2009年12月発行
↑より抜粋
私(アイク)が見るところ富士山は
日本のエネルギー、日本人のためのエネルギー源として
非常に大切な場所だと思います。
山自体が、レイライン(経絡)を伝わって
東西南北から来るエネルギーが充満している
鍼灸(しんきゅう)のツボともいうべき場所です。
山以外にもエネルギーのパワースポットはあるわけです。
そこにイルミナティは目をつけるのです。
何をやるかというと
幾何学(きかがく)的模様を駆使して
「エネルギーの交差点」であるツボを管理、干渉
あるいは破壊しようとするわけです。
例えば、大切な地点にわざと
原子力発電所や軍事施設を建てるとか
高速道路のインターチェンジを作ったりする。
世界遺産にして
「ツボ」を管理、干渉、妨害という手もある。
パワースポットである経絡(けいらく)交差点は
使い方によって善にも悪にもなります。
イルミナティは世界遺産保護と称して他者を排除して
その地を自分たちだけのために使用することもある。
悪魔儀式には恰好のロケーションです。
イギリス南部のソールズベリーには
ヨーロッパ最大のストーンヘンジ
例の環状列石群があります。
もちろん英国が誇るれっきとした世界遺産。
あの真ん中にイギリスは道路を建設したんです。
真ん真ん中に。

ある種の「チカラ」を封印し
破壊したいと思えば、こんなえげつないやり方をするし
自分たちのために「保護」したいとすれば
また違うやり方をするでしょう。
ストーンヘンジの周りは
道路建設に支障する物は何もない所なのに
わざわざストーンヘンジの真ん中を
突っ切るように道を通す。
グラハム・ハンコックも言っていますが
地球深部から発するエネルギー・ラインというのは
地表面に幾何学的な形状を呈して走っているわけですね。
どういうわけか、この頃世界中の世界遺産エリア内の
エネルギー幾何学的ポイントに建物が建てられている。

ハンコックは、アヤワスカを飲んで
異次元にアクセスするという
最新の研究をさかんにやっています。
人類の英知は、すべては異次元からだと。
彼はそこに、すべての根元があると言っている。
要するに、アルタミラ洞窟で
壁画を描いた人たちが突然人類の中で
突然ビヨーンと意識がアップしちゃったのは
やっぱりそういう異次元との接触があったからだと。
そういう次元との接触。
彼らはアヤワスカじゃなかったと思うけど
茸(きのこ)か何かで
異次元との接触が植物によってあって
彼らは非情に人類の運営の進化に貢献したと。
ソクラテスが言った。
真の知恵というのは、いかに自分が無知であるか
ということの自覚である。
「前に進めるわけがない。
今どっちを向いているかも分からないのだ。
前へ進めるわけがない。
どっちに曲がればいいかも知りようがない」
と、ジョン・レノンに言われるまでもない。
まず、今の居場所をはっきりと認識することが大事です。
しかし、認識の手立てとなるべき情報そのものが
「信頼できない」宗教や
科学を介して表現されているので
初めから欠陥があります。
しかも悪いことに
意図的に仕込まれた欠陥情報が流されているのです。
ごく少数の人間が、最終的に私たちの日常生活を
信じがたい規模で操作しているのです。
世界が狂っているように思えたのは
実は間違った角度から見てきたからです。
自分とは何か?
それは、ただ
自分だと思い込まされてきただけなのを知るべきです。
肉体とは、この色々な世界の現実を
体験する乗り物であって手段なのです。
人とは肉体ではなく「無限の意識」であり
「存在するものすべて」であり
継ぎ目のないエネルギー場なのです。
すべての世界はこのエネルギー場の中にあり
いわゆる世界なんてものは存在しないのです。
唯一の違いは、自分が存在するもののすべてである
という認識のレベルだけです。
認識の度合いが深くなればなるほど
そうしたレベルの「知」と知覚に近づくことが出来ます。
逆に自分を「個」と考え
ほかのあらゆる物とは切り離されていると
思っていればその分だけ
本来の自分から切り離されていくものです。
現状は、分割と分離の領域で
孤立し孤独に寂しく不安を感じて生きています。
その理由は私たちが本来持っている
真の無限の性質を忘れてしまっているからです。
また、そのように操作されてきたからです。
アインシュタインも言っています。
現実とは幻想である。
だが、なかなか消えようとしない。
人間とは宇宙と呼ばれる全体の一部であり
それが時間と空間で区切られているに過ぎない。
人は自信の思考・感情を
それ以外と分けて経験するが
それは自己の意識が作り出す
ある種の視覚的な錯覚に過ぎない。
こういった錯覚は一種の牢獄のようなもので
個人的な欲求や、すぐ近くにいる
ごく少数の人々への愛情を制限する。
私たちの使命は自身をこの牢獄から解き放つこと
そのため思いやりの輪を広げ、生きとし生けるものと
自然全体の美しさを受け入れることでなければならない。
あなた自身はあらゆるもの、自覚されたすべてなのです。
すべては一つ。
あるのは「無限の私」だけ。
荒れ狂っていても、凪(な)いでいても海は海。
同じワンネス(全一)です。
私たちは常に海であり、常に「無限の認識」なのです。
ただひとたび自分が何者であるかを忘れてしまうと
混乱して分離の感覚に陥り、孤立した一滴になってしまう。
その感覚が心の中に作り出す小さなレンズを通して現実を見ると
世界はとても狂って貧相なものに知覚してしまう。
せっかく無限の大海(認識)なのに
自分を小さく小さくちっぽけなものにしているのは
外からの働きかけが強力だということも大ありです。
私たちを統一体でなく、一部品と知覚されている元凶は
私たちの現実感覚を大規模に操作する者です。
肉体という名のバイオコンピューターを
「私」と認識するように誘導しているのです。
本来の「私」は「神」と呼んでもおかしくない存在なのに
まやかしの肉体コンピューターの中に飼い慣らされて
いともたやすく監禁されてしまっているのです。
私たちは本来の自分で考えるより
肉体に考えさせています。
肉体=自分ではないのに
その幻想の虜(とりこ)になっています。
すべて肉体コンピューターの思考や感情なのに
それを自分だと信じ込んでしまっている。
人間の真価は、コンピューターの自己から
どれだけ解放されたかによって決まる。
つづく








































































