先週、函館競馬場で行われました第59回

函館記念は1番人気のローシャムパークが

直線で鋭く伸びて鮮やかな差し切りを

決めて優勝、初タイトルを獲得しました。

2着には4番人気のルビーカサブランカ、

3着には2番人気ブローザホーンが入り、

3番人気のアラタは9着に敗れました。

 

今週は、中京競馬場で伝統の第71回

中京記念が行われます。

 

中京記念は1953年に中京開設記念の

名称で旧馬齢4歳(現3歳)以上の馬による

重賞競走として創設され、1954年には

名称が中京記念に変更されました。

現在中京競馬場で行われている重賞競走

では最も古い歴史を持っています。

今年は「中京競馬場開設70周年記念」の

副称を付けて行われます。

 

思い出のレースは昭和49年中距離の

スペシャリストとして全国を渡り歩いた

野武士ヤマブキオーが勝った第22回

中京記念です。

ヤマブキオーはハイセイコーと同じ

昭和48年のクラシック組でしたが、

旧馬齢3歳の時中京でデビューし

新馬2戦目で勝ちあがり、クラシックに向け

順調にスタートしましたが、その後

脚部不安によりクラシックに出走することは

出来ませんでした。

それでも秋に復帰し、条件戦を2勝し

4歳のシーズンを終えました。

 

年が明けて古馬になったヤマブキオーは

東京での条件特別で古豪ホーオーティの

2着後、中京に遠征して条件特別と当時

行われていたオープン競走に勝って

2連勝し、この勢いのまま中京記念に

参戦しました。

このレースには京都新聞杯でハイセイコー

をやぶった同期のトーヨーチカラやマチカネ

ハチロー、中京を得意とするグットキラメキ

ローカルの鬼ノボルトウコウ等、多彩な

メンバーが顔を揃えました。

そして素質が開花したヤマブキオーは

このレースで1番人気に推されました。

レースは菊花賞、天皇賞等に優勝し、

初代年度代表馬に選出された名馬

ハクリョウを父に持つハクサンホマレが

逃げ、その後からグットキラメキが先行して

続き、ヤマブキオーとノボルトウコウ、

マチカネハチローは中団、トーヨーチカラは

後方からという展開になりました。

第3コーナーでグットキラメキが仕掛けて

先頭に立つと、ヤマブキオーも仕掛け

その直後にマチカネハチローとトーヨー

チカラも差をぐっと縮めて直線の勝負へ。

直線に入ってヤマブキオーが先頭に躍り

出ると、追い込んできたタケデンパワーや

キョウエイベストを力でねじ伏せて優勝。

ついに初タイトルを獲得しました。

 

その後ヤマブキオーは、5歳時7戦4勝

6歳時は5戦1勝もダービー卿CTに優勝。

7歳時は12戦5勝で中山記念、京王杯

スプリングハンデキャップ、金鯱賞に優勝。

8歳時は9戦5勝で函館記念に優勝。

9歳時は5戦して2勝を挙げ、

通算成績 47戦20勝 2着7回 3着4回

重賞優勝6回は本当に素晴らしい

戦績であり、今後、ヤマブキオーのように

20勝もできる馬は、二度と現れることは

無いと思います。

 

今週は、4年ぶりに中京競馬場で伝統の

第71回中京記念が行われます。

それぞれ巻き返しを図るディヴィーナ、

ルージュスティリア、ダノンスコーピオン、

セルバーグに注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを

観ます。

先週、福島競馬場で行われました夏競馬の

訪れを告げるサマーシリーズ第1戦、

第59回七夕賞は2番人気のセイウン

ハーデスが直線で抜け出して優勝、重賞

初制覇を飾りました。

2着には9番人気のククナ、3着には13番

人気のホウオウエミーズが入り、1番人気

に推されたバトルボーンは、今回は逃げ

粘ったものの、直線で差され、4着に敗れ

ました。

 

