天然記録 -125ページ目

2巻180ページより

 

 

好況と不況の違いとは、流れているマネーの量の違いであり

そのマネーにどれだけ価値があると認識されているかの違いに過ぎない。

いずれもロス茶が決めている。

ロス茶とその系列の血族は、政府と銀行を支配することで

マネーの発行量と流通量を決定している。

 

ロス茶家は、融資を受けやすくする

(多くのマネーを流し込む)ことで経済を刺激して好況にし

景気のよい時期に人々に借金をするように仕向ける。

そして、次に

流通しているマネーを引き揚げる口実を考え出し

融資を受けにくくすることで、経済を停止・破綻させる。

経済活動を生み出すために必要な量のマネーは

流通していないため、人々はローンの返済ができなくなる。

ロス茶家は

融資の際に差し出されていた担保を戦利品として手に入れる。

 

また、この過程で企業の数は急減するが

消減した企業の製品や販売先はロス茶の企業が引き継ぎ

世界的な経済力の集中をいっそう進めることになる。

企業だけでなく、政府も同じだ。

不況によって収入が減ると

政府は支出を維持するためにますます融資を求めることになり

ロス茶とその代理人による政府の支配はいっそう拡大する。

 

実際、米国、英国など多くの政府は

1930年代以来、ロス茶の陰謀団に対し、破綻状態にある。

今述べたことが、まさに1990年代半ばに始まった好況期

その後2008年秋破綻、それに続く「信用収縮」として発生したことである。

すべてはロス茶家とその召使いの仕業である。

 

ロス茶家は、こうした景気循環を何百年も画策してきた。

1929年のウォール街暴落も

1930年代の世界恐慌もそうである。

給料の高すぎる経済学者や経済記者の大半は

何が起きているのかさっぱり分かっておらず

好況・不況は何か自然の「経済サイクル」のようなものだと説明している。

世界の実物の富を収奪するために、計画的に行われていることだ。

 

ロス茶など血筋の家系は

毎日何兆ドルという資金を世界中の株式市場で動かしており

株価の上がり下がり、好況と不況も、彼らが決めている。

株式市場の暴落は自然発生しているわけではない。

発生させているのだ。

自分で暴落を仕込んでいるのであれば

いつ暴落が発生するかは分かりきったことであり

最も高値で売却し、暴落したら買い戻せばよい。

こうして自ら工作した崩壊が起きる前に

わずかなコストで企業を買収し、大幅に所有を拡大することができる。

 

 

何か惨事があれば、特に大規模な惨事であればあるほど

そこには遠からずロス茶の影がある。

ロス茶の操作がなく、血筋の家系が存在しなければ

世界はどんなに違っていることだろうかと思う。

実際のところ、ロス茶は長い間、奴隷貿易を経営していた。

表向きは、偽の人格

架空の話で本当の価値観を隠蔽、人々を騙してきたのである。

ロス茶家は、世界中で奴隷ネットワークを支配しつつも

奴隷制に反対する立場を表明していた。

ネイサン・マイヤー・ロス茶は

「慈善家」として評判が高く、公式なロス茶の歴史では

奴隷解放のために「公然と戦った」ことになっている。

だが、その背後では

不正と奴隷に苦痛を与えることで財産を築いていた。

 

 

映画「マトリックス」3部作のテーマは

「シオンのメインフレーム」である。

最後に残った人々は

このコンピュータに依存しなければ生き延びることができない。

ロス茶家には独自の解釈の「シオ

これがいろいろな意味で

今日の血筋ネットワークの「メインフレーム」になっている。

少なくとも公の場ではそうだ。

 

シオニズムの核心は、地球規模の蜘蛛の巣の

秘密結社ネットワークに接続した秘密結社であり

その「聖書」は

バビロニアのタルムードとカバラ(奧義の秘密の伝承)である。

カバラという言葉は

アラブ語で「隠すこと」を意味する「カバ」に由来する。

隠匿することで生き残っているエリートのことを

「陰謀団(カバル)」と呼ぶのは、実に適切な表現だ。

 

シオニズムは

ユダヤ人の利益のために打ち立てられたのではなく

ユダヤ人を搾取し、ユダヤ人を利用することで

本当はロス茶家などイルミナティ家系が

支配・操縦していることを覆い隠すために存在している。

この冷酷な政治思想は、100%ロス茶製であり

この政治思想を持つ勢力は、血筋ネットワークの中でも主たる勢力である。

それが本当は誰のことを意味し

何を意味しているのかを明示するため、これ以降は

「ロス茶のシオニズム」と言うことにする。

 

ロス茶のシオニズムは、大きな耳と長い鼻を持ち

家のリビングに堂々と居座っているが、人々は

そのケバケバしい高さ15メートルの存在の正体が何なのか

恐ろしくて直視できない。

ロス茶とその代理人は、一方では

政治、企業、銀行、マスコミの圧倒的な部分をハイジャックし

また一方では、当たり前のことを言うだけで

「反セム主義」と非難されることの恐怖心を利用して

人間の心理に挟み撃ち作戦を仕掛けてきた。

 

