ハイセイコーのブログ -67ページ目
先週、阪神競馬場で行われました第43回
エリザベス女王杯は4番人気のGⅠ7勝の
名牝ジェンティルドンナの子、ジェラル
ディーナが直線に入って大外から鋭く
伸びて、先に抜け出したウインマリリンを
捕らえて優勝、GⅠ初制覇を飾りました。
2着には5番人気ウインマリリンと追い
込んで来た12番人気ライラックとの接戦
となり、最後は同着となりました。
応援していたデアリングタクトは伸びずに
6着に敗れ。2番人気の秋華賞馬
スタニングローズは見せ場もなく
14着に終わりました。

今週は今年も阪神競馬場で第39回
マイルチャンピオンシップが行われます。
日本競馬は長年にわたり競走体系は
長い間、長距離の競走が重要視されて
来ましたが、世界的にもスピード能力も
重視されるようになってきたことを受け
1984年に競走体系の見直しを行い
短距離競走の充実を図る目的でマイル
チャンピオンシップが創設され、春に
行われる安田記念と共にマイル(1600m)
のチャンピオン決定戦として位置づけ
られています。
思い出の馬は、昭和63年第5回優勝馬
サッカーボーイです。
サッカーボーイは昭和の最後となった
昭和63年のクラシック組で、同期には
ダービー馬サクラチヨノオー、皐月賞馬
ヤエノムテキ、菊花賞馬スーパークリーク
メジロアルダン等がいます。
サッカーボーイは旧馬齢3歳の夏の函館
でデビューし、評判どおり新馬戦を9馬身
の差をつけて圧勝しました。
続く函館3歳Sは出遅れが響いて4着に
敗れたものの、次の条件特別レースでは
またしても10馬身差をつけて圧勝し、
一躍関西期待のクラシック候補に名乗り
をあげました。
そして、当時関西の3歳チャンピオン
決定戦に位置付けられていた阪神3歳S
に出走しました。
スタートして中団を進んだサッカーボーイ
は逃げ粘るジンデンボーイを外から差す
とあとは突き放す一方の独り舞台となって
独走し、後方に8馬身差をつけて圧勝、
更にレコードタイムでGⅠ初勝利をあげ
ました。
この8馬身差の勝ちっぷりは、昭和50年
同競走を7馬身差で圧勝したテンポイント
を思い起こさせ、スポーツ紙各紙は
こぞってテンポイントの再来と報じました。
そして、サッカーボーイは、この年の
最優秀3歳牡馬に選出されました。
年が明けて4歳になったサッカーボーイ
は満を持して東上し、弥生賞に出走。
このレースにはサクラチヨノオーも参戦し
東西の3歳チャンピオン同士の対決と
なりましたが、逃げるサクラチヨノオーを
サッカーボーイは直線で捕らえることは
できずに3着に敗れてしまいました。
続く皐月賞は脚部不安が発生したため
断念し、目標を日本ダービーに切り替え
ました。
しかし、やはり順調さを欠いたのが影響
したのか、当時のダービートライアル
NHK杯では外から追い込んだものの
4着に敗れ、それでも本番のダービーでは
巻き返しを期待され1番人気に推された
ものの、距離の疑問もあったのか、直線
に入ってからも全く伸びずに15着に
大敗してしまいました。
その後休養に入ることなく中日スポーツ賞
4歳Sに出走し、さすがに大敗後という
こともあって1番人気を皐月賞馬ヤエノ
ムテキに譲りましたが、レースでは
いつものように直線大外から強襲して
先に抜け出したヤエノムテキをゴール前
で差し切って優勝、見事復活を果たす
と共に重賞2勝目をあげました。
続いて夏の北海道シリーズ函館記念に
出走し、古馬との初対決に挑みました。
このレースにはメリーナイスとシリウス
シンボリの両ダービー馬や牝馬クラシック
二冠馬マックスビューティ、重賞勝ち馬
トウショウサミット、マイネルグラウベン等
が参戦する等、GⅠ競走のような豪華
メンバーによる一戦となりました。
レースはメイショウエイカンが逃げる中、
サッカーボーイはいつものように後方から
進み、第3コーナーで一気に上がって
行くと、直線では大外から一気に先頭に
立つと、好位から差してくるメリーナイスや
シリウスシンボリをまるで子供扱いにして
全く寄せ付けずに独走し、最後は5馬身差
をつけてレコードタイムで圧勝。
あまりの衝撃的な勝ち方に競馬ファンは
