2025/11/11発行
↑より抜粋
グノーシスの文書には
「アルコーン」(ギリシア語で支配者の意)
と呼ばれる非人間勢力が、いかにして地球本来の
現実の「不完全コピー」をつくったかが描かれている。
今日の言葉で言うなら「デジタルコピー」といったところか。
本来の現実の地球は、今も高次元の周波数と認識の中に存在している。
そこから「人間」すなわち意識が「堕落」して
私たちが人間と知覚しているものになったのである。
ウェブサイトのコピーをつくるようなものだと考えてもらえばいい。
最初はどちらのウェブサイトも同じに見える。
シミュレーション地球も、本来の地球のように見えただろう。
これが最初の罠である。
本来のウェブサイト(現実)は元の姿のままだが
コピーはオリジナルをグロテスクに歪曲(わいきょく)することも可能だ。
私は、これがシミュレーションというものだと考えている。
気づかぬうちにどんどん歪められ、本来の姿とかけ離れていっている。
キリスト教で言うデビル(悪魔)、サタン(魔王)は
グノーシスではヤルダバオート(デミウルゴズとも)と呼ばれる。
文書には、ヤルダバオート(歪んで逆転した意識状態)が
キリスト教の悪魔であるところのアルコーンをつくったとある。
グノーシスは、ローマ教会が崇拝する「神」は
ヤルダバオートであると言う。
ヤルダバオートは、「物質」界
(シミュレーション)をつくった邪悪のあらわれである。
グノーシスの世界観では、高次のアイオーンと低次のアイオーン
(無限の現実と偽の物質的なシミュレーション)
というふたつの領域があるとされている。
東方の宗教にも、マーヤー(摩耶)(マインド・幻想)
ブラフマン(無限の存在するすべて)といった概念がある。
グノーシスにとっては「高次のアイオーン」は
愛と調和、すなわちワンネスである。
一方、「低次のアイオーン」は
アルコーンの操作者による偽の現実
現実の影のようなシミュレーションだ。
低次のアイオーンは「不完全」、闇、深淵(しんえん)
奈落といった語で説明され、「宿命」の領域と呼ばれている。
拡張意識が相当量流入しないかぎり
そこが私たちの居場所なのである。
ここで言う宿命とは
シミュレーションが体験を決定することだ。
宿命プログラムを無効化する拡張認識が働いていない状態である。
グノーシスの文書では、霊(スピリット)(高次のアイオーン)
と「心魂(ソウル)」(低次のアイオーン)を区別している。
スピリットは無限との繋がりだが
ソウル・マインドはシミュレーションに従う。
ナグ・ハマディ文書によると
彼らのデビル・サタンであるところの
ヤルダバオート「彼」「偽りのスピリット」は
彼の「母」から切り離され高次のアイオーンを出た後に
アルコーンと「不完全なコピー」低次のアイオーンをつくったという。
またもや「楽園追放」である。
ナグ・ハマディ文書では、私がシミュレーションと呼ぶものを
高次のアイオーンの現実の「不完全なコピー」「模像」だとしている。
「ヨハネのアポクリュフォン」にはこうある。
「彼は強くなり
自身のために輝く炎によってアイオーンをつくった。
これが現存する世界である。」
ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話
輝く炎=シミュレーションの電磁的な「光あれ」である。
聖書の「神」は「主」と呼ばれ
「わたしは主、あなたは神」といった言い回しが多くある。
対してグノーシスのヤルダバオートは「主」
あるいは「主なるアルコーン」とされる。
グノーシスではヤルダバオートを
「宇宙(シミュレーション)の造物主(アーキテクト)」とも言っている。
(「アーキテクト」とは、建築家、建築士、設計士といった人のこと)
カルトとかかわりの深いフリーメーソンは
彼らの創造主である「神」を
「宇宙の偉大な創造者(アーキテクト)」や
「偉大な創造者」として崇めている。
「マトリックス」では、シミュレーションの創設者は
「アーキテクト」と呼ばれている。
グノーシスの文書には
