先週、札幌競馬場において白毛牝馬いとこ対決や

GⅠ馬の共演による豪華メンバーで行われました

夏のスーパーGⅡ札幌記念は3番人気のジャック

ドールが直線に入って逃げ粘る2番人気の

パンサラッサをクビ差で差し切り、金鯱賞に続く

重賞2勝目を挙げました。

2着には軽快に逃げた2番人気のパンサラッサが

入り、3着には5番人気のウインマリリン入りました。

連覇を狙った1番人気のソダシはタフな馬場に加え

距離が合わなかったのか、直線で伸びを欠いて

5着に敗れました。

心情的に応援していた9歳のダービー馬古豪

マカヒキはシンガリの16着に終わりました。

マカヒキは、いったいいつまで走らされるのでしょうか

もう十分走ったのだから、ゆっくり余生を送らせて

あげたいと思うのですが。

そして8月17日、北海道より仏GⅠのジャックル

マロワ賞をはじめ安田記念、マイルCS等を制し

1998年短距離部門で初めて年度代表馬に

選ばれたタイキシャトルが老衰による心不全のため

亡くなったとの悲しいお知らせが届きました。

亡くなる前日もいつも通り元気に過ごし食欲も大変

旺盛で夜飼いも元気に食べ、午後10時過ぎに場長が

厩舎をあとにした時もいつもと変わらない様子で

馬房には荒れた様子もなかったことから寝ている間に

安らかに旅立ったとのことです。

享年28歳でした。

8月18日のスポーツ報知にタイキシャトルの元気な

様子の記事が掲載されていただけに、突然の別れに

驚くと共に本当に残念です。

ただ幸せな余生を過ごせたようで本当に良かったです。

タイキシャトルは種牡馬としても多くの活躍馬を

輩出してくれました。

名馬タイキシャトルの旅立ちに伴い、各競馬場や

WINSに献花台が設けられ、土曜日のメイン競走は

タイキシャトル追悼競走する等、彼の偉大な功績を

称え、敬意を表して行ってくれたJRAに感謝します。

天国でゆっくり休んで下さい。

長い間、本当にお疲れさまでした。

今週は夏競馬も終わりに近づき、新潟競馬場で

第42回新潟2歳ステークスが行われます。

新潟2歳ステークスは、1968年に新潟競馬場の3歳

(現2歳)馬によるオープン競走・新潟3歳ステークス

の名称で創設されました。。

1984年にグレード制の導入によりGⅢに格付けされ

2002年より現在の芝外回り1600mの左回りコースで

施行されています。

2歳世代において最初に行われるマイル以上の距離で

施行される重賞競走であることから、翌年のクラシック

戦線を占う意味合いがより強くなっています。

歴代の優勝馬や出走馬からは、クラシックを制した

ビクトリアクラウンやメジロドーベル、ハーブスター

イスラボニータ等、後に多くの重賞勝ち馬を輩出して

います。

2歳でデビューしたての伸びしろの大きい若駒達に

よる競走だけに難しいレースです。

良血馬アイスグリーン、将来性豊かなウインオーディン

シーウィザードに注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを観ます。

先週、新潟競馬場で行われました第57回関屋記念は

最後は逆転で1番人気に推されたウインカーネリアンが

直線で逃げ粘るシュリとの叩き合いを制してリステッド

競走連勝に続く3連勝で重賞初制覇を果たしました。

2着には逃げ粘った12番人気のシュリが入り、

途中まで1番人気に推されていたダノンザキッドは

レース前での入れ込みや道中での折り合いを欠いて

いたのが影響したのか直線で追い込むも3着に

敗れました。

今週は札幌競馬場で第58回札幌記念が行われます。

札幌記念は1965年に旧4歳(現3歳)以上の馬

による重賞競走として創設され、札幌競馬場で

施行する最も歴史が古い重賞競走です。

また札幌競馬場は寒冷地のため、昭和期は

芝コースが設置されておらず、左回りや右回りの

ダートで施行されていましたが、1990年から右回り

芝コースでの施行に変更され、現在に至っています。

昭和期においてダートコースで行われていた時代の

札幌記念は、中央競馬のダート重賞自体が

少なかったため、貴重な存在でした。

秋競馬に向けた調整を兼ねての出走や夏のダート王

決定戦の位置づけ等、レースの格や賞金がそれほど

高く無いにも関わらず、一線級の馬達が出走してくる

レースでもありました。

 

