今、日本は除草剤をせっせと撒いているので

日本の土が年々悪くなってると思うと悲しい

しかも、アメリカで発がん性有りで裁判になって

発売禁止になった商品が、日本は店長おススメ品

日本産の野菜が今一番危険かも

ビッグモーターでそれを撒いていて

ニュースになったので何かこの問題も明るみに出そう

これからガソリン禁止予定だし

なんだかこの関連、経済崩壊させる為、わざとやってそう

 

以下6巻より

 

ヴェド文明が存在した何千年もの間

人々の間で略奪や盗みはもちろん

小競り合いさえも起こったことは一度もなかった。

侮辱を表現する言葉は存在しなかったし

そういった行為を罰する法律もなかった。

法律で悪意ある行いを防ぐことは絶対にできない。

でもヴェドの叡智や文化は、人間関係の衝突をさせなかった。

自分の一族の土地で暮らしているすべての家族は

もしも、自分の土地の領域内やその近くのみならず

村の端においても、誰かに不和が生じたとしたら

たとえそれが外部の人であったとしても

空間全体に影響がおよぶことを知っていた。

 

大宇宙の攻撃のエネルギーは、そこに生えるもの

生きるものすべてに影響をおよぼし

エネルギーのバランスを変える。

攻撃のエネルギーは大きくなり、大人たちや子どもたちに

表れるかもしれないし、子孫が病に冒されるかもしれない。

反対に、通りすぎる旅人が歓びの気持ちを残して行くと

空間はより大きな美しさで輝きを放つ。

また、村を訪れる人が、他人の果樹園で果実を無断でもいだり

拾ったりすることは物理的にできなかった。

ヴェド文化の人々の感覚はとても優れていて

果実を味わえば、優しい手で差し出されたものと

無断でもいだものとの大きな違いを

身体が素早く感じとっていた。

 

今日、店で売られる食料の多くは

原初からの匂いも味も持ち合わせていない。

そういった食料は魂が宿っておらず、人間に対して無関心。

それらは誰のものでもなく、誰にも献身しない。

お金でどうにでもなるもの。

現代の人がヴェド期にあった食べ物を一度でも味見し

比較することができたなら、その人は現代の食べ物を

食べることができなくなるでしょう。

来訪者は、他人の物をお願いもせずに

取るということを考えもしなかった。

どんな物も、石にだって、その内に情報があって

その土地に暮らす家族だけが、その情報を知っていたのだから。

 

ヴェド文明にあった一つひとつの一族の土地は

どんな悪意の出現からも守ってくれる要塞だったの。

そして同時に、そこに暮らす家族にとっては

母親の子宮のようでもあった。

要塞のような高い壁を建てる人はおらず

生きた緑の垣根によって領域が囲われていた。

そして、その垣根やその内側で育つすべてのものが

人の肉体や魂にとってネガティブな

あらゆる種類の事象から家庭を守っていた。

昔は、自分の園や自分の土地のある林にしか

親族の亡骸を埋葬しなかったことはすでに話したでしょう。

人の魂は永遠なるもの。

でも物質的な肉体も、跡形もなく消えるわけではないことを

彼らは識っていたの。

一見魂のないものに見えても、一つひとつの物体が

その内に少なからずの宇宙の情報を持っている。

何も、神なる自然の中で、どこへも消えたりはしない。

状態や肉体をただ変えるだけ。

 

故人たちの肉体は石板で覆われることはなく

埋葬された場所にはなんの目印も付けられていなかった。

彼らの手と魂で創造したこの空間が

彼らの偉大な記念碑だったの。

そして、すでに魂のない彼らの肉体は

状態を変えながら木々や草花を育てていた。

そしてその中を、生まれた子どもたちが歩いていた。

先祖たちの魂はその空間の上を舞っていた。

子どもたちを愛し、守っていた。

子どもたちは、祖国の空間に愛を持って接していた。

意識が生の完結という幻想をつくり出すことはなかった。

ヴェド人の生は終わりのないもの。

飛び立った魂は、宇宙のすべての次元を駆け巡り

あらゆる存在の次元空間を訪れると

再び人間の姿の中に具現化する。

 

 

墓地が生まれたのはつい最近のこと。

人間の魂に地獄の苦しみを与え

侮辱し、奴隷にし、ひざまずかせるの。

墓地の上で故人たちの魂は苦しむ。

そして生きている人たちも、墓地を怖れている。

 

ヴェド時代の一族の土地を想像してみて。

そこには何世代もの先祖たちの体が埋葬されている。

そこに生える草の一本一本が

そこに暮らす人たちを愛撫しようと

人間の肉体にとって有益なものになろうと希求している。

悪意を持って訪れる者に対しては

突然、草や果樹園の果実たちが一斉に有毒なものになる。

だから、無断で果実を取ろうという考えは誰にも生まれなかったの。

 

その時代は、一人ひとりが自分の美しいオアシスを創造することを目指していた。

惑星は年々美しくなっていった。

昔そうであったように、再びなる。

そして高いところから地上を見下ろした時

眼差しは数多くの生きた絵画に魅了される。

 

 

ヴェド期の人々は、現代人とは比較にならないほど

高いレベルで世界秩序の叡智を持っていた。

彼らの内なるエネルギーは、ある植物の成長を促進したり

他の植物の成長を遅くすることを可能にしていた。

家の動物たちが人間の指示に賢明に従っていたのは

すでに存分にある食べ物をもらうためではなかった。

動物たちは、人間が放つ恵みのエネルギーをご褒美にもらいたかったの。

今でも、人間、動物、植物を問わず、人間からの称賛は快いもの。

昔は、人のエネルギーは計り知れないほど強力なもので

まるで太陽を求めるかのように、すべての生き物がそれを希求していた。