天然記録 -143ページ目

「汝、殺すなかれ」の

キリスト教が一番戦争している宗教の矛盾

 

以下6巻より

 

ヴェド・ルーシとの闘いは

イエスが地球に現れるずっと前

ローマ帝国の衰退よりもずっと前から始まっていた。

何千年にもおよぶ闘いは

鉄の剣を使うことなく行われていた。

 

オカルティズムが

物質的でない次元において攻撃を仕掛けていたの。

ルーシに、オカルト宗教の宣教師たちがやって来た。

教会の本から何十人もの名前を知ることもできるけど

実際は何万人もいた。

宣教師たちは、彼らの思い込みの中において潔白だった。

彼らは狂信者

つまり、自分の意識では宇宙の百万分の1すらも

理解することができなかった人たち。

彼らは、神官の兵士で

神官の命令を不平も言わず敬虔な気持ちで遂行し

いかに生きるべきか意気高らかに人々に説こうとしていた。

かつて偉大なローマの国家で話されていたことと

まったく同じ話を、懸命にしていた。

彼らは、動植物や自然に注意を払わせないようにするために

儀式の導入を試み、神殿を建てることを勧めた。

そうすれば一人ひとりが天国に行けるのだと言って。

あなたに、わざわざ彼らの説教を聞いてもらうこともないわ。

それは今日でも読むとこができるのだから。

彼らが何千年かかってもヴェド・ルーシに何もできなかった理由を話すわ。

 

当時のルーシでは、2人に1人が詩人やとんちの利く人だったの。

吟唱詩人(ぎんしょうしじん)もいて

その頃はバヤンと呼ばれていた。

そしてこんな事が起こった。

まず、神官の兵隊は、何十年もかけて

ルーシにどのように神に頭(こうべ)を垂れるべきかの

プロパガンダを展開した。

すると、ある地域で彼らの話に耳を傾け

聞いたことについて思いを巡らす人が出てきた。

バヤンはそれを見て笑い、寓話をつくって歌った。

そして寓話は素早くルーシ中に広まり

次の十年間、ルーシは神官の説教の数々を優しく嘲笑っていた。

激怒した神官は、新しい攻撃を仕掛けたけれど

またルーシでは寓話が生まれ、再び嘲笑っていた。

 

 

幾千年の闘いにおいて

神官は何度も戦略を変えたけれど

いずれも功を奏さなかったの。

ルーシの人々はオカルトでの試みを相変わらず笑いものにしていた。

民は宣教師たちを不具者だと呼んでいた。

その頃の不具とは、身体的な欠陥ではなく

オカルティズムのことを指していた。

ルーシの人々は、不具の宣教師たちを哀れみ

食べさせたり家に泊めてやったりしていたけれど

彼らの話をまともに受け入れることはしなかった。

 

百年が4百回過ぎた時

神官はヴェドの国に打ち勝つことはできないと悟った。

そこで彼は、ヴェディズムの類まれな力が

どこにあるのかを正確に割り出した。

ヴェディズムは、神なる文化に堅固な礎を置いていた。

一人ひとりの生き方も神なるものだった。

そして各家族が、自分の一族の土地に愛の空間を共に創造し

自然の全体性、つまり神が創造したものすべてを感じとっていた。

事実ヴェディズムにおいて

人々は自然を通して神と対話していたの。

神に頭を垂れるのではなく

神を理解することを希求し

息子や娘が優しい両親を愛するように、神を愛していた。

 

次に、神官は神なるものとの対話を遮る計画を立てた。

そのためには、人々を彼らの一族の土地から、神なる園

神との共同の創造物から引き離すことが絶対に不可欠だった。

そして、ヴェド人たちが暮らすすべての領域を複数の国家に細分し

彼らの文化を破壊する必要があった。

そこで、以前とは違う宣教師たちがルーシに向かった。

彼らの行動は今までとは異なるものだった。

今度の宣教師たちは、利己心

つまりプライドという名の

傲慢に少しでも似た気持ちのエネルギーが

優位になっている人を探しだしたの。

そういう人を見つけると

その人のプライドをより高めるように努めていた。

そして、彼らは次のように行動した。

 

