競馬を観ていると時の流れが早く、明日は令和初の

有馬記念が中山競馬場で開催されます。

アーモンドアイやリスグラシューの2頭の女傑が出走を

決めたことにより、令和初の日本一を決めるにふさわしく

GⅠ馬11頭が出走する豪華絢爛なレースとなりました。

これにワグネリアンやマカヒキのダービー馬や昨年の覇者

ブラストワンピースが出走していたらと思うとY夢が広がります。

女傑2頭の一騎打ちかそれとも、このレースを最後に引退する

馬が引退の花道を飾るのか、それとも上昇の実力3歳馬か、

はたまた伏兵馬がアッと言わせるのか。

有馬記念は元々、重量が定量のレースであり、日本一決定線

にふさわしく、人気馬が上位をしめてきました。

但し、やはりそうならない例もありました。

昭和48年の有馬記念では、ハイセイコーとタニノチカラの2頭の

人気馬がお互いをけん制し過ぎたため、先行したニットウチドリ

の楽な逃げを許し、上昇馬ストロングエイトが優勝し、逃げた

ニットウチドリが2着となり、万馬券となりました。

またもっと驚いたのが平成3年のダイユウサクが優勝した

有馬記念、実況アナが驚きのあまり、「アッと驚くダイユウサク」

と言った後、私、馬名を間違えていませんよねと隣にいる解説者

に尋ねるなど、日本中が本当に驚いたレースとなりました。

また、あの日本中が涙した感動のオグリキャップのラストランや

トウカイテイオーの奇跡の復活劇、そしてハイセイコーと

タケホープの対戦成績4勝4敗での最後の決戦等、数々の

ドラマを生み出してきた有馬記念。

豪華絢爛な出走馬達が明日、どのようなドラマを繰り広げて

くれるのか、令和初の有馬記念、本当に楽しみです。

先日、JRAより今年のジャパンカップ39年目で初めて外国馬

ゼロで行われることになったとの衝撃な発表がありました。

ここ十数年の外国からの出走馬を見ていて、いつかこういう

日が来るのではないかと懸念していましたが、ついに

現実になってしまいました。

ジャパンカップは「世界に通用する馬づくり」を目指し、

1981年創設され、数々の名勝負によるドラマを生んで

きました。

記念すべき第1回の時、初めての国際レースにワクワク

しながら、画面に釘付けになって観戦しました。

大歓声の中、ゲートが開き日本が誇る快速馬サクラシンゲキ

が玉砕的な逃げで外国馬を引き連れていくその姿に涙が

止まりませんでした。

しかし名馬モンテプリンスも見せ場をつくったものの、

アメリカのメアジードーツにコースレコードで圧勝され、

日本馬と世界との実力差をまざまざと見せつけられ、日本馬

はこの先10年は勝てないだろうと言われました。

それでも初の国際レースに感動したものでした。

3回ではアンバーシャダイが直線で先頭にたって見せ場を

つくったものの、日本馬は全く歯が立ちませんでした。

しかし、第4回において日本の歴史的名馬シンボリルドルフや

ミスターシービーの両三冠馬が参戦し、日本の初勝利を

期待される中で、何と快速馬カツラギエースで逃げ切って

優勝し、ついに日本の悲願が達成されました。

私も声を張り上げて応援していましたが、日本馬の勝利に

涙が止まりませんでした。

翌年の第5回では、皇帝シンボリルドルフが前年の雪辱を

果たして勝利しましたが、そのレースでは公営代表馬の

ロッキータイガーが追い込んで2着に入り、その時の

実況アナの「外から公営の星ロッキータイガーが追い

込んでくる」の名実況は忘れられません。

その後、やはりまだ世界との差はなかなか縮まらず、外国馬

が6連勝を飾りました。

それでもその後、ホーリックスと名馬オグリキャップとの

歴史的名勝負やトウカイテイオーの奇跡の復活優勝など、

今でも決して忘れられない感動的ドラマがありました。

このようにジャパンカップには、これまで欧州、北米、

オセアニアから凱旋門賞などのビッグレースを勝った名馬達

がやってきて、いくつものドラマを生んできました。

しかし、その一方で創設時より、外国の競馬関係者からは、

硬い馬場や検疫体制などの指摘も受けていました。

また、長年ジャパンカップを国際レースとしてやって

きたものの外国からのレース価値は低く、逆に後発のドバイ

や香港の国際競走の方が重要視されている状況です。

例えジャパンカップに優勝しても、世界一と思う外国の

ホースマンはいないでしょう。

今までもジャパンカップへの参戦は、種牡馬として高く売り

つけるためというケースもありました。

毎年、海外からの参戦馬も減少し続け、国際競走としての

魅力は薄れ続けていましたが、今年はついに参戦馬がゼロ

となり、存続の危機をむかえました。

国際レース優勝馬のアーモンドアイやリスグラシューも

出走しないジャパンカップは、例えダービー馬3頭が出走

しても国際レースでは無く、まるで残念天皇賞のようです。

これを機に今後ジャパンカップをどうすべきか、外国の競馬

関係の有識者からもアドバイスをもらい、欧州や米国、

オーストラリア、ドバイ、香港とも今後の国際レースの

体系をどのようにすべきかの協議を行って、世界レベルで

国際競走について、考えていって欲しいと思います。

昔、外国へ門戸開放すれば、外国馬に賞金は持っていかれ、

馬産地は崩壊すると言われていましたが、開放しても外国馬の

参戦は少なく、皮肉にも逆に外国人騎手達によって騎乗も賞金も

持っていかれている状況になってしまいました。

新宿駅でジャパンカップの広告を見ましたが、そこには世界の

国旗とホーリックスやランドなどの優勝馬の写真が掲載されて

いました。

それを見ると何だかむなしくなり、淋しくなってしまいました。

あの感動をまた味わいたいと願うのは私だけではないと

思います。

今後のJRAに期待しています。

 

明日、京都競馬場ではエリザベス女王杯が行われます。

天皇陛下の即位に伴う祝賀パレード「祝賀御列の儀」の日に

令和初のエリザベス女王杯が行われるというのも何か皇室

繋がりの縁を感じます。

エリザベス女王杯の前身は、昭和期に牝馬三冠の最終レース

としてビクトリアカップが行われていて、その頃ではハイセイコー

と同期でナスノチグサやレディースポートと共に三強牝馬と

言われ、当時ファンになり応援していたニットウチドリも

このレースに優勝しました。
エリザベス女王の来日を記念して、名称がエリザベス女王杯に

変更され、内容もビクトリアカップを引き継いだものでしたが、

エリザベス女王に敬意を表したのか、創設レースとして第一回

からのスタートとなりました。

その後牝馬のレース体系を充実させるため、新たに秋華賞が

創設され三冠レースとなりました。

これを受けてエリザベス女王杯は三歳以上の牝馬が競い合う

レースとなりました。

昭和期では、牝馬のクラシックレースが終わり、古馬になると

牝馬のレース体系整っていなかったため、不利となる牡馬との

混合レースに出走するしかありませんでした。

そのため、早く引退してしまうケースが多く見られました。

よって三歳以上の牝馬で行われるエリザベス女王杯は、

三歳牝馬のクラシック組と4歳以上の牝馬との対決が見られる

興味深いレースとなりました。

記念すべき日に行われる今年のエリザベス女王杯は、

どのようなドラマが繰り広げられるのか、本当に楽しみです。