驚きと共に新たなスター馬の誕生に歓喜
しました。
その後、菊花賞を目指していましたが、
再び脚部不安が発生しため、調整が間
に合わず菊花賞を断念しました。
脚部不安と戦いながら馬体を立て直した
サッカーボーイはマイルチャンピオンシップ
に当然1番人気に推され出走しました。
レースは関屋記念馬ヒシノリフオーが逃げ
続いてミスターボーイが先行し、安田記念
馬フレッシュボイスは中団を進み、ホクト
ヘリオス、サッカーボーイは例によって
後方からの競馬となりました。
第3コーナーでサッカーボーイも一気に
仕掛けて差をつめて行きました。
第4コーナーをまわって良い手ごたえで
ミスターボーイが先頭に立って引き離しに
かかって逃げ粘る中、直線で5馬身も差を
つけられていたサッカーボーイは大外から
強烈な末脚を見せて追い上げて、残り
200m地点で交わすと、後続を一気に突き
放し、最後は4馬身差をつけて圧勝。
重賞3連勝を飾ると共にGⅠ2勝目を
あげました。
実況の杉本アナもあまりの衝撃的な圧勝
劇を見せられ、テスコガビー以来となる
「これは恐ろしい馬です」と絶叫しました。
そして、サッカーボーイはオグリキャップ
とタマモクロスの対決となった伝説の
有馬記念に出走。
オグリキャップ、タマモクロス、スーパー
クリーク等、時代の最強馬達との戦いに
挑みました。
しかし、枠入り後にサッカーボーイは発馬
機内で暴れて、歯を折って鼻血し、更に
スタートでも出遅れる等、大トラブルに
見舞われてのレースとなりました。
出遅れたため、最後方からのレース展開
となりましたが、直線に入って大外から
怪我を押して必死に追い上げたものの
先に抜け出したオグリキャップやタマモ
クロスには届かず、4位で入線。
その後スーパークリークが進路妨害で
失格となったため、3着となりました。
年が明けて古馬になったサッカーボーイ
はスピードと強さを持って中距離路線を
歩んでいく予定でしたが、骨折や蹄の病気
等で休養を繰り返し、スタッフによる懸命の
治療の甲斐もなく、再び競馬場に戻って
来ることはありませんでした。
引退後、種牡馬になったサッカーボーイは
種牡馬としても大活躍し、産駒からは
菊花賞馬ナリタトップロード、秋華賞馬
ティコティコタック、菊花賞・天皇賞(春)
宝塚記念を制したヒシミラクルを送り出し
その他多くの重賞勝ち馬を輩出しました。
種牡馬引退後は静かに牧場で余生を
送っていましたが、2011年になって
競走馬時代から悩まされていた蹄葉炎が
更に悪化し、
2011年10月7日蹄葉炎のため、26歳で
天国に旅立って行きました。

今週は、今年も阪神競馬場で第39回
マイルチャンピオンシップが行われます。
アイドル馬ソダシ、巻き返しを図る
シュネルマイスター、ジャスティンカフェ
ダノンスコーピオンとソウルラッシュに
注目しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
先週、東京競馬場で行われました記念
すべき第60回アルゼンチン共和国杯は
6番人気の伏兵ブレークアップが、好位
3番手から直線に入って横一戦となる中
鋭く抜け出し、そのまま押し切って優勝。
初の重賞制覇となりました。
2着には5番人気のハーツイストワール、
3着には3番人気ヒートオンビートが入り、
1番人気に推されたテーオーロイヤルは
6着に敗れました。

今週は今年も阪神競馬場で第43回
エリザベス女王杯が行われます。
1975年にエリザベス女王が来日したこと
を記念して1976年にエリザベス女王杯が
創設され、1995年まで牝馬クラシック
3冠目という位置づけで4歳牝馬限定競走
として行われていました。
その後、1996年に牝馬競走体系の
見直しに伴い、競走条件が4歳牝馬から
4歳以上牝馬に変更され、施行距離も
芝2200mに短縮され、更にエリザベス
女王杯に代わる4歳牝馬三冠の最終戦
として新たに秋華賞が新設されたことに
伴い、エリザベス女王杯は牝馬クラシック
を歩んできた旧4歳牝馬と古馬牝馬による
日本一の女王を争うレースという位置づけ
になりました。
今年はエリザベス女王即位70周年を
