2025/11/11発行
↑より抜粋
マインドが5D以上にある
無限のスピリットとの繋がりの影響下にあれば
プログラムを上書きできる。
そうでなければ
シミュレーションがすべての現実感覚をコントロールする。
「マトリックス」のキャラクターは
マインドが死を受け入れた時に死ぬ。
主人公ネオは、最終的に死という幻想を見抜く意識レベルに達し
何発も撃たれたにもかかわらず復活を遂げる。
シミュレーションの誕生と死の幻想によって
とてつもない操作が可能だ。
とりわけ、死の恐怖は効果大である。
死など無いというのに。
ボディには(マインドを解読する)寿命があるが
私たち無限の「私」は永遠だ。
人生は短く、制約があるという感覚や
孤立した無意味感、そして死
つまり未知への恐れを掻き立てて
決定的な支配を受け入れさせる。
人間は未知なるものを恐れる。
そしてシミュレーションは
人間がごく初歩的な知識しか持てないようにしている。
知らない事が多ければ多いほど
恐れるものも増えるので都合がいい。
生まれ、育ち、老い、死ぬというものだが
どれひとつとして実体験はしていない。
簡単に受け入れられることではないだろうが
すべては今日の人間の最先端AIでも
とば口にも達しないレベルの人工知能によって動かされている。
私たちの解読された現実のAIはまだまだひよっ子だが
「四次元」AIは数光年先を行っている。
システムは、マインドとその幻想の体験が
生成するエネルギーによって動かされている。
映画「マトリックス」の機械は
人間の赤ちゃんが放出するエネルギーを
動力源としていた事を思い出してほしい。
モーフィアスが、電池を手にして言ったセリフの意味がよく分かる。
「マトリックスは、コンピューターが創り出した仮想世界。
その目的は人類を支配し、姿を変える事にある。」
だが、支配されているのは人類ではない。
自らを人類だと考えているマインドである。
死の体験とは
ある「場所」を出て、どこか別の場所に行くというものだが
一連の流れは実際にはひとつなぎの同じプログラムである。
マインドはどこにも行かない。
シミュレーションによってどこかへ行くと思い込まされ
その現実感覚を体験するだけだ。
情報の本質が変わるので、体験する感覚も変わる。
これまでマインドは
ボディの「中」にいる幻想を解読していたが
次はボディの「外」にいる幻想を解読する。
「四次元」のマインドが
同じ幻想の別の相(フェーズ)を解読しているのだ。
意識の拡張と周波数の高さが十分であれば
「死」ののちに、シミュレーションから脱出する事ができる。
そうでなければ、ソウルの輪廻と呼ばれる過程をたどり
「物理」レベルのシミュレーションに「リサイクル」される。
「ソウル」だって幻想だ。
スピリットだけが本当に存在する。
輪廻はラテン語から来た語で
「ふたたび受肉する」ことを意味し
仏教やヒンドゥー教、ジャイナ教、シーク教
といった東洋宗教の柱となるものだ。
ピタゴラス、ソクラテス、プラトンら
古代ギリシアの哲学者は霊魂の再生を信じていた。
世界的に見れば、これは時代や文化を超えて
広く浸透した考えであり、今もそれは続いている。
伝統的な輪廻の説明には、どうしても論理を見い出せない。
東洋宗教やそこから来る信仰体系は
このサイクルから解脱(げだつ)する「悟りを得る」には
このちっぽけな惑星に何度も戻って来なければならないと説く。
この世での、たかだか100年とか10分間の人生に基づいて
「神」が永遠に人を裁くというキリスト教の考えに少し似ている。
まったくナンセンスであり、輪廻のサイクルも然りだ。
仏教徒はカルマ(因果応報的宿命)「業(ごう)」を信じている。
西洋でいう「原因と結果」だが東洋のそれは
「起こる事はすべては繋がっている」というのがより近い。
この考えによると
行動が死と再生のサイクルから解脱できるかどうかを決める。
「悪循環」を断ち切るため、悟りの境地を目指すのである。
