ハイセイコーのブログ
昨日、阪神競馬場で行われました伝統の
第73回阪神大賞典は、道中、内でじっくり
待機していた1番人気のアドマイヤテラが
最後の直線で力強く抜け出し、コース
レコードタイムで圧勝。
鞍上の武豊騎手にデビューから40年
連続の重賞優勝をもたらしました。
2着には6番人気のアクアヴァーナル、
3着には2番人気のダノンシーマが
入りました。

今週は、中京競馬場で今年初の芝での
GⅠ競走となる伝統の第56回高松宮記念
が行われます。
高松宮記念は4歳(現3歳)以上の馬
による重賞として1967年創設された
中京大賞典を前身として1970年に
高松宮宣仁親王から優勝杯が下賜
されたのを機に1971年より高松宮杯に
改称して新設されました。
1995年までは毎年6月か7月に行われて
いましたが、1996年の競走体系の整備
により、距離を芝1200m短縮の上、
GⅠ競走に格上げされ、春の短距離王
決定戦として位置づけられました。
その後1998年に現名称の高松宮記念に
改称され、2000年からは施行時期も
現在の3月に変更されました。
昭和から平成前期においては、
宝塚記念の後に行われる前半戦の
最後を飾る重賞競走高松宮杯として
行われていたため、ハイセイコーをはじめ
トウショウボーイやナリタブライアン等、
競馬史上に残る名馬達が参戦しており、
数々のドラマや出来事が起こるレースでも
ありました。
思い出の馬は、片目の視力を失いながら
不屈の闘志で走り抜いたキョウエイレア
です。
キョウエイレアイの父はマイラー系種牡馬
マイスワローで日本での代表産駒には
きさらぎ賞を制したワカテンザンがいます。
キョウエイレアはデビュー後間もなくケガで
左目の視力を失ったため、出世も遅れ、
クラシックへの出走は叶いませんでしたが
同期には、ダービー馬バンブーアトラス
皐月賞馬アズマハンター、菊花賞馬
ホリスキー、黄金の馬ハギノカムイオーや
エリモローラ、アスワン、ワカテンザン、
アサカシルバー、ダイセキテイなどの
重賞勝ち馬がいます。
キョウエイレアは、デビューが遅くなり、
旧馬齢4歳3月の新馬戦でデビューするも
4着に敗れ、5戦目の未勝利戦でようやく
初勝利を挙げました。
しかし、キョウエイレアはデビュー後
間もなく、ケガで左目の視力を失うという
競走馬にとっては致命的な怪我を負って
しまいました。
ここで引退という道もありましたが、当時の
キョウエイレア陣営は引退という道は
選ばず、あくまでも競走馬としての道を
選び現役を続けました。
キョウエイレアは4歳時に11戦して何とか
3勝を挙げ、準オープン馬になりました。
年が明けて古馬になったキョウエイレアは
準オープン特別では2着に入るものの、
なかなか勝ちきれませんでしたが、夏の
小倉に遠征して条件特別を連勝して
通算5勝目を挙げると、小倉記念に1番
人気に支持され出走しましたが、13頭中
大差の9着に大敗してしまいました。
その後、準オープン特別で2着に入るなど
善戦はしましたが、勝ち星を挙げることは
出来ませんでした。
年が明けて6歳になったキョウエイレアは
年初めのダートでの準オープン特別で
6勝目を挙げオープン入りすると、続いて
ダートの重賞レース、当時の名称
フェブラリーハンデキャップに挑みましたが
不良でのダートが影響したのか17頭中
16着という大敗に終わりました、
しかし、続いて出走した芝とダートの
オープン特別を連勝すると、続くエプソム
カップでは僅差の5着に入るなど善戦し、
オープンクラスでの成績も安定してきました。
そして次にキョウエイレアは、中京で
行われる大一番、当時の名称である
高松宮杯に参戦しました。
このレースには、宝塚記念を制し、後に
ジャパンカップを日本馬で初めて勝つ
カツラギエースや後に宝塚記念を制する
スズカコバン、牝馬ながらJRA全10場を
走り抜けた名牝ヤマノシラギクなどが出走。
1番人気はスズカコバン、2番人気は
カツラギエースという宝塚記念組が
支持され、充実著しいキョウエイレアは
3番人気での出走となりました。
戦前の予想ではカツラギエースとスズカ
コバンによる宝塚記念の再戦と言われて
いました。
レースは、あっさりハナを奪ったキョウエイ
レアの逃げで始まり、2番手にブルー
ギャラクシー、人気のカツラギエースは
3番手から、スズカコバンは中団からという
展開で進みました。
左目が見えないキョウエイレアにとっては
左回りは非常に危険を伴うものでしたが
楽に単騎による逃げとなりました。
第3コーナーにかかるとカツラギエースと
スズカコバンの両頭が牽制し合いながら
一気に仕掛けるも、キョウエイレアは
快調な逃げを展開して直線の勝負へ。
左目のハンデを背負いながらも内をついて
逃げ込みを図るキョウエイレアを大外から
カツラギエースとスズカコバン、内からは
ヤマノシラギクが追い込みましたが、
キョウエイレアの勢いは止まらず、スズカ
コバンの追撃を振り切ってキョウエイレアが
優勝を飾り、念願の初重賞制覇を
果たしました。

