白戸太朗氏の本
白戸太朗 さんの本が出版されました。
仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?/白戸 太朗

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14年ほど前でしょうか、私の恩師であるO川先生がハワイのトライアスロン大会で
お知り合いになられたトッププロトライアスリートです。
東京在住の方ですが、シーガイアトライアスロンのコーディネーターとして、
わざわざ宮崎まで来ていただき、大会の後押しをしていただきました。
ありがとうございました。
当時、トライアスロンをする際、道路使用許可が警察からいただけなくて大淀川の河川敷にパイロンを並べ
180度Uターンの模擬試走を警察の担当の方に見ていただき、狭い道路でも
ちゃんとUターンが出来るということをアピールしました。
その時だったか、もしくは別のバイクテクニック会だったか、白戸さんが東京からわざわざ
TIMEのバイクを持参して来られました。
当時TIMEのフォークは評判がよかったのですが、その白戸さんのTIMEフレームは日本で始めて
販売されたフレームでサイクルスポーツという雑誌で絶賛されてました。
そのDHバーがついたバイクにどうしても乗りたくて、初めて白戸さんにかけた言葉が
「ちょっと乗せてもらってもいいですか?」でした。
そのバイクはコーナリングに若干くせがありましたが、直進性は今までに乗ったことがないほど
素晴らしくこりゃなにものやと思ったのを今でも思いだします。
その後白戸さんはそうそうたるオリンピック選手をシーガイアトライアスロンに連れてこられ
トップアスリートのすごさ、トライアスロンの魅力などを精力的にPRにされました。
私が担当しているバイクコースは世界を転戦した経験から白戸さんから教えていただいたものです。
今はご自分で事業を設立されお忙しい時間をすごされてるようです。
13年前、九州の片田舎で始まったシーガイアトライアスロン。
その中にまだ白戸さんのDNAが息づいています。
また、お会いできる機会があれば元気をいただきたいと思ってます。
いも
お盆にお墓参りに行きました。熱中症になるほど暑い日でしたので
私も次男もTシャツを脱いで汗だらだらでお墓の回りの草むしりをしました。
その時、80歳のかあちゃんが「勤労奉仕で死んだ人はいない。」と一言。
昔の人は忍耐力があったのでしょうね。
「お国の為、欲しがりません勝つまでは。」
昨日のゲゲゲの女房でしげるがラバウルで死にそうになった時
ご両親がしげるの気配を察して「死ぬんじゃないしげる!!」と寝床を飛び起きて叫んだシーンは
お涙ものでした。
22年前、私もとおちゃんが脳梗塞で倒れる前夜、福岡にいたのですが背筋に悪寒が走りました。
悪寒が走る経験は初めてでしたが、ぞくぞくと。
なにかやっぱり目に見えないものがつながっているのでしょうか。
さて、8月15日終戦の日、毎年宮交シティの社員食堂で毎年戦時中の食事が特別メニューとして
出されるので、電話で聞いたら社員食堂が閉鎖となったので今年はありませんということでした。
生前とおちゃんはそこでいものぞうすいを食べていました。
おいしいものではなかったそうですが、なぜか毎年毎年、宮交シティに行ってはそのぞうすいを食べてました。
戦時中の感慨にふけっていたのでしょう。
あと数ヶ月戦争が長引いたら、出兵だったそうです。
今年初めて家庭菜園でいもを植え、その8月15日に掘ってみました。
土の中から真っ赤なさつまいもが出てきて感激いたしました。
かあちゃんに聞くと、戦時中は学校のグランドはすべて芋畑になったそうです。
勤労奉仕という言葉を聞いてつらつらとブログでした。
アレクサンドル・ヴィノクロフ
ツール・ド・フランス2010の総集編を見てびっくりしました。
2007年大会の第15ステージ優勝後、血液ドーピングで失格となったヴィノクロフ が
今年の第12ステージで画面に。
まさかと思いました。
そんなはずはない。えっ!えっ!
私はドーピング後、引退したとてっきり思ってました。
昔と比べるとずいぶん体が引き締まって、サングラスをかけた横顔は
まぎれもなくあのヴィノクロフでした。
でも、もしかして弟かもしれない?(笑)
アスタナのリーダーであるコンタドールのアシストでした。
このステージでは惜しくもステージ優勝は逃しましたが敢闘賞を獲得。
さらに翌日第13ステージではついに逃げ切り、歓喜のステージ優勝でした。オンオン(涙・・・)
2007年以来、私はヴィノクロフがドーピングをしたことで自転車レースを見る意欲がなくなり
今年もニュースでコンタドーレが総合優勝したことぐらいしか知りませんでした。
ところが、彼は2年間の出場停止をくらった後も練習を続けていたのです。
ブーイングもあったと記事に書かれてますが、
つぐないは終わり、エースのアシストとして見事な復活劇を見せていただきました。
どん底から立ち直り這い上がってきたカザフキスタンの英雄。
一時ヴィノクロフを軽蔑した自分を恥じる1日でありました。
サッカーのきらめき
サッカーW杯「にわかファン」の私でしたが、どうしても心にひっかかる事がありました。
決勝トーナメントの日本対パラグアイ戦です。
どうして日本はあんなに中盤でパスが通らなかったのだろう?
