2月は農閑期。
杞憂だといいのですが、これからまた世界が騒々しくなるかもしれないし、コロナ騒ぎが一段落しているこの機会なので久々の海外旅行に。今回が初となるメキシコに行ってきました。
およそ12年ぶりの海外旅行で、色んなことがすっかり変わってて隔世の感でした。
一つは何でもスマホで出来るようになってたこと。そしてもう一つは、日本がすっかり安い国になっていたこと。参考までにこの10年間の日本とメキシコの平均月収のグラフ。日本のグラフの形が毛虫みたいなのはボーナスがあるからか。
日本の失われた30年の話は置いといて、スマホがあれば言葉が通じなくても会話が成立したり、車で目的地に連れてってもらえたり、もうドラえもんで描かれた未来の世界に近付いてます。
しかし、ネットに繋がらなくなったり、バッテリーが切れたりすると、何一つできなくなってしまうのが恐ろしいところです。
スペインがメキシコ中央部に侵略し、そこに栄えた文明を滅ぼしてからおよそ500年。
以来、中南米の先住民は弾圧され、差別され続けてきました(北米ではヨーロッパ人から更に壊滅的な虐殺を受けました)。現在ではメキシコ人の多くが侵略者である白人と先住民との混血。
そんな中でもメキシコには思ったよりも色濃く侵略前の文化が受け継がれていました。
宗教は表層的にはカトリックではありますが、褐色の聖母「グアダルーペ」や、あちこちに見られる骸骨は先住民の信仰由来。そこかしこに土着信仰が見え隠れしています。
着飾った骸骨が街中にあふれる死者の日も、元々はこの地域に広く見られる死者を祀る信仰から来ています。
そして何より主食は今もトウモロコシを原料としたトルティーヤ。トウモロコシの起源は中米で、マヤ文明やアステカ文明にはトウモロコシ神の神話もあります。
トウモロコシを挽いた粉を煉って伸ばして作るトルティーヤの調理法も焼いたり揚げたり煮たり様々。これに肉や野菜、チーズ等を巻いたり上にのせたりと、日本の米のようにおかずと組み合わせて食べます。トウモロコシについては、この記事の後半でまた。
そしてスペインによる侵略後も、根強く残っている文化の一つが「テマスカル」と呼ばれるスチームサウナ。
今回はテオティワカンにある施設で、テマスカルを体験してきました。
テオティワカンは巨大なピラミッドや神殿で有名な観光地。
テマスカルの儀式の中で祈りを捧げるのが「オメテオトル」という創造神。そして風、土、水、火を司る老人(精霊?)。
重要なこの四元素は仏教の地、水、火、風の四元素と同じ。
サンスクリットではこれに空が加わりますが、どの文明もどこかで繋がり、共通の根っこをもっているのかもしれないし、人間の感覚器ではこの分類がしっくりくるのかもしれません。
テマスカルの儀式はカトリックの装いで包むことなく、侵略者により否定された土着神への信仰が、そのままの形で息づいていました。
テマスカルが儀式で使われ、中には神秘体験をする人がいると言っても、基本は銭湯で入るサウナと一緒です。
そこまで熱くも苦しくもないだろうと高をくくっていたら、あっという間に暑くて苦しくて呼吸が辛くなり、吐き気に襲われ、死ぬかと思いました。二つ目のセッション開始後間もなく限界が来て、風を求めて外に飛び出しました。泥の中でのたうちって体を冷やし、水を浴びて落ち着いてくると、再び火の中に身を投じたくなりました。そして再びテマスカルに入ると不思議と活力が戻ってきており、無事に残り二つのセッションを終えて一緒に参加した皆さんと体験をシェア。
一度死んで蘇った思いで、思いがけず死と再生の疑似体験が出来ました。
その時は死ぬほどの苦しさも暑さも通り過ぎれば一瞬。過ぎ去れば、その苦しみすら懐かしく思い出して、人生の糧にしていくんだなと、テマスカル体験に自分の人生を重ねてしみじみしました。
テマスカルの儀式の詳細について、フィンランド在住の「サウナ文化研究家」の方が詳しくレポートされています。
私が受けたセッションも似たような形式で行われたので、詳しく知りたい方は読んでみて下さい。
現代のナワ族が受け継ぐテマスカル儀式の実態
テオティワカンのピラミッドは、この日修復中で上には登れず。テオティワカン文明は、スペインに直接滅ぼされたアステカ文明よりずっと古い時代の文明で、テオティワカンの遺跡はアステカ文明を築いたメシカ人からも、神々の都市として崇拝の対象となっていたそうです。
このピラミッド、全体が崩れないようにコンクリートでしっかり固めて形状を保ってある上、モダンなデザインにしようとしたのか、小さい石が無数に組み込まれて残念な感じに。古代からコンクリートの技術はあったそうですが、もう少し昔の姿を再現するような修復が出来なかったものかと、そこはちょっと惜しまれます。でも形があるものは常に変化していくものなので、嘆くようなことではないのでしょう。今もなおピラミッドは荘厳で、「神々の降り立つ地に降り立っちまったよ」と、厳粛な気持ちになりました。
