天然記録 -139ページ目

今のシステムを残酷な事をして壊しているのは

人間が生活できなくなったり

生物が死んでしまったりするけど

考え方を変えれば

今の悪のシステムを壊して

地球と生物の本来の能力を取り戻すためなのかもと思う

でもその頃には汚染されまくっていて

再生に何年もかかりそう

これだけ変な世界でも、何も気づかない人って

そうゆうプログラムで生まれてきた人と思ってしまう

いくら言っても何も通じないし人生順調だし…

 

この本もそうだけど、いろんなチャネラーが

もう悪は地球からいなくなって

バイオロボットのプログラムが

機能しているだけというけれど

悪は、地下に逃げて生き延びてそうだし

地球は空洞ならそちらに逃げられる

魂は永遠なら悪の魂も永遠という事になる

 

ゲームと考えるとこの地球ゲームは

クリアできない人は別の地球で別の物語で

また3次元をやり直しなのかも

魂の振り分けって

ゲームのランクアップの事かもと思うけど

明らかに魂レベルが上と思っている人でも

同じ地球に生まれてるし、悪に気づいてないし

悪に気づいてるから偉いというわけではないし

枠を撃った撃たないのそんな基準ではなさそう

 

また生まれ変わって

善い新地球だとしても

今度は神と繋がって地球の神秘を探索するゲームをするより

あの世でこの世のカラクリを全部知っていて

のんびり暮らしたいけど

クリアしないといけないゲームなのかなぁ…

愛を学ぶためっていうのかもしれないけど

今のこんな世界で愛を学ぶのは難しい

愛ってそこら中にあるなら

もう私は学ばなくていい

この世での無限の愛は無理

 

以下8巻上より

 

5千年前、人間は数多くの宗教を生み出した

古代エジプトの神官たちによって支配されていました。

神官はあらゆる意味において、その時代で最も裕福な人たちでした。

彼らは神殿の地下室に金や宝石を蓄えていましたし

秘密の学問にも幅広く精通していました。

ファラオまでもが

資金や助言を求めて彼らのもとを訪れていたほどです。

しかし、その権力にも経済力にも

何ら不自由のなかった最高位の神官たちですら

各々の所有する1ヘクタールの土地(100m×100mの正方形)

においては奴隷をいっさい使いませんでした。

それは彼らが

1ヘクタールの土地の秘密について知っていたからです。

エジプトの古い神殿、神官たちの神官の壁には

「奴隷の手による食べ物を食べてはならない」

と書かれていました。

これが、愛を持って植物に接しなければならない

一つ目の根拠です。

 

二つめの根拠もご紹介しましょう。

古代ローマの元老院に所属する議員の間では

耕作地で働く奴隷がその耕作地とともに売買されていました。

その土地に育つ植物に他の人間が触れてはならないとして

奴隷は必ず土地と一緒に売られていたのです。

では、どうしてローマの元老院は

奴隷に土地を与えていたのでしょう?

そればかりか

家を建てるための資金まで与えていたのはなぜでしょう?

もちろんそれは

年貢である収穫10%を得るためではありますが

本当の理由は、愛と思いやりを一身に受けて育った

収穫物を得るためだったのです。

人間が効用を得られるのは、そのような食べ物だけだからです。

 

このように、エジプトの神官も、古代ローマの元老院も

最良のエネルギーが含まれた食べ物が

人間の体にとっていかに有益であるかを知っていたのです。

対して、今日私たちが食べている食品は

食べ物としては絶対に取り入れてはいけない

「死んだ」食べ物です。

 

木からもいでそのまま食べるベリーと

店で売られているベリーには雲泥の差があるのです。

というのも

店で売られているベリーにはエネルギーがないのです。

鮮度の問題ではないのです。

そのような実では、人間の魂を養うことはできません。

そしてそのようなミュータントの植物を

つくり出したのが我々の科学技術の世界であることは

もはや言うまでもありません。

みなさんが1ヘクタールの土地を持っていないということは

みなさんが

人間にふさわしい食べ物を手に入れることができない

ということを意味しています。

もちろん

お金を払えばなにかしらの野菜を買うことはできるでしょう。

ですが

その野菜はあなたのために育てられたものではありません。

ましてや

人間のために育てられたものですらありません。

それはお金のために育てられたものなのです。

 

愛の空間、あなたが自分の手と真心で創造した空間には

癒すことのできない病気など存在しません。

人間は創造主の子どもです。

植物界や動物界、空気や私たちを取り巻く空間も

神の創造物です。

すべては

神の御霊(みたま)が物質化したものに他なりません。

みなさんも、自分は精神性の高い人間であると考えるなら

ぜひその精神性を物質化しようではありませんか。

 