記念し、エリザベス女王の名前を付した
レースに記念品が贈られることとなり、
エリザベス女王杯の優勝馬主にも記念品
を贈呈することが発表されていました。
そして、同時にエリザベス女王即位70年
記念の副題付与もする予定でしたが
2022年9月8日にエリザベス女王が
崩御したため、取りやめとなってしまった
ことは本当に残念です。
思い出の馬は競走条件が4歳牝馬から
4歳以上牝馬に変更されてから初めて
行われた平成8年第21回優勝馬
ダンスパートナーです。
ダンスパートナーは平成7年のクラシック
組で牝馬の同期には桜花賞馬ワンダー
パフューム、エリザベス女王杯優勝馬
サクラキャンドルや女オグリキャップと
言われたライデンリーダー、そして牡馬
では皐月賞馬ジェニュイン、ダービー馬
タヤスツヨシ、菊花賞馬マヤノトップガン
等がいます。
また、その後誕生した兄弟には菊花賞馬
ダンスインザダーク、桜花賞馬ダンス
インザムードやエアダブリン等の名馬達が
いる等、まさに超良血な華麗なる一族を
形成しました。
ダンスパートナーは旧馬齢4歳の小倉で
デビューし、出遅れたものの評判どおり
見事新馬戦を勝利しました。
その後出遅れ癖のため、後方からの
競馬を余儀なくされ、オープン特別や
トライアル競走では2着に敗れ、本番の
桜花賞でもワンダーパフュームの2着
敗れてしまいました。
続くオークスに参戦し、3番人気だった
ものの、まずまずのスタートを切った
ダンスパートナーは中団より後方を進み
直線に入って大外から猛然と追い込んで
抜け出し、桜花賞馬ワンダーパフューム
とユウキビバーチェをおさえて圧勝し
GⅠ初制覇を果たすと共に桜花賞での
雪辱を晴らしました。
オークス後、ダンスパートナーはフランス
に遠征し、ステップレースで2着した後
本番のGⅠ競走ヴェルメイユ賞に挑み
ましたが6着に終わりました。
帰国後、ダンスパートナーは当時まだ4歳
牝馬限定だった牝馬三冠目のエリザベス
女王杯ではなく菊花賞に挑戦することに
なりました。
エリザベス女王杯が翌年から古馬に開放
されることが決まっていたためエリザベス
女王杯は来年以降でも取れるということや
オークスでの走破タイムがダービーに優勝
したタヤスツヨシよりも速い勝ちタイム
だったこともあって牝馬として18年ぶりの
歴史的挑戦に挑みました。
しかし、やはり牡馬の壁は厚く、1番人気
に推され善戦したものの、マヤノトップガン
の5着に敗れてしまいました。
菊花賞後、阪神牝馬特別に出走し、2着に
敗れてしまったもののオークスでの勝利が
高く評価され、この年の最優秀4歳牝馬
に選出されました。
年が明けて古馬になったダンスパートナー
は、AJC杯と京都記念に参戦するも
いずれも2着に敗れ、続く大阪杯でも4着
敗れる等、惜敗が続きました。
しかし京阪杯では古豪ナイスネイチャや
レガシーワールド等をやぶって優勝し
久しぶりに3勝目をあげました。
その後、安田記念や宝塚記念に出走し
好走したものの、勝利を上げる事は
出来ませんでした。
そして、秋初戦の京都大賞典の4着を
経て、出走条件が4歳以上となって
初めて行われるエリザベス女王杯に
出走しました。
このレースには女傑ヒシアマゾンも参戦し
ダンスパートナーとの新旧女王対決が
注目されました。
しかし、スタート直前、ヒシアマゾンが
ゲート内で暴れ、首をゲート下に挟んで
しまうというアクシデントがあり、ゲートを
一旦出されたヒシアマゾンは大外からの
スタートとなる波乱の幕開けとなりました。
スタートするとシーズグレイスが先手を
取って逃げ、大外から出たヒシアマゾンも
積極的に先行集団にとっつき、そのヒシ
アマゾンをマークするようにダンス
パートナーが進み、さすらいの砂の女王
ホクトベガは後方から行くというレース
展開となりました。
第4コーナーをまわって軽快に逃げる
シーズグレイスを大外からヒシアマゾン、
内をついたダンスパートナーが追い込み
ダンスパートナーが鋭く伸びてシーズ
グレイスをとらえ、追い込んで来るヒシ
アマゾンとフェアダンスを退けて優勝。
GⅠ2勝目をあげました。
しかし、この勝利がダンスパートナーに
