聖書は読んだ事ないけど

子どもの頃

テレビアニメで夕方頃やっていた

イエスキリストの物語が面白かった

ユダヤ人救済の話は必読↓

 

以下6巻より

 

6人の神官の話し合いにおいて計画が述べられ

その続きは多くの人々に知られている。

聖書や旧約聖書がそれについて伝えている。

最高神官に託されて

神官モーセはエジプトからユダヤの民を連れ出す。

神によってユダヤの民のために準備された約束の地で

彼らに素晴らしい生活が待っていると約束されていた。

神の前で、ユダヤの民が選ばれた民だと宣言される。

この魅力的な知らせに知性は舞い上がり

そして一部の民がモーセについて行く。

彼は40年にわたり、砂漠の端から端まで人々を引き連れて歩いた。

神官の助手たちは、常に説教を読み聞かせ

絶えず神によって選ばれし者であることを話し

町の人々との戦いや強奪を強いる。

それらすべてを彼、すなわち神の名のもとの命令として。

 

誰かが精神病の催眠

狂気の状態から以前の正気な暮らしに戻るよう要求すると

その人を罪人であると宣言し

期限を与えて矯正させようとする。

矯正されなければ、殺してしまう。

このように、神官たちは、自分ではなく

神の名のもとに行ったことにして

自らを覆い隠している。

 

これは、つくり話でも夢物語でもない。

誰でも聖書や旧約聖書に答えを見つけ

確信を得ることができるわ。

かけられた数千年の催眠からほんの少しだけ目覚め

どうして、そして何によってユダヤの民は暗示をかけられ

神官たちの軍隊と化してしまったのかを

この偉大な歴史の本を読むことで

誰もが史実の信憑性を確信できる。

 

後に、イエスが自分たちの民の暗示を解除しようとした。

彼は懸命に学び、神官たちの目論見を阻止しようと試みたの。

はじめ彼は賢人から賢人へと渡り歩きながら

わずかずつでも形象学を学ぶことを目指した。

そして多くのことを知り

自分の民族であるユダヤの民を救済しようと決意した。

その後、この恐ろしい実情に対抗できる独自の宗教をつくり出したの。

彼の宗教は、地球上のすべての民のものではなかった。

それは、ユダヤの民だけに意図されたものだった。

彼自身が何度もそう言っている。

彼の言葉は弟子たちによって書き残され

今日でも読むことができる。

 

例えば『マタイの福音書』の第15章22から28節。

「すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて

『主よ、ダビデの子よ、私を憐れんでください。

娘が悪霊に取り憑かれて苦しんでいます』

と言って叫び続けた。

しかし、イエスは一言もお答えにならなかった。

そこで弟子たちが御許(みもと)に来て願った

『この女を追い払ってください。

叫びながらついてきていますから』

するとイエスは答えた

『私は、イスラエルの家の破滅した羊以外の者には、遣わされていない』」

なぜイエスの教えはユダヤ人のためだけにあるの?

どうして彼は、ユダヤの民のことを破滅した民と考えるの?

 

シナイの砂漠での40年におよぶプログラミングによって

大多数のユダヤの民が催眠に堕ちたことが

イエスにはわかっていたの。

この大勢の人々とモーセは、最高神官の手中の武器になっていた。

彼らは、最高神官が己の自尊心を満たす悦楽のために

地球上のすべての人々の支配権を握るように強いた、彼の兵士。

そして彼らは何千年もの間、地球のいたるところで戦うことになる。

剣は銃弾のような原始的なものではなく

狡猾さや異なった生き方をつくり出すことが彼らの武器となり

それによってすべての民がオカルトに

つまり神官の利己主義に服従することになった。

自分たちが労することのない方法で、彼らは闘う。

 

 

でも、あるひとつの疑問を自分に問いかけてみて。

ユダヤ人に騙されたその人が

どれほど公正な人だったのか?

富を蓄えた人は、誠実な方法でそれを手に入れたのか?

権力を担っている人が簡単に騙されるようなことがあるならば

本当に賢かったと言えるのか?

まさにユダヤ人たちは

大多数の権力者たちがお金に依存しているという事実を

明確に示しただけ。

このテーマを延々と論じることはできるけれど

答えは簡単。

オカルトの世界では、みんなが偽って生きているということ。

ならば、他の人よりも成功している人だけを非難することに意味はある?