今、創造主が

私たちを上から見ていると想像してみてください。

すると、創造主の目に映るのは

我が子が路面電車を運転したり

建築物の工事、店のカウンターに立って

物売りをしている姿ばかりです。

ですが

そもそもこのような職業を創造主は意図していません。

これらはあなたを奴隷にしてしまう仕事です。

創造主は我が子に

奴隷なんかになってほしいと思っていません。

 

だから創造主は自分の子どもたちのために

奇跡にあふれた素晴らしい世界を創造し

それを私たちに手渡したのです。

それを享受し、活かすようにと。

しかしそのためには

私たちはこの世界を理解しなければなりません。

月とはどんなものか

ノコギリソウと名付けられた草とはどんなものなのかを

私たちは知らなければならないのです。

 

それでは

1ヘクタールの土地とはいったいどのようなものなのでしょう?

それは

人間が額に汗して働かなければならないところでしょうか?

そうではありません。

それは、人間がまったく働く必要のない場所です。

その場所を通して世界が統治されるべきところなのです。

創造主に

より多くの歓びをもたらすのは誰だと思いますか?

路面電車の運転手でしょうか

それとも、たとえ小さな土地であっても

そこを楽園に変えた人でしょうか?

もちろん後者でしょう。

 

さて、今日の人々は宇宙への道を拓いたり

火星や月の開拓について学ぶ準備ができているでしょうか?

いえ、まだできていません。

なぜなら、このままいくと

宇宙にまで武器や公害が出現してしまう

戦争が宇宙でも起きてしまうからです。

 

しかし本来人間は

新しい別の世界を開拓するようにつくられています。

そしてそれは、人間がこの地球を理解し

活かすことができるようになって

はじめて可能になることなのです。

さらにその開拓は

科学技術を駆使したものなどではなく

テレパシーによってなされるのです。

そのためにもまず人間は

世界の真の美しさが何に宿るのかを、認識すべきです。

 

 

アスファルトで土を覆ってしまうのは

本当に素晴らしいことだと言えるでしょうか?

それに、草が自然に生えることが許されている場所は

猫の額ほどしかなく

それだって数か所しか設けられていない。

これは本当に素晴らしいことなのでしょうか?

みなさんの都市の中心街に生えている見事な杉の木が

死にかけているのは素晴らしいことなのでしょうか?

杉は、煤(すす)で、排気ガスで、呼吸ができなくなっています。

それに、死にそうになっていたり

呼吸ができなくなっているのは杉だけではありません。

 

街を行き交う人間も、排気ガスで呼吸できなくなっているのです。

私たちは、この地上での自分たちの行いをしっかりと見直し

これからのことを話し合わなくてはなりません。

ただしその際には

きわめてシンプルに考えて話をした方がいいのです。

みんなで自分の小さな区画を持ち

各々の知性と精神性を結集させ

たとえごく小さなものであっても

実際に楽園を創造し、具体化させようではありませんか。

 

創造主がしたように、自身の精神性を物質化させ

この大きな惑星のそれぞれの小さな一画を

花咲く園に変えようではありませんか。

これを世界のあらゆる国で何百万人もの人が行ったとしたら

すべての土地が花咲く園となります。

そして、みんなが偉大なる

「共同の創造」に夢中になるのですから

戦争など起こるわけがありません。

 

 

精神性は

物質的な豊かさや技術的な発達だけでは測ることができません。

そのような、科学技術に偏った発展の道は

決まって人類を破滅へと導くのです。

立ち止まって、今

世界で何が起こっているかを考えてみてください。

そして現状に気づいたら

あとを追ってくる者たちに大声で教えてあげてください。

 

「みんな止まれ、こっちは断崖絶壁で

僕たちは気が付けば崖っぷちにいる。他の道を探すんだ」と。

 

この千年紀が、偉大なる大改造のはじまりとなりました。

何万ものロシアの家族が

すでに自分の1ヘクタールの土地のために走り出しています。

子どもたちのために

実際に愛の空間を創造している父親や母親は

精神性について話すだけの

いかなる高名な賢者よりも精神性が高いのです。

金融ネットワークは全部繋がっているので

BRICs通貨も全部、仕切りは同じ人達

国の代表はその人たちの代理人というだけで

刃向かえば大統領さえ暗●される

ドル支配を終わらせデジタル通貨に誘導したいなら

最初は抵抗なくデジタルに誘導すると思う

最終的には世界統一通貨を目指しているから

金を裏付けした仮想通貨で安心させて

財産没収に持っていこうとしているのかも?