キリスト教のサタンであるヤルダバオートが
「宇宙の似姿(にすがた)を自らの中に」つくり出す事で
「不完全なコピー」のシミュレーションを顕現(けんげん)
させたと記されている。
グノーシスがヤルダバオートと呼ぶものが
シミュレーションのエネルギー構造である可能性が示唆されている。
コロンビア大学宇宙生物センター長ケイレブ・シャーフは
「宇宙人生命」は高度に進化しており
量子領域に転写することで私たちの現実に
物理現象としてあらわれる可能性があると述べている。
「おそらく、超進化生命は、地球外だけの存在ではないだろう。
すでにそこら中にいるのかもしれない。
粒子や場の根本的な動作から複雑性や創発現象にいたるまで
私たちが物理的現象そのものと知覚しているものの中に
埋め込まれているのだ。
言いかえると、生命はただ方程式の中にあるものではなく
生命自体が方程式なのかもしれない。」
本書で述べた私の視点からすると
これは「人間」のマインドが
ヤルダバオートと呼ばれる存在の内部に囚われている事を示している。
ヤルダバオートは、私たちがシミュレーションへと
解読する情報を送り込んでいる。
グノーシスは当然、ヤルダバオートは形あるものではなく意識
アルコーンはエネルギー場がそれぞれの基本形態であると描いている。
文書には、彼らは蛇のような姿をとることができると書かれていて
グレイ型と呼ばれるエイリアンを想起させる。
ヤルダバオートとアルコーンのエネルギー場とその効果は
常にカオス、逆転、動乱と繋がっている。
ナグ・ハマディ文書
「この世の起源について」写本にはこうある。
「一つの力がその闇(低次のアイオーン)の上に現れた。
さて、彼らの後から生じてきた諸力たちは
その陰を「無限のカオス」と呼んだ。」
ナグ・ハマディ文書Ⅰ 救済神話
逆転、動乱、驚くほど人間世界と似通っているではないか。
これは、あらゆるものがやってくるウサギの穴の
さらなる深みへと私たちをいざなうものである。
ナグ・ハマディ文書には
ヤルダバオートとアルコーンは創造性
つまり「エンノイア(神聖意図)」に欠けていて
それを補うため模倣の技術を発展させたとある。
今日バーチャル・リアリティ
シミュレーションと呼ばれるものもそのひとつだ。
彼らの専門は模倣である。
ナグ・ハマディ文書についてのすぐれた書
「偽の神との訣別(けつべつ)」の著者
ジョン・ラム・ラッシュは、グノーシスの
「不完全なコピー」についてこう書いている。
「エンノイアを欠いていることから
何かを無から生み出す事は出来ないが「模造」はできる。
そして、模造したものを女神への復讐に使用する。
これがアルコーンのシミュレーション能力
「HAL(ソフトウェア部品)」仮想現実の構築能力である。
デミウルゴス(世界の創造者)は
銀河中心界に住むアイオーンのフラクタルパターンをコピーし
自らの根城「アルコン天界」を模造した。
マフィアのドンが芸術家気取りのやたら豪華な
偽イタリア風別荘を建て、武装した警備員を置いて
住み着いたようなものだ。」

もしあなたが振動の力の中にあれば
彼らは警備することはできても、とどめることはできない。
ナグ・ハマディ文書は「不完全なコピー」を
非実在の領域と呼んでいる。
シミュレーションの偽物の世界は解読された幻想にすぎず
人間が経験するようなものではない。
グノーシスは影の象徴を用い
彼らが低次のアイオーンと呼ぶ、偽の現実は
本来の現実、高次のアイオーンの劣化コピー
あるいは影のようなものであることを描きだした。
シミュレートされた現実を最も深く表現したもののひとつは
ソクラテスの弟子で、グノーシスの思想に多大な影響を与えた
ギリシアの哲学者プラトン(紀元前428~347頃)
の洞窟の比喩(ひゆ)だ。
洞窟に暮らし、外の世界を一度も見た事のない囚人たちの話である。
彼らは鎖につながれていて、洞窟の壁の一面しか見る事ができない。
彼らの背後には炎が燃えていて、何かが通れば囚人が見ている壁に影が映る。
