旧態依然
仕事が終わって地方統一選の選挙動員に行きました。
戸別に立候補者のチラシなどを投げ込む作業です。
この動員という「考え方」が私はキライです。
労働組合等の組織は自分達を守る為に政党や候補者を支持します。
ただ、今の時代ミクロの見方よりマクロ的に将来を考えないといけない
場合もあります。
政党支持の自由は憲法で保障されてます。
私達は最終的に自分自身を守ってくれる候補者に一票を投じるわけです。
この時代にはるか大昔の「考え方」の選挙運動を展開してもいかがなものでしょう?
私達はそこらへんをもう察知してますが、
旧態依然とした考えは、有権者からふるい落とされるかもしれません。
17歳の硫黄島
重い、しんどい、つらい本でした。「17歳の硫黄島」
ヴィノさん推薦のこの本、筆者は17歳の頃、通信兵として硫黄島決戦で重症を負い
3ヶ月の攻防で九死に一生を得て、アメリカ軍の捕虜となり、復員後
執筆をした「秋草鶴次」さんの実体験に基づいた本です。
- 秋草 鶴次
- 十七歳の硫黄島
アメリカ軍は3日で落ちると思っていたそうですが、なんと3ヶ月間、あの狭い硫黄島で
地獄絵が繰りひろげられました。
映画でももちあげられた「擂鉢山の星条旗」、実はその後なんと日本軍が反撃して「日章旗」が掲げられたそうです。
しかし、その後、再び星条旗がはためき、日本軍は玉砕へと向かいました。
米軍の数百隻からの艦砲射撃、飢えとの戦い、汚泥と死臭の豪での自決、死を覚悟した総攻撃、
しかし、重症を追いながらの筆者の生への執着はすさまじいものです。
「おっかさーん」とか「ばかやろー」とか言いながら日本兵は生きる苦しみを逃れ、玉砕されたそうです。
ただ、玉砕の一語では、硫黄島で死んだ仲間たちの思いが誰にも知られることなく消えてしまう。
筆者は、脳裏に焼きついた島での体験をこの本に書き留めました。
3月走行会
本日、都城(みやこんじょ 東国原知事の出身地)で走行会に参加しました。
今日のコースコーディネーターはいつも軽妙なトークで楽しませてくださるHさんでした。
コースは都城~志布志~都城 約95km 、簡略しすぎてすいません。
なにしろどこをどう走ったのか解りませんでした。
午前中の折り返しまでは、下り基調の追い風、それでもいくつものアップダウンはきつかったですね~
でも、さすが都城、車も少なく素晴らしいコースでした。
道沿いには菜の花も満開で、思わず足を止めてシャッターをきりました。
小径で走ったかまどうまさん(右)とマルコメさん。
帰りにジロ・デ・イタリア並みの激坂が待ち構えておりました。
「どうだ、まいったか」と彼は攻めてきましたが
自虐的な自転車乗りは喜んで登りますねぇ。
ほとんどMの世界です。
今日はジュリアーノさんがレガシィでサポートをして頂きました。
ありがとうございました。
今日は反省会に出る事なしに宮崎まで車で帰りましたが、
輪行でのメンバーはまだ(今、午後9時半現在)
駅前の白○屋で大宴会をやっているのでしょうね。
残念ながら私は500円のスペイン白ワインを冷やし
家での打ち上げとしました。
ねじまき鳥クロニクル
昔実家の柱時計は一定の時間がたつと止まり、ねじを巻かないと動かない時計でした。
椅子の上に立って、ぎりぎりぎりと文字盤にあるねじ穴に鍵をさしこみ何回も巻いたおぼえがあります。
そうして、振り子を人差し指で左右に振るとチクタクと動きはじめ
ボーンボーンと時を打つのでした。
さて、この本、村上春樹氏が1994年に発行した本です。
- 村上 春樹
- ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編
ねじまきという言葉自体最近は使わないと思います。
この本は村上春樹ファンは必ず一読してるそうです。
村上氏の文体、すっとぼけておりながら、そうなんだ、そうなんだと納得させられる文章で
読んでいて口元がにやりと動く小説で飽きがきません。
真理を追求する筆者はなにか人生の疑問に答えてくれるようでもあります。
この本、「ねじまき鳥クロニクル」は村上ファンから絶賛されたもので、
第2部、第3部と続編があります。
まだ1部しか読んでませんが次が楽しみです。
平尾誠二
来期の神戸製鋼ラブビー部の総監督に平尾誠二氏が就任しました。
同志社3連覇、神戸製鋼7連覇、のキャプテンであり、ジャパンの監督でもありました。
一度、宮崎でジャパンの試合があった時に目の前で平尾氏を見ました。
現役の頃のせいかんな顔とはちょっと違ってましたが、眼光鋭い風貌は以前の勝負師の顔でした。
思わず私は目をそむけました。
初対面の勝負に負けました。f^_^;
- 平尾 誠二
- 勝者のシステム―勝ち負けの前に何をなすべきか
神戸製鋼の頃の平尾選手はセンターのポジションで、
トライをとるステップ、トライをとったあとのカメラ視線のポーズ。
あれはカメラを意識していたそうです。華のある選手でした。
その頃の神戸は大八木、林選手など個性が強い選手がゴロゴロしてました。
今はちょっとおとなしくなったようです。
来期の神戸のラグビーはトライをとられたら、取り返すラグビーを目指されるようです。