だからあちらに把握されるので

金をデジタル通貨に紐づけしてはいけない

そもそも人間に必要な物は金ですか?

タイタニックの映画の沈没の時

お金で解決できない教訓があったはず

人々が気づいた頃には儲けようとした

なけなしの元の財産も奪われてしまう

ユダヤ人はとても頭がいいし

誘導上手なので流行りに乗ってはダメ

 

 

 

 

 

以下8巻上より

 

ユダヤ人大量虐殺は、経済的な利益の意味も含めて

誰かにとって非常に好都合なのである。

というのも、大量虐殺は、過激派組織にとっては

経済的な利益というよりは出費を伴うものであるが

一方で、西洋諸国にとっては

大量虐殺を免れてなだれ込む

ユダヤ人巨大新興財閥たちを受け入れ

財閥の巨万の富を合法化し

国際的な不可侵権を持たせることによって

著しい利益を得ることができるものだからだ。

 

そして、この利益を得る者たちは

自分たちのために、ロシア領土内に暮らす一般の

何の罪もないユダヤ人を犠牲にする。

ユダヤ民族の受難の歴史の中で

こういったことは何度かあったのだ。

では何のために大虐殺が必要なのか?

それは順を追って考えればわかる。

 

まずロシアで巨大新興財閥や

金融界の実力者たちに対する人々の不満が高まる。

実際、国家統計委員会のデータによると、およそ70%の国民が

そういった資本家たちをすぐさま法で裁き

財産を没収して一掃すべきだと考えているそうだ。

 

次に、国民の不満を受けて

大統領や政府、ロシア連邦検察庁が

一連の巨大新興財閥たちの動向調査を法に則ってはじめる。

その結果、大統領の任期である4年以内には

汚職撲滅の方針が打ち出され

巨大新興財閥たちは自身の資本を失いかねない事態に陥る。

こうして、巨大新興財閥たちが

ロシアを離れようとするごく自然な状況が生まれる。

 

しかしそれだけでは

西側に持ち込まれる資産を合法化することができない。

そこで、合法化するための最も確実な方法として

全世界を震撼させるような大量虐殺が必要となる。

 

そうすればあとは簡単だ。

ロシアで大量虐殺が起こるときに

ユダヤ人新興財閥たちが西側諸国にいるようにしておけば

彼らは政治難民であることを公言し

当然、政治亡命者として保護され、彼らの資産も合法化される。

ロシアのユダヤ人新興財閥たちが

ロシアに持っている資源や工場にたいする権力は

手先となる者や信頼のおける者を通じて部分的にでも残せばよい。

 

私はここですべてのロシアの民

そして第一に、自身を愛国的組織であると

自負するすべての機関に向けて呼びかけたい。

絶対にこのような煽動に屈し

ユダヤ教徒の大量虐殺という

堕落した結末を招いてはいけない。

誰かが意図的にこしらえたシナリオに踊らされてはならないのだ。

すべてのユダヤ人を

陰謀を企てたり卑しい行為をする民族だと非難してもいけない。

ベラルーシ人やウクライナ人

ロシア人の中にも様々な人がいるように

ユダヤ人にも様々な人がいるのだ。

 

 

そもそも、ユダヤ人問題に関する議論

少なくとも私が紙面などで見聞きするその手の議論は

深い考察の伴わない、幼稚なものである。

その内容のほとんどが

 

「ユダヤ人があらゆる国の新聞社や雑誌出版社を握っている」

「すべてのテレビ局がユダヤ人のものである」

「経済の大方の流れをコントロールしているのはユダヤ人だ」

 

といった一般的によく話されている

代わり映えのしないことがらに要約される。

 

こういったことはすべて

疑いの余地なくその通りであり

現在のロシアでも同じ状況である。

しかしその手の議論は単に現状の羅列に過ぎず

根本的な原因が何も述べられていない。

なぜ様々な国でそのような状況が起こり

しかもこうして何百年も

他民族が羨むような状態が維持されているのかを

解き明かす方が、よほど重要ではないか。

 

少なくとも次のことが言えるだろう。

 

ユダヤ人はこの状態を維持する義務があると思い込み

我々は彼らに従う義務があると思い込んでいる。

そしてそれが国の法律レベルまで浸透しているということである。

 

ご自身で判断していただきたい。

ロシア連邦議会により、わが国で4つの宗教を

主要な宗教と見なすという法案が可決された。

 