輪廻転生(てんしょう)体験が
人々を悟りに導く事は滅多に無いだろう。
言い換えると、輪廻転生は、ほとんどの人を
シミュレーションの幻想外へは導かず、さらに没入させるだけだ。
「マトリックス」のモーフィアスは言う。
「心と肉体はひとつだ」そう、AI挿入でなければの話だが。
マトリックスの映画は、この物質世界(偽)が現実だとしていて
ディストピア未来(物質世界)の中の仮想現実での話
ボディはプログラムで、コンピューターシステムの一種である。
同じシミュレーション情報源が
過去生の記憶が一切ない現実を提供する。
過去生のことを思い出してしまえば
何が起こっているのか、どう利用されているのか勘づいてしまう。
新しく受肉するたび、過去「生」や、その狭間で
生を受けていない期間の記憶がほぼ無い状態から新規スタートになる。
情報を断片的に記憶している者もいる。
こうした過去生記憶は、非常に説得力のあるものだ。
研究者によると、最も鮮明な記憶は5歳までに出現し
6~7歳には薄れはじめるという。
輪廻が強く否定されるキリスト教家庭でも
子どもの話を受け入れるようになる事例が数多く発生している。
シミュレーションは、実際に別の周波数帯に存在している
現実を真似ているのだという事をお忘れなく。
シミュレーションは、そうした現実のデジタルコピーのようなものだ。
ボディの「死」後に意識が経験する死後の領域は
「天国」と呼ばれるものを模倣したものである可能性があるのでは?
私はそう考えている。
臨死体験者が、亡くなった愛する人や
「光の存在」に会ったと語る「光のトンネル」は
私は何年も前に魂をリサイクルに導くものであると結論した。
実際に「トンネル」が導く先は「待合室」などと呼ばれる場所だ。
別のボディで、ともすれば別の「時代」に「物理」レベルの
シミュレーションへと舞い戻るのである。
シミュレーションから脱出するには、逃れるべき相手と
意識を何度も輪廻という体験を繰り返すループに
引き込むマインドのトリックを理解する事が不可欠だ。
もし、マインドが「死」後も続く
マトリックスシミュレーションの幻想に
囚われたままになっていれば
リサイクル(輪廻)される事になる。
死ぬ前にマインドを解放すれば、抜け出せる。
ナグ・ハマディ文書では、この脱出を「復活」と呼んでいる。
旧約聖書「コへレトの言葉」
第1章第9~11節にもこうある。
「かつてあったことは、これからもあり
かつて起こったことは、これからも起こる。
太陽のもと、新しいものは何ひとつない。
見よ、これこそ新しい、と言ってみても
それもまた、永遠の昔からあり
この時代の前にもあった。
昔のことに心を留めるものはない。
これから先にあることも
そののちの世にはだれも心に留めはしまい。」
時間など無く、永遠の今だけだとしたら
どうやってタイムトラベルするのか?
「歴史」上の時代は
タイムテーブル上の異なる部分であり
「歴史」の知覚は「歴史」とは関係無い
「歴史的発見」によって操作されうる。
欺きミスリードするため
そうしたものがシミュレーションに挿入されている。
すべてがそうだと言うわけではないが
そんな事はありえないと考えるのは世間知らずが過ぎる。
それは可能だ。
世の大変動は「時間」のサイクルを終わらせて
ループをリセットするため意図的に起こされている
という説もある。
もうひとつ関連する疑問として
臨死体験者が体外で、あるいは「トンネル」の最後に
「出会った」のは本当に愛する人たちだったのか
それともAIが投影した「愛する人」だったのか?
というものがある。
前者と考えるのは素晴らしい事だが
そもそも幻想である人間体験に際しては
したたかにすべてを疑ってかかる必要がある。
愛する人たちの意識は別次元に存在し
こことは周波数がほんのわずか違うだけかもしれないが
ボディの「死」後に「ソウル」が出会うのは
本当に本物の「愛する人」なのだろうか?