しかし、この高松宮杯での優勝が
キョウエイレアにとっての最初で最後の
重賞制覇であり、最後の勝利となって
しまいました。
その後、北九州記念でしんがりの11着に
敗れると、秋に入ってオールカマーでは
アサカシルバーの3着に入る好走を
見せ、次の天皇賞秋では大外から
果敢な逃げを展開し、先頭のままで
直線に入って大いに見せ場を作った
キョウエイレアでしたが、直線半で馬群に
沈み15頭中の13着に終わりました。

その後、7歳まで現役を続け、重賞に挑み
続けたキョウエイレアでしたが、7歳で
出走した重賞レースは3戦とも大敗が続き
エプソムカップでの11頭中の10着を
最後に引退しました。
デビュー間もなく左目の視力を失い、特に
左回りの競馬では内ラチが見えづらく
怖かったのではないかと思うキョウエイ
レアでしたが、左回りでは18戦4勝2着4回
右回りでは16戦5勝で、どちらの回りも
支障なくこなし、通算34戦9勝という
立派な成績を残しました。
引退後、種牡馬になったキョウエイレア
でしたが、片目が見えないことがネックと
なったのか、種牡馬としては不適正となって
しまいました。
記録によりますと
1986年に種牡馬引退とだけなっていて
その後、キョウエイレアがどのような運命を
辿ったかの記録は見つけられませんでした。
片目が見えなくても頑張って走り続けた
キョウエイレア、何とか幸せな余生を送って
くれたことを願うばかりです。
今週は中京競馬場で第56回高松宮記念
が行われます。
ラストランとなるナムラクレア、サトノレーヴ
パンジャタワー、インビンシビルパパに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、中山競馬場で行われました皐月賞
トライアル、第75回スプリングステークスは
道中、後方からレースを進めた8番人気の
アウダーシアが最後の直線で鮮やかに
大外から差し切り重賞初挑戦で初重賞
制覇を果たしました。
2着には2番人気のアスクエジンバラ、
3着には7番人気でアクロフェイズが入り
1番人気に支持されたクレパスキュラーは
第3コーナー過ぎから昭和57年のサルノ
キングを思い出させるように抑え切れない
感じで一気に先頭に立ってしまい、最後の
直線で逃げ込みを図ったものの、最後は
馬群に沈み7着に敗れました。

