ハイセイコーのブログ -55ページ目
昨日、東京競馬場で行われました
第90回東京優駿(日本ダービー)で
前代未聞の悲劇が起こりました。
2番人気に推されていたスキルヴィングは
直線で失速、16着の馬から大差で
ゴールし、入線後に内ラチ沿いに倒れこみ
急性心不全のため亡くなりました。
私も永年ダービーを見てきましたが
このようなダービーでの悲劇を見るのは
初めてです。
スキルヴィングの倒れこむまでの映像を
見ました。
タラレバになりますが、ルメール騎手が
直線に入ってスキルヴィングの手応えが
急に無くなり、失速したと言っていましたが
その時点で何とか馬を止めることは
出来なかったのでしょうか。
ゴールした時のスキルヴィングの表情は
もうろうとしていて、明らかに異常な状況
だったことは目に見えて分かりました。
それでもルメールはスキルヴィングが
ふらついて倒れる寸前まで馬に跨っていて
馬の反応を見たのかも知れませんが軽く
鞭も入れていました。
ニュースでは、スキルヴィングがルメールが
降りるのを待って倒れたと報じていましたが
私には倒れる寸前までルメールが跨っていた
ようにしか見えません。

馬がバテテ失速したのか、何か異変が
あって失速したのかは一流騎手なら
分かるはずです。
エフフォーリアとタイトルホルダーの時は
横山騎手兄弟の好判断で競走を中止
させたことで2頭とも大事には至りません
でした。
もし直線でスキルヴィングの手応えが
無くなった時点で競走を中止させ、その後
急性心不全で亡くなったのであれば、私も
納得し、諦めもついたと思います。
もし外国人騎手と日本人騎手の競馬に
対する考え方の違いにより、馬を最後まで
走らせたのであれば、ただちにルメールは
日本から出て行って欲しいです。
節目となる第90回という競馬の祭典、日本
ダービーは本当に後味の悪いダービーと
なってしまいました。
将来性のある素晴らしい馬を失ってしまい
本当に残念です。
今はただスキルヴィングのご冥福を祈る
ばかりです。
スキルヴィングには天国で幸せになって
もらいたいです。

先週、東京競馬場で行われました牝馬
クラシック第2戦第84回優駿牝馬
(オークス)は1番人気のリバティアイランド
が直線で力強く抜け出し、他馬を全く寄せ
付けず、2着馬に6馬身差をつけ、これぞ
まさに横綱相撲で圧勝。
桜花賞に続いて牝馬2冠を達成しました。
2着には2番人気のハーパー、3着には
15番人気のドゥーラが入りました。