来期はサントリーの清宮監督との勝負も面白そうですね。
日本のラグビーを背負ってください。
神戸製鋼の活躍を期待します。
花粉の中
先週の両輪バーストがトラウマとなり、今日はHARUさんの ブログを見て
私も久しぶりに綾方面へと向かいました。
調子がいいなと思ったら東風の追い風です。
高岡から綾に入りました。つり橋の手前で先週と同じように
なんとK米良さん、Y野さんとすれ違い、
「おおっ~!!」
と声をかけ離れました。
今週もすれ違うとは・・・・しかし、先週はあっちに行ったので今週はこっちに行こうと
自転車乗りの思考回路はほぼ同じなんですよかね。(^^ゞ
つり橋の途中で補給食を買いました。
ここで自転車乗りに会いました。
綾の方で、女性はマウンテン、男性はピナレロF3・13の赤に乗っていました。
人気ですね~ピナレロF3・13
つり橋を越え、ダムへ行こうとしたら雨がポツリポツリ雨が降り始めたので、
Uターンをし、酒仙の森へ。
いつものようにワインの試飲をしたあと、
金土日というショップへ行きました。
バリ島の民芸品をあつかっているお店で店主さんにお茶を頂きました。
私の知り合いのインドネシアなんとか協会の会長さんを知っていたので
ちょっとびっくりしました。
お昼をどこでとろうかと考えましたが、
「綾の食卓」というお店が嫁さんのおすすめだったので
さがしてたどり着きましたが、上品なレストランで汗ぼたぼた、鼻水だらだらの自転車乗りが
入れるような店ではなかったのでパスしました。
それから、尾立展望台に行き、帰りは綾の「暮らし館」で490円のパックの握り寿司
を食べて、向かい風花粉の中をへろへろと帰っていきました。
上野の森美術館
次に訪れたのは「上野の森美術館」です。
ちょうど、東北芸術工科大学の日本画・洋画卒業制作集の展示会が開催されてました。
入場無料でしたのでいそいそと入りました。
この外にも素晴らしい絵がたくさん展示されており、学生さんの絵にかける情熱を
垣間見、自転車とはまた違った感動がありました。
注意してみると日本画のほとんどは、岩絵の具を使ってます。
以前、片岡鶴太郎の本の中で上野に画材店があったことを思い出し、
受付の女学生さんに訪ねたら、丁寧に場所を教えてくれました。
「喜屋」というお店で、不忍池に沿った通りにあるということです。
画材専門店には一度行ってみたかったので、腰痛が出てきたのをこらえ「喜屋」を一路めざしました。
途中、交番や、上野の地理に詳しそうな昔ながらの老舗のおじいさんに聞いたりして
やっとたどり着きましたが・・・
ガ~ン!!
なんと定休日でした。
はるか九州の片田舎から来た旅人にはむごい仕打ちでした。
ショックで腰痛も倍増し、とぼとぼと研修地の神奈川の橋本に向かうのでありました。
スチールⅡ
殿○さんのお店を出て、上野にあるショップに初めて行きました。
以前から一度のぞいてみたかった横○双輪館というお店です。
デ・ローサを専門にあつかっている老舗で、いかにも工房という感じでした。
少々おたくっぽい雰囲気がありました。
いいかげんな気持ちでは失礼にあたるようなお店です。
でも、「写真とってもいいですか?」って聞いたら、
「どうぞ」と優しいお答えでした。
そこで遠慮せずパチリパチリと撮らせていただきました。
一つのお店がデ・ローサの歴史を物語ってます。
そしてこのロードはメルクスが乗っていたものです。
メルクスはベルギー出身で、昔「人食い鬼」と呼ばれたロードの神様です。
野球でいうと王、長島、イチロー、松井、をたしてもかなわない実力と人気があったそうです。
そのメルクスが信頼したのがデ・ローサのフレームです。
初めて行きましたが、私の質問に店員さんは丁寧に答えてくれました。
ほんの10分ほどしか見れませんでした。
後ろ髪をひきずる思いでお店を後にしました。
スチール
東京で必ず行く街はこの御徒町のアメ横です。
出張時の貴重な時間の隙間をついて走りこみます。
そして、このショップには必ず立ち寄ります。
とても気さくなオーナーの殿○さんです。写真をとってもいいですかと
尋ねたら、店員さんに「おい○○君1枚撮ってくれ」と言われました。
恐縮しました。
2007年モデルのロードやマウンテンが展示されてましたが、やはり気になるのは
この鳩マークです。
コロンバスがDENTIというイタリアの工房専用に作ったパイプで
このロードが組まれてました。
メッキされたラグの美しさは今のモデルとは趣向が違います。
殿○さんも「やっぱりスチールはいい!!」と絶賛されてました。
「でも、一度カーボンの軽さを知ったらみんなそちらにいくんだよ。」と・・・
ラグを作るところが日本ではもうなくなったと嘆かれてました。
ものずくりの伝統がなくなろうとしてます。
そしてスチールの代表格、デ・ローサ。
このフレームは昔風なクラシックなロゴです。
ウーゴ・デローサもそろそろ引退ということでの記念のモデルだそうです。
私が今度作るとしたら、やはりホリゾンのスチールで決まりでしょう!!




