今週は阪神競馬場で伝統の第73回
阪神大賞典が行われます。
阪神大賞典は1953年に4歳(現3歳)
以上の馬による重賞競走として
創設されました。
創設当初は阪神競馬場の芝2000mで
行われ、その後距離は幾度かの変遷を
経て、1974年より芝3000mで定着
しました。
創設以来、暮れの阪神開催を飾る
名物レースとして親しまれましたが、
1987年から春の阪神開催に移されて
5歳(現4歳)以上の馬による競走となり
天皇賞(春)の前哨戦として位置づけられ
ました。
思い出の馬は、オンワード一族の優等生
クリオンワードです。
クリオンワードの父はナスルーラ系種牡馬
ナスアローで代表産駒はクリオンワード
以外は見当たりません。
しかし、祖母にはオークスや目黒記念等に
優勝した名牝ミスオンワードがいます。
クリオンワードは、ハイセイコー世代の
昭和48年のクラシック組で同期には
ハイセイコーをはじめ、ダービー馬
タケホープ、天皇賞馬イチフジイサミや
カミノテシオ、ホウシュウエイト、シルバー
ランド、ディクタボーイ、ホウシュウリッチ、
トーヨーチカラ、イーストリバー等の重賞
勝ち馬がいます。
クリオンワードは、旧馬齢3歳夏の小倉で
デビューし、最初の新馬戦は2着に
敗れたものの、次の新馬戦では1番人気に
応えて快勝。
続く小倉3歳ステークスにも勝って小倉
3歳チャンピオンに輝き、オープン入りを
果たしました。
その後の2戦は1番人気に応えられずに
敗れたものの、中京3歳ステークスを
レコードで制し、西のクラシック候補として
名乗りを挙げました。
年が明けて4歳になったクリオンワードは
オープン競走を快勝して、西のクラシック
登竜門きさらぎ賞に参戦しました。
このレースには後の重賞勝ち馬で
クラシック戦線を賑わすディクタボーイも
出走、クリオンワードは1番人気に推され
ました。
レースはナイスシャダイが逃げ、クリオン
ワードは3番手を進み、ディクタボーイは
中団からという展開となりました。
第3コーナーでクリオンワードが先頭との
差を詰めて2番手に上がると、
ディクタボーイも仕掛けて3番手に上がり
クリオンワードがナイスシャダイに並び
かけて直線の勝負へ。
直線に入ってクリオンワードが一気に
先頭に立つと、外からディクタボーイが
猛然と追い込んで来て、2頭による叩き
合いになりましたが、クリオンワードが
ディクタボーイを振り切って勝ち、重賞
初制覇を果たしました。

きさらぎ賞を勝ったクリオンワードは西の
クラシック候補として打倒ハイセイコーを
目指し、ディクタボーイと共に東上して
スプリングステークスに出走。
怪物ハイセイコーに挑みましたが、
善戦するも2着に終わりました。
続いてクリオンワードは東京競馬場での
オープン競走で3着後、日本ダービーに
挑み、圧倒的1番人気に推された
ハイセイコーに継ぐ2番人気に支持され
出走しましたが、27頭中18着に大敗して
しまいました。
その後、クリオンワードは脚部不安を
発症したため、菊花賞を断念。
秋に入ってオープン競走で復帰するも
3着、6着に終わりました。
年が明けて古馬になったクリオンワードは
いずれも1番人気に支持されたオープン
競走は3着、中日新聞杯は6着に終わり
ましたが、阪神でのオープン競走で
1年ぶりに勝って6勝目を挙げると、続いて
鳴尾記念に出走すると、ストロングエイトの
僅差の3着に入るなど、復調を見せました。

そしてクリオンワードは次に春の大一番
天皇賞春に挑みました。
このレースには怪物ハイセイコーをはじめ
ダービー馬タケホープ、有馬記念を制した
ストロングエイトやメジロスイセイ、トーヨー
チカラ、古豪フィドールなどが出走。
この年の天皇賞春は怪物ハイセイコー対
タケホープというライバル対決に注目が
集まりました。
距離への疑問がありながらもハイセイコー
が1番人気に推され、クリオンワードは
4番人気での出走となりました。
レースはスタートしてストロングエイトが
ハナを奪って先頭に立ちましたが1週目の
正面スタンド前ではサチモシローが逃げ
ハイセイコーが2番手、その後ろから
ストロングエイトが続き、クリオンワードと
タケホープは中団からという競馬に
なりました。
第3コーナーの山の上でハイセイコーが
先頭に立つと、それを追ってタケホープと
ストロングエイト、クリオンワードが仕掛けて
一気にハイセイコーとの差をつめ、
直線の勝負へ。
直線に入ってストロングエイトが
ハイセイコーを交わして先頭に立つと
クリオンワードも続いて必死に追い込み
その2頭の外からはタケホープが豪脚を
繰り出してゴール前で2頭を差し切って
優勝を飾り、クリオンワードは善戦するも
3着に惜敗しました。