オシム氏もワン、ツー、スリーで相手にパスをしていたと言ってました。
ディフェンス重視の作戦だったのでしょうか?
予選リーグの疲れがあったのでしょうか?
確かにパラグアイのプレスはすごかったんですが
カウンターをねらうわけでもなく、予選リーグとは違ったなにか連動しない動きでした。
ちぢこまったような、恐れているような。PK戦をねらうような。
守りきるという選手の気迫は確かにすごかったんですが、なにかふに落ちない。
それを晴らしてくれたのが7月14日、朝日新聞のオピニオンの欄の「蓮み重彦氏」でした。
蓮実氏は
「国を背負った選手たちから思い切りのよさを奪うW杯は、どこか反サッカー的な祭典のように
思えてなりません。」
「運動それ自体の美しさ、ウソとしか思えない驚きの瞬間がピッチに出現する。
それがサッカーの最大の魅力です。」
「日本の本田選手が「日本人とパラグアイ人しか見ない試合」と言っていました。
見る人をうならせるところのない試合だということを選手達は肌で感じていたはずだし
「世界は遠い」とも実感したと思います。」
と。
私はオランダ戦、3点目のアシストをした本田選手のラストパス前のターン
あれは今までに見たことのないような、股関節もびっくりターンでいまだ目に焼きついてます。
オランダ戦では監督、選手全員が「勝ちに行く」と宣言してましたが
決勝トーナメント前にはそういう言葉がありませんでした。
勝てば歴史に残るベスト8でしたので「負けないサッカー」を意識したのでしょうか。
外の選手はあの一戦をどう感じたのでしょうか?
熱烈なサポーターはどうおもっているのでしょうか?
サッカー本来のきらめきとはなんなのでしょうか?
もう一度日本選手が世界をうならせるシーンを見てみたいです。
4年後ブラジルで。
メンタルタフネス
サッカーWカップもいよいよ決勝です。
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私はスペインのキーパー、カシージャスのファンなので是非優勝してほしいですね。
さて、以前ラグビーのジャパンの監督だった平尾誠二氏
もう10年ほど前宮崎でジャパンの試合があったので見に行きました。
その時なんと3mほどの至近距離で彼と目と目があいました。
試合後のパーティ会場のガラス越しでしたが、私の視線に気がついたのでしょう
平尾氏が私の目をじっと見つめました。
無言のまま5秒ほどの沈黙が流れました。
髭をたくわえた平尾氏は「なんやねんこのおっさん」とでも思ったのでしょうか
不審そうな目で私を凝視ししました。
鋭い視線に耐えきれず思わず私は目をそらし、その勝負私の完敗となりました。
その平尾氏の久々の対談本です。
ジャパンの監督時代、神戸製鋼のロック、ラーセン(元オールブラックス代表)に
日本の選手に足りないものはなにかと聞いたところ即座に「メンタルタフネス」
という答えが返ってきたそうです。
ニュージーランドも日本も技術的にはたいして変わらないとのこと
ただ、ここぞというときの頑張りがぜんぜん違うらしいです。
スクラムを組む際、ロックは横の選手のジャージをグーッとしぼってねじりスクラムを強固にします。
これがものすごくしんどいいんですが、後半30分を過ぎて体力の限界になっても
絶対力を抜かないそうです。
その強靭な精神力がオールブラックスのアイデンティティでありプライドということらしいです
ここが勝負という時にこちらのメンタリティーが強ければ優勢になり
相手が少しでも弱気になった表情なりを見せた時、
勝負が決します。このメンタルタフネス、私弱くなってますが
3500円2時間飲み放題での「メンタルタフネス」だけは今だ健在であります。(^_^;)
タリック先生WS
昨年都城に来られたタリック先生 のアシュタンガヨガWS(ワークショップ)に本日参加しました。
実を言うと昨日の土曜日も申し込みをしてましたが、私の勘違いで7月中旬と日程を間違えていて
朝オーガナイザーの河野先生 から連絡をいただいた時はもう冷や汗が噴出し
その節はは大変ご迷惑おかけしました。m(_ _ )m
自分のアホさかげん、チョンボさ、もうどうしようもないですね。
深く反省をいたしました。
さて今朝1年ぶりにタリック先生にお会いしたら、私の顔をを覚えていらっしゃって感激でした!