今週は、函館競馬場で第59回函館記念が

行われます。

函館記念は現行の函館記念が創設される

以前、1951年から1964年まで函館記念

という現在でいうオープン特別競走という

名称で競走が施行されていました。

その後1965年に4歳(現3歳)以上の

競走馬によるハンデキャップの重賞競走

として創設されました。

函館競馬場で行われる重賞競走では

最も歴史が長く、昭和期における歴代

優勝馬には名立たる名馬達が名を連ねて

います。

 

思い出の馬は、函館と相性が良かった

超良血馬ウインザーノットです。

ウインザーノットは名門の高松厩舎に

所属し、父は昭和を代表する万能型

名種牡馬パーソロンで、母は凱旋門賞や

ヴェルメイユ賞を制した名牝サンサン

という超良血馬でした。

 

ウインザーノットの同期には、三冠馬の

ミスターシービーの他、カツラギエース

ニホンピロウイナー、リードホーユー等が

いますが、ウインザーノットは旧馬齢4歳の

春にデビュー後、新馬戦や未勝利戦を4戦

して1つも勝てなかったため、超良血馬で

ありながら、クラシックに出走することは

ありませんでした。

ウインザーノットは期待を集め、旧馬齢

4歳の1月にデビューするものの勝てず

未勝利馬ながら11月の400万下に

挑戦して、ようやく初勝利を挙げることが

できました。

 

年が明けて、古馬になると超良血の血が

騒いだのか、ここから快進撃が始まり

条件戦を3連勝して年を跨いで4連勝を

飾り、この勢いのまま、まだ準オープン馬

ながら、重賞の函館記念に挑みました。

このレースには重賞3連勝を飾った名牝

ロンググレイスやヤマノシラギク、トウショウ

ペガサス等が参戦、上り馬ウインザーノット

はロンググレイスに次いで2番人気に

推されました。

レースは直線で軽量ハンデを生かした

ウインザーノットが抜け出し、必死に

追い込んできたヤマノシラギクとローラー

キングの追撃をおさえて優勝。

初の重賞制覇を果たすと共に、この函館で

ようやく超良血が開花した瞬間でも

ありました。

その後、この年(1984年)から2000mに

距離が短縮された天皇賞秋を目指して

いましたが、骨折が判明し、長期の休養を

余儀なくされてしまいました。

 

年が明け6歳になったウインザーノットは

宝塚記念で復帰すると休み明けにも

関わらずスズカコバンの3着と健闘、続く

当時の高松宮杯でも3着と善戦しました。

その後、再び函館に遠征し、連覇を目指し

函館記念に出走しました。

ウインザーノットはトップハンデ58.5キロ

での出走となりましたが、トップハンデや

不良馬場をものともせず、オークス馬

トウカイローマンやリキサンパワー等を

やぶって連覇を果たしました。

 

東京に戻り、毎日王冠を2着後、昨年は

故障で出走できなかった天皇賞秋に挑み

ました。

この天皇賞には史上最強馬とも言われて

いるシンボリルドルフをはじめ、マイル王

ニホンピロウイナーやスズマッハ、スズ

パレード等の強豪馬が出走しました

シンボリルドルフに次いで2番人気に

推されたウインザーノットは、直線半ばで

シンボリルドルフに並びかけ、一瞬勝つ

かと思わせるほどの見せ場がありましたが

ギャロップダイナの強襲にあい、惜しくも

3着に敗れてしまいました。

次に参戦したジャパンカップでは全くの

精彩を欠いて15着に敗れると脚部不安を

発症し、再び休養に入りました。

 