続いてクリオンワードは天皇賞春での
僅差の3着の勢いのまま、宝塚記念に
挑みました。
このレースには雪辱を期すハイセイコーを
はじめ、有馬記念を制し天皇賞春2着の
ストロングエイト、天皇賞馬ベルワイド
ハイセイコーキラーのトーヨーチカラ
などが出走。
天皇賞春での惨敗が原因で、はじめて
ハイセイコーは1番人気をストロング
エイトに譲り、クリオンワードは3番人気
での出走となりました。
レースはインターベルトが大逃げをうち
例によってハイセイコーは2番手から進み
その後ろからベルワイドとストロング
エイトが続き、クリオンワードは中団より
やや後方からの競馬となりました。
第3コーナーを過ぎてハイセイコーが
一気に仕掛けて先頭に立つとベルワイドと
今日はちょっと動きが重いストロングエイト
が差を詰めて直線の勝負へ。
天皇賞春の時とはうって変わって直線に
入ってハイセイコーが脚を伸ばして後続馬
を引き離し、スタンドからの大歓声を受けて
2着のクリオンワードに5馬身差をつけ、
レコードタイムで圧勝。
クリオンワードは直線で鋭く伸びて
追い込んで来たものの、2着に敗れました。

その後、クリオンワードは夏の北海道
シリーズに参戦するも、札幌記念5着、
函館記念4着と成績が振るわず、関西に
戻って出走したオープン特別も8頭中
7着に敗れるなど、成績不振に陥りました。
そして、クリオンワードは当時西の暮れの
大一番として行われていた阪神大賞典に
参戦。
このレースには、この年のクラシックを
賑わしたスリーヨークと菊花賞2着の
バンブトンオール、エリモマーチスの新鋭勢
の他、公営から鳴り物入りで中央に
移籍して来たサンチャイナやメジロスイセイ
イーストリバー、古豪ミリオンパラなど、
西の個性派の馬達が出走。
1番人気は新鋭のスリーヨークが推され
クリオンワードは最近の不振が原因で
3番人気での出走となりました。
しかし、最近の不振が嘘のように積極的に
レースを進めたクリオンワードは、直線で
鮮やかに抜け出して後続馬を引き離し
2着のタイホウヒーローに3馬身差をつけて
快勝。
9ヶ月ぶりに7勝目を挙げると共に2つ目の
重賞を獲得しました。
しかしこの勝利がクリオンワードにとっての
中央での最後の勝利になってしまいました。
年が明けて6歳になったクリオンワードは
この年の古馬路線での活躍が大いに
期待されましたが、6歳の初戦となる中日
新聞杯は、1番人気に推されたものの
7頭中の4着に敗れてしまいました。
続いてクリオンワードは、当時の名称
サンケイ大阪杯に参戦。
このレースには古馬になってから頭角を
現した小さな巨人スカイリーダや同期で
ライバルのディクタボーイ、新鋭の
バンブトンオール、中央に移籍して来た
東海の星サンチャイナなどが出走。
クリオンワードは1番人気に支持されて
出走しました。
レースは、インターベルトが逃げ、2番手に
バンブトンオールがつけ、クリオンワードは
4番手から、スカイリーダ、ディクタボーイは
後方からという展開で進みました。
第3コーナーから4コーナーにかけて
外からクリオンワードが仕掛けて先頭との
差をつめ、スカイリーダとハクサンホマレも
先頭集団にとりついて、直線の勝負へ。
内を通ってバンブトンオールが先頭に
立つと、真ん中からはクリオンワードが鋭く
追い込み、大外からはスカイリーダが
豪脚を繰り出し、ゴール前で一気に
バンブトンオールを豪快に差し切って
優勝を飾り、クリオンワードは善戦するも
またも3着に敗れました。

