あるキリスト教系の本の紹介文に聖書の疑問

 

あなたがクリスチャンなら
疑問に感じた事はありませんか?
 

「どうやって神を信じればいいの?」

「罪を犯したので悔い改めたけど、また罪を犯したら?」

「正しいことをしないと救われないと書いてあるのに
信じるだけで救われるとも書いてある……」

「神様は私が罪を犯さないように助けてはくれないの?」

「信仰ってそもそも何?どう信じるのが正しいの?」

その疑問は、あるクリスチャン必読書を読めば

信仰とは何かわかるそうです

 

クリスチャンでなくても疑問で

信仰しないので読まないけど…

そもそも支配者が過酷な世界にしておいて

何かにすがるのが救いのようにしている世界がおかしい

特に日本人は昔から奴隷根性強いから

その名残りで、今だ上の言う事は

理不尽だとしても我慢して聞くのが普通になってる

それか権力者が間違った事言うわけないと

思っているのが話が通じない事の弊害

多分、昔の日本人は家に鍵もかけないくらい信頼関係あって

上の人も切腹とかで厳しい世界なので

本当にいい人ばかりだったからかもしれないけど

今はダメ

スピ系でライオンズゲートが

開くとか閉まるとか

そんなゲートに左右される人は

スピ系お金儲けのカモか選民意識の高い人

助かると思っていても

シリウスなので地獄行きゲートかもしれない

 

以下7巻より

 

この一千年を、一日だと考えてみよう。

時間を凝縮して考えることはとても重要だ。

するとどうなるかをご覧いただきたい。

 

よく晴れた素晴らしい朝に

あなたの家に来客があった。

客たちは、あなたの親たちを

邪教でおぞましい多神教徒であると呼び

その罪を贖う(あがなう)ためには

キリスト教徒になって

自然と交信するのをやめなければならないことを伝える。

 

さらには、あなたの親たちが罪を犯し続けたせいで

あなたにも罪が乗り移ってしまったので

神に赦し(ゆるし)を乞い

祈らなければならないのだとあなたに話して聞かせる。

そしてあなたは、よそ者たちの言うことにその場で同意すると

教会までついて行き、彼らの手に接吻をする。

祝福を乞い、自分の親たちのことについては

考えることすらしないように努める。

 

そして

「おぞましい邪教徒たち」だったということ以外は

親たちについては自分の記憶から消してしまう。

時間を凝縮させると、このような絵が出来上がる。

過ぎ去ったこの千年の間、「よそ者たち」は

私たちがあらゆる情報に埋もれてしまうように仕向け

注意を逸らしてきた。

 

誰と誰が闘ったか

どれほど素晴らしい施設が建てられたか

どの公爵が誰と結婚したか

誰がどうやって権力の座に就いたか。

しかし、我々の先祖が自身の先祖や文化と

どうかかわっていたのかという情報と比べると

それらの情報はなんの意味もなさない。

 

あらゆる歴史的悲劇や大災害

そしてそれに準ずるその他のすべての出来事は

根本的に、我々の先祖たちへの裏切りの結果に過ぎないのだ。

 

「しかし、自分は先祖たちを裏切ってはいない」

と言う人もいるだろう。

「あれは何千年も前の出来事であり

その当時はまったく異なる人々が暮らしていたのだから」と。

でも、今度は時間を広げてもう一度書いてみよう。

しかし書いてみたところで、やはり本質は変わりはしない。

 

あなたの遠い遠い

ずっと昔の先祖ママチカ(ママの愛称)は、多神教だった。

彼女は自然を愛し、理解していた。

彼女は宇宙のことや、昇ってくるおひさまの意味を知っていた。

彼女があなたを、遠い昔のあなたの先祖を、美しい園で産んだ。

 

そしてあなたの美しい先祖のママチカは

あなたのことを歓んだ。あなたの父親も

あなたが生まれてきたことで幸せを感じた。

そして彼ら、あなたの先祖の親たちは、あなたに

今のあなたから遠い遠い、ずっと昔のあなたに

美しい空間をさらに、美しいものにしてほしいと願った。

 