とっての最後の勝利となりました。
その後、ジャパンカップと有馬記念に
参戦し、勝てなかったものの、ダンス
パートナーはこの年の最優秀5歳以上
牝馬に選出されました。
年が明けて6歳になったダンスパートナー
は現役を続行し、香港のクイーン
エリザベス2世カップに出走するも8着に
敗れ、続く鳴尾記念と宝塚記念に出走
するもいずれも3着に惜敗しました。
秋になって京都大賞典をクビ差の2着を
経て、連覇を目指し再びエリザベス女王杯
に出走しました。
レースはエイシンサンサンが逃げ、中団
からビワハイジが進み、ダンスパートナー
は中団より後ろ、最後方からエリモシックと
いう展開の中、第4コーナーをまわって
例によって内をついたダンスパートナーは
前をふさがれる不運に見舞われ、体制を
立て直し、鋭く伸びて来たエリモシックとの
競り合いに持ち込みましたがクビ差
及ばず2着敗れ連覇はなりませんでした。
続く有馬記念では、もう燃え尽きてしまった
かのように終始後方のままで14着に
大敗し、ダンスパートナーはこのレースを
最後に現役を引退しました。
引退後は繁殖牝馬となり、期待どおり
産駒は中央地方を合わせて11頭中
10頭が勝ち上がり、その内フェデラリスト
は金杯や中山記念に優勝し、産駒初の
重賞制覇を果たしました。
そして2016年10月14日、
ダンスパーノナーは蹄葉炎のため、
24歳の生涯を終え、静かに天国に
旅立っていきました。

今週はエリザベス女王崩御という悲しみ
の中、阪神競馬場で第43回エリザベス
女王杯が行われます。
秋華賞馬スタニングローズ、ダンスパート
ナーと同じステップで挑むウインマイティー
女傑の娘ジェラルディーナ、流れに乗る
テルツエットに注目しています。
そして復活を信じてデアリングタクトを
応援しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
先週、東京競馬場行われました伝統の
一戦、第166回天皇賞(秋)は1番人気の
イクイノックスが大逃げに出たパンサラッサ
をゴール前で差し切り、皐月賞とダービー
2着の雪辱を果たして初のGⅠタイトルを
獲得すると共に父キタサンブラックとの
父子制覇を達成しました。
2着には大逃げしてレースを盛り上げた
パンサラッサが粘り、3着には4番人気の
ダノンベルーガが入り、2番人気に
推されたダービー馬シャフリヤールは
差は詰めてきたものの5着に敗れました。
近年はスローペースの直線での上りの
競馬というレースが多く、個性ある馬が
いなくなり、面白さに欠けていたのですが
今年の天皇賞秋はパンサラッサの
サイレンススズカやツインターボを彷彿と
させる大逃げで盛り上がり、見応えの
ある本当に素晴らしい名勝負となりました。
ゴール前一撃で差し切ったイクイノックス
と大逃げで粘ったパンサラッサに盛大な
拍手を贈りたいと思います。

今週は東京競馬場で記念すべき第60回
アルゼンチン共和国杯が行われます。
アルゼンチン共和国杯は日本とアルゼン
チンの友好と親善の一環として1963年
にアルゼンチンジョッキークラブカップの
名称で創設されました。
1974年にアルゼンチンの競馬が
ジョッキークラブから国の管轄へ移管
されたことに伴い、1975年から現在の
名称になりました。
そして1984年のグレード制導入と重賞
格付けの全面見直しに伴い、それまで
年2回施行されていた伝統の目黒記念秋
の競走が廃止される代替として施行時期
を5月から目黒記念秋が行われていた
11月に移行し、4歳(現3歳)以上の馬に
よるハンデキャップ競走として東京競馬場
で施行されるようになりました。
思い出の馬は昭和47年第10回優勝馬
ゼンマツです。
オールドファンにとっては忘れられない
玄人受けする渋さのある馬でした。
ゼンマツは昭和46年のクラシック組で
同期には疾風の差し脚と言われた二冠馬
ヒカルイマイや菊花賞馬ニホンピロ
ムーテー、天皇賞馬ベルワイドの他、
フィドール、オンワードガイ、メジロゲッコウ
コーヨー、カツタイコウ、ヤシマライデン
バンライ、ハスラー等がいます。
ゼンマツの父テッソは昭和を代表する