臨死体験者は、亡くなった「愛する人」などが
ボディに戻るか、引き返せない境界を越えるかの
選択肢を提示したと語る事が多い。
これは超えると「物質」界に戻れなくなる境界で
様々に象徴化されてあらわれる。
生還しているということは、みな
「戻る」事を選択しその体験を語っているわけだ。
決して見る事のできない「トンネル」の終わりの
光の向こうには何があるのだろう?
楽園か、「待合室」か?私は後者と考える。
「待合室」は、グノーシスのナグ・ハマディ文書にも
「中間界」として登場する。
高次のアイオーン(無限の現実)と低次のアイオーン
(シミュレーション)の間の「場所」の事である。
中間界は、一時的な「存在しない」状態で
ソウルはここで輪廻を待つか、無知とそれによる
低周波数状態によってここに囚われる。
何もかもにヒエラルキー(階層や階級)がある。
「われわれ」が上で、あなた方は下。
身のほどをわきまえよ。
恐れるべき「闇の勢力」と
崇拝すべき「光の勢力」があるが
いずれも同じ勢力のあらわれだ。
笑えるではないか。そう、笑い飛ばしてしまえばいい。
マイケル・ニュートンのクライアントが詳細に説明したのは
悪名高き典型的レプティリアンのヒエラルキー構造である。
「霊的領域」というより「ソウル」が「さらに学ぶ」ため
別の人体に戻る前段階の処理装置ではないか。
なぜマインドは転生するにあたって
すでに得た「学び」を忘れ去ってしまうのか
というのはもっともな疑問だ。
何の意味があるのか?
ここへは学びに来たのであって
戦争や紛争、飢饉(ききん)、殺人、レイプ
略奪に遭うためでは無いはずだが
記憶はすべて消去されるので、次もまた同じ事を繰り返す。
グノーシスでは、自らの尾を飲み込む
竜の姿に象徴されているがまさに的を射ている。
この「竜」はウロボロス、リヴァイアサンとも呼ばれ
グノーシスが言う上位(無限の現実)
下位(シミュレーション)アイオーンの間に知覚される
境界とかかわるものだ。
彼らはまた、土星がこの境界の一部であると指摘している。
抜けられない環という古代秘教概念はこう説明される。
「環、または境界を意味する
深く神秘主義的、暗示的な言葉。
今だ分離という幻想に囚われている者の意識は
その中に閉じ込められている。
環の大きさは様々だ。」
「意識を展開する進化的成長のある段階に達した存在が
精神的・霊的妄想に苦しめられているために
より高い状態に移行できない事に気づいた状態をあらわす言葉。」
知覚が振動を決め、振動が環から脱け出すか
囚われたままでいるかを決める。
現実とマインドの自己認識は、周波数場としてあらわれる。
だから、ボディの死の前に自己認識することが肝要である。
自分が無限の意識であるという観念を抱くだけでなく
そう生き、そうなるのだ。
それでもすべては幻想である。
シミュレーションからの出口を「守って」いる周波数「網」は
マインドが解読するためのコードにすぎない。
解読する事を選択しなければ「網」も境界線も無い。
皮肉な事に、マインドが幻想から醒め
解読を止めると「抜けられない環」など無くなってしまう。
別の周波数帯にいれば、あなたの世界に環は存在しない。
あなたは存在する、した、しうるすべてだ。
そのように生きれば、思い描いた自分になれる。
そして振動によってあなたを隷属させている妄想から解放されるだろう。
こう考えよとか、これを信じよというために
この本を世に出すわけではない。
誰かを盲信してついて行くのではなく
自分のために考え、理解してもらうのが目的である。
この情報をじっくり吟味した上で
どうするか決めるのはあなた自身だ。
私でも他の誰でも無く
あなたが自身の知覚のマスターになる必要がある。
つづく