想像してみて。

上品な身なりをした老人たちの一団が

幸せに暮らす家族の家を訪れる。

でも彼らはこれまでとは違って

どのように生きるべきかを教えたり

説教したりはしない。

逆に、突然家の主の前で頭を垂れ

珍しい贈り物を献上して言う。

 

「我々は遠い国の高い山に登った。

地球上にそれよりも高い山はない。

雲よりも高い頂上に立った時

天からあなたのことを語る声がしたのだ。

声は、あなたが地球上で最も賢明な人だと言った。

あなたはただ一人選ばれた人。

あなたに跪拝(きはい)し、贈り物を献上し

あなたの賢明な言葉を聴くのが

我々にとっての栄誉である」

 

そして、その人が罠にかかったのを見ると、狡猾に話を続ける。

 

「あなたはすべての人を幸福にしなければならない。

あの山で声が我々にそう言ったのだ。

あなたは貴重な時間を他のことに費やしてはならない。

あなたは人々を統治しなければならず

彼らのためにすべてを決めることは

あなたにだけ託されたことなのだ。

この天の帽子(王冠のようなもの)を授けよう」

 

こうして、その人は宝石で飾られた帽子が偉大な宝物として贈られた。

自身の偉大さ、そして選ばれた人間であることを信じた人の頭に

帽子が据えられた。

すると即座に来訪者たちは大きな尊敬を表してひれ伏した。

さらに、偉大な者に跪拝する栄誉を授けられたことを天に称え始めた。

その後、宣教師たちは彼のために

神殿に似た特別な家を建立した。

このようにしてヴェド・ルーシに初めて公(こう)たちが現れたの。

 

珍しいものを一目見ようと

近所の人々は神殿の王座に座した人を訪れた。

宣教師たちが、隣人にお辞儀をしたり

気まぐれな思い付きを叶えて喜ばせたり

様々な質問を投げかけたりしているのを

近所の人たちは見ていた。

 

近所の人たちは

はじめは海の向こうのお遊びだと受け取っていたの。

ある人は好奇心から、またある人は憐みから

外国人たちや隣人に調子を合わせていた。

でも、人々は少しずつそのお遊びに引き込まれ

隷属するようになり

いつの間にか共同の創造から意識が離れていった。

 

公たちの公国をつくるために

神官の使者たちはかなりの尽力を余儀なくされた。

はじめは百年以上、彼らの試みは甲斐なく終わっていた。

けれど、ついに時が満ち

ヴェド・ルーシは公たちの公国に分割されたの。

その後は自然に機能していった。

公たちはより偉くなるために

隣人たちを巻き込みながら互いに争いを始めた。

 

後になって歴史学者たちが

分割されたルーシ諸国すべてを

強大な国家に統合することができた公たちがいたことを書いた。

でも、考えてみて、それが本当なのか?

それに歴史学者が言う統合とはどういうものなの?

だって、実際すべては単純。

統治者となったある一人の公が

他の公たちを殺害したり征服して

統合を成し遂げていただけ。

でも本当の意味で人々を統合させることができるのは

文化、生き方だけなの。

聖書は読んだ事ないけど

子どもの頃

テレビアニメで夕方頃やっていた

イエスキリストの物語が面白かった

ユダヤ人救済の話は必読↓

 

以下6巻より

 

6人の神官の話し合いにおいて計画が述べられ

その続きは多くの人々に知られている。

聖書や旧約聖書がそれについて伝えている。

最高神官に託されて

神官モーセはエジプトからユダヤの民を連れ出す。

神によってユダヤの民のために準備された約束の地で

彼らに素晴らしい生活が待っていると約束されていた。

神の前で、ユダヤの民が選ばれた民だと宣言される。

この魅力的な知らせに知性は舞い上がり

そして一部の民がモーセについて行く。

彼は40年にわたり、砂漠の端から端まで人々を引き連れて歩いた。

神官の助手たちは、常に説教を読み聞かせ

絶えず神によって選ばれし者であることを話し

町の人々との戦いや強奪を強いる。

それらすべてを彼、すなわち神の名のもとの命令として。

 