長距離血統の種牡馬で代表産駒には
ゼンマツの他、有馬記念や天皇賞に勝ち
年度代表馬にも選出されたコレヒデを
はじめ安田記念優勝馬で雨の鬼の異名を
とったラファールやコウジョウ、ハマテッソ
等の重賞勝ち馬がいます。
またゼンマツの主戦ジョッキーは追い込み
馬に乗せたら右に出る者がいないと言われ
三冠馬ミスターシービーにも騎乗した
故吉永正人騎手がつとめました。
芦毛馬だったゼンマツは、生まれつき体が
弱かったそうで、死線をさまよったことも
あったそうです。
それでもゼンマツは旧馬齢3歳の8月に
デビューし、当時短距離しかなかった
新馬戦を実力で克服して勝ち、デビュー戦
を飾りました。
しかし、その後連敗が続き、3歳時は1勝
しかあげることは出来ませんでした。
年が明けて4歳になったゼンマツは
いきなり条件特別に勝って2勝目をあげ、
クラシック出走をかけて東京4歳S、弥生賞
に挑むものの、大敗してしまいました。
それでも続く条件特別競走で後に目黒記念
や日本経済賞に優勝するカツタイコウを
やぶって3勝目をあげ、何とかクラシック
への出走にこぎつけました。
ゼンマツはクラシック1冠目の皐月賞では
馬群の中に沈んだものの、ダービーでは
後方から鋭く追い込んで5着に食い
込んで健闘しましたが、ヒカルイマイの
前に全く歯が立ちませんでした。
その後日本短波賞4着、夏の札幌の
オープン競走をオンワードガイの2着と
した後、セントライト記念に参戦し、
ベルワイドの3着に好走すると、菊花賞を
目指し西下しました。
しかし本番の菊花賞でレース中に発作性
心機能障害を発症してしまったため、
勝った馬から12秒以上も離されて入線し
大差のしんがり負けを喫してしまいました。
幸い命や競走生命に別状なく、本当に
良かったです。
その後、療養のため半年間の休んだ後
古馬になったゼンマツは条件特別競走で
黒い弾丸の異名を持った皐月賞馬
ワイルドモア等をやぶって久しぶりの
勝利をあげました。
この勢いのままアルゼンチンJC杯に
参戦し、同期の精鋭達が揃う中で2番
人気に推されました。
レースではゼンマツはいつものように
馬群から大きく離れた、はるか後方
からの競馬となりました。
第4コーナーをまわって、絶対に届かない
と思われた位置でしたが、ゼンマツは
外から猛然と疾風のごとく、追い上げ、
4歳の時には歯が立たなかった同期の
バンライやヤシマライデン、ハーバー
ローヤルらをカミソリの切れ味で一瞬に
して古豪トウショウピット、スイジンや
粘るダイセンプーを豪快に抜き去って
レコードタイムで優勝を飾り、ついに
初重賞制覇を果たしました。
しかし、このレースで一世一代の脚を使い
燃え尽きてしまったのか、その後活躍を
期待されたものの、オープン競走での2着
はありましたが、重賞競走ではことごとく
大敗を喫してしまいました。
京王杯スプリングHを脚部不安のため
出走を取り消したゼンマツは長期休養に
入りました。
当時発行されていた競馬報知で長期
休養中の馬の特集があり、ゼンマツの
復帰に向けての記事が載っていて、
ゼンマツの復帰を楽しみにしていました。
7歳になって見違えるほど白くなった
ゼンマツが復帰したのは、約1年半後の
オープン競走で8頭中5着と意地は見せた
ものの、もうそこには往年のカミソリの
切れ味を持った追い込みのゼンマツの姿
はありませんでした。
このオープン競走がゼンマツにとっての
最後のレースとなってしまいました。
引退後、種牡馬になったゼンマツは
内国産種牡馬不遇の時代であり、長距離
血統も災いしてか産駒は少なく、それでも
代表産駒は残せなかったものの、勝ち馬
を輩出したことは立派だったと思います。
1980年代に用途変更になったゼンマツは
その後、どうなったのか、いつ亡くなった
かの記録はなく、本当に残念です。


今週は東京競馬場で記念すべき第60回
アルゼンチン共和国杯が行われます。
実力馬テーオーロイヤルとボスジラ
巻き返しを図るシルヴァーソニック
ハーツイストワールに注目しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
見ます。

