週刊誌
先週の帰宅途中、電車内で網棚に捨ててあった週刊誌を拾いました。
○○○芸能という週刊誌でした。
もしこれを青少年が見たら情操教育に悪いと判断し、私が預かりました。
閲覧すると、
ほほ~ 確かにこれは悪影響を及ぼすな。
これも刺激が強すぎる。
これはなかなかいいんじゃないか。
これは・・・これは・・・
と・・・ 一番影響をうけたのは私でありました ( ̄Д ̄;;
試走そのⅡ
昨日の45kmのせいでしょうか、今朝いつもよりダメージが残ってました。
体中にだるさがあり、今日はやめようかなと思いましたが、
でも、今日も走りたい、走らんといかん、そんな脅迫観念がありました。
で、昨日が田野~高岡なら当然今日は椿山峠でしょう。
意を決して玄関を出たら、雨がぽつりぽつり。
5秒ぐらい考えましたが、スタートしました。
清武で少し降られましたがそれ以降は大丈夫でした。
清武を過ぎて黒坂のあたりで、後ろから「バイクどんな感じですか?」と声がしました。
チームフィオーレのHさん、DHバーポジションでマイヨジョーヌの黄色いジャージ姿でした。
私のブログを見ていてくださってるのでしょう。
来週の天草トライアスロンの練習をチームでやってる途中だそうです。
宮大周回コースを5周回、私のペースと全然違うのですぐに分かれました。
私も10年前はトライアスロン、頑張ってましたが、膝の故障や50肩などモチベーションがなくなり
今はもっぱらロードだけです。
来週の健闘を祈ります。土産話を聞かせてください。
さて、今日のコースはHARUさんが 来週は参加できないので、来週私が引っぱることになりました。
という事で、来週の走行会の下見も兼ねてますので、椿山~飫肥街道を走りました。
あらためて、5万分の1の地図を見たら標高はこうなっています。
塩鶴(50m)~椿山峠(343m)~山仮屋(300m)~花立山(489m)~北郷(30m)
つまり椿山峠の入り口の塩鶴(橋の手前最後の自販機がある所)から椿山峠まで約300m上り
椿山峠から山仮屋(飫肥街道入り口)まで40m下りそこからいよいよ飫肥街道に入ります。
花立山まで約200m上り(案外きつい)、北郷まで450mガアッ~と下る(案外こわい)のです。
その間は山ばっかりで、コンビにも何もあ~りません。
ですから補給食が必要でしょう。ハンガーノックの恐れがあります。
お昼は北郷のコンビニかとむらの食堂になるでしょう。
北郷からはまたまた大戸野越え(460m)が待ってます。
そして田野~清武~宮崎という約100km弱のコースを予定してます。
今日走った感想は、ヘロヘロでしたが皆で冗談を言いながらゆっくり走れば
楽しいコースとなるでしょう。(^_^;)
帰りにHINOサイクルに寄ったら、リンリン会を走り終えたサイクリストがたくさんいらっしゃいました。
私のエミネンザ、自転車好きのいいエジキとなりました。 (´д`lll)
昨日書いたアウターローのチェーンの問題は私のシフトの理解不足でした。
HINOさん、どうもでした。
コンパクトは初めてでしたのでまだまだ勉強することがありそうです。
試走
3時まで労○組合の会議があり、座長であった私は早めに会議を切り上げる手法をとり(笑)
先週の日曜日に納車したエミネンザの試走にいそいそと出かけました。
コースは時間の都合で、いつもの高岡~田野~清武の45kmのコースです。
トレックで走りなれているコースですので、相対的な乗り味がわかるかなというスケベな発想です。
まず、
①ポジション
サドル、ハンドルとも以前より2cm高いんですが、
逆にハンドルステムは2cm短くなりました。
このため前傾の上半身が楽になり余裕がでました。