誰かが精神病の催眠

狂気の状態から以前の正気な暮らしに戻るよう要求すると

その人を罪人であると宣言し

期限を与えて矯正させようとする。

矯正されなければ、殺してしまう。

このように、神官たちは、自分ではなく

神の名のもとに行ったことにして

自らを覆い隠している。

 

これは、つくり話でも夢物語でもない。

誰でも聖書や旧約聖書に答えを見つけ

確信を得ることができるわ。

かけられた数千年の催眠からほんの少しだけ目覚め

どうして、そして何によってユダヤの民は暗示をかけられ

神官たちの軍隊と化してしまったのかを

この偉大な歴史の本を読むことで

誰もが史実の信憑性を確信できる。

 

後に、イエスが自分たちの民の暗示を解除しようとした。

彼は懸命に学び、神官たちの目論見を阻止しようと試みたの。

はじめ彼は賢人から賢人へと渡り歩きながら

わずかずつでも形象学を学ぶことを目指した。

そして多くのことを知り

自分の民族であるユダヤの民を救済しようと決意した。

その後、この恐ろしい実情に対抗できる独自の宗教をつくり出したの。

彼の宗教は、地球上のすべての民のものではなかった。

それは、ユダヤの民だけに意図されたものだった。

彼自身が何度もそう言っている。

彼の言葉は弟子たちによって書き残され

今日でも読むことができる。

 

例えば『マタイの福音書』の第15章22から28節。

「すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて

『主よ、ダビデの子よ、私を憐れんでください。

娘が悪霊に取り憑かれて苦しんでいます』

と言って叫び続けた。

しかし、イエスは一言もお答えにならなかった。

そこで弟子たちが御許(みもと)に来て願った

『この女を追い払ってください。

叫びながらついてきていますから』

するとイエスは答えた

『私は、イスラエルの家の破滅した羊以外の者には、遣わされていない』」

なぜイエスの教えはユダヤ人のためだけにあるの?

どうして彼は、ユダヤの民のことを破滅した民と考えるの?

 

シナイの砂漠での40年におよぶプログラミングによって

大多数のユダヤの民が催眠に堕ちたことが

イエスにはわかっていたの。

この大勢の人々とモーセは、最高神官の手中の武器になっていた。

彼らは、最高神官が己の自尊心を満たす悦楽のために

地球上のすべての人々の支配権を握るように強いた、彼の兵士。

そして彼らは何千年もの間、地球のいたるところで戦うことになる。

剣は銃弾のような原始的なものではなく

狡猾さや異なった生き方をつくり出すことが彼らの武器となり

それによってすべての民がオカルトに

つまり神官の利己主義に服従することになった。

自分たちが労することのない方法で、彼らは闘う。

 

 

でも、あるひとつの疑問を自分に問いかけてみて。

ユダヤ人に騙されたその人が

どれほど公正な人だったのか?

富を蓄えた人は、誠実な方法でそれを手に入れたのか?

権力を担っている人が簡単に騙されるようなことがあるならば

本当に賢かったと言えるのか?

まさにユダヤ人たちは

大多数の権力者たちがお金に依存しているという事実を

明確に示しただけ。

このテーマを延々と論じることはできるけれど

答えは簡単。

オカルトの世界では、みんなが偽って生きているということ。

ならば、他の人よりも成功している人だけを非難することに意味はある?