年が明けて7歳になったウインザーノットは

現役を続行、相性の良い函館でオープン

特別の巴賞で復帰すると、見事にレコード

タイムで優勝、健在ぶりを示しました。

そして3連覇のかかった函館記念に出走。

しかし、今回は60.5キロという過酷な

ハンデを背負っての出走となりました。

後の天皇賞馬ニッポーテイオーが逃げる中

ウインザーノットも中団からレースを進め

ましたが、直線に入ってもニッポーテイオー

のスピードは衰えず、レコードタイムで優勝。

やはり60.5キロのハンデが影響したのか

ウインザーノットも直線で必死に追い込む

ものの、4着に終わりました。

秋に入って東京での毎日王冠で4着後

再び秋の天皇賞に挑みました。

このレースには二冠馬ミホシンザンの他

充実著しいサクラユタカオー、前年の覇者

ギャロップダイナ、スダホーク、スズカ

コバン等の名馬達が顔を揃えました。

スタートしてウインザーノットは一気に

先頭を奪って果敢に逃げ、直線に入って

からも粘りに粘りましたが、直線半ばで

鋭く伸びてきたサクラユタカオーのレコード

タイムでの勝利の前に惜しくも2着となり

このレースがウインザーノットにとっての

最後のレースとなりました。

ウインザーノットは引退後、生まれ故郷の

今は無き明和牧場で種牡馬となりました。

内国産種牡馬不遇の時代でありましたが

代表産駒となったセントライト記念を制した

ウインドフィールズの他、多くの勝ち馬を

輩出する等、内国産種牡馬として、

よく頑張ってくれました。

記録によりますと

1998年8月20日付で用途変更となって

種牡馬を引退し、その後は功労馬として

明和牧場で静かに余生を送っていましたが

2009年11月19日、心不全のため、

29歳の生涯に幕を下ろし、天国へと

旅立っていきました。

 

今週は函館競馬場で第59回函館記念が

行われます。

巴賞の1、2着馬のアラタ、ドーブネ、

上り馬ブローザホーン、ローシャムパーク

に注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながら、レースを

観ます。

先週、福島競馬場で行われました第72回

ラジオNIKKEI賞は3番人気のエルトン

バローズが直線で抜け出して優勝、3連勝

で重賞初制覇を果たしました。

2着には4番人気のシルトホルンが入り

圧倒的1番人気に推されたトウカイ

テイオーの血を引くレーベンスティールは

直線で猛然と追い込みましたが、届かず

3着に敗れました。

 

今週は福島競馬場で夏の到来を知らせる

第59回七夕賞が行われます。

七夕賞は1965年に旧馬齢4歳(現3歳)

以上の馬による重賞競走として創設され

ました。

1960年代と1970年代において、10月

にレースが行われていたことがあり、時期と

名称が合わないとの理由で一時期

レース名を東北記念と改称しましたが

1980年からは施行時期を夏開催に

戻したことから七夕賞の名称が復活し、

2006年からは夏競馬を盛り上げる

ために設けられたサマーシリーズの

第1戦に指定されています。

 

思い出の馬は、ローカルの鬼と言われ

全国の競馬場に参戦して活躍した

ノボルトウコウです。

ノボルトウコウは福島県の牧場で誕生し

父は昭和を代表する万能型名種牡馬

パーソロンで半弟には中央競馬で史上

初めて芦毛馬によるクラシック制覇を成し

遂げたプレストウコウがいます。

 

ノボルトウコウは私が史上最強の世代と

思っている花の昭和47年のクラシック組

で同期にはダービー馬ロングエース、

皐月賞馬ランドプリンス、天皇賞馬

タイテエムやタニノチカラ、菊花賞馬イシノ

ヒカルの他、幻の三冠馬ヒデハヤテ

ストロングエイト、スガノホマレ、トーヨー

アサヒ、タケクマヒカル等、名前を上げれば

切りがない程、競馬史上に残る多くの

名馬達が顔を揃えた年でした。

 

ノボルトウコウは夏の新潟でデビューし、

新馬戦を2着に10馬身差をつけて圧勝、

衝撃的なデビューとなりました。

その後も安定したレースぶりを見せ、春の

クラシック戦線に参戦しましたが、花の

昭和47年組の強豪揃いの中で掲示板に

乗ることさえ出来ずに終わりました。

しかし、秋になって復帰戦となった

スプリンターズステークスでは10頭中

9番人気という低評価を覆し、強豪の

ハクホオショウやキョウエイグリーン等を

やぶって優勝、重賞初制覇を果たしました。

続いて今は無きカブトヤマ記念やクモハタ

記念に参戦するものの、惨敗に終わり

ましたが、続くオープン競走ではストロング

エイトやタケフブキ、コーヨー等をやぶって

優勝を飾りました。

更に暮れのステイヤーズステークスに

挑みましたが、スプリンターズステークスの

優勝馬がステイヤーズステークスに出走

するという、今では絶対あり得ない

ローテーションでの参戦であり、当然の

ごとく、ノボルトウコウは大敗を喫して

しまいました。

 

