2頭のクラシック牝馬の女王等、豪華メンバーにより先週行われ

ました夏の大一番第57回札幌記念は2番人気の白い桜の女王

ソダシが1番人気のオークス馬ラヴズオンリーユーをやぶって

見事に復活優勝を飾り、牝馬女王対決を制しました。

ラヴズオンリーユーは先行して逃げ切りを図るソダシを直線で

追い込むものの、ソダシを捕らえることができませんでした。

終わって見ればGⅠ馬のワンツースリーでの決着となりました。

やはりこれが格の違いということでしょうか。

スタンドからはGⅠ馬達による素晴らしいレースに対し、大きな

暖かい拍手が沸き起こりましたが、こういう場面はいつ見ても

胸がジーンとしてしまいます。

人気だけでなく、実力も兼ね備えた名牝ソダシの今後の活躍が

期待されます。

今週は新潟競馬場で第41回新潟2歳ステークスが行われます。

1968年に新潟競馬場の3歳(現2歳)馬によるオープン競走の

新潟3歳ステークスの名称で創設されたのが始まりですが、

1981年(昭和56年)に重賞競走新潟3歳ステークスとして創設

されたことにより1981年が第1回として新潟競馬場・芝1200mで

施行されました。

1968年から1980年の13年間に行われた新潟3歳ステークス

の優勝馬にはトクザクラやスピリットスワプス、タケデン等、

名立たる馬の名前が連なっています。

思い出の馬は、昭和56年新潟3歳ステークス初代王者

ビクトリアクラウンです。

ビクトリアクラウンは1979年北海道静内の名門千代田牧場で

栗毛の美しい牝馬として誕生し、生まれた直後から血統を含め

評判の高い牝馬でした。

牧場の期待を背負いながら、テイタニヤやテンモン等数多くの

牝馬を管理し、クラシック制覇を果たしてきた名伯楽の稲葉幸夫

厩舎に所属し、牝馬に騎乗させたら右に出るものがいないと

言われた嶋田功が手綱をとることになりました。

ビクトリアクラウンは旧馬齢の3歳で夏の新潟でデビュー

しましたが、初戦はソエの痛みや落鉄による蹄鉄の打ち換え

による興奮等、満足な状態でないままでの発走となったため、

6着に敗れはしましたが、2戦目の新馬戦は危なげなく勝ち

あがり、その勢いで重賞競走の新潟3歳ステークスに出走し、

3番人気ながら直線で見事に抜け出して優勝、初代王者に

輝きました。

新馬から重賞競走を制し、関東のクラシック候補に踊り出た

ビクトリアクラウンは、その後暮れのテレビ東京賞3歳牝馬Sに

優勝して3連勝を飾り、優駿賞最優秀3歳牝馬に選出されました。

年が明けて4歳となったビクトリアクラウンは、クイーンカップを

制し、直接桜花賞に向かいました。

ところが桜花賞前の調教時に跛行が見られ、検査の結果、

左第3手根骨剥離骨折が判明し、桜花賞を断念すると共に

春のクラシックへの出走は不可能となってしまいました。

牝馬3冠制覇は間違いないと言われていただけに、ビクトリア

クラウンには「幻のクラシック馬」の異名がつけられました。

昭和期から今日まで「幻のクラシック馬」「幻の三冠馬」などと

言われた馬が、どれほど存在していたでしょうか。

毎年、そういった馬が現れた時は残念でなりません。

ビクトリアクラウンも三冠の夢がやぶれた1頭になってしまい

ました。

骨折のため休養に入ったビクトリアクラウンは、牝馬3冠目の

現在でいう秋華賞にあたるエリザベス女王杯を目指しました。

そして休み明け秋初戦のクイーンステークスに出走して優勝。

続く古馬との対決となった牝馬東京タイムズ杯では惜しくも2着に

敗れたものの、順調にエリザベス女王杯に駒を進めました。

そして春の無念を晴らすため、満を持して出走したエリザベス

女王杯では、京都大賞典を勝ったメジロカーラや京都牝馬特別を

勝ったミスラディカルやヤマノシラギク等、夏を越して台頭してきた

牝馬達が参戦してきましたが、その牝馬達を相手に直線で力強く