ペダリングはサドルが高くなり股関節が窮屈にならずいい感じです。
②ギア
以前はフロント52・39 リア12・13・15・17・19・21・23・25
今度はフロント48・34 リア12・13・14・15・16・17・19・21・24・27です。
フロント34の軽さと平地を48を使って走る10段のギア比は細かいステップ比が得られGOODです。
リアに27があるのは、私のような足にも安心感があります。
上りでも乳酸がたまらず、脈拍も上がりきれませんでした。
③ショック吸収
トレックと同じカーボンフレームですが、路面からのショック吸収が違いました。
ガタゴトから、コトコトになりフォークとフレーム全体でショック吸収するような感じです。
そのため、ポジションと相まって上半身の疲れが少なくなりました。
④上り
軽量化されたのと、フレームのしなり?が微妙、うまくペダリングリズムが合えばギア2枚ぐらい
違いました。ダンシングをしても後ろに引きずられるような事はなく、ハンドルを軽く振れました。
⑤下り
ハンドリングは素直ですので安心して下れましたが、下りカーブで曲がる時にリアに体重をかけ過ぎると
後ろ三角が振れたような気がしました。これはもう少し乗って確かめたいところです。
⑥ホイール&タイヤ
キシリウムESはブレーキングもよく安定してます。フレームと相性がいいのかそう硬い感じではありません。
平地、上りではすごく回りますが、下り慣性は、軽量の為か前のアラヤADX-1に比べると落ちるような
気がします。タイヤははじめてのWOでしたがチューブラーと違った安定感があり全然問題ありませんでした。
⑦変速性能
DURA-ACEのリア変速は軽くパシパシはいりました。フロントも問題ありませんでしたが、34に落とす
時にショックが少しありました。アウタートップの時、フロントディレーラーのチェーンガード?に少しチェーンが
あたりましたが、これはHINOさんに相談しようと思います。
⑧全体的に
初動も軽くしなやかで、上りも私のヘタリ足をカバーしてくれてとても気に入りました。
長距離を疲れずに走るのに適したロードです。
ということを、夕方HINOさんに伝えようとしたのですが、お客さんが込み合っていたので、以上記しました。
いい自転車を組んでいただきありがとうございました。長く乗り続けます (^ε^)♪
片山右京
F1ドライバーであった片山右京。興味がありました。
- 片山 右京
- 負け、のち全開
最近よく自転車の雑誌に登場してます。あのインターマックスの今中大介さんなんかと自転車で
日本縦断を実行中です。
若い頃は金欠で鈴鹿サーキットの近くに捨ててあったライトバンに寝泊りしてたそうです。
車は3万円のサニー。でも、その頃からたぐいまれなスピードはプロドライバー顔負けだったそうです。
28歳でF1ドライバーになりました。
私は車のレースは詳しくないのですが、F1レースというのは15チームが2台のレーシングカーを出してる
世界の自動車レースのトップレースだそうです。
と言う事は、常にトップ30人に入らないとF1ドライバーにはなれないということでしょうか。
とにかく、インスタントラーメンの麺を昼に、スープを夜に食べていた男が年収何億?を稼ぐようになったのです。
車一途で1日の99%はスピードの事を考えてたそうです。
現役の頃、アイルトン・セナが亡くなったクラッシュも目の前で見たそうで、常に死と隣り合わせの世界を生きてきました。
引退後、6年かかってエヴェレストの登頂を目指したり、マラソンなどの企画など、会社を設立してます。
ボランティアやチャリティも積極的にされ、若い世代を育てる生き様は素晴らしいと思います。
ところで時速350kmで走っていた彼がなぜ、自転車なのか?