ユダヤの民に関しては

現代の民は誰でも彼らの立場になり得る。

今までにない最強の暗示をプログラミングされてしまったら

誰でもそうなり得る。

40年もの間、砂漠をさまよい

神によって創造されたものを目にすることなく

オカルトだけに耳を傾けていたら。

 

イエスはこの暗示を解除し、自分の民を救おうとしていた。

民のために、これまでのものとは異なった新しい宗教を思いついた。

例えば「目には目を。歯には歯を」と言われたものに相反して

「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」と言った。

また「神の選民」に反して「汝は神の奴隷である」と言ったの。

彼らはオカルト的な行いしか信じず

実現できない世界が彼らの意識を圧倒していた。

だからイエスはオカルトの方法を用いることを決意し

そしてオカルトの宗教をつくり出したの。

最高神官はイエスの意図を見破ることができた。

最高神官が1年以上意識を酷使して

やっと見つけた対抗策は、まさに天才的なものに見えた。

“イエスの教えとは闘う意味はない。

ユダヤ人の兵士たちの頭脳を使って

イエスの教えを、地球上の

すべてのあらゆる民族に浸透させることが不可欠だ。

ただし、同時に

イスラエルには古い宗教を残しておかなければならない”

 

こうして、最高神官が意図した通りになった。

 

そして、本質の異なる2つの哲学が同時に存在するようになったの。

1つは、モーセが教えた通りユダヤ人は選ばれた民であり

みんながユダヤ人に従わなければならない、と言っている。

そしてもう1つはイエスによって語られ

神の前ではみんなが平等であり

人の下に人をつくってはならない

敵であったとしても隣人を愛さなければならない、と言っている。

 

愛と従順さをみんなに呼びかけるキリスト教を

世界中に波及させることができ、それと同時に

ひとつがほかのすべての上に立つと謳う

ユダヤ教を保つことができれば

世界は征服できると神官はわかっていた。

ユダヤ人の前に世界がこうべを垂れる。

でも、ユダヤ人は兵隊に過ぎないから

世界は神官に頭を垂れることになるのだと。

 

こうして神官の宣教師たちが世界に出ていった。

彼らは新しい教えを布教したいと心から思っていた。

イエスの教え?

それらはもう完全に彼の教えだとは言えない。

もはや、神官によって組み込まれたものがかなり多かった。

結果はどうなったか。

ローマが崩壊した。

巨大な帝国は、外部の敵たちによって破壊されたのではなかった。

キリスト教を容認したローマは

内部から崩壊していったの。

しかし皇帝たちは

キリスト教が彼らの権力を強化したのだと考えていた。

その教えのひとつが彼らの心をとてもくすぐったから。

それは、権力はいかなるものであっても

神から与えられたものであり

統治者である皇帝は、神の恩寵(おんちょう)によって

聖膏(特別な香油)を授けられた者だという教え。

 

 

そしてキリスト教を国教としたローマが

アレクサンドリア図書館を完全に燃やした。

全部で70万33冊の本が燃やされたの。

多神教時代の本は焼かれ

その中にはヴェドの人々の

叡智が書かれた希少な本もあった。

それらの本には火が点けられることなく取り上げられ

隠され、ごく限られた叙された仲間うちでのみ研究され

その後破棄された。

 

彼は大胆にも、目には見えない命令をもう一つ出した。

そしてその結果

第二コンスタンチノープル公会議において

転生の教えが禁じられた。

なんのため、と思うでしょう。

それは地上の営みの本質について、人々に考えさせないため。

人々に、幸せな営みは地上にはないと思わせるため。

こうして地球の多くの民がそう信じるようになったの。

神官は大喜びだった。

彼には、この先どのようになっていくかがわかっていた。

“いずれにしても

人間は地球外の営みを見たことがないのだ

どうすれば居心地よい天国へ行くことができ

どうすれば恐るべき地獄に堕ちないのかを

誰もわからないでいるのだ

まさにここに

我が計画に都合のいいオカルトの暗示を吹き込んでやろう”。

 

このようにして、神官たちは今日に至るまで

自分たちに都合のいい暗示を世界中にばら撒いている。

でも、最も強い多神教文化の砦(とりで)

だとされるローマが滅亡したと思った時でさえ

彼らは世界を完全に支配できたわけではなかったの。

地球には、これまでの方法では支配することができなかった

たったひとつの小さな島が残っていた。

それは最後のヴェド国家、ルーシ。

ローマ帝国の前、そしてイエスの教えが現れる以前から

最高神官が滅ぼそうとしていた島。

支配者はお金がほしいのではなく

人間のエネルギーがほしいという事

 