トウモロコシは上述したように中米の伝統食。メキシコシティにある「センカリ」という国立の博物館は展示の全てがトウモロコシに関わること。メキシコの多種多様なトウモロコシ、その歴史や文化的な栄養学的な意義、そして小規模な地域コミュニティが有機農法でトウモロコシを生産することが社会的、生態学的に如何に大切かを詳しく紹介しています。
メキシコ政府は昨年、遺伝子組み換えトウモロコシの利用を制限し、除草剤グリホサートの段階的な使用を禁止したそうです。
これは生物多様性の保護と、食の安全性や持続可能な食糧自給の将来的な達成を視野に入れたものです。
ジェトロの記事1
遺伝子組み換えトウモロコシは、種まきは禁止されましたが、以下の記事によれば輸入や販売については、飼料用と食品工業用のトウモロコシが規制対象から外されたということです。アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称アムロ)大統領は、多国籍企業支配に抵抗するような姿勢を取っていますが、米国からメキシコに輸入されるトウモロコシの98%が家畜の飼料用だそうで、米国との深刻な対立を避けているのでしょうか。
ジェトロの記事2
これまで世界中でグローバリストに抵抗するような政権はことごとく潰されてきましたが、アムロ大統領は暗殺もされずに任期満了近い現在まで政権の座にいます。(中南米の近現代史を調べてみると、多国籍企業や大国の裏工作への疑念を「陰謀論」などと一括りにすることの危険性がよく分かると思うのですが、この辺は長くなるので割愛)
これは米国の力が弱まっていることの表れなのかもしれないし、アムロ大統領が現実主義者で、改革を進めつつ妥協もしているからなのかもしれません。あるいは人気取りのポーズだけで、実際はグローバリストに追従している可能性もあります。
しかし、米国からの遺伝子組み換えトウモロコシの輸入は実質的にほぼ現状のまま受け入れたとしても、遺伝子組み換えトウモロコシの種が野外にまかれることを防げれば、在来種と交雑することはなく、メキシコの伝統的な食も生物多様性も守られるので、現実的な妥協案と言えるでしょう。まあ、これはあくまで一旅行者としての私見で、世界情勢にも、メキシコの政治にも特に詳しいわけでもない私に本当の所は分かりません。ただ、旧政権と結びついたメディアからの酷評にも関わらずアムロ大統領は庶民からの人気は高く、格差是正のために様々な対策を取っています。冒頭で紹介したグラフを見ると分かるように、ここ数年メキシコの月収は大幅に上昇していますが、これには最低賃金を上げ、貧困層の生活を改善しようとする国策が大いに寄与しています。メキシコシティの土産物屋には、大統領をキャラクター化したグッズが色々売られていました。
色々まだ疑問もありますが、先住民や貧困層の生活が改善していることや、国が音頭を取って有機農業や森林農法を進めているのは確かなようなので、彼の改革の成功を祈りつつ見守りたいと思います。
今回は行けませんでしたが、サパティスタ30周年を記念した写真展が開催されていたということで、メキシコシティの巨大な都市公園、チャペルぺテック公園外周にもたくさんサパティスタの写真パネルが飾られていました。
サパティスタは、90年代に発足したチアパス州の貧しい先住民の農民を主体とした反グローバル主義のゲリラ組織。
かつてメキシコ政府が武力で鎮圧したサパティスタですが、今や国家が、かつて彼らが主張していたように米国からのトウモロコシ輸入を規制しようとし、その功績を讃える時代になったとは感慨深いです。
余談ですが、毎年の新年号に、支配者層の意向が描かれていると一部で噂されるエコノミスト誌。
これはあくまで都市伝説などと呼ばれる分野で語られている怪しい話なので、話半分に読んで欲しいのですが、2024年新年号の表紙に掲載されたウクライナのゼレンスキー大統領の上に描かれたポニーテールの女性のイラストが、アムロの後継者クラウディア・シェインバウムさんではないかと言われています。もしそれが本当だとすると、グローバリストが彼女が権力の座につくことを望んでいるようにも思われます。彼女はアムロ大統領と違って米国を重視し、外資も誘致しようとしているという話もあるので、ちょっと気がかりではありますが、アムロ大統領のよい遺産を引き継いでいってもらいたいものです。
メキシコシティ、テオティワカンの後は長距離バスでサボテンの林立する岩山を抜け、先住民文化の色濃く残るオアハカへ。
でもすっかり長くなってしまったので、またの機会に!