私にとっては謎でしたが、この本を読んで判明しました。
自分の力で到達できる事、登山にしても、自転車にしても、その魅力がたまらなくいいそうです。
うれしいですね、自転車の世界がこんなスーパーヒーローに魅了されるとは。
一発で彼のファンになりました。
弁当の思い出
昨日、職場の若手職員が弁当を忘れたので、お昼前にその嫁さんが弁当を持ってこられました・・・
そう、もう4~5年前の事です。
私は、お昼はいつも外で食べるか、パン屋でパンを買ってました。
しかし、その日に限ってうちの嫁さんが弁当を職場に持ってきました。
私は席をはずしてたので、職場の人がその弁当を預かりました。
息子が高校にもって行く弁当だったのですが、持って行くのを忘れた弁当ということを
嫁さんは言ったらしいんです。
それを職場の連中はみんな知っていて、知らないのは私だけ。
「いいやろが、愛されちょる証拠よ!!」
と、涙ぐみながら食べました。
でも、みんな息子の忘れた弁当という事を知っていたのです・・・
その事実が後で判明して、ショックだったのは息子の忘れた弁当だったというよりも
自分ちのてんまつを職場の人が知っており、自分だけ知らなかったという疎外感でありました。
それは数年前の出来事でしたが、
先日、息子が帰省した時、お昼に私はチャーハンだけでしたが後で息子のお昼を見ると
から揚げに デザートがついておりました・・・ (`ε´)
浅田真央
今晩のニュースでフィギュアスケートの浅田真央さんがアメリカに練習の拠点を移したそうです。
お姉さんの舞さんと今日旅立ちました。
トリノオリンピックでは年齢制限で出場できませんでした。
- 宇都宮 直子
- 浅田真央、15歳
この本を読む限り、真央さんはふつーの15歳で、性格は無邪気、無頓着、無防備。
でも、試合になると集中力はすごく、トリプルアクセルをびゅんびゅん飛ぶ世界の
トップレベルです。
女子バレーの木村沙織さんにしてもそうですが、のびのびとプレーする若き女性が活躍してます。
必死にもがくも結果が出ない菊千代おじさん、自分の夢を彼女達にたくしてるようです。
ドーピング
サイクルスポーツ9月号付録、「2006ツールドフランスのすべて」を読みました。
優勝者のフロイド・ランディスはドーピング検査で陽性反応となり失格処分が下される
ということですね。
ランディス疑惑の第17ステージの逃げは信じられないようなスーパーパワーで飛ぶように
逃げたそうですね。
もし、この日ランディスがテストロンを飲んでなければまったく違った展開になったことでしょう。
3~4人の優勝可能選手がこの日のランディスの疑惑の走りで総合優勝をあきらめました。
ドーピングの恐ろしさは、使用した本人以外の選手に大きなダメージをも与えてしまう事があると
気づきました。
アテネのハンマー投げの室伏選手にしても、本当は堂々の金メダルだったのですよね。
先日のジロ・デ・イタリアの総合優勝のイヴァン・バッソ、彼もドーピング疑惑でツール出場が出来ません
でした・・・・
で、今日納車しましたエミネンザですが、サドルは・・・・
セライタリアSLRモデルにバッソのサイン入りです・・・
ま、ドーピング、どの世界にもありましょうに・・・(笑)
サイズ合わせ
本日、山王エミネンザ VOLARE HM のサイズ合わせをしました。
今は仮組みの状態ですが、サドル、ブレーキレバーの位地を決めました。
HINOさんに1mm単位でじっくり調整して頂きましたので1時間半ほどかかりました。
とくにサドルのポジションは高さ、前後あわせて慎重に決めました。
数ミリで乗った感覚が全然違ってました。
トレックのポジションよりサドルハンドルの高さが高くなり、楽なポジションになりました。
また、このポジションに合った体をうまく使った乗り方を教えていただきました。
おかげさまで、私の体に合った一台ができました。
ちょいのりした感覚は、踏み出しが軽く、フレームがうまくしなっているのでショック吸収がいい乗り心地です。
心配していたフロント48のコンパクトも、平地での巡航に使うギア比がちょうど良くびっくりしました。
花山手の上り坂は、仮組みですのでまだ踏み込めなかったのですが
むむ~!!軽い!!