今週は、東京競馬場で春のクラシックの
クライマックス、競馬の祭典、第90回
東京優駿(日本ダービー)が行われます。
東京優駿は1932年(昭和7年)に
イギリスのダービーステークスを範として
目黒競馬場にて創設されました。
後に創設された皐月賞・菊花賞と共に
三冠競走を構成しています。
そしてダービーに優勝することは、日本の
競馬に関わるすべてのホースマンが
憧れる最高の栄誉あるレースとされて
います。
昭和期では皐月賞は最も速い馬が勝つ、
菊花賞は最も強い馬が勝つ、ダービーは
運のある馬が勝つと言われていました。
日本の競馬における日本ダービーの
存在は特別で、創設期より日本競馬に
おける最大の栄誉ある大競走とされて
います。
その年の競馬を語る時は必ず東京優駿
(日本ダービー)優勝馬が挙げられるように
日本競馬界の象徴であり、ホースマンに
とっての最大の目標であるとことは創設
以来、変わっていません。
思い出の馬は金色に輝く美しい栗毛の
四白流星のダービー馬コーネルランサー
です。
コーネルランサーの父は昭和を代表する
長距離系種牡馬のセダンです。
コーネルランサーは昭和49年の
クラシック組で同期には、二冠馬キタノ
カチドキやカーネルシンボリ、アイフル
ニシキエース、ミホランザン、キクノオー
スルガスンプジョウ等がいます。
コーネルランサーは旧馬齢3歳の夏の
福島でデビューしたものの、距離が
短すぎたのか、なかなか勝ちきれず、
3戦目でやっと初勝利を挙げました。
その後、5戦目の特別競走に勝ち、続く
府中3歳ステークス3着を経て、暮れの
中山で行われた特別競走でニシキエース
スルガスンプジョウをやぶったことで一躍
関東のクラシック候補に名乗りを挙げ
ました。
この頃、西ではキタノカチドキが圧倒的な
強さで無敗の4連勝を飾り、クラシック街道
をばく進していました。
年が明け4歳になったコーネルランサーは
京成杯で重賞初挑戦を果たしたものの
ウエスタンダッシュの2着に敗れ、続く
クラシックの登竜門弥生賞では関東の
総大将カーネルシンボリの3着に敗れて
しまいました。
そして迎えた皐月賞、この年の皐月賞は
厩務員ストが長引き、開催が当初の
予定日から約3週間後の5月3日にずれ
こみ、この影響で開催場所も中山から
東京競馬場に変更となってしまいました。
そんな中、関東の総大将だったカーネル
シンボリが骨折のため、皐月賞をはじめ
とするクラシック競走を断念することに
なってしまいました。
そのため、コーネルランサーは関東馬では
1番となる4番人気に支持されました。
レースはニシキエースとミホランザンの
両快速馬が大逃げを展開する中、関西の
総大将キタノカチドキが直線でよれよれ
ながら、抜け出し、7戦無敗で優勝。
コーネルランサーは勝ったキタノカチドキ
から1馬身半差の2着に入り、何とか
関東馬の面目を保ちました。
そして迎えたクラシック第2戦、競馬の祭典
日本ダービー。
皐月賞で2着に入ったコーネルランサーは
2番人気に支持されました。
レースは23頭が一斉にスタートして始まり
快速馬ニシキエースが逃げる中、コーネル
ランサーは5番手をキープし、内々を回って
キタノカチドキやインターグット、ナスノカゲ
は中団から進みました。
第3コーナーで一気に仕掛け、先行集団を
捕らえたコーネルランサーは直線に入って
外から差して先頭に立ち、内によれながら
キタノカチドキが猛追してくる中、更に
外から一気に追い込んで来たインター
グッドにコーネルランサーは、一度は
交わされたものの、勝負根性で差し返す等
コーネルランサーとインターグッドの2頭が
死闘を演じ、2頭がほぼ同時にゴール板を
過ぎました。
写真判定の結果、ハナ差でコーネル
ランサーがレコードタイムで優勝を飾り、
第41代日本ダービー馬に輝きました。
また騎乗していた中島啓之騎手は日本
ダービー初制覇と共に中島騎手の父中島
時一騎手も昭和12年ヒサトモで日本
ダービーを制しており、史上初めて父子で
日本ダービージョッキーとなる快挙を成し
遂げました。
しかし、中島騎手は、このダービー優勝の
栄光から11年後の昭和60年第52回
日本ダービーでのトウショウサミットの
騎乗が最後の騎乗となり、ダービーから
16日後に肝臓がんのため、帰らぬ人と
なってしまいました。
中島啓之騎手、トウショウサミットでの
最後の騎乗

夏を越したコーネルランサーは、当時の
菊花賞トライアル京都新聞杯から始動する
予定でしたが、脚部不安を発症してしまい
懸命に治療を行ったものの完治せず、
再び競馬場に帰って来ることはありません
でした。
コーネルランサーの重賞優勝は日本
ダービーだけでしたが、430キロぐらいの
小さな馬体で11戦すべて3着以内という
安定した競走成績を残し、更に容姿も
栗毛の四白流星という美しい馬で、今でも
私がとても印象に残っているダービー馬の
1頭です。
1976年から種牡馬となったコーネル
ランサーは、父内国産不遇の時代の中で
109頭の産駒を送り出し、代表産駒には
恵まれませんでしたが、重賞優勝馬を
出すなど、良く頑張ってくれたと思います。
1984年、コーネルランサーは当時の
韓国大統領・全斗煥に寄贈されることに
なったため、異国の地である韓国に渡り
ました。
記録によりますと
「大統領の馬」の肩書きを得たコーネル
ランサーは日本時代以上の厚遇を受け、
幸せな種牡馬生活を過ごしていました。
しかし、1991年、21歳になったコーネル
ランサーは腰が弱り、横になるとなかなか
起き上がることが出来なくなっていました。
そして1991年9月9日の夕方、砂場に
起立不能になって横たわっているコーネル
ランサーが発見され、1週間におよぶ
懸命の治療が行われましたが、衰弱は
進み、9月16日夕方、獣医と牧場の
全職員が見守る中、コーネルランサーは
少しずつゆるやかに瞼を閉じ、21年の
生涯に幕を下ろしました。
そして遺体は牧場を見下ろす丘に
埋葬されました。