そのうちの2つは

キリスト教の分派であるロシア正教、そしてユダヤ教である。

キリスト教の宗教理念によると、キリスト教徒は神の奴隷である。

裕福であることは歓迎されない。

私がこの文章を書いている

サンクト・ペテルブルクのホテルの窓からは

巨大なウラジーミルの生神女(しょうしんじょ)

大聖堂というロシア正教の教会が見えるが

建物の正面には金の文字で

「生神女(イエスの母マリアに対する敬称)よ

汝の奴隷たちの祈りを受け止めよ」と大きく書かれている。

 

一方

ユダヤ教の理念によると、ユダヤ人は神に選ばれた民なので

富と土地は彼らのものであり、高利貸業も歓迎される。

このように、宗教は人間の人格形成

生き方に多大な影響を与えているのだ。

それでは私たちの現実を、論理的に順を追って考えてみよう。

整理するとつまりは、わが国最高の立法機関である

ロシア連邦議会は

誰が奴隷になり、誰が支配者となるのかを

決定する2つの理念を公式に取り入れたということなのだ。

 

ここで互いにくだらぬ言いがかりをつけるのはやめよう。

法律を順守する国民ならば、国が制定した法律に従い

私たちはユダヤ人権力の下にあるのだという事実を

至極当然のこととして受け入れようではないか。

このような状況を不満に思う人もいるだろうし

私の主張はナンセンスだと思う人もいるだろう。

 

しかし現状から目をそらさずに

社会に今起きていることの原因を見つめようではないか。

ずっと続いているこの行き詰った状況を

いつまでも味わっていてはいけない。

出来上がってしまった状況が気に入らないのなら

そこから抜け出す道を探そうではないか。

 

イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒

およびその他の宗教団体の代表者たちが一様に魅せられ

意気込みをひとつにして受け入れることができる

構想があれば、出口が見つかるかもしれない。

 

そして、そのような構想は存在する。

その構想は現状を修復するだけでなく

未来への鍵も握っている。

具体的な事実と実際に起きていることが

このことを裏付けているのである。

聖書からこの世の陰謀を解き明かす

日本人のキリスト教徒のブログを見てみると

本当にクリスチャンは

多神教を悪魔教と思っていて

神はただ一人と信じているらしい

本当に神が一人だとしてもなぜ聖書は

神が「我々」と言っているのか疑問に思わないのか?

神が一人なら

キリスト教でイエス・キリストを神として崇めるのは

キリストは神の子なのでおかしい

それとどちらも捏造入ってると思うけど

旧約聖書は本物で

新訳聖書は偽者と思っている

 

私はいろいろ知ってるから

神に救われるのは確定してるけど

知らないあなた達は救われないと

ものすごく上からの文章で

それ違うと指摘しても聞かなそう

そういう人に限って反論がすごいのか

コメント欄は閉じている

それにトランプ元大統領を

光側と思っているのでやはり

救世主待ち依存タイプ

 

あと宗教している人の違和感は

すぐ神のおかげとか神を持ち出すので

それが目の前の人の手柄だとしても

まず、その人に感謝しないのでタチが悪い

これぞ強力なバックを味方に付けた

マウンティング体質の人間の典型だと思うので

反面教師にしたい

 

 

以下7巻の抜粋は最後

 

我々がこれまでの歴史から知っているように

古文書はものの見事に消されてしまっているため

書物からの情報を期待することはできない。

古文書は、イタリア、イギリス、フランス

そしてロシアでは特に念入りに燃やし尽くされたのだ。

しかし、狂ったように我々の先祖の親たちの文化を壊滅させても

人々のハートや魂の奥深くにあるその文化を

焼き尽くすことなどできなかった。

 

我々は、自分たちの歴史を知らなければならない。

知り、そして敬わなければならない。

それだでではなく、我々が段階的に歩んだ

ヴェディズム、多神教、キリスト教という一連の歴史についても

理解することが不可欠だ。

これらの段階のうちひとつとして蔑視するべきではない。

これらのうちのどれかを否定するなら

我々は再び、我々自身を否定することになるのだ。

 

キリスト教に対しても

我々は理解と敬意をもって扱わねばならない。

そして他の宗教に対しても同じである。

そうすることではじめて

我々の歴史のすべての段階が

美しい未来への強固な礎(いしずえ)となるのだ。

知って理解しなければ、そうはならない。

未来を構築する際に

我々の歴史における各段階を教訓にしなければ

美しい未来への強固な礎にはならないのだ。

さもなくば、馬鹿げた世界に生きることになる。

 

様々な国で政府や国会議員たちがテロと闘っている。

そこでは

特定の人種や宗教への敵意を煽る行為を禁止する法律がつくられている。

そして同時に、まさにこれらの国々で

政治的な目的を達成するために

神の名における大規模なテロ行為が

容認されるかのような宗教的な教えが許可され

支持されているのである。

 

