三日目も朝からシトシト雨が降っていました。
今回の旅行のメインでもある「大船渡市」は
道路の至る所に「津波浸水区域」の看板があり
テレビで見ていた現実を物語っていました。

YOUTUBEなどで何度も見た”あの場所”を訪れました。
この高台に避難した、ある商店の店主が撮影した動画・・・。
それはもう筆舌に尽くしがたく。


高台の真下は、当時は線路だったのですが
震災後にBRT(バス)の路線に変更になっています。

タブレットでYOUTUBEを一時停止して、高台からの同ポジを撮影してみました。
山の稜線と、赤と白の煙突、そして茶色い建物は今も変わらずに、そこにありました。

茶色い建物は「旧大船渡商工会議所」でした。
震災遺構として、残すことを決めたようです。

港側に降りてみました。


撮影場所の高台を港側から撮影

縞々の煙突は5年半前の”あの日”を今も忘れてはいないのでしょう。

防潮堤は一部、まだ完成していない様子でした。

大船渡市内は至る所に民間の建物がそのまま遺されていました。


昨晩は屋台村のすぐ近くのルートインにお世話になりましたが
ホテルは震災後に建てられたもので、当時はありません。

陸前高田市へ移動します。

大船渡市に比べて津波の浸水が深かったのが特徴です。
定住促進住宅は4階まで水に浸かったそうです。

陸前高田市でも防潮堤の工事が進められていました。

定住促進住宅を右手に見ながら暫く進むと
ニュースなどで何度も見た「高田松原」が見えてきます。




津波の深さは14.5メートルと書かれていました。
妻と二人、足元が震えました。
すぐ近くには、「奇跡の一本松」もあります。
道の駅に車を停めて、歩きます。

雨の中、傘を差しながらだったので少し遠く感じました。

まさに「奇跡」です。


ここでも防潮堤の工事の車両がひっきりなしに走っていました。

松の傍の橋の欄干には箱があり、「感想ノート」がありました。
ちゃんと記入しましたよ。

気仙沼に向けて車を走らせると、津波の避難路が見えました。
新たに作られたもののようです。


宮城県の気仙沼市に入りました。
ここも津波にやられた場所です。
新しく建てられたマンションには津波の避難マークが描かれています。

このスタンドは震災後に一番最初に店を開けた店舗とのこと。
オレンジ色のラインの屋根まで水に浸かったのだと、店員さんが話してくれました。

最終日は、宮城県の閖上地区を訪れます。