抜け出して優勝し、幻の牝馬三冠馬の意地か、春の無念を

晴らし、ついに最後の1冠を獲得することができました。

その後有馬記念に出走し、牝馬ながら5着と健闘しました。

そしてその年の優駿賞最優秀4歳牝馬に選出されました。

しかし、年が明けて古馬となったビクトリアクラウンは、歴戦の

疲れの他、レース体系もまだ整っていない中で長年の脚部不安

にも悩まされ、重賞レースでの惨敗が続いたため、明けて6歳の

アメリカJCCでの7着を最後に引退し、繁殖に入りました。

期待されて繁殖入りしたビクトリアクラウンは重賞勝ちの産駒は

出せなかったものの、12頭の産駒中、7頭が勝利をあげており、

繁殖としても後世に繋ぐ立派な成績を残したと思います。

2000年を最後に繁殖牝馬からも引退し、生まれ故郷である

千代田牧場の功労馬として余生を過ごしていましたが、

2007年1月30日、老衰のため28歳で天国へ旅立ちました。

栗毛の本当に美しい名牝でした。

今週は、夏競馬も終盤戦に入り、第41回新潟2歳ステークスが

行われます。

まだ、1勝馬で成長中の若駒によるレースだけに何が勝っても

おかしくなく、難解なレースと言えます。

新馬戦で快勝し、素質の高さを感じさせたアライバルに注目して

います。

そして今年のクラシック戦線で善戦したステラヴェローチェの弟で

クロフネの仔クレイドル、関西の素質馬オタルエバー、直線で

豪快に差し切ったエピファネイアの仔クラウンドマジックに注目

しています。

先週の札幌記念では2頭が競走を中止し、ひやりとしましたが

今週は全馬が無事に帰って来ることを祈ってレースを見ます。

PCが突然ハード故障を起こし、修理依頼をしたものの、ちょうど

工場がお盆休みに入ったためか、修理に時間がかかってしまい、

ようやく本日、修理を終え、戻ってきました。

その間にセントライト記念で小さな巨人ライスシャワーをやぶって

優勝し、更に1993年のジャパンカップに優勝して騙馬として初の

GⅠ制覇を果たしたレガシーワールドが亡くなったとの訃報が

北海道より届きました。

引退後は北海道新ひだか町(旧静内町)のへいはた牧場で

功労馬として余生を送っていましたが、8月18日早朝、老衰

のため死亡したとのことです。32歳でした。

心からご冥福をお祈りいたします。お疲れさまでした。

今週は札幌競馬場で第57回札幌記念が行われます。

札幌記念は1965年に旧4歳(現3歳)以上の馬による重賞競走

として創設され、札幌競馬場で施行する最も歴史が古い重賞

競走です。

また札幌競馬場は寒冷地のため、昭和期は芝コースが設置

されておらず、左回りや右回りのダートで施行されていましたが、

1990年から右回り芝コースでの施行に変更され、現在に

至っています。

思い出の馬は、昭和56年第17回優勝馬キタノリキオーです。

兄には弥生賞やスプリングSに優勝し、昭和54年のクラシック

候補となったリキアイオーがいます。

キタノリキオーは、菊花賞馬ダイコーターを父に持ち、昭和55年の

クラシック組でしたが、善戦するももう少しのところでクラシックに

乗ることは出来ませんでした。

年が明けて古馬になると急に本格化し、オープン戦での優勝を

皮切りに、目黒記念ではメジロファントムやカシュウチカラを

やぶって優勝し、続く中山記念ではホウヨウボーイやハワイアン

イメージをやぶって優勝。

その勢いのままに札幌記念では59キロの斤量も物ともせずに

2着に5馬身差をつけて優勝し、見事4連勝を飾りました。

しかし、歴戦の疲れかその後は突如スランプに陥り、重賞レース

での惨敗が続きました。

そして翌年、馬名のとおり北の大地が好きなのか、札幌日経賞で

オーバーレインボーをやぶって復活優勝したものの、このレース

がキタノリキオーにとっての最後の優勝となりました。

その後サンケイオールカマーで3着を最後に競馬場に別れを

告げました。

 