今日はマイソールスタイル でしたので、自分のペースでプライマリーシリーズをすすめましたが
いまいち集中力がなく、呼吸もバンダも全然きいてませんでした。
それを見透かされようで、最初のパーダングシュターサナで先生から「ひざ」と一言。
下を向いているので返事が「ふぁい」 (ハイのつもり。)
次のアジャストはウッティタ・トリコナーサナでした。
自分でもこのアサナは以前からなにか間違っているんじゃないかと感じていたのですが、
案の定、胸椎をのばされ、胸を開き上に上げる手の位置をアジャストされると
今までとは全然違った感覚で、体が平面の一枚岩のようなかんじになりましたが
バランスが不安になり、もう少しで後ろに倒れそうになりました。
でもあの矯正されたポーズが完成形に近いんだと思います。
ティリャングムカイカパーダ・パシュチマッターサナは私の苦手なポーズです。
股関節が硬いのでどうしても傾きます。
それを上から「むぎゅー」とアジャストがはいりました。
ジャーヌ・シールシャーサナAでは足の向きを正面に直されましたが
その時、先生が一言
「去年より柔らかくなっている。練習してるの?」
「ふぁい」
と答えるのがやっとで、このあたりからジャンプバック・ジャンプスルーがしんどく
滝のような汗で、タンクトップを着替えました。
スプタ・クールマーサナ、これは絶対出来ないポーズで、形だけで終えようとしたんですが、
先生が「もう1回」と2mの身長から言われますと、
やらざるを得ない(;^_^A
足の下から手を入れ背中で手をひっかけ、足を交差して頭をもぐりこませるところまではなんとか
できるのですが、ここから先生登場。
左足を頭にかけるときに「肩をリラックス」と、
さらに左足の上に右足をムググとかけるときに「肩リラックス」と
そうすると、なんとまがりなりにもスプタ・クールマーサナ(眠る亀のポーズ)が・・・
ポンポンと肩をたたかれOKのサインが出たところでポーズ解除。
本当はそこから手をマットに押し付け起き上がるのですが、それはとうてい無理でしたが
ポーズが終わった瞬間、「私は今何をしていたのだろう?」「私は誰?」「ここはどこ?」
生まれて52年間で初めて味わった感覚でしたので、
脳が認知しなかったのでしょう。しばしボーゼンとしておりました。(笑)
途中でポーズの順番を間違えたり集中力のない2時間でしたが
一緒に参加された皆さんのひたむきなアシュタンガへの鍛錬を見て
ものすごいモチベーションとなりました。
また明日から自分のアシュタンガが始まります。
無理しないよう、追い込みすぎないようマイペースで楽しみます。
タリック先生、河野先生ありがとうございました。
次回また是非参加させていただきます。
カレンダーには日程をしっかり書き込みます(^_^;)
オシムの目
ワールドカップもいよいよ佳境にはいってますが、皆さんのごひいきの
チームはいかがでしょう。
私はPK戦でパラグアイに負けた日、なんともいえない重い気持ちが
1日中「心のおり」のように胸の奥によどんでましたが、
翌日7月1日の朝日新聞の「オシムの目」というコラムの冒頭の3行を読んで
あっ!!さすがオシム氏だなと思いました。
「PKを失敗した駒野を責めないでほしい。
駒野も自分を責めないように。
PK戦はサッカーではない。」
きっぱりと言い切ったこの簡潔な3行が日本人の、駒野選手の心をどれほど救ったことでしょうか。
オシム氏は病気の為日本監督を離れましたが
あたたかいハートでいまだに日本サッカー界を見守っているんだなと・・・
ワールドカップ観戦中に出合った感動的な3行でした。
- なぜ「オシム語」は人を惹きつけるのか?―人を唸らせ、人を黙らせる発想法と話術/中島 孝志
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決勝トーナメント進出!!パチパチ!!
デンマーク戦すごかったですね。
本田選手のフリーキックがゴールの左隅にすいこまれました。
おっ!おっ!おお~ぉぉぉぉ~
遠藤選手のフリーキックもネットをゆらしました。
えっ!えっ!ぇぇ~!!
あの大舞台であのキックが打てるのはすごすぎます!
チーム一丸となった勝利!
Congratulations!!
そしてすばらしいメンタルタフネスを見せていただきました。
ありがとうございました。
決勝トーナメントも応援しますよ!!
それにしても長友選手しぶすぎますよね!!

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