彼らは、その美しい園が世代から世代へと

より美しくなりながら、今日生きるあなたまで届き

今日のあなたが

神なる楽園の惑星となった地球に暮らせるよう願った。

親たちは、まさにあなたたちのために願っていたのだ。

 

彼らは多神教であり

自然をとおして神の意識を理解していた。

あなたの遠い遠い、ずっと昔のママやパパは

あなたを幸せにする術を知っていた。

彼らがそれを知っていたのは、多神教だったからだ。

あなたの父親は、あなたの未来のために

異国の手先たちとの多勢に無勢の闘いに挑み

非業の死を遂げた。

 

あなたの母親は

あなたの未来を今日のようなものに

変えることを拒んだため、火あぶりにされた。

それなのに、彼らが拒んだ今日のような日が訪れてしまったのだ。

そして今日、多神教の人々の子孫たちは

母親を焼き父を殺した者たちの子孫の前でひざまずき

彼らの手に接吻している。

接吻し、ロシアの独立不羈(ふき)を称える歌をつくっている。

もう千年以上も奴隷のように

四つん這いになった生き方をし続けていることにも気づかずに

ロシア魂を高らかに歌い続けているのだ。

 

何が自由だ?

千年の抑圧のもとにいる人々

麻薬のような外国の思想に

もうろうとなっている人々よ

目を覚ますのだ。

そして考えることができるのなら

同じロシアの人間であるシベリアの女世捨て人アナスタシアが

ロシアの歴史について、ただいくつかの言葉を発しただけで

とたんに激しい抵抗を受けるのだ。

それも他ならぬロシアで抵抗を受けるのだ。

もしこの国が、我々が考えているように

海の向こうの思想に支配されてなどいないのであれば

いったい誰が抵抗しているのだろう?

他ならぬロシアの人々が

自国の過去や自分の先祖代々の親たちについての言及に対して

反発しているということになるのだ。

それはまるで彼ら

ロシアの人々の頭がどうにかなってしまったかのようではないか。

 

あなたは、ロシア国民全体の生き方を変えたものが

ウラジーミル一世という名の

ロシアの公による命令だと本当に思っているのか?

まだ公の王座もそれほど盤石ではなかった頃の話ではないか。

王座にじっと座っていた公が突然

 

「諸君、先祖の親の文化を忘れキリスト教に改宗するべきだ」

 

と言い出し、民も意気揚々と

 

「もちろんそうだ、先祖たちの文化には飽き飽きなのだ。

さあ公よ、我らに洗礼を!」

 

と応えたと?ナンセンスだろう?

実際のところ、ウラジーミル一世はまず

自分の権力を強化するために

古代スラヴ人の宗教的世界観を変えようとし

独自の多神教をつくった。

 

しかし、多神教の信仰では

社会的関係を神聖化することができず財産的

社会的不平等や人間同士の搾取、そして公の権力が

「神により定められたものだ」ということを正当化できなかった。

だから、自身の政治的野心を満たしたかったウラジーミル一世は

ロシアの民の宗教として異国の宗教を選ばざるを得なかった。

 

私たちはみんな

思想の変化は社会的大変革と流血を伴う事を知っている。

しかしここでは単に思想の変化が起こっただけでなく

信仰と文化

生き方や社会構造までもが急激にがらっと変わってしまったのだ。

 

 

それは、その当時から今日まで

ルーシが従属させられ続けてきているという事実だ。

今日のルーシでも外国の思想が依然優勢である。

そして今日もルーシは貢いでいる。

ただし貢ぎ物のかたちは通常、過去のものとは異なる。

それは、資本の吸い上げや地下資源の販売

外国の低品質な食品を国内で

のさばらせるというものになっている。

 

それだけでなく、思想を構成するものについては

今日もとても注意深く監視されているのだ。

そして古代ルーシの文化について一言でも発しようものなら

対立のメカニズムが即座に発動する。

だから、アナスタシアに対する陰謀や攻撃がやまないのだ。

 

諸君は言論の自由について語るが

ではなぜ彼女の言葉をそれほど恐れるのか?

なぜ誹謗中傷に走り

民衆に自国の文化を知る機会を与えないのか?

これがその理由だろう。

我々の先祖の文化は美しく、歓びにあふれ

精神性が高いものだった。