続いてクリオンワードは、昨年3着に敗れた
鳴尾記念に参戦しました。
このレースには花の昭和47組で中距離の
王者ナオキを筆頭にバンブトンオール
古豪ミリオンパラ、後の重賞勝ち馬
メジロジゾウなどが出走。
ここでもクリオンワードが1番人気に
推されました。
レースは、例によってインターベルトが
果敢に逃げ、2番手にハクサンホマレ、
トップハンデ59.5キロを背負ったナオキは
4番手から進み、クリオンワードと
バンブトンオールは中団からという
展開になりました。
第3コーナーで今度はハクサンホマレが
先頭に立つとクリオンワードも仕掛けて
一気に3番手に上がり、ハクサンホマレ
ランドホマレ、クリオンワードの3頭が
一団となって直線の勝負へ。
直線に入ってクリオンワードが一気に
抜け出して先頭に立つと、杉本アナも
「クリオンワード今日は強いぞ、今日は
強い」と実況し、クリオンワードの圧勝かと
思われましたが、第3コーナーから
4コーナーにかけて早めに脚を使って
しまった影響か、大外からナオキ、内から
メジロジゾウが追い込んで来て、
ゴール前でナオキが豪快に追い込んで
クリオンワードを交わして優勝を飾り、
クリオンワードは勝利を目の前にして、
またしても3着に惜敗してしまいました。

そして、このレースがクリオンワードに
とっての中央での最後のレースとなって
しまいました。
レース後に脚部不安を発症した
クリオンワードは10ヶ月の休養後、
静かに中央に別れを告げ、地方競馬
(宇都宮)に転厩しました。
記録によりますと、
地方での戦績は、8歳まで走り
17戦2勝だったそうです。
8歳で引退したクリオンワードは種牡馬に
なりましたが、内国産種牡馬不遇の時代に
あって、代表産駒を輩出することは
出来ませんでした。
記録によりますと
1984年に14歳で死亡とあるだけで
何が原因で亡くなったかの記録が無いのが
残念です。
今週は、阪神競馬場で伝統の第73回
阪神大賞典が行われます。
ダノンシーマ、レッドバンデ、
アドマイヤテラ、ファミリータイムに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。
昨日、中山競馬場で行われました
クラシックの登竜門、伝統の第63回
弥生賞ディープインパクト記念は、道中
後方を進んだ3番人気のバステールが
直線で鋭く伸びてゴール前で差し切り、
重賞初制覇を飾りました。
2着には2番人気のライヒスアドラーが入り
1番人気に推されたアドマイヤクワッズは
直線で先頭争いを演じるも3着に
敗れました。

