私は肉を子供の頃
気持ち悪くて食べられなかったけど
好き嫌いしてたら
毎回給食居残りのえっちゃんと一緒になるので
小学高学年頃には食べられるようになった
昔は乳牛を家で飼ってたから
あのつぶらな瞳の牛さんの肉は今でも避けていて
薄い豚肉や鶏のから揚げは外食でも食べる
でも、もう食の安全性や大量生産現場のひどさを知ると
それさえも食べたくなくなった
ケンタッキーフライドチキンが
美味しいと思った事がない
子どもの頃初めて食べた
マクドナルドのハンバーガーがまずくて
それ以来、マックは好きではないけど
ポテトはマックが一番美味しいと思い
一人で気軽にコーヒー飲んでくつろぐには良かったけど
ポテトは1年腐らないとかで、もう何年も行ってない
子どもの頃はピエロのCMが怖かった
以下6巻より
どのような叡智や法則が
当時の人が、それほど正確に食事を摂ることの助けとなっていたと思う?
法則や論文などは存在しなかった。
なぜなら、人は神なるものにだけに頼っていたから。
ほら、人間の自然は一体で、完全なるひとつだと
今日も言われているでしょう。
でも今、何をもって一体だと言えるのか、考えてみて。
人工的な食べ物やシステムにとって都合のいいものだけを人は摂取し
そして食べ物を摂る時間も人工的なシステムによって決められているのに。
ヴェド期には、神から与えられた直感と気持ちが
人間が考える代わりにすべてを決めていた。
そして、ほんの少しお腹が空いた時でも
愛の空間にあるものが満たしてくれていた。
だって、人間の直感こそが
自分の愛の空間との調和の中で
最も完璧な自動装置や最も賢明な論文のように
何をいつ食すればよいかを分単位で特定していたのだから。
人は共に創造した自分の空間を歩いていた。
人の意識は自由で、創造することも
あるいは宇宙の課題を解くこともできた。
美しく魅惑的な果実たちが周囲を取り巻く中で
直感的にそれらの1つや2つ、そして3つをもいで食べていた。
神により、美味しい食べ物として与えられたものに意識を使う事もなく。
その頃、人は食べ物のことは考えなかった。
今日の私たちが呼吸をするかのように食べていて
その人によって共に創造された空間が
直感と共に、どのように、いつ、何によって
肉体に栄養を与えるべきかという問題を正確に解決していたの。
冬には多くの植物が果実や枝葉を付けることから解放され
休息の準備をしている。
冬、それはきたる春の共同の創造のためにあるもの。
そして冬であっても、保存食の準備をしていなかったにもかかわらず
人は自分の意識を食べ物のために費やすことはなかった。
なぜなら家の動物たちが多大なる努力と愛を持って
人のためにそれらすべてをやっていたから。
リスはたくさんのキノコやナッツを貯蔵し
蜜蜂は花粉と蜜を集めた。
熊は秋が訪れるたび、いくつか穴ぐらを掘り
そこに根菜を入れていた。
そして早春に目覚めると、人の住む家へ近寄り
唸ったり、前脚でそっとドアを叩いたりしていた。
熊は、どの穴ぐらを掘ればいいのか示してもらうよう人を呼んでいた。
もしかしたら、熊は自分が食べ物を隠した場所を忘れていたのかも?
それとも人との交流が恋しかったのかも?
訪れた熊を出迎えるのは家族の誰でもよかったけれど
子どもが一番多かった。
子どもは目覚めた働き者の顔を撫で
しるしがされた場所へ行き、地面に脚をどすんと置いた。
すると熊は熱心にその場所の土を引っ掻き始め
貯蔵していたものを掘り出して見つけると
喜んで飛び跳ね、前脚で表面にあるものを取り出し
自分ではすぐに食べないで
せめてそのいくつかだけでも人が家に持っていくまで待っていた。
人間自身も保存食をつくることはあったけれど
それは労働と言うよりは芸術だった。
多くの家庭では、様々なベリーでワインやモルスをつくっていた。
そのワインはウォッカのように深酔いさせるものではなく
とても薬効ある飲み物だった。
人は動物性食品としてミルクを取ることもあったけれど
すべての動物から採るわけではなかった。
優しく、人懐っこく、自覚があるとされる動物
そして自分のつくり出すものを人にごちそうしたいという
欲求が表れている動物からしか採らなかった。
例えば、家族の子どもか年輩の人がヤギや牛に近づき
乳房に触れ、その動物が急に逃げようとした場合
彼らは、人と分け合うことを欲していない動物のミルクを飲むことはしなかった。
それは、その動物が人間を嫌いになったという意味ではない。
その時のミルクに含まれる成分が
その人にとって有益ではないと
動物たちが彼らにもわからない方法で判断しているの。
ヴェド文明の人々は、自分の土地で採れる多様な植物の食べ物
家の動物たちが彼らに送るものだけを食していた。
このようなやり方は、迷信や法で定められていたわけではない。
それは偉大なる叡智による結果だった。
“知る”と“識(し)る”という言葉は、同じではない。
なぜなら“識る”は“知る”よりも多くを意味していたから。
“識る”とは、ただ知るだけではなく
自分そして肉体で、魂で、多くの事象
数々の神の創造物の使命とその仕組みを感じることを意味するの。
摂取する食べ物は肉体を養うだけでなく
魂を自覚で満たすものでもあり
大宇宙の世界全体からの情報を
その人にもたらすものであるということも
ヴェディズムの人々はみんな識っていた。
だからこそ、彼らは内なるエネルギーも
頭脳の切れも、意識の速さも、現代の人々を何倍も超えていたの。
人の家族の空間で暮らす動物や植物の世界も
神に反応するのと同じように人間に反応していた。
動物たち、草そして木々……
すべてが人間から寵愛の眼差しを注がれたり
優しく触られたりすることを熱望していた。
そしてこの気持ちのエネルギーの力が
畑や園に雑草が過剰に育つことをさせなかった。
家で育てられている花が家庭の誰かに気に入られなかった時に
突然萎れることがあるのを、今日でも多くの人々が知っている。
逆に、自身への愛や触れ合いを感じると
彼らは豊かに花を咲かせる。
だらかヴェドの人々は、畑に鍬(くわ)を入れなくてよかった。
今日にも「不吉な眼」や「邪視」という表現があるでしょう。
これらはその時代からきたもの。
その頃の人々は、自分の直感や気持ちのエネルギーにより
多くのものを創造することができた。
想像してみて、人が自分の土地を歩いている。
周りのものすべてがその人がその人の優しい眼差しを捉えようとしている。
そして彼は雑草を見て“なぜここに?”と思った。
雑草はじきに悲しみで枯れていく。
逆に人がサクランボの木に微笑みかけると
木は2倍のエネルギーで土の水分を葉脈に走らせる。
また、ヴェド文明の人々は、長旅に出る際も
食べ物を背負って運ぶような大変なことはしなかった。
それは旅路の途中で思う存分、食べ物を手に入れることができたから。
当時は村に立ち寄った時、美しい土地を愛でながら
そこで食べ物や飲み物をお願いすることができた。
旅人に飲み物や果物、美味しい根菜を振る舞うことは
名誉だと考えられていたの。