 

彼らの子どもの内に、遠い先祖の魂、気持ち

知識があることを一族の大人たちはすぐに理解した。

そして先祖の魂が宇宙空間でさまようことも

粉々に砕け散ることもなく、完全なる生として

永遠の生命が続いていることを誇らしく思った。

 

多神教はもとより

ヴェディズムを宗教と呼ぶことはなお難しい。

「生き方の文化」と言う方がより正しいだろう。

地上に存在した精神性の高い文明の

最も偉大な文化である。

この文明には、神を信じる必要がなかった。

 

この文明の人々は、神を知っていた。

この文明の人々は、神と触れ合って交信し、創造主の想いを理解していた。

この文明の人々は、草花やウジ虫や惑星の使命を知っていた。

この文明の人々は、今日も我々の魂の内でじっと眠っている。

そして陽気で生命の歓びにあふれた

この美しい惑星の創始者たち、ヴェドルシア人は、必ず目を覚ますのだ。

 

これは証拠のない、ただの言葉なんかではない。

証拠ならいくらでもある。

そのひとつが日本だ。

 

よく知られているように、16世紀にキリスト教徒は

かなり強力に自分達の思想を日本に布教しようと努めた。

一方で当時の日本の統治者は

キリスト教の伝道師たちの行動とその成り行きを観察した。

その結果、徳川幕府はキリスト教を禁じることにしたのだ。

 

日本には「神道」という民族的宗教があり

今日では最も多神教に近い国とも言える。

「神道」とは、「神々の道」という意味である。

神道では人間の役割りを

調和の中で自然と共存することである

としている。

 

では、どうだろう?

日本人の生き方はおぞましく、野蛮なものだろうか?

現に我々は、多神教時代の人間の暮らしは

野蛮なものだったと教えられてきたではないか。

でも、これは嘘なのだ。すべてが真逆なのだ。

 

多くの日本人が詩を綴り

自然に対し心を震わせている。

日本の生け花には、まさに全世界が魅了されている。

しかしこの芸術は

プロフェッショナルな生け花の芸術家だけのものではない。

ほぼすべての家で生け花を見ることができるのだ。

 

日本人には、我が子に対する独特な接し方がある。

そして、大人たちは子どもが完全に

自由でいられるよう最大限の努力をする。

こういうと

詩人や芸術家の国の話と思われるかもしれないが

そうではない。

 

日本の技術は最も発展した国々をも凌いでいる。

電子工学でも自動車製造の分野でも

日本人と競い合うのは困難だ。

そもそも我々は、日本のような多神教でありながらも

近代的な国を話題にする際

多神教のほんの一要素についてしか話していない。

 

では、もしこれが完全な多神教の文化であった場合

その中にいる人は

いったいどのようなタイプの人間になるのだろうか?

ひとつだけはっきりしているのは

現代の人間よりも

知識や精神性のレベルが各段に高かっただろうということだ。

 

しかし、真逆のことを吹き込んで

私たちを騙したいと切に求める人たちがいたのだ。

日本が例外でもなく、唯一の例なのでもない。

何千年もの大昔から我々の時代まで

アルキメデスやソクラテス、デモクリトス、ヘラクレイトス

プラトン、アリストテレスといった天才的詩人

哲学者、学者たちの名前が伝えられてきている。

彼らはキリストが誕生するよりも

200年から600年前に生きていた。

 

どこで生きていたか?

それは同じようにその当時多神教だった国、ギリシャだ。

日本、ギリシャ、ローマ、エジプトといった国の

古代の寺院などの建築物、古典芸術、祭や伝統的習慣は

それらの国の民の文化レベルの高さを

今日もはっきりと証明しているのだ。

 

では、ロシアの歴史学者たちは

同じ時代のルーシについて

いったいどんな情報を提供できるのだろう?

何ひとつ提供できはしない。

しかしながら、ヴェディズムのルーシに

芸術家たる人々や詩人たる人々

そして絶対に誰も攻撃することはなかったが

武器を操る腕が非常に優れていた

栄誉ある勇者たちが暮らしていたという

目に見える証拠を、どうやって見つければよいのだろう。

 

(アナスタシア)

ええ、できる。だって証拠は数限りなくあるもの

 

じゃあ教えてくれ、どこを発掘すればいいんだ?

 

どうしてすぐに発掘しなきゃいけないという発想になるの?