ユダヤの民に関しては

現代の民は誰でも彼らの立場になり得る。

今までにない最強の暗示をプログラミングされてしまったら

誰でもそうなり得る。

40年もの間、砂漠をさまよい

神によって創造されたものを目にすることなく

オカルトだけに耳を傾けていたら。

 

イエスはこの暗示を解除し、自分の民を救おうとしていた。

民のために、これまでのものとは異なった新しい宗教を思いついた。

例えば「目には目を。歯には歯を」と言われたものに相反して

「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」と言った。

また「神の選民」に反して「汝は神の奴隷である」と言ったの。

彼らはオカルト的な行いしか信じず

実現できない世界が彼らの意識を圧倒していた。

だからイエスはオカルトの方法を用いることを決意し

そしてオカルトの宗教をつくり出したの。

最高神官はイエスの意図を見破ることができた。

最高神官が1年以上意識を酷使して

やっと見つけた対抗策は、まさに天才的なものに見えた。

“イエスの教えとは闘う意味はない。

ユダヤ人の兵士たちの頭脳を使って

イエスの教えを、地球上の

すべてのあらゆる民族に浸透させることが不可欠だ。

ただし、同時に

イスラエルには古い宗教を残しておかなければならない”

 

こうして、最高神官が意図した通りになった。

 

そして、本質の異なる2つの哲学が同時に存在するようになったの。

1つは、モーセが教えた通りユダヤ人は選ばれた民であり

みんながユダヤ人に従わなければならない、と言っている。

そしてもう1つはイエスによって語られ

神の前ではみんなが平等であり

人の下に人をつくってはならない

敵であったとしても隣人を愛さなければならない、と言っている。

 

愛と従順さをみんなに呼びかけるキリスト教を

世界中に波及させることができ、それと同時に

ひとつがほかのすべての上に立つと謳う

ユダヤ教を保つことができれば

世界は征服できると神官はわかっていた。

ユダヤ人の前に世界がこうべを垂れる。

でも、ユダヤ人は兵隊に過ぎないから

世界は神官に頭を垂れることになるのだと。

 

こうして神官の宣教師たちが世界に出ていった。

彼らは新しい教えを布教したいと心から思っていた。

イエスの教え?

それらはもう完全に彼の教えだとは言えない。

もはや、神官によって組み込まれたものがかなり多かった。

結果はどうなったか。

ローマが崩壊した。

巨大な帝国は、外部の敵たちによって破壊されたのではなかった。

キリスト教を容認したローマは

内部から崩壊していったの。

しかし皇帝たちは

キリスト教が彼らの権力を強化したのだと考えていた。

その教えのひとつが彼らの心をとてもくすぐったから。

それは、権力はいかなるものであっても

神から与えられたものであり

統治者である皇帝は、神の恩寵(おんちょう)によって

聖膏(特別な香油)を授けられた者だという教え。

 

 

そしてキリスト教を国教としたローマが

アレクサンドリア図書館を完全に燃やした。

全部で70万33冊の本が燃やされたの。

多神教時代の本は焼かれ

その中にはヴェドの人々の

叡智が書かれた希少な本もあった。

それらの本には火が点けられることなく取り上げられ

隠され、ごく限られた叙された仲間うちでのみ研究され

その後破棄された。

 

彼は大胆にも、目には見えない命令をもう一つ出した。

そしてその結果

第二コンスタンチノープル公会議において

転生の教えが禁じられた。

なんのため、と思うでしょう。

それは地上の営みの本質について、人々に考えさせないため。

人々に、幸せな営みは地上にはないと思わせるため。

こうして地球の多くの民がそう信じるようになったの。

神官は大喜びだった。

彼には、この先どのようになっていくかがわかっていた。

“いずれにしても

人間は地球外の営みを見たことがないのだ

どうすれば居心地よい天国へ行くことができ

どうすれば恐るべき地獄に堕ちないのかを

誰もわからないでいるのだ

まさにここに

我が計画に都合のいいオカルトの暗示を吹き込んでやろう”。

 

このようにして、神官たちは今日に至るまで

自分たちに都合のいい暗示を世界中にばら撒いている。

でも、最も強い多神教文化の砦(とりで)

だとされるローマが滅亡したと思った時でさえ

彼らは世界を完全に支配できたわけではなかったの。

地球には、これまでの方法では支配することができなかった

たったひとつの小さな島が残っていた。

それは最後のヴェド国家、ルーシ。

ローマ帝国の前、そしてイエスの教えが現れる以前から

最高神官が滅ぼそうとしていた島。