今週は、中山競馬場で皐月賞トライアル
第75回スプリンターズステークスが
行われます。
スプリングステークスは3着までの馬に
皐月賞への優先出走権が与えられる
トライアル競走で1952年4歳牡馬・牝馬
(現3歳)限定の芝1800mで施行される
重賞競走として創設されました。
その後、施行場や距離は幾度かの変遷を
経て、1960年以降は中山競馬場の
芝1800mで定着し、皐月賞トライアルの
副称がつけられました。
1964年には名称がフジテレビ賞
スプリングステークスに変更され皐月賞、
日本ダービーと続く春のクラシック路線
およびNHKマイルカップへの重要な
前哨戦として位置付けられています。
なお、昨年はフジテレビが不祥事を受けて
寄贈賞およびレース名への冠名の付与を
辞退したため、フジテレビ賞が外され
ましたが、今年はフジテレビ賞の冠名が
復活して付与されます。
思い出の馬は、後に三冠馬となる皇帝
シンボリルドルフを最も苦しめた馬
ビゼンニシキです。
ビゼンニシキの父は日本人が馬主の
マイラー系種牡馬ダンディルートで
代表産駒には女傑エイティトウショウや
トウショウゴッド、トウショウペガサス、
アップセッター、ポリートウショウ等の
重賞勝ち馬がいます。
ビゼンニシキは昭和59年のクラシック組で
同期には皇帝シンボリルドルフ、宝塚記念
を制したスズパレードやスズマッハ、ニシノ
ライデン、ロングハヤブサ、ゴールドウェイ
ホッカイペガサス等の重賞勝ち馬がいます。
ビゼンニシキは旧馬齢3歳秋の東京で
デビューし、新馬戦で6馬身差をつけて
圧勝、続く条件特別も後の重賞勝ち馬
ニッポースワローやハツノアモイを相手に
快勝してエリート路線に乗り、暮れの
特別レースにも勝って、無敗の3連勝を
飾り、クラシックに名乗りを挙げました。
年が明けて4歳になったビゼンニシキは
共同通信杯4歳ステークスに参戦。
このレースには関東の3歳チャンピオンの
ハーディービジョンは出走しなかったものの
ビゼンニシキと同様に3歳時に無敗の
3連勝を飾り、後に宝塚記念を制する
スズパレードやリキサンパワーが出走。
ビゼンニシキは1番人気に支持されました。
レースはオンワードビュリーが逃げ、2番手
にリキサンパワーが続き、ビゼンニシキは
5番手を追走、その後ろからスズパレード
という展開になりました。
第3コーナーで早くもビゼンニシキが
仕掛けて3番手に上がり、スズパレードも
差を詰めて、直線の勝負へ。
直線に入ってリキサンパワーが先頭に
立つと、内からスズパレードが脚を伸ばし
大外からはビゼンニシキが手綱を持った
ままで追い込み、人気馬3頭による追い
比べとなりましたが、最後は直線でも
余裕があったビゼンニシキがゴール前で
一気に差し切って勝ち、重賞初制覇と共に
4連勝を飾りました。

そして次にビゼンニシキはクラシックへの
登竜門弥生賞に駒を進めましたが、この時
3戦3勝のシンボリルドルフも弥生賞に
出走することで、両馬の主戦騎手だった
岡部騎手はどちらの馬を選ぶかに注目が
集まりました。
岡部騎手は強い方の馬を選ぶと発言して
重賞を勝ったビゼンニシキではなく、
シンボリルドルフを選んだことで成宮
調教師やビゼンニシキ関係者が激怒
するなど、当時物議を呼びました。
そして弥生賞で、ついに無敗どうしの
両雄が激突することになりました。
1番人気は4連勝中のビゼンニシキが
推され、シンボリルドルフは日本馬同士の
競馬では唯一、1番人気を奪われた
レースとなりました。
レースは、ゲート内でビゼンニシキが立ち
上がった時にスタートが切られ、ビゼン
ニシキは不利な発走となって大きく立ち
遅れ、後方からの競馬となりました。
スタートして好ダッシュを見せたニッポー
スワローが逃げ、その後ろから
スズパレード、リキサンパワーが続き
シンボリルドルフは5番手を進み、立ち
遅れたビゼンニシキも外を回って、終始
シンボリルドルフをマークするように
進みました。
第4コーナー手前でシンボリルドルフが
仕掛けて上がって行くと、それを見た
ビゼンニシキも仕掛けて先頭との
差をつめ直線の勝負へ。
直線に入って内をついて逃げ込みを図る
ニッポースワローを大外からシンボリ
ルドルフとビゼンニシキが追い込み、
2頭による一騎打ちになりましたが、
シンボリルドルフが鋭く伸びてビゼン
ニシキを突き放し1馬身3/4の差を
つけて優勝。
因縁の全勝馬対決はシンボリルドルフに
軍配があがりました。
2着に敗れたビゼンニシキにとっては
本当に悔しい初の敗戦となってしまい
ました。