ヴェドルシア人の文化の証拠は、数多くの住居にある。

今日の人々が建てている家に注意を払ってみて。

そしてそれらと

あなたが今住んでいる農村に建っている

家々とを比べてみて。

その農村の古い家のほとんどは、彫刻模様で飾られている。

あなたも博物館都市であるスズダリで

もっと古い時代の家を見たことがあるはず。

つまり、自国の民族の過去の作品を遡れば遡るほど

より美しくつくられた住居を見ることができる、ということ。

 

他にもいろんな博物館で

美しく彫刻が施された紡ぎ車や取っ手つきのカップ

その他の生活用品を見ることができる。

それらは300年とか500年前に

普段の生活で使われていた物。

遠い昔に遡るほど

職人たちの芸術作品は優れたものになっているでしょう。

何千何百年にも渡る

これほど膨大な数の民衆の作品が見られる国は

世界のどこにもない。

一部の芸術家たちが

高官たちに注文されてつくっていたのではなく

まさに民衆全員がつくっていたの。

 

自分で判断してみて。

博物館でごく普通の紡ぎ車を見ても

それを皇帝や女帝、高官のものだとは思わないでしょう。

それらは普通の家庭にあったものだもの。

だけど当時のヴェドルシアにおいては

普通の民衆が、垣根を含め、家中に愛をこめ

窓枠に沿ってレースの模様の彫刻を施したり

家にあるすべての道具に絵を描いたり

職人たちだけが行った仕事にしては

考えられないほどの数だから。

ヴェドルシア人のすべての家庭が

自分たちの手で飾りを施していたの。

民衆の全員が創作活動に励んでいた。

そしてこのことは、民衆の暮らしが豊かだったことを意味する。

創作に費やすためには、多くの時間が必要。

 

歴史学者たちは

古代の人々が自分にあてがわれた土地で休むことなく

働き続けたと事実と異なることを言っている。

もしそれが事実なのだとしたら

古代の人々には創作にかける時間なんかなかったはず。

でも時間はあった。それに

闘いでヴェドルシアの勇者たちが

武器を自在に操っていた証拠に関しても

彼らが斧であれほど美しい御殿にすることができたのであれば

上手に手首を使って

芸術家のように武器を自在に操ることだって

できたはずだと思わない?

あるキリスト教系の本の紹介文に聖書の疑問

 

あなたがクリスチャンなら
疑問に感じた事はありませんか?
 

「どうやって神を信じればいいの?」

「罪を犯したので悔い改めたけど、また罪を犯したら?」

「正しいことをしないと救われないと書いてあるのに
信じるだけで救われるとも書いてある……」

「神様は私が罪を犯さないように助けてはくれないの?」

「信仰ってそもそも何?どう信じるのが正しいの?」

その疑問は、あるクリスチャン必読書を読めば

信仰とは何かわかるそうです

 

クリスチャンでなくても疑問で

信仰しないので読まないけど…

そもそも支配者が過酷な世界にしておいて

何かにすがるのが救いのようにしている世界がおかしい

特に日本人は昔から奴隷根性強いから

その名残りで、今だ上の言う事は

理不尽だとしても我慢して聞くのが普通になってる

それか権力者が間違った事言うわけないと

思っているのが話が通じない事の弊害

多分、昔の日本人は家に鍵もかけないくらい信頼関係あって

上の人も切腹とかで厳しい世界なので

本当にいい人ばかりだったからかもしれないけど

今はダメ

スピ系でライオンズゲートが

開くとか閉まるとか

そんなゲートに左右される人は

スピ系お金儲けのカモか選民意識の高い人

助かると思っていても

シリウスなので地獄行きゲートかもしれない

 

以下7巻より

 

この一千年を、一日だと考えてみよう。

時間を凝縮して考えることはとても重要だ。

するとどうなるかをご覧いただきたい。

 

よく晴れた素晴らしい朝に

あなたの家に来客があった。

客たちは、あなたの親たちを

邪教でおぞましい多神教徒であると呼び

その罪を贖う(あがなう)ためには

キリスト教徒になって

自然と交信するのをやめなければならないことを伝える。

 

さらには、あなたの親たちが罪を犯し続けたせいで

あなたにも罪が乗り移ってしまったので

神に赦し(ゆるし)を乞い

祈らなければならないのだとあなたに話して聞かせる。

そしてあなたは、よそ者たちの言うことにその場で同意すると

教会までついて行き、彼らの手に接吻をする。

祝福を乞い、自分の親たちのことについては

考えることすらしないように努める。

 

そして

「おぞましい邪教徒たち」だったということ以外は

親たちについては自分の記憶から消してしまう。

時間を凝縮させると、このような絵が出来上がる。

過ぎ去ったこの千年の間、「よそ者たち」は

私たちがあらゆる情報に埋もれてしまうように仕向け

注意を逸らしてきた。

 