以下6巻より

 

最初に彼らが秘密の目的へと通じる成果を得たのは

エジプト国家の創造だった。

今日の歴史学では、どこよりもエジプト国家の事が知られているわ。

でも、歴史から事実を取り出し、解釈や神秘性を取り除けば

多くの秘密に触れる事ができる。

 

第一の事実。

歴史上では、最高統治者はファラオと呼ばれていた。

そしてファラオたちの戦いの功績や敗北について

多くのことが書き残されている。

彼らの壮大な霊廟(れいびょう)は今でも学者たちを驚愕させ

想像を掻き立てて謎の解明へと学者たちを惹きつけている。

そうしてピラミッドの壮大さに惹きつけられているうちに

私たちを主要な秘密から遠ざけているの。

 

ファラオは人々の統治者としてだけでなく

神として崇拝されていた。

人々はその年の豊作や、雨が降り有害な風が吹かないようにといった

お願いをファラオのもとに持ってきた。

歴史は、ファラオたちのたくさんの行いの事実を語ることはできるけれど

それ以上の事は語らない。

だから史実の多くを知った上で、自分に次のことを問いかけてみて。

彼らの中に実際に巨大国家の統治者であり

人々の上に立つ神であり得た人がいたのか?

そして、事実と照らし合わせれば

ファラオは神官たちの手中にある

ただのバイオロボットに過ぎなかったということが見えてくる。

 

ほら、これらは歴史事実としても知られている。

ファラオの時代には、荘厳な神殿があり

そして神官たちと最高神官が一人いた。

彼らの管理のもとで、常に何人かのファラオの候補者たちが学んでいた。

神官たちは植え付けたいことすべてを

幼い少年たちに吹き込んでいた。

教え込んでいたことの中に

ファラオは神によって選ばれている

というものがあった。

その際に

最高神官自身が秘密の神殿で神のことばを聞いたのだと話した。

その後、神官たちが候補者の誰をファラオにするかを決めていた。

 

そしてその日がきた。

荘厳な王座に、ファラオのシンボルを手にし

特別な衣装に身を包んだ新しいファラオが鎮座した。

人々の前では、彼は全権を有する皇帝であり、神であった。

でも、神官たちだけは、王座に座っているのが

彼らのバイオロボットだということを知っていた。

そして、彼の性格を子どもの頃から知り尽くし

彼がこれからどのように統治し、どのような贈り物を

神官に捧げるかを正確に知っていた。

 

何人かのファラオが最高神官の配下から逃れようとしたことはあった。

でも、いつも、どのファラオも自由にはなれなかったの。

なぜなら、神官の力は

ファラオの衣装のように誰の目にも見えるものではなく

言葉による命令やあからさまな会話も必要としないから。

そしてそれが統治者たちの上に一瞬も緩むことなくのしかかっているから

そうやって神官の力は、刷り込んだ偽りの世界秩序として

大多数の国民たちの中に蓄積する。

 

刷り込まれたイメージから逃れ

ゆったりと思索にふける事がファラオ自身にできたのなら

もしかすると彼は人間になれたのかもしれない。

でもすべては最初から計算されていて

ファラオには日々のせわしなさのかせから自由になることができなかった。

その一方で神官は、ゆったりと思索に耽ることができ

そこに彼の優位性があった。

まさに神官たちが、神なる生き物である自然の創造物と人間の

相互作用のエネルギーを、自分たちが考え出した神殿へと移行させ

そのエネルギーを人々に戻すことなく吸収していたの。

 

ヴェド文化では当たり前だったことが

突然秘密にされてしまった。

人々は催眠術にかかったように眠りに落ち始め

半分寝ているかのように

考えることもなく命令に従うようになっていった。

そして人々は、神の自然の世界を破壊し

神官たちに都合のいい人工的な世界を築いていったの。

神官たちは、自分たちの学問を厳重な秘密として保持した。

怖れから、巻物にすべてを記述することさえもしなかった。

彼らは互いのやり取りのための独自の言語をつくり出した。

この事実も歴史から知ることができるわ。

彼らが話す際に

近くにいる人が不意に秘密を聞いてしまうことすら起きないよう

別の言語を必要としたの。

そうやって、今日に至るまで、神官の間で世代から世代へと

その単純な秘密が伝えられている。

6千年前に、6人のうちの1人である最高神官が

全世界の権力を握ると決めた。

 

彼は思索した。

“司令官たちに他の軍より”強い兵器を使う術を教えたとしても

軍事的手段やファラオの軍隊を行使することでは

権力を掌握することはできない。

意識のない間抜けな奴らの軍隊に何ができよう?