今週は札幌競馬場で伝統の札幌記念が行われますが、今年は

例年になく名立たる馬達が出走を予定し、面白いレースに

なりそうです。

何と言っても注目は白い桜の女王ソダシとオークス馬ラヴズ

オンリーユーとの女王対決です。

そこに復活の兆しが見えた有馬記念馬ブラストワンピース、

目黒記念馬ウインキートスやステイフーリッシュやユーキャン

スマイル等の重賞常連組が女王2頭にどう挑むのかも注目です。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを見ます。

先週行われました第69回クイーンステークスは3番人気の

テルツエットが直線で抜け出して優勝。

1番人気のマジックキャッスルは直線で差されて2着と

なりました。

また、東京オリンピック総合馬術個人で戸本選手が

89年ぶりのメダル獲得は逃すものの、見事4位入賞を

果たしました。

人馬一体となった本当に素晴らしい走行でした。

戸本選手そしてヴィンシー号、本当にお疲れさまでした。

今週は昭和期に係わる重賞レースが無いため、ある記事に

関して、ふと感じたことについて書かせ頂きます。

少し前になりますが、スポーツ紙の部長が競走馬に対する

「死んだ」という表現に一石を投じていました。

それというのは、ある騎手が宝塚記念等GⅠを3勝した名牝

スイープトウショウの死を報じた各紙の記事や見出しについて、

腸捻転のため「死ぬ」「死す」「死んだ」と書いていたが、確かに

死んでいるんだけれど、もうちょっと違う別の書き方は

無いんかな、ちょっと考えてよというメッセージに対し、メディアに

身を置く身として考えさせられたとのことでした。

そのスポーツ紙の記者も腸捻転のためノーザンファームで死んだ

と書いていましたが、本心としては「亡くなる」「死亡した」と書き

たかったものの、いずれも人の死に限られる用語で原則として

使えなかったとのことです。

その後シーザリオ、ジャングルポケット、ネオユニヴァースと

悲報が続きましたが、やはり同じような書き方しか出来なかった

そうです。

またスポーツ紙の部長は、

命名された競走馬は半ば擬人化され、馬主、生産者、厩舎

関係者はもちろん、ファンの思い入れも深く、騎手にとっては

ともに勝利を目指す相棒であり、ある意味ペット以上の繋がりが

あり、だから「死ぬ」「死んだ」という冷めた表現に違和感が残る

のはよく分かる。

まだ「病死した」「急死した」の方が受け入れられるか。

サラブレッドの死はキツネが死んだ、蛇が死んだ等とは確かに

違う意味合いがある。

死去、逝去、他界、訃報等は、死亡と同様で人に限られるが、

息を引き取った、永眠した、旅立ったなどは許されていいだろう。

少しでも敬意を込めた書き方を模索することは、◎○▲を打つ

ことでしか愛情表現できなかった競走馬への、せめてもの償いに

なると思うのだ。と述べていました。

確かに私もスポーツ紙を見て、名馬達の死を報じる際の、死んだ

との表現には、何か冷たい感じがして、名馬達に対する敬意が

あまり感じられないと思っていました。

だから自分がブログで名馬達の死に関して書くときは、人の

死に対する表現になるかも知れませんが「天国に旅立った」

「生涯を終えた」「天寿を全うした」「この世を去った」等、

私なりに名馬達の功績を称え、最大限の敬意を払って書かせて

頂いています。

そして、今週も全馬の無事を祈ってレースを見ます。