年が明けて古馬になったノボルトウコウは

重賞競走に参戦するも惜敗が続き、結局

この年はオープン競走の1勝にとどまり

ました。

しかし、過酷なローテーションの中で

東京、中山、福島、新潟、中京に遠征し

故障なく1年間に15戦もしたのは本当に

立派だったと思います。

 

年が明けて6歳になったノボルトウコウは

ローカル中心に出走しました。

中京での重賞レースに参戦後、小倉に

遠征し、小倉大賞典で1番人気に応えて

重賞2勝目を挙げ、更に続く関屋記念にも

勝って重賞3勝目を2連勝で飾り、ローカル

戦線で花開くことができました。

その後大井で行われた中央招待で3着に

入り、秋には福島に遠征して福島民報杯を

レコードタイムで快勝、そして福島記念では

58.5kgのトップハンデを背負っての出走と

なりましたが、見事に差し切って重賞4勝目

を挙げ、この年の見事な活躍によりノボル

トウコウはローカルの鬼と呼ばれるように

なりました。

 

年が明けて7歳になったノボルトウコウは

歴戦の疲れが出たのか、なかなか勝ち

きれなくレースが続きましたが、それでも

3戦目のオープン競走ではヤマブキオーや

コーヨーをやぶって優勝。

その後は惜敗が続きましたが、秋の福島

に遠征して、この年は秋の福島で行われて

いた七夕賞に参戦。

このレースには若き快速馬ファイブワンや

カネオオエ、同期のサンヨウコウ等が

出走しました。

レースはファイブワンやロイヤルスプリンタ

オウプレスが激しく先行争いをする中、

第4コーナーで一気に仕掛けたノボル

トウコウが大外から一気に鋭く伸びて、

鮮やかに差し切って優勝、重賞5勝目を

挙げました。

この7歳時においても13戦しましたが

それでも故障もせずに重賞を含めて

2勝をあげたのは立派だったし、見事な

差し切りを決めた時の姿は本当に

カッコイイ馬でした。

年が明けて8歳になったノボルトウコウは

現役を続行、中山記念でヤマブキオー

アイフルの3着に入り、健在ぶりを示し

ましたが、続くオープン戦は1番人気で

12着に大敗してしまいました。

それでも福島に参戦し、吾妻小富士賞を

快勝するも福島大賞典では大敗。

その後、二冠馬カブラヤオーも参戦した

中山でのオープン競走に出走。

61キロを背負ったカブラヤオーはゲートに

頭をぶつけて脳震盪を起こすという

アクシデントで最下位になりましたが、

59キロを背負ったノボルトウコウは

同期のスガノホマレやハーバーヤングを

やぶって優勝。

これがノボルトウコウにとっての最後の

勝利となりました。

その後、新潟や福島に参戦し、福島民報杯

7着を最後に引退。

故障もせずに走り続けた通算成績は

68戦13勝、本当に素晴らしい戦績であり

まさに無事是名馬だったと思います。

 

引退後は種牡馬となりましたが、内国産

種牡馬不遇の時代、産駒もごくわずかで

代表産駒には恵まれませんでした。

記録によりますと

昭和59年(1984年)11月26日に15歳で

亡くなったとありますが、どのようなことで

亡くなったかについての記録がないのは

本当に残念です。

 

今週は福島競馬場で夏競馬の訪れを

告げる第59回七夕賞が行われます

フェーングロッテン、セイウンハーデス

バトルボーン、エヒトに注目しています。

今週も全馬の無事を祈りながらレースを

観ます。