金を略奪することはできるが、すでに有り余るほどある。

奴隷たちを沢山連れてくることもできるが

奴らからは良くないエネルギーが出ている。

奴隷たちからは食べ物を得るべきではない。

味も悪く有害だ。

それよりも

人々の魂を支配下に置くべきだ。

彼らのときめく愛のエネルギーを

すべて私へ向けさせなければ。

これには軍隊ではなく、科学的な思考が必要だ。

形象学こそが、目に見えない我が軍隊。

私が深く知れば知るほど、この軍隊は私に忠実になる。

大衆たちがオカルトや非現実に深くはまり込み

形象学の叡智が浅くなればなるほど

それだけより強力に私に支配されるようになるのだ”

やはりこの世界はシナリオのあるゲーム世界

 

以下6巻より

 

今日、人間が科学技術の道に立ち

星々へと飛ぶロケットをつくり出そうとしていることは誰もが知っている。

相当な資金や労力を費やし、地球に多くの害をもたらして月へ飛んだ。

それなのに、月にはなんの変化も起こせてはいない。

こんな方法には、救いも将来性もなく

地球のすべての人間にとっても他の惑星にとっても危険なもの。

一方、各段に進歩したほかの方法もある。

それは、意識だけで月に花を育て

人間の生存に必要な大気を創造し

果樹園をつくること。

そうすれば肉体を持って愛する女性と共にそこに行くことができる。

でもその前に、意識で地球全体を花咲く楽園に変容させなければならない。

これは集合意識で行わなければ成し得ないこと。

集合意識は強力で、今日ある物質や技術は

集合意識が反映されたもの。

すべての機械装置や現代的な武器を発明したのは、集合意識なの。

 

 

イメージ期と呼ばれる時代に、人間は神のようになり

そしてイメージを創造することを始めた。

この時代は9千年続く。

神は、人間の行為に干渉することはない。

一方、大宇宙の多種多様なエネルギーは

人間を誘惑しながら興奮し始める。

 

 

イメージをつくり出す能力は、人間だけに賦与されたもの。

この時代の人々は、自分たちの持つ偉大な可能性を発見し

それを活用しながら、夢中でこの星の営みを創造していた。

でも、イメージ期のまだ始まりの頃

神が創造の時に人間に与えた大宇宙のエネルギーのバランスを

自身の内に保てなかったものが、たった6人だけいた。

もしかすると、彼らは全人類を試すために必要だったのかもしれない。

はじめに6人の中の1人の内で

尊大さと利己のエネルギーが上位を獲得した。

その後で2人目、3人目、そして最後の6人目にまで同じことが起こった。

はじめは彼らが会うことはなく

それぞれが自分の生活を送っていた。

しかし、似た者同士は引き寄せられた。

そして彼らは、どうすれば地球のすべての人々の

支配者になれるかに意識を集中させた。

彼ら6人は、人々の前で自分たちを神官と呼んだ。

時代から時代へと人間に転生しながら、彼らは今日も生きている。

 

今日、たった6人の神官たちが地球のすべての民を操っているの。

彼らの王朝は一万年続いている。

彼らは世代から世代へとオカルトの知識を伝え

イメージの科学、形象学の知識の一部をも持っている。

そして、他の人々からヴェドの叡智を慎重に隠している。

6人の中に最高神官と呼ばれる長がいて

彼は自身を人間社会の主統治者だと考えている。

 