誰と誰が闘ったか

どれほど素晴らしい施設が建てられたか

どの公爵が誰と結婚したか

誰がどうやって権力の座に就いたか。

しかし、我々の先祖が自身の先祖や文化と

どうかかわっていたのかという情報と比べると

それらの情報はなんの意味もなさない。

 

あらゆる歴史的悲劇や大災害

そしてそれに準ずるその他のすべての出来事は

根本的に、我々の先祖たちへの裏切りの結果に過ぎないのだ。

 

「しかし、自分は先祖たちを裏切ってはいない」

と言う人もいるだろう。

「あれは何千年も前の出来事であり

その当時はまったく異なる人々が暮らしていたのだから」と。

でも、今度は時間を広げてもう一度書いてみよう。

しかし書いてみたところで、やはり本質は変わりはしない。

 

あなたの遠い遠い

ずっと昔の先祖ママチカ(ママの愛称)は、多神教だった。

彼女は自然を愛し、理解していた。

彼女は宇宙のことや、昇ってくるおひさまの意味を知っていた。

彼女があなたを、遠い昔のあなたの先祖を、美しい園で産んだ。

 

そしてあなたの美しい先祖のママチカは

あなたのことを歓んだ。あなたの父親も

あなたが生まれてきたことで幸せを感じた。

そして彼ら、あなたの先祖の親たちは、あなたに

今のあなたから遠い遠い、ずっと昔のあなたに

美しい空間をさらに、美しいものにしてほしいと願った。

 

彼らは、その美しい園が世代から世代へと

より美しくなりながら、今日生きるあなたまで届き

今日のあなたが

神なる楽園の惑星となった地球に暮らせるよう願った。

親たちは、まさにあなたたちのために願っていたのだ。

 

彼らは多神教であり

自然をとおして神の意識を理解していた。

あなたの遠い遠い、ずっと昔のママやパパは

あなたを幸せにする術を知っていた。

彼らがそれを知っていたのは、多神教だったからだ。

あなたの父親は、あなたの未来のために

異国の手先たちとの多勢に無勢の闘いに挑み

非業の死を遂げた。

 

あなたの母親は

あなたの未来を今日のようなものに

変えることを拒んだため、火あぶりにされた。

それなのに、彼らが拒んだ今日のような日が訪れてしまったのだ。

そして今日、多神教の人々の子孫たちは

母親を焼き父を殺した者たちの子孫の前でひざまずき

彼らの手に接吻している。

接吻し、ロシアの独立不羈(ふき)を称える歌をつくっている。

もう千年以上も奴隷のように

四つん這いになった生き方をし続けていることにも気づかずに

ロシア魂を高らかに歌い続けているのだ。

 

何が自由だ?

千年の抑圧のもとにいる人々

麻薬のような外国の思想に

もうろうとなっている人々よ

目を覚ますのだ。

そして考えることができるのなら

同じロシアの人間であるシベリアの女世捨て人アナスタシアが

ロシアの歴史について、ただいくつかの言葉を発しただけで

とたんに激しい抵抗を受けるのだ。

それも他ならぬロシアで抵抗を受けるのだ。

もしこの国が、我々が考えているように

海の向こうの思想に支配されてなどいないのであれば

いったい誰が抵抗しているのだろう?

他ならぬロシアの人々が

自国の過去や自分の先祖代々の親たちについての言及に対して

反発しているということになるのだ。

それはまるで彼ら

ロシアの人々の頭がどうにかなってしまったかのようではないか。

 

あなたは、ロシア国民全体の生き方を変えたものが

ウラジーミル一世という名の

ロシアの公による命令だと本当に思っているのか?

まだ公の王座もそれほど盤石ではなかった頃の話ではないか。

王座にじっと座っていた公が突然

 

「諸君、先祖の親の文化を忘れキリスト教に改宗するべきだ」

 

と言い出し、民も意気揚々と

 

「もちろんそうだ、先祖たちの文化には飽き飽きなのだ。

さあ公よ、我らに洗礼を!」

 

と応えたと?ナンセンスだろう?

