こういう話は昔いた会社に毎月来る

エホバの無料冊子に書いてあって

面白いから読んでいたけど

その冊子は抽象的で

ズバリとは書いてなかったので

この本は宗教も否定していて面白い

 

以下6巻より

 

ヴェド文化の一族の土地。

まさにこれがあとになってオカルト文化の本の中で

楽園と名付けられたもの。

偉大な叡智を失ってしまったため

どこか遠くの空のかなたでしか見ることができないと考えられているもの。

その理由は、現代の最先端技術と呼ばれるものに重要性を付与したから。

でもそれは、実際、意識の貧弱さを正当化するためのものに過ぎない。

 

行動が伴わないならば、このような議論は無意味なの。

でも論争を解決するための行動はシンプル。

例えば、今日の地球に生きている

みんなの尊敬を集める科学の権威たち全員が

オアシスをひとつでも、自分の家族のためにつくってみるといいわ。

その際には、ヴェド文化の恋に落ちた

すべての青年がこなした課題を遂行しながら行うこと。

 

幸せな家族が暮らす一族の土地では

そこに暮らす全員の食料需要が

絶えず満たされなければならない。

 

一族の土地では、病気の危険をはらむことさえ許さないこと。

絵画を瞬間瞬間変化させながら

人間の視覚を愉しませなければならないし

聴覚は多様な音色で

そして嗅覚は花々の芳香で歓ばせるものでなければならない。

 

そして精神のために、エーテルのある食べ物を与えること。

また、一族の土地は、生まれた赤ん坊をあやし

永遠に愛を保つところでなければならない。

その際に家族の誰も労力を費やすべきではない。

意識は自由のままであるべき。

意識は創造のために、すべての人々に与えられているの。

 

科学の世界は幻想のものを誇りに思っている。

 

ご覧ください。

皆さんの繁栄のために、ロケットは宇宙を目指して飛んでいます。

 

それは本当に繁栄のためなの?

 

ご覧ください。

皆さんを守るために爆弾がさく裂します。

 

それは本当に守るためなの?

 

ご覧ください。

皆さんの命を学識ある医者が救います。

 

でもこうなってしまう前に

あなたの命は日々の生活において

毎分蝕まれていた。

医者は、苦しみが長く続くように奴隷の命を救っているに過ぎない。

 

科学の世界では、美しい一族の土地に似たものさえつくることができないの。

その理由のひとつに、大宇宙の法則の存在がある。

愛によってインスピレーションを受けた創造者は

それが一人であれ、愛のない科学すべてよりも強いの。

 

 

今日ではほとんどすべての夫婦において

互いへの愛は次第に冷めていく。

愛のエネルギーが彼らを置き去りにするの。

そしてこのことは、人間社会では当たり前のこととして受け入れられている。

でもそのような状況は、人間にとっては不自然なの。

それはまさに、今日の人々の生き方が不自然であることを物語っている。

ヴェド期の愛し合う人たちは、愛が閃くとき

それは神なる共同の創造への呼びかけであることを

思考ではなくハートと魂で理解していた。

 

愛し合う2人が最初に何に向かって突き進んだかよく見てみて。

彼らは2人で、インスピレーションの中で高まりの中

自分たちの愛の空間のための構想を意識の中でつくった。

彼らは創造した空間で子供を受胎していた。

主たる3つの愛をひとつにし、そして永遠に結合させた。

なぜなら、不思議にも人が生涯で最も愛するのは

自分の祖国と我が子、そしてそれらを共に創造した女性なのだから。

人は、一つではなく、三つの愛が揃ってはじめて、永遠に生きることができるの。

ヴェド期の家庭における息子または娘の誕生も偉大祭であり

生の意義を含んだ儀式。

それ以外にも、その当時多くの祭があった。

そして不倫はなかった。

何百万ものシアワセな家庭が地球を彩り飾っていた。

 

歴史学者たちが列をなして権力者にへつらい

昔の原始的な人間たちは愚かだったと言うようになったのはその後のこと。

人間が獣たちを殺し、我を忘れて肉を食べ毛皮を着ていたという

ぞっとするようなひどい嘘を必要とするのは

自分のぞっとするようなひどい行いを正当化しようとする者。