今週は東京競馬場で春のクラシックの
クライマックス、競馬の祭典、第90回東京
優駿(日本ダービー)が行われます。
皐月賞馬ソールオリエンス、連勝で勢いが
あるスキルヴイング、サトノグランツ
シーズンリッチ、巻き返しを図るファントム
シーフに注目しています。
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。
先週、東京競馬場で行われました春の
古馬牝馬マイル王決定戦、第18回
ヴィクトリアマイルは4番人気のソング
ラインが直線で内をついて鋭く伸び
ゴール前でソダシを差し切って優勝。
2着には3番人気で昨年の覇者のソダシが
入り、1番人気に推された牝馬クラシック
二冠馬スターズオンアースは、直線で
伸びきれず3着に敗れました。

また土曜日に行われました第68回
京王杯スプリングカップは2番人気の
レッドモンレーヴが直線で外から鮮やかに
差し切って優勝。
昨年3月に開業した蛯名正調教師は重賞
初制覇を飾りました。
2着には7番人気のウインマーベル、
3着には6番人気のダディーズビビッドが
入り、1番人気のダノンスコーピオンは
11着に敗退しました。

今週は、東京競馬場で牝馬クラシック
第二冠目、第84回優秀牝馬(オークス)が
行われます。
優駿牝馬(オークス)は、1938年にイギリス
のオークスステークスを範として、4歳
(現3歳)牝馬限定の阪神優駿牝馬競走
として創設され、皐月賞、東京優駿(日本
ダービー)、菊花賞、桜花賞とともに日本の
クラシック競走のひとつとされています。
創設当初、桜花賞は最もスピードのある
繁殖牝馬の検定競走とされたのに対し、
優駿牝馬(オークス)はスピードとスタミナを
兼ね備えた繁殖牝馬を選定するための
レースとされました。
施行場も1946年阪神競馬場から東京
競馬場に変更され、その際に名称も
優駿牝馬に改称され、1965年からは
オークスの副称が付けられ、現在に至って
います。
また、日本では優駿牝馬(オークス)の
優勝馬を樫の女王という通称で呼ぶことも
あります。
思い出の馬は、昭和52年牝馬三強時代を
形成した幻のダービー馬女傑リニアクイン
です。
リニアクインは、外車、スーパーカーの
の異名をとったマルゼンスキーの出現で
盛り上がった昭和52年のクラシック組で
同期には、牝馬クラシック二冠馬インター
グロリアやアイノクレスピン、メイワキミコ、
ダイワテスコ、セーヌスポート等がいます。
リニアクインの父はダービー馬ロング
エースやロングホーク等を輩出した昭和の
万能系種牡馬ハードリドンです。
リニアクインは遅ればせながら旧馬齢4歳
の1月にデビューし、新馬戦を見事に快勝。
続く特別戦では2着に敗れましたが3戦目
の特別戦で優勝し、何とか桜花賞に駒を
進めることができました。
桜花賞はスタートして飛び出した悲劇の
快速馬キシュウローレルの妹メイショウ
ローレルが果敢に先行して逃げる展開と
なりましたが、直線に入って1番人気に
推されたインターグロリアが鋭く抜け出し
3馬身差をつけて圧勝。
8番人気だったリニアクインは後方から
レースを進めて直線で外から追い込んで
何とか3着に食い込みました。
その後、オークス制覇を目指して東上した
リニアクインは、当時のオークストライアル
競走サンケイスポーツ賞4歳牝馬特別
ではなく、牡馬との混合レースとなる4歳
中距離ステークスに参戦。
いつものように後方からレースを進めた
リニアクインは直線に入ると他馬を引き離し
2着に7馬身差をつけて圧勝劇を演じ
主役としてオークスに向かいました。
優駿牝馬(オークス)には桜花賞馬
インターグロリアをはじめ、トライアルの
優勝馬メイワロックや2着の良血馬アイノ
クレスピン、桜花賞2着馬ファインニッセイ
脚部不安で桜花賞の出走を取り消した
ダイワテスコ等の強豪が顔を揃えました。
オークストライアルで惨敗した桜花賞馬
インターグロリアは4番人気と人気を下げ、
