、当時は残念ダービーとも呼ばれていました。

 

思い出の馬は根性の馬と言われた昭和49年第23回優勝馬

スルガスンプジョウです。

スルガスンプジョウは昭和期、打倒北海道として頑張っていた

青森県出身の綺麗な栃栗毛の馬でした。

名伯楽成宮厩舎に所属し、昭和49年のクラシック組で同期には

2冠馬キタノカチドキやダービー馬コーネルランサーやインター

グットがいます。

旧馬齢3歳の時、新潟でデビューしたスルガスンプジョウは新潟

で新馬、特別を連勝してエリートコースに乗り、続く特別戦は後の

ダービー馬コーネルランサーの2着に敗れたものの、存在感を

示しました。

その後脚部不安のため、4ヶ月の休養を取りましたが、復帰戦

の特別戦を格の違いを見せて勝ち、ダービーに出走しました。

スルガスンプジョウはマイラー系種牡馬バーバーの仔であった

ため、前年のダービーで同じバーバーの代表産駒で皐月賞と

NHK杯であの怪物ハイセイコーと接戦を演じたカネイコマが

ダービーでは惨敗していたことから、距離を不安視されたものの

5番人気に推されました。

直線で大本命のキタノカチドキが内へ外へと大きくヨレて3着に

敗れるという大波乱の中、スルガスンプジョウも直線で前を

塞がれる等、大きな不利を受けた中で6着と善戦しました。

次に出走した残念ダービーとも呼ばれていた日本短波賞

では距離も短くなったことから、1番人気に支持されました。

当時行われていた中山競馬場の直線に入ってヒカルジンデン

との一騎打ちとなりましたが、スルガスンプジョウは持ち前の

勝負根性を発揮して競り勝ち、初重賞を獲得しました。

そしてヒカルジンデンとの競り合いの際に絶対に負けたく

なかったのか、スルガスンプジョウが競っていたヒカルジンデン

の首に嚙みついたとの逸話が今でも残っています。

夏を無事に超したスルガスンプジョウは秋初戦、1番人気で

挑んだセントライト記念では課題の距離を克服して快勝し、

人気に応えました。

しかし、ダービー卿CTではまさかの3着に敗れましたが、続く

クモハタ記念では人気に応え、有力古馬を押さえて優勝。

しかし、これがスルガスンプジョウにとっての最後の勝利となり

ました。

当時まだ中距離路線が整備されていなかったため、古馬になった

スルガスンプジョウは長い距離の重賞戦線を歩まざるを得なく

アルゼンチン共和国杯や日本経済賞では善戦したものの、

なかなか優勝するまでには至りませんでした。

そして長年不安を抱えていた脚部の悪化により日本経済賞が

スルガスンプジョウにとっての最後のレースとなってしまいました。

生涯成績は12戦6勝 12戦中10戦が1番人気だったことからも

当時の競馬ファンのスルガスンプジョウへの期待と人気の高さが

わかります。

引退し種牡馬になったものの、当時は内国産種牡馬の不遇の

時代であったため、産駒には恵まれませんでした。

そして1982年静かに11歳の生涯を閉じました。

今週は、福島競馬場で第70回ラジオNIKKE賞が行われます。

残念ながらダービー組からの出走はないため、残念ダービー

とはなりませんが、上り馬のプレイイットサム、適正距離に戻った

ノースブリッジ、残念皐月賞組からシュヴァリエローズとアサマノ

イタズラの逆襲に注目しています。

上半期のレースが終わって少々気が抜けてしまっていますが、

今週も全馬の無事を祈ってレースを見ます。

先週行われました第26回のユニコーンステークスは、7番人気

のスマッシャーが優勝し、2着には14番人気のサヴァが入り、

1番人気のラペルーズは13着に惨敗する等、波乱の結果と

なりました。

本当にダート界は難しいものがあります。

また全馬とレースの無事を祈っていましたが、ピンクカメハメハが

レース中に心不全を起こして落馬し、急死するという悲しい出来事

が起こってしまいました。

名牝スイープトウショウの妹として海外でも優勝し、今後の活躍が

期待されていただけに残念です。

わずか3年の短い生涯でしたが、安らかに眠って下さい。

お疲れさまでした。

今週は前半戦を締めくくる大一番、夏のグランプリレース宝塚

記念が阪神競馬場で行われます。

しかし、今年の出走メンバーは人気投票で10位以内に入っていた

三冠馬コントレイルは体調が戻らず断念、デアリングタクトも

故障のため休養に入り、天皇賞馬ワールドプレミも出走しない等、

夏のグランプリレースとしては寂しいメンバー構成となりました。

 