囚人たちはそうとは知らず、影だけを見てそれが現実だと信じ込んでいる。
幻想でしかない影の「専門家」になる者もいる。
(今日の主流科学者、学者を見よ)
ひとりの囚人が脱走し、思っていたのとは違う現実を目の当たりにした。
戻ってきた彼は仲間に、見た事を話すが誰も信じようとしない。
プラトンは人間の苦境を象徴するため比喩を用いたのである。
なんたる慧眼(けいがん)か。
ナグ・ハマディ文書では、存在するもの(無限の現実)と
しないもの(シミュレーションの偽世界)をはっきり呼び分け
後者は邪悪とされている。
グノーシスによるその区別は
充満/欠乏、不死なる/死ぬべき、霊/心魂
実在/非実在、時間のない/時間のある。
最後に注目してみよう。時間のない/時間のある。
私たちが「時間」と呼ぶものは、知覚詐欺の一環として
シミュレーションにエンコードされている。
グノーシス文書ブルース写本に
「実在」と「非実在」の違いが強調されている。
「そして、存在するものは
存在しないものから自らを切り離した。
存在しないものは邪悪で、物質としてあらわれる。
内包された力も、存在しないものから
存在するものが切り離される。
存在するものは「永遠」と呼ばれ
存在しないものは「物質」と呼ばれる。
存在しないものから
存在するものを切り離している最中に
両者の間にはヴェールがひかれた。」
人体は、何らかの形で物理的な世界に
受肉(じゅにく)していることにマインド・ソウルの注意を
集中させるためのシミュレーション現象である。
(受肉:人間が神の愛を五感を通して理解できるようにする)
罠であるとも言えるし、グノーシスもそう捉えている。
ボディは牢獄であるとし、人間は「神」からほとばしった火花
あるいはひとしずくがボディ(ボディの知覚)に閉じ込められたものだと言う。
グノーシスは、人間はいつかこの牢獄から脱出すると考えていた。
彼らはボディを霊がまとう「衣」と表現している。
ヘルメス選集ⅶ:2にはこうある。
「おまえはまとっている衣を引き裂かなければならない。
すなわち、無知の織り物を、悪の支えを、腐敗のくびきを
闇の囲いを、生身の死を、感覚のある死骸を、引きずっている墓を」
ヘルメス文書
まず、ボディの中にいるというのは幻想である。
ボディはマインドの中にあるのだから。
これは、あらゆる知覚と現実感覚を逆転させる
非人間勢力の反転テクニックの典型例だ。
私たちはマトリックスの中にいない。
マトリックスが私たちの中にある。
まぜ、マインドとそれに関連する感情が
ボディに大きく影響するのかが見えてきたのではないだろうか。
効くと信じれば、生理食塩水のようなものでも
強力なプラシーボ効果を発揮する、というのも同じ理屈である。
ボディは、シミュレーション自身の大きなプログラムと繋がって
やり取りするコンピューターの挿入プログラムである。
グノーシスは人々に「まとっている衣をひき裂」くよう促すが
私は知覚の影響を拭(ぬぐ)いされと言う事だと考える。
文字通り「衣をひき裂」いて自殺をはかっても
罠から逃れる事は出来ず、感情的、振動的衝動の結果として
さらに奥深く引き込まれる事になる。
シミュレーションはインターネットと同じく
双方向性であることを忘れてはならない。
シミュレーションは私たちに影響を及ぼすが
私たちからもシミュレーションに働きかけることができる。
5D意識にアクセスして
それをシミュレーションフィールド上に展開すればよいのだ。
カルトとその親方は、閉じ込めた人々(4Dマインド)
の知覚と周波数を支配し続けるため
シミュレーションフィールドの周波数を制御しなければならない。
マインド・ソウルをスピリットに向かって開けば
ボディプログラムよりずっと強くなれる。
身体的にも、知覚的にも、人生経験も
ボディプログラムをはるかに凌駕(りょうが)することができるのだ。
プログラムに動かされる人生ではなく
自分で人生を動かせるようになる。
マインドは物質に勝ると言われるが
物質という幻想に勝るのがマインド・スピリットである。
つづく