軽量のメリットを感じられるフレームです。
ハンドリングも素直でとても気に入りました。
あとはバーテープを巻いてもらい、ディレーラーの調整等、なじみを出してもらえば完成します。
サイズ合わせの他にサドル、ボトルゲージをHINOさんと決めました
債務とともに長く付き合えそうなロードとなりそうです。
ひと夏の思い出
わては菊千代の実家に住んでいるロンや。久しぶりやんけ。
しかし、さえない顔しとるやろ。
実はな日曜日にダチと青島海水浴場に泳ぎにいったんや。
そこで、まぶい三毛猫とおうてな、名前はシンシアというたんや。
シンシアは横須賀から友達と旅行で来ていてな、クラゲに刺されたんや。
それを見てワテは、レスキューに連れて行って治療してあげたんや。
それで仲ようなって、一緒にフリスビーやらボディボードやらして遊んだんや。
えらい楽しかったわ。
シンシアは黒髪によう似合う白いビキニを着おってな、毛並みも上品やったし。
ワテの一目惚れやな・・・
夜、皆でビールを飲んだ後、海岸を二人で歩いたわ。
時々二人の尻尾がさわってな、どきどきしたもんよ。
好きな食べ物とか、お互いたわいもない話をしてな、
帰り際メールアドレスを交換したんよ。
ほんま夢のような夜だったわ。
次の日、シンシアは青島発の日豊本線で帰ったのよ。
ワテはシンシアのこと忘れられんですぐメールしたんや。
でも、3日たっても返事がきいへん。
めしものどを通らんさかい。
誰か横須賀で黒髪のシンシアという三毛猫を見たら連絡してつかあさい。
メールアドレスはここや
たまなしロン@hotmail.com
お礼は日南産の鰹節やるさかいに・・・
直樹
昨日はフィオーレ・デ・フェスタに参加しました。
約110名の参加者が飲んで踊ってビンゴで騒いで楽しい2時間でした。
いつもお世話になっているインストラクターの方々、いつもとは違う一面を見て
(見られて?)また交流を深める事が出来ました。
ありがとうございました。
この後、先週お誕生日を迎えられた方々のパーティを兼ねた知人の飲み会に乱入しました。
落ちついた雰囲気のお店でしたが、私が豆絞りでほっかむりをしたらダメダメと目で合図をされました。
とてもいい大人の飲み会でした。突然の乱入ご無礼、失礼しました。
その後、皆さんと別れて一人、千鳥足でレストランバー直樹 にワインを飲みにふらふらと。
直樹さんとは、28年前リバーサイドホテルフェニックスのビアガーデンで
アルバイトをしていた時に知り合いました。
高校の後輩にあたり、朝から一緒に海に遊びに行き、昼、海の家でうどんをすすり、夕方にアルバイトに入り
ビアガーデンが終わった後、近くの麻衣という店で12時過ぎまでアルバイトの連中と飲み明かす
日々でした。
その頃は、東京からバンドの女子大生が来ており、そのバンドの女性達と海に行くのがバイトの
連中の楽しみでもありました。
その甘い季節の中、先生は将来料理の道に行く事を話してくれました。
(先生と呼ばれるのは、その頃からいろんな事を知っていたので皆、ほほ~すげ~と感心してこのニックネームがついた)
先生は夢を実現させる為、スイスに修行に行き、今では自分の店をもたれてます。
ヒノキのカウンターのオープンキッチンでフレンチがおいしいお店です。
しょうもない酔っ払いの私ですが、いつも笑顔で迎えてくれるので昔話に花が咲き、ついついあまえてしまいます。
その後、(おいおいまだいくのか・・・)
先日記憶をなくした、「○人間」というお店にマルガリータを一杯。
お盆に同級生が東京から帰って来た時、2次会にその「○人間」に行ったそうです・・・
行ったそうですというのは、全然記憶がないのです。
どうやって帰ったのかもわかりませんでした。
そこで、歴史をたどる旅に出ました。
マスターに聞くとちゃんとしていたそうで、ほっとしました。
急に、「俺、帰るは・・・」と言って、同級生にタクシーまで送られたそうです。
ハハハ・・・
しかし、昨日はちゃんと意識もあり、リベンジできました。
帰りは最終のバスを待っていたのですが、時間になっても来ません。
土曜日だったので、平日便の最終はなかったのです。
なけなしの金でタクシーを拾い、長い1日は終わったのでした。