最高神官は、あなたが本に引用(この本)した私のわずかな言葉

そしてそれに対する多くの人々の反応だけで

実際に私が何者なのかに感づき始めた。

彼は念のため、持っている力のほんの一部を使って私を滅ぼそうとした。

けれど滅ぼすことができず、驚いた。

私が何者であるのか疑心暗鬼なまま、もっと大きな力を使ってみた。

今、私は「ヴェルドシア人」という言葉を発し

それによってすべてを明らかにした。

 

最高神官は、その言葉を聞くことさえ恐れている。

この言葉の背景にあるものを知っている彼が

今どれほど震え出したか想像してみて。

これから自分の兵士たち、バイオロボットを総動員し

闇のオカルト科学の全力をかたむけて

私を滅ぼそうとしてくる。

そして神官自身は、始終滅ぼす計画を立て続けることでしょう。

そうさせておけばいいわ。

その代わり、忙し過ぎて他の人たちにかまう暇がなくなるのだから。

 

略 

 

小さな企業には、正式な統治者が一人いる。

大企業には何人かの統治者がいて

彼らの上に統治者が一人いる。

呼び名は様々で重要ではないけれど

領土、地方、地域、州、郷、共和国には

たくさんの統治者がいる。

統治者は各国にいて、数多くの部下がいる。

でも本当に国家の統治者たちだけしかいないと思う?

一般的に人々はそうだと思っている。

でもどう?

地球に生きる人間の社会全体を誰も統治していないと

そして地球の王座に這い上がろうと欲する人がいないと思う?

欲する人はいた、そして今もいる。

 

近年の歴史から、世界を支配するために

武力によって権力の掌握を目論んだ為政者の名前を

あなたはたくさん知っている。

でも、いつの時代も、それを成し得た人物は誰一人としていない。

全権力の掌握に近づいたかと思えば

必ず彼らの身に何かが起こっていた。

最終的には、世界を支配しようとした者と彼らの軍隊は滅ぼされている。

その上、世界中を力ずくで侵害し、以前は繁栄し強固とみなされていた国は

突然に勢いを失い、平凡な国家になっていった。

この一万年の間、このようなことが必ず起こっていた。

それは、ずっと前から、世界には秘密の統治者がいるから。

彼は国家やその統治者たち、そして一人ひとりの人間を使って遊んでいる。

彼は自身を全地球の最高神官と呼び、5人の参謀たちを神官と呼んでいる。

今、日本は除草剤をせっせと撒いているので

日本の土が年々悪くなってると思うと悲しい

しかも、アメリカで発がん性有りで裁判になって

発売禁止になった商品が、日本は店長おススメ品

日本産の野菜が今一番危険かも

ビッグモーターでそれを撒いていて

ニュースになったので何かこの問題も明るみに出そう

これからガソリン禁止予定だし

なんだかこの関連、経済崩壊させる為、わざとやってそう

 

以下6巻より

 

ヴェド文明が存在した何千年もの間

人々の間で略奪や盗みはもちろん

小競り合いさえも起こったことは一度もなかった。

侮辱を表現する言葉は存在しなかったし

そういった行為を罰する法律もなかった。

法律で悪意ある行いを防ぐことは絶対にできない。

でもヴェドの叡智や文化は、人間関係の衝突をさせなかった。

自分の一族の土地で暮らしているすべての家族は

もしも、自分の土地の領域内やその近くのみならず

村の端においても、誰かに不和が生じたとしたら

たとえそれが外部の人であったとしても

空間全体に影響がおよぶことを知っていた。

 

大宇宙の攻撃のエネルギーは、そこに生えるもの

生きるものすべてに影響をおよぼし

エネルギーのバランスを変える。

攻撃のエネルギーは大きくなり、大人たちや子どもたちに

表れるかもしれないし、子孫が病に冒されるかもしれない。

反対に、通りすぎる旅人が歓びの気持ちを残して行くと

空間はより大きな美しさで輝きを放つ。

また、村を訪れる人が、他人の果樹園で果実を無断でもいだり

拾ったりすることは物理的にできなかった。

ヴェド文化の人々の感覚はとても優れていて

果実を味わえば、優しい手で差し出されたものと

無断でもいだものとの大きな違いを

身体が素早く感じとっていた。

 