代わりに4歳中距離ステークスを圧勝した
リニアクインが1番人気に推され、アイノ
クレスピンが2番人気となりました。
出走馬26頭が一斉にスタートすると、
まずは内枠を利して快速馬メイワキミコが
果敢に先行して逃げ、リニアクインとアイノ
クレスピンは中団、インターグロリアは後方
からという展開でレースが進みました。
第3コーナーから第4コーナーにさしかかる
ところでリニアクインとアイノクレスピンが
仕掛けて先頭集団に襲い掛かり、直線に
入るとリニアクインが一気に先頭に立つと
外からアイノクレスピンが必死に追い込み
ましたが、その差はなかなか縮まらず、
内からメイワロックも来ましたが、リニア
クインの勢いは止まらず、アイノクレス
ピンに3馬身差をつけて圧勝。
第38代樫の女王に輝きました。
走破タイムは優駿牝馬レコードタイム
となる2分28秒1で翌週に行われた
日本ダービーの決着タイム2分28秒7を
上回るものであったため、もしリニアクイン
がダービーに参戦していれば、クリフジや
ヒサトモに続く牝馬3頭目の優勝も出来た
のではと当時言われ、幻のダービー馬とも
呼ばれました。
そして無事に夏を越したリニアクインは
菊花賞を目指す牡馬達が出走する神戸
新聞杯に出走し、アイノクレスピンの2着に
敗れましたが、菊花賞を目指す牡馬達を
しり目にアイノクレスピンとリニアクインの
牝馬2頭によるワンツーとなり、この年の
牝馬の能力の高さを示す結果となりました。
その後京都牝馬特別では人気を裏切って
5着に敗れましたが、牝馬クラシック二冠目
制覇を目指し、当時のエリザベス女王杯に
挑みました。
前走での敗戦のためか、リニアクインは
2番人気となり、神戸新聞杯に優勝する等
3連勝中のアイノクレスピンが1番人気に
推され、京都牝馬特別3着で復調の兆しが
見える桜花賞馬インターグロリアが3番
人気となりました。
レースはアイノクレスピンとケイシルバーが
競り合う形で先行し、インターグロリアは
中団から、リニアクインは後方からという
展開になりました。
第3コーナーでリニアクインが仕掛け、直線
に入るとアイノクレスピンが先頭に立ち、
一番外からはリニアクインが追い込んで
2頭の争いかと思われましたが、天才
福永洋一騎手騎乗のインターグロリアが
好位から内を上手くついて抜け出して
優勝を飾り、桜花賞と共に牝馬クラシック
二冠を制しました。
リニアクインも必死に追い込みましたが
半馬身およばず2着に敗れました。
そして続く阪神牝馬特別でもインター
グロリアにまたしても及ばず3着に敗退
しました。
年が明けて古馬になったリニアクインは
金杯(西)に1番人気に推されて出走し
直線に入って内から鋭く抜け出して優勝、
オークス以来の勝利を挙げました。
しかし、次に参戦した京都記念では
天皇賞馬エリモジョージの5着に敗れて
しまいました。
そして、このレース直後にリニアクインは
繋靭帯炎を発症し、長期休養に入らざるを
得ませんでした。
関係者による長期に渡る必死の治療を
試みましたが、リニアクインが再びターフに
戻ってくることはありませんでした。
引退後、繁殖牝馬となったリニアクインは
10頭もの産駒を送り出しましたが、活躍馬
を出すには至りませんでした。
そして記録によりますと20歳の誕生日を
翌日に控えた1993年4月7日、
前日に牝馬を生んだリニアクインは母仔
とも健康で死の影はどこにもありません
でした。
次に出産を控えた牝馬のために産室を
出て別の馬房に移った時、リニアクインは
突然昏倒し、獣医を呼ぶ時間すらなく
動脈瘤破裂のため20年の生涯に突然
幕を下ろしてしまいました。


今週は東京競馬場で牝馬クラシックの
二冠目第84回優駿牝馬(オークス)が
行われます。
桜花賞で圧倒的な強さを見せたリバティ
アイランド、堅実なコナコースト、巻き返しを
図るソーダズリング、シンリョクカに注目
しています。
第84代樫の女王に輝くのは、どの馬か
今週も全馬の無事を祈りながらレースを
観ます。