シンボリルドルフが次に皐月賞に向かう中
ビゼンニシキは休む間もなく、スプリング
ステークスに参戦しました。
このレースには、新たに函館3歳の
チャンピオンのサクラトウコウや後に
最強の2勝馬と言われたスズマッハ、
きさらぎ賞を制して東上して来た
ゴールドウェイが出走。
ビゼンニシキは圧倒的な1番人気での
出走となりました。
レースは、スタートして今までとはうって
変わってコーナーワークを利用して
ビゼンニシキが逃げる展開となり、
その後ろからサクラトウコウ、スズマッハ
が続きました。
軽快に逃げるビゼンニシキを3コーナーの
手前でサクラトウコウとオンワードカメルン
が並びかけましたが、再びビゼンニシキが
突き放し、先頭のままで直線の勝負へ。
内をついたビゼンニシキを馬場の真ん中
からサクラトウコウ、外からスズマッハが
必死で追い込みましたが、ビゼンニシキが
2頭を振り切って優勝を飾り、2つ目の
重賞を獲得しました。

そして迎えたクラシック第一冠目の皐月賞
ビゼンニシキとシンボリルドルフの両雄が
再び激突することになりました。
1番人気はシンボリルドルフが支持され
ビゼンニシキは2番人気での出走と
なりました。
レースはアサカジャンボが逃げ、シンボリ
ルドルフは4,5番手から進み、ビゼン
ニシキは中団からの競馬となりました。
第3コーナーで早くもシンボリルドルフが
仕掛けて先頭を奪うとビゼンニシキも
シンボリルドルフの直後に付いて、両雄
一歩も譲らず直線の勝負へ
直線に入って先頭に立つシンボリルドルフ
を外からビゼンニシキが追い込み、激しい
叩き合いになりましたが、ゴール前で
シンボリルドルフがビゼンニシキを振り
切って優勝を飾り、ビゼンニシキは再び
2着に敗れてしまいました。

シンボリルドルフがダービーに直行する中
ビゼンニシキはハイセイコーと同じように
過酷なローテーションを組まれ、当時の
ダービートライアルNHK杯に出走しました。
このレースにはスズマッハ、ニシノライデン
ハツノアモイなどが参戦。
レースは、道中3番手を進んだ圧倒的1番
人気に推されたビゼンニシキが4コーナー
で先頭に立つと、直線に入って後続馬を
突き放し、格の違いを見せて快勝しました。

しかし、この勝利がビゼンニシキにとっての
最後の勝利となってしまいました。
続いてビゼンニシキは日本ダービーに
出走してシンボリルドルフとの3度目の
対決に挑みました。
2番人気に推されたビゼンニシキは道中
中団を進み、第4コーナーで一気に
上がって見せ場を作ったものの、過酷な
ローテーションによる歴戦の疲れや
距離への疑問からか、直線で全く伸びず
14着に大敗してしまいました。
この大敗によって距離の壁を感じた
ビゼンニシキ陣営は新設されたマイル
チャンピオンシップを目標にするなど
菊花賞を断念して中距離路線に舵を
切りました。
そして、秋に入ってマイルチャンピオン
シップの前哨戦としてスワンステークスに
3番人気で出走しましたが、レース中に
骨折を発症したため、競走生命を絶たれ
引退を余儀なくされてしてしまいました。
幸い命にかかわるような故障では
無かったため、1985年から北海道の
牧場で種牡馬となり、産駒からは
マイルチャンピオンシップとマイラーズ
カップを2連覇し、高松宮杯、毎日王冠に
優勝したダイタクヘリオスの他、ハシノ
ケンシロウやリターンエースなどの
重賞勝ち馬、地方での重賞勝ち馬を
輩出するなど、種牡馬としても大いに
活躍しました。
記録によりますと
ビゼンニシキは1997年からは3年越しで
望まれていた鹿児島の牧場に移動しました。
そして1997年7月23日、種付けに備えて
試情が行われた際、牝馬に乗りかかった
状態から後方に転倒して頭を強打して
しまい、関係者による必死の治療が施され
ましたが、ビゼンニシキはパニック状態に
陥ってしまい、治療中に18年の生涯に
突如幕を下ろしてしまいました。
今週は中山競馬場で先週の弥生賞
ディープインパクト記念に続いてクラシック
に向けた皐月賞トライアル伝統の第75回
スプリングステークスが行われます。
ラストスマイル、テルヒコウ、
クレパスキュラー、アウダーシアに
注目しています。
今週も全人馬の無事を祈りながら
レースを観ます。