実際のところ、ウラジーミル一世はまず

自分の権力を強化するために

古代スラヴ人の宗教的世界観を変えようとし

独自の多神教をつくった。

 

しかし、多神教の信仰では

社会的関係を神聖化することができず財産的

社会的不平等や人間同士の搾取、そして公の権力が

「神により定められたものだ」ということを正当化できなかった。

だから、自身の政治的野心を満たしたかったウラジーミル一世は

ロシアの民の宗教として異国の宗教を選ばざるを得なかった。

 

私たちはみんな

思想の変化は社会的大変革と流血を伴う事を知っている。

しかしここでは単に思想の変化が起こっただけでなく

信仰と文化

生き方や社会構造までもが急激にがらっと変わってしまったのだ。

 

 

それは、その当時から今日まで

ルーシが従属させられ続けてきているという事実だ。

今日のルーシでも外国の思想が依然優勢である。

そして今日もルーシは貢いでいる。

ただし貢ぎ物のかたちは通常、過去のものとは異なる。

それは、資本の吸い上げや地下資源の販売

外国の低品質な食品を国内で

のさばらせるというものになっている。

 

それだけでなく、思想を構成するものについては

今日もとても注意深く監視されているのだ。

そして古代ルーシの文化について一言でも発しようものなら

対立のメカニズムが即座に発動する。

だから、アナスタシアに対する陰謀や攻撃がやまないのだ。

 

諸君は言論の自由について語るが

ではなぜ彼女の言葉をそれほど恐れるのか?

なぜ誹謗中傷に走り

民衆に自国の文化を知る機会を与えないのか?

これがその理由だろう。

我々の先祖の文化は美しく、歓びにあふれ

精神性が高いものだった。

ルカによる福音書12章51節でイエスが

「あなたがたは、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。

そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ」と述べている

 

・・・らしい

イエスも神聖化されてしまってるから

福音書にこう書いてあっても信者はスルーか

よく読んでないんだろうな

イエス・キリストが生まれる前から

世界中、同じような神話があるらしく

そう思うと、聖徳太子の存在すら怪しい

イエス・キリストはその当時、実在しないと

それはアイクの「大いなる秘密」で知ったけど

20年前くらいに図書館で借りて読んだ当時は

全然知識が追いつかず、今もう1回読みたいけど

図書館にはもうアイクの本すべて無い

この本、古本屋でもなかなか売ってなく入手できない

ネットでは買えそうだけど

ネット決済が嫌なので買わない

 

それなので、文章を書いているブログを見つけた

 

 

以下7巻より

 

アナスタシアへ向けられる主な非難は

彼女が邪教徒、つまり多神教だということにあった。

(キリスト教文化圏において多神教は

異教ではなく邪教とされ野蛮なものという認識が強い)

また、彼女のアイディアは、何の証拠もなく

詳しい検証もされていない、ただのタイガの女世捨て人が

引っ張り出したきたものであると非難されている。

アナスタシアは、はっきりと自分は

ヴェドルシア人だと言っているにもかかわらずだ。

 

では彼女が多神教徒だとしたらどうだと言うのだ?

日本など、今でも多神教国家と言っても過言ではない。

ローマ帝国だって繁栄していた時代は多神教だった。

我々先祖の父や母も多神教だった。

さらに、単に多神教の人々がいただけではないのだ。

エジプト国家やローマ帝国をしてルーシでも

繁栄していた時代には、ヴェディズムの文化が残っていたのだ。

 

では我々は、自分たちの多神教の歴史

自分たちの起源を恥じるべきなのか

それとも誇るべきなのか?

我々は、恥じるべきだと吹き込まれている。

「多神教」「多神教徒」という言葉は

「邪教」を意味し、何か悪いこと

おぞましいことを象徴する言葉となってしまった。

そして「キリスト教徒」という言葉も象徴的となったが

こちらは精神的、秩序正しさ、聡明さ

神へ近づくことを象徴するものとなった。

 

今日、私たちはキリスト教徒という部類の人々を観察することができる。

つまり彼らの行為の結果から

彼らが成し遂げたことを判断できるのである。

そして、多神教だった先祖たちの生き方と

今日のキリスト教社会の生き方を比べ

判断することができるのだ。

いや、判断することなんかできやしない!

これほどけなされている多神教徒だった先祖の

父や母の生き方と、比べる術がないのだから。

彼らの生き方は、私たちが見ることができないよう

覆い隠されてしまっているのだ。

 

結局のところ

私たちにどうぞとささげられている国の歴史は

私たちを次のように洗脳している。

私たちの先祖はどこかおぞましい邪悪な人々であったが

イスラエルからやってきた啓発者たちが

洗練された思想であるキリスト教を持ち込んだ。

ロシアのウラジーミル一世がそれを採用し

ルーシ全土に洗礼を施した。

最近、私たちはこのルーシの洗礼の一千年記念を祝った。

しかし一千年が何だというのか?

何十億年もの歴史からすれば一瞬だ。