今日、店で売られる食料の多くは

原初からの匂いも味も持ち合わせていない。

そういった食料は魂が宿っておらず、人間に対して無関心。

それらは誰のものでもなく、誰にも献身しない。

お金でどうにでもなるもの。

現代の人がヴェド期にあった食べ物を一度でも味見し

比較することができたなら、その人は現代の食べ物を

食べることができなくなるでしょう。

来訪者は、他人の物をお願いもせずに

取るということを考えもしなかった。

どんな物も、石にだって、その内に情報があって

その土地に暮らす家族だけが、その情報を知っていたのだから。

 

ヴェド文明にあった一つひとつの一族の土地は

どんな悪意の出現からも守ってくれる要塞だったの。

そして同時に、そこに暮らす家族にとっては

母親の子宮のようでもあった。

要塞のような高い壁を建てる人はおらず

生きた緑の垣根によって領域が囲われていた。

そして、その垣根やその内側で育つすべてのものが

人の肉体や魂にとってネガティブな

あらゆる種類の事象から家庭を守っていた。

昔は、自分の園や自分の土地のある林にしか

親族の亡骸を埋葬しなかったことはすでに話したでしょう。

人の魂は永遠なるもの。

でも物質的な肉体も、跡形もなく消えるわけではないことを

彼らは識っていたの。

一見魂のないものに見えても、一つひとつの物体が

その内に少なからずの宇宙の情報を持っている。

何も、神なる自然の中で、どこへも消えたりはしない。

状態や肉体をただ変えるだけ。

 

故人たちの肉体は石板で覆われることはなく

埋葬された場所にはなんの目印も付けられていなかった。

彼らの手と魂で創造したこの空間が

彼らの偉大な記念碑だったの。

そして、すでに魂のない彼らの肉体は

状態を変えながら木々や草花を育てていた。

そしてその中を、生まれた子どもたちが歩いていた。

先祖たちの魂はその空間の上を舞っていた。

子どもたちを愛し、守っていた。

子どもたちは、祖国の空間に愛を持って接していた。

意識が生の完結という幻想をつくり出すことはなかった。

ヴェド人の生は終わりのないもの。

飛び立った魂は、宇宙のすべての次元を駆け巡り

あらゆる存在の次元空間を訪れると

再び人間の姿の中に具現化する。

 

 

墓地が生まれたのはつい最近のこと。

人間の魂に地獄の苦しみを与え

侮辱し、奴隷にし、ひざまずかせるの。

墓地の上で故人たちの魂は苦しむ。

そして生きている人たちも、墓地を怖れている。

 

ヴェド時代の一族の土地を想像してみて。

そこには何世代もの先祖たちの体が埋葬されている。

そこに生える草の一本一本が

そこに暮らす人たちを愛撫しようと

人間の肉体にとって有益なものになろうと希求している。

悪意を持って訪れる者に対しては

突然、草や果樹園の果実たちが一斉に有毒なものになる。

だから、無断で果実を取ろうという考えは誰にも生まれなかったの。

 

その時代は、一人ひとりが自分の美しいオアシスを創造することを目指していた。

惑星は年々美しくなっていった。

昔そうであったように、再びなる。

そして高いところから地上を見下ろした時

眼差しは数多くの生きた絵画に魅了される。

 

 

ヴェド期の人々は、現代人とは比較にならないほど

高いレベルで世界秩序の叡智を持っていた。

彼らの内なるエネルギーは、ある植物の成長を促進したり

他の植物の成長を遅くすることを可能にしていた。

家の動物たちが人間の指示に賢明に従っていたのは

すでに存分にある食べ物をもらうためではなかった。

動物たちは、人間が放つ恵みのエネルギーをご褒美にもらいたかったの。

今でも、人間、動物、植物を問わず、人間からの称賛は快いもの。

昔は、人のエネルギーは計り知れないほど強力なもので

まるで太陽を求めるかのように、すべての生き物がそれを希求していた。