明日、京都競馬場では日経新春杯が行われます。

42年が経った今でも毎年このレースが開催されるたびに

あの名馬テンポイントの悲劇の場面を思い出します。

テンポイントは容姿の美しさから流星の貴公子と呼ばれ、

栗毛の馬体で本当に綺麗な馬でした。

昭和53年1月に行われた日経新春杯、あの日の京都

競馬場では、粉雪が舞い散り、とても寒い日でした。

前年の有馬記念ではトウショウボーイとの壮絶なマッチ

レースに勝って前年の雪辱を果たし、年度代表馬にも選出

され、ついにフランス遠征行くことが決定しました。

ところが多くの競馬ファンからの強い要望もあって、

日本での最後の姿を見せるため、日経新春杯に出走する

ことになりました。

しかしテンポイントに課せられた当時のハンデは,

66.5キロで、今では信じられない重量です。

当時学生だった私はこの重量に不安だったせいなのか、

前日夢でテンポイントがレース中に故障を発症して亡く

なる夢を見たのです。

何とそれが現実になるとは・・・。

胸騒ぎを感じ、夢が現実にならないことを祈りながら

レースを見ていましたが、夢と同じようにあの悲劇は

起こってしまいました。

第4コーナーに差し掛かったところで突如後ろから崩れ落ちる

ようになって左後肢を骨折して競走を中止してしまいました。

当時実況していた杉本アナは、優勝したジンクエイトより

テンポイントの事故を伝え続け、「何とか無事でと何とか

無事でと祈ったファンの気持ちも通じません」と言って

涙声で実況し続けました。

TVカメラもテンポイントの様子をずっと伝え続け、

鹿戸騎手が痛みで苦しがるテンポイントを泣きながらなだめて

いる姿に私を含め多くのファンが涙しました。

馬運車が到着するまでの時間がとても長く感じました。

診断は左後肢第三中足骨開放骨折および第一趾骨複骨折で安楽死の処置を取らざるを得ない状況でした。

しかし、テンポイントの助命を嘆願する電話が何千件も寄せられ、関係者もJRAも数%の成功にかけて手術を決断し、

33名の大獣医師団を結成して難手術に挑みました。

手術は成功し、闘病中は連日各スポーツ紙が状態を報じられ、

全国の回復を祈るファンからは5万羽の千羽鶴やお見舞い

と応援の手紙1,500通が厩舎に届けられました。

しかし、ファンの願いは届かず闘病開始から43日目の

昭和53年3月5日8時40分、貴公子テンポイントは

静かに天に召されて行きました。

ハマノパレード、キシュウローレル、サクラスターオー、ホクトベガ、ライスシャワー、サイレンススズカな等、

これまで多くの名馬達の悲劇を見てきました。

こういった悲劇が起こるたびにもう二度と競馬は見るまい

思ったことか。

それでも小さい頃から競馬を見てきた私は、今まで多くの

名馬達をこの目で見てきました。

だからこそ本当に素晴らしい多くの名馬達がいたことを

後世に伝えていくことが私の使命だと思い、今日まで

競馬を見てきました。

41年が経った昨年も日経新春杯のスタート直前に関西の

アナウンサーの方が「全馬の無事とレースの無事を祈って」

言った時は、未だにテンポイントは忘れ去られて

いないんだと思い、涙があふれました。

あの悲劇から今年で42年が経ちます。

そして今年も私は、あの日と同じように全馬の無事と

レースの無事を祈りながら、日経新春杯を見ます。

 

本日、第54回シンザン記念が京都競馬場で行われます。

シンザン記念は、戦後初のクラシック三冠の他、天皇賞、

有馬記念に優勝し、五冠馬シンザンを称えるため、1967年に

シンザン記念として創設されました。

私個人の意見としては、伝統のシンザン記念がGⅢでホープ

フルステークスがGⅠということに違和感がありますが。

創設後、しばらくシンザン記念の優勝馬からクラシック馬が

誕生しなかったため、シンザンに焼きもちをやいている馬達に

呪われていると噂された時代がありましたが、タニノギムレット

やアーモンドアイの誕生で今はその噂も無くなりました。

昭和の時代、この偉大な名馬を超える競走馬の育成を

図るため、JRAは「シンザンを超えろ!」というキャチフレーズが

ありましたが、その後シンボリルドルフ、ナリタブライアン、

ディープインパクト等の名馬達が誕生し、いつしかその言葉も

無くなってしまいました。

私自身、シンザンのレースは生ではなく、映像でしか見たことは

ありませんが、引退後、種牡馬になったシンザンに個人的や

シンザンフェスティバルツアーに参加して、会いに行きました。

牧場で会ったシンザンは気品が溢れて、堂々としており、

実際に、こちらの言葉がわかっているかのようにいつも本当に

優しく迎えて接してくれました。

20歳を超えて後も2本足で立ち上がって見せてくれる等、

足腰の強さに驚かされたものです。

30歳を超えて老化が進み、何度か危篤の状態になったものの、

その都度、強靭な体力と気力で乗り越えてくれた姿は、まさに

名馬中の名馬で、神の馬であり、私はまだ総合的評価において、

シンザンを超える馬は現れていないと思っています。

最期の最期まで気品あふれる姿を見せてくれました。

シンザンは今、谷川牧場で静かに眠っています。

優しかったシンザンのことですから、これからも日本の競馬や

競走馬達のことを見守ってくれることでしょう。

今年もあとわずかになりました。

有馬記念は、大本命のアーモンドアイが惨敗し、

リスグラシューが圧倒的な強さで有終の美を飾りました。

最後の直線200mでレースを諦めたように失速した

アーモンドアイ。

その後の無事を知らせるニュースにホッとしたものの、敗因は

発熱の影響なのか、体調不良による太目残りなのか、それとも

距離に疑問があるのか、競馬に絶対がないことを改めて

知らされました。

今年も名馬達が天国に旅立っていきました。

訃報を聞くたびに名馬達の思い出が蘇り、涙してしまいます。

三冠馬ディープインパクト、牝馬として64年ぶりにダービーを

制したウオッカ、キンカメの愛称で知られたダービー馬キング

カメハメハ、女傑に言われたヒシアマゾン、有馬記念優勝馬であり

ナリタブライアンと名勝負を演じたマヤノトップガン等。

命あるものは、いつかは天に召されると判っていてもやはり

淋しい限りです。

競馬を観ていると1年が経つのは早いですが、令和2年となる

来年も新たな名馬が誕生し、歴史に残る名勝負を演じてくれる

ことを楽しみしています。