思い出の馬は、昭和51年第12回優勝馬で私の

記憶の中では昭和期におけるダート王者として

君臨したグレートセイカンです。

グレートセイカンは昭和50年のクラシック組で

同期には二冠馬カブラヤオーやロングホーク、

ロングファスト、イシノアラシ、エリモジョージ等が

います。

グレートセイカンはデビューが旧馬齢4歳の1月で

新馬戦は16頭立ての16着としんがり負けをした

ものの、3戦目のダートの未勝利戦を大差で圧勝し

後のダート王者の片鱗を見せていました。

4歳で3勝を挙げたものの、クラシック戦線に参加

することはありませんでした。

年が明けて5歳になったグレートセイカンはダートの

条件戦をまた大差で圧勝すると芝のオープン競走

でも善戦しました。

そして得意なダートでの重賞制覇を目指し、舞台を

札幌競馬場に移して札幌日経賞に出走しました。

当時の札幌は芝は無く、ダート戦だけでした。

ここでもグレートセイカンは期待どおり、古豪

ツキサムホマレやリュウフブキをやぶり、大差での

圧勝劇を演じました。

そして今や伝説のレースとして語り継がれている

札幌記念に駒を進めました。

このレースには菊花賞を目指して皐月賞を制した

天馬トウショウボーイとダービー馬クライムカイザー

が参戦を表明し、これによりダート王者対皐月賞馬

対ダービー馬の3強対決となり、当時競馬ファンは

大いに盛り上がりました。

札幌競馬場には6万人を超えるファンが押し寄せ

この最多入場者数の記録は今も破られていません。

1番人気は天馬トウショウボーイでグレートセイカン

はダービー馬クライムカイザーをおさえて2番人気

となりました。

レースはトウショウボーイが立ち遅れて後方からの

競馬となるという波乱の展開となり、グレートセイカン

は得意のダートで軽快な逃げを展開しました。

直線に入って逃げるグレートセイカンをトウショウ

ボーイがものすごい勢いで追い込んで来ましたが

クビ差届かず、グレートセイカンに軍配が挙がり

3着となったクライムカイザーには8馬身の差を

つける結果となりました。

クラシックに出走できなかったグレートセイカンが

皐月賞馬とダービー馬をやぶるという大金星を

挙げ、この勝利によりグレートセイカンはダートの

王者として後世に名を残すこととなりました。

私は昭和期を代表するダートの王者はと問われれば

今でも必ずグレートセイカンの名をあげています。

続く函館記念では60キロの斤量が響いたのか

6着に敗れたものの、秋の芝の重賞競走オール

カマーではオークス馬トウコウエルザや牝馬二冠馬

のテイタニヤをやぶって優勝。

もはやダートだけではないという実力のあるところを

見せつけました。

しかし、疲れが出たのか有馬記念ではしんがり負け

を喫してしまいました。

年が明けて6歳になったグレートセイカンはダートの

オープン競走に出走、得意のダート戦で8馬身差を

つけてレコードタイムで圧勝し、ダートでの格の違いを

見せつけました。

そして秋にはダービー卿チャレンジトロフィーで

59キロを背負いながらもカミノリュウオーやスピリット

スワプスをおさえて優勝し、健在ぶりを示しました。

その後、7歳でも現役を続けましたが、歴戦の疲労

からか、脚部不安を発症し、1年休養後にオープン

競走で復帰するものの、5着に敗れ、このレースが

グレートセイカンにとっての最後のレースとなりました。

当時、今の時代のようにダート戦線が整備されていた

なら、グレートセイカンはどれだけ重賞を勝てていたか

と、ふと思ってしまいます。

引退後、種牡馬になったグレートセイカンは昭和期に

おける内国産種牡馬冷遇の時代に重賞勝ち馬こそ

出せなかったものの、重賞入着馬や準オープン馬、

そして地方競馬での重賞勝ち馬など輩出するなど

とても頑張ってくれたと思います。

しかし、ダートの王者として君臨したグレートセイカン

がどのように余生を過ごし、いつどのように亡くなった

かの記録が無いのがとても残念です。

今週は夏競馬も終盤となり、札幌競馬場で第58回

札幌記念が行われます。

GⅠ馬5頭が参戦するという豪華メンバーとなりました。

ソダシとハヤヤッコの白毛馬いとこ対決も楽しみです。

そして巻き返しを図る実力馬グローリーヴェイズと

ジャックドールに注目しています。

また心情的にはマカヒキを応援しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを観ます。