思い出の馬は、美しい馬体でスピード感溢れる中距離馬として

君臨したナオキです。

ナオキの母、エイトクラウンも名種牡馬ヒンドスタンの仔として

鳴尾記念や宝塚記念に優勝する等、牝馬ながら牡馬と互角に

戦い、活躍した名牝でした。

ナオキは、私が今でも最強の世代と思っている花の昭和47年組

を代表する1頭ですが、旧馬齢の3歳でデビューするものの、

勝てずに故障を発症し、初勝利をあげたのは4歳秋の未勝利戦

でした。

しかし、この勝利をきっかけに2連勝してオープン入りを果たすと

年が明けて5歳の古馬になりオープン戦を持ち前のスピードで

レコードタイムで優勝、その勢いで中京記念に勝って初の重賞を

獲得しました。

素質が開花し、関西オープン馬にナオキありを示しましたが、

天皇賞や宝塚記念、暮れのハイセイコーが出走した有馬記念等

の大きな重賞レースでは善戦するものの、なかなか勝ちきれ

ませんでした。

6歳になって1番人気の推された金杯を快勝し、活躍を期待され

ましたが、脚部不安を発症して休養を余儀なくされてしまいました。

7歳になって復帰を果たしますが、当時の7歳馬はというと、

もう高齢でピークを過ぎたと見られることが多かったですが、

ナオキはその見方とは逆に中京競馬場で復帰初戦のオープン戦

を快勝すると中京記念に勝って連覇し、続く鳴尾記念ではレコード

タイムで優勝して3連勝を飾ると共に母エイトクラウンに続いて

母仔制覇を果たしました。

その勢いに乗って関西の雄キタノカチドキが圧倒的な人気を

集めた春の天皇賞に挑戦しましたが、先行してレースを引っ張った

ものの、直線で脚が止まり、8着に敗れました。

そして迎えた第16回宝塚記念、2番人気に推されたナオキは

スタート直後からハナを奪って得意のペースで逃げを展開すると

直線に入ってもそのスピードが衰えることなく加速し、各馬を

寄せ付けることも無く、2馬身半の差をつけて優勝。

鳴尾記念に続いて、宝塚記念での母仔制覇を果たしました。

しかし、このレースがナオキの現役最後の勝利となりました。

その後、得意のコースである中京競馬場の高松宮杯で4着に

敗れるとツキが落ちたのか、急に衰えがやって来てしまったのか

1番人気に推された京都記念では11着に惨敗し、5度目の

挑戦となった秋の天皇賞では7着に敗退しました。

そして、レース後に左後肢の第一趾骨の骨折が判明したため、

引退を表明し、静かに競馬場に別れを告げました。

ナオキはふっくらとした綺麗な馬体と華麗な走りを見せた

まさに美しき中距離の名馬でした。

但し、父が短距離血統のサウンドトラックだったためか、長距離の

重賞レースでは苦戦を強いられました。

当時は短距離のレース体系がまだ整備がされていなかったため、

大きな重賞レースは距離が長い等、出るレースも限られ、

天皇賞も春、秋とも距離が3,200mでした。

そのため、ナオキは天皇賞に果敢に5度挑戦するものの、

いずれも3着以内にすら入ることは出来ませんでした。

タラレバになってしまいますが、当時、現在のレース体系であった

ならば、ナオキは間違いなく天皇賞に勝てたと思っています。

ナオキは引退後、期待されて生まれ故郷である北海道の大塚

牧場で種牡馬になったものの、当時は内国産種牡馬の不遇の

時代であったため、代表産駒としては、今は無き重賞レースの

カブトヤマ記念に優勝したチェリーテスコぐらいで、多くを残す

ことは出来ませんでした。

そして1983年からは宮城県に移って細々と種牡馬生活を

続けていましたが、1990年5月5日種付け中の事故により

22歳でこの世を去りました。

今週は阪神競馬場で上半期を締めくくる第62回宝塚記念が

行われます。

今年も新旧の牝馬同士の激突が注目され、、アーモンドアイ

引退後、まさに無敵の女王として君臨するクロノジェネシス、

無冠のシルバーコレクターカレンブーケドールと、6戦無敗の

若き次世代女王レイパパレとの初対決が本当に楽しみです。

そしてアリストテレスの巻き返しとキセキが大逃げを打ち、レース

を盛り上げ、アッと言わせることが出来るか注目です。

今週も悲劇が起きることなく、全馬が無事にゴール出来ることを

祈りながら、前半戦を締めくくる大一番のレースを見ます。