先週、札幌競馬場で行われました第27回エルム

ステークスは、最後の直線で外から追い込んだ

9番人気のフルデプスリーダーが直線で先に抜け

出したウェルドーンを首差とらえて優勝を飾り、

初重賞制覇を果たしました。

2着には6番人気のウェルドーン、3着には

2番人気のオメガレインボーが入り、1番人気の

ブラッティーキッドは4着に敗れ、連勝は8でストップ

しました。

今週は、新潟競馬場で第57回関屋記念が行われ

ます。

関屋記念の競走名の関屋は1964年までの旧新潟

競馬場の所在地(新潟市関屋)に由来しています。

新潟競馬場が新潟市郊外の笹山に移転した翌年の

1966年に旧馬齢4歳以上の馬によるハンデキャップ

の重賞競走として創設されました。

新潟競馬場で施行される重賞競走では新潟記念の

次に古い歴史を持つ重賞競走です。

 

思い出の馬は、日本で初めてマイルで1分34台の

壁をやぶった快速馬ファイブワンです。

私の中では昭和期を代表する快速馬として記憶に

残っています。

ファイブワンは昭和50年のクラシック組で同期には

二冠馬カブラヤオーやロングホーク、ロングファスト

イシノアラシ、エリモジョージ等がいます。

父親は昭和期を代表するスプリンター系種牡馬

ミンシオでファイブワンも芝の短い距離を得意として

いました。

旧馬齢3歳暮れの新馬戦を圧勝し、4歳になると

ダートで行われました4歳短距離特別をレコードで

優勝する等、持ち前のスピードでクラシックの道を

切り開いていきました。

しかし、果敢に挑んだ皐月賞ではカブラヤオー

の前に距離も合わなかったのか、見せ場すら

作れずに20着に惨敗しました。

しかし、次に出走した残念ダービーの異名を持つ

日本短波賞では2着に入り、後の菊花賞馬コクサイ

プリンスやダービー3着馬ハーバーヤングに先着

する等、実力のあるところを見せました。

その後、夏の新潟開催に参戦し、関屋記念に

出走しました。

関屋記念にはオークス馬ナスノチグサをはじめ、

超音速の異名を持った快速馬古豪スガノホマレ

ローカルの雄サンヨウコウやイシノマサル等の

新旧の精鋭達が出走し、ファイブワンは9番人気に

推されました。

そんな強豪が揃う中で、勢いに乗るファイブワンは

直線で内に入ると、内をついてスルスルと抜け出し

ナスノチグサやサンヨウコウをおさえて優勝。

勝ち時計は、日本競馬のマイルにおいて、初めて

1分34秒を切るという快挙を成し遂げました。

当時では本当に驚くべきタイムであり、この鮮烈な

勝ち方により、ファイブワンは私の記憶の中では

今でも記録より昭和期を代表する快速馬として

記憶に残っています。

その後、秋競馬の重賞レースに参戦、好成績を

残したものの、勝ち星には恵まれませんでした。

年が明けて旧馬齢5歳になったファイブワンは

条件特別を勝ったものの、4歳時での酷使が影響

したのか、脚部不安を発症し、持ち前のスピード

が影を潜めてしまいました。

6歳になって条件戦でも敗戦が続きましたが、秋に

入って徐々に調子を取り戻し、暮れの条件特別戦で

2連勝を飾りました。

しかし、これが最後に燃え上がるろうそくの炎のように

ファイブワンにとっての最後の勝利となりました。

その後8歳まで現役を続けたファイブワンでしたが

17戦するものの、惨敗が続いたため、静かに

競馬場に別れを告げました。

ファイブワンは古馬になってから勢いがなくなり

ましたが、果たして早熟系だったのか、4歳時での

酷使が影響したのか、いずれにしても快速馬の

晩年は寂しさが感じられます。

引退後、ファイブワンは、ユウシオと共にミンシオの

代表産駒として種牡馬となりました。

内国産種牡馬が不遇の時代にあって、中央での

代表産駒は輩出できなかったものの、地方競馬での

重賞勝ち馬を輩出しただけでも、立派だった

と思います。

1991年に種牡馬を引退したとの記録がありましたが

その後、日本記録をつくったファイブワンが余生を

送れたのか、いつ亡くなったのかという記録が残って

いないのが残念です。

今週は新潟競馬場で夏の伝統レース第57回関屋

記念が行われます。

好調のウインカーネリアン、復活を図るダノンザキッド

素質馬スカイグルーヴと新鋭ワールドバローズに

注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを観ます。