これは人々が

「シオニズム」=「ユダヤ」と同一視する認識を持つことで可能だった。

だが、これは同一ではない。

シオニズムというのは、ロス茶家が大方支配する

イルミナティ家系の目的を前進させるために

ロス茶家が築き上げた政治思想である。

人々は、シオニズムと言えばユダヤ人を連想し

イスラエルと言えばユダヤ人を連想する。

そのようにプロパガンダされているので

やむをえないことだが、これは重大な誤解であり

本当に何が発生しているのか理解するためには

こうした短絡的な発想は打ち砕いておく必要がある。

 

「シオニズム」とはロス茶のことであり

「椅子ラエル」もロス茶のことだ。

世界中の主要な地位に

おびただしい数のロス茶・シオニストがいるが

彼らは「操作しているユダヤ人」ではなく

ロス茶の要望と利益を実現するために

「操作しているシオニスト」なのである。

ロス茶・シオニストの目標を達成しようと活動している彼らは

一般的にユダヤ人のことなど気にしていない。

その彼ら自身も、より大きな目的からすれば

取るに足らない消耗品に過ぎない。

 

ロス茶・シオニストに反対すれば

ユダヤ人全体に反対していると思われ

「人種差別主義」扱いされることになる。

ロス茶の計画は、大半のユダヤ人にとって

利益の保護・増進どころか、しばしば破滅的な結果をもたらし

何百万ものユダヤ人が

ロス茶・シオニストのエリートたちの行動のせいで不当な評価を受けている。

総体的にユダヤ人は

必要に応じて利用・酷使するだけの家畜であり

他の人類と変わりないのである。

 

 

ロス茶の領土であるドイツで

アドルフ・ヒトラーとナチ党が台頭した背後には

ロス茶家のネットワークがあったことは確実である。

ロス茶家は、ナチスの標的となった

ユダヤ人に対する同情を利用して、パレスチナに祖国を要求した。

これがロス茶・シオニズムの根拠

ということになっているが、それは一部に過ぎない。

パレスチナにロス茶の国を強要する運動は

少なくとも19世紀初頭にさかのぼることができ

おそらくもっと昔に起源があるはずである。

 

パレスチナの乗っ取りは

1971年のバルファオ宣言で勢いづくことになった。

このとき、イギリスの外相アーサー・バルフォア卿は

ユダヤ人がパレスチナに祖国を持つことを

英国政府は支援すると、書簡で宣言したのである。

この書簡は

「円卓」というエリート秘密結社の中枢メンバーであるバルフォアから

その円卓に

資金を提供していたウォルター・ロス茶男爵に宛てられたものだった。

円卓は、今日も王立国際問題研究所、外交問題評議会、三極委員会

ビルダーバーグ・グループなどを包含するネットワークの中核である。

どれもロス茶の組織である。

 

 

1948年に爆弾により

椅子ラエル建国に持ち込んだテロリスト集団に資金提供し

武器を与えていたのもロス茶家である。

このテロと殺戮により

80万人のパレスチナ人が生まれ故郷を去ることになった。

今日に至るまで変わらないが、その当時の全世界は傍観していただけだった。

自らが法律である椅子ラエルには

正義、公正、良識、人情などといった言葉は関係ない。

 

2009年、椅子ラエルの文部省は

歴史の教科書から1948年の排除を

「民族浄化」と記述した箇所を削除する計画を発表した。

検閲者を当惑させたのは

「難民の多くは、民族浄化政策を始めたユダヤ人武装勢力に攻撃され

住み家を追われた一般市民だったと

パレスチナ人とアラブ諸国は強く主張している」

という箇所だったようだ。

これはまさに事実であり、今でも同じことが起きているが

椅子ラエルの子供たちに

本当のことを知らせるわけにはいかないのだ。

 

 

椅子ラエルはロス茶の国家である。

椅子ラエルの議会や

最高裁判所の建設資金を出したのがロス茶であるのも当然である。

椅子ラエルのシモン・ペレス大統領は、ロス茶家のことを

「椅子ラエル国家の建設に、これほど財産を寄付した家族はいない」

と語っている。

 

ロス茶のシンボルである六芒星(ダビデの星)が

椅子ラエル国のシンボルにされた。

多くの人々は、長い間ユダヤ教のシンボルだった

「メノーラー」(7本の枝のある燭台(しょくだい))

を国旗に入れることを望んだが、ロス茶の国であるから

ロス茶の望み通りにしかならなかった。

六芒星はユダヤ人のシンボルではなく

子供を生け贄に求めていた(今でも生け贄にしている)

「モロク」という古代の神を象徴するものであるという

正しい指摘もなされている。

 

 

ロス茶たちがパレスチナを乗っ取りたい理由はいろいろあるが

その一つに、中東を分裂・混乱状態に維持することで

そこから最終的に地球規模の戦争を引き起こし

地球独裁政府へと持ち込みたい意図がある。

椅子ラエルの建国は手段であって目的ではないし

その目的に合致するのであれば、ロス茶家は喜んでユダヤ人を見放すことだろう。

実際に過去にそうしているのだ。

 

 

どれだけ長い間そこに住んでいようが

椅子ラエル建国前から村落が存在していようが、関係ない。

椅子ラエルは地球上で最も人種差別が激しい国だ。

 

2010年1月、冷淡な椅子ラエル政府は

予告なしにダムを放水し、ガザの村に洪水を起こした。

人々は、家に閉じ込められ、水を逃れて屋根に上った。

椅子ラエルの極悪人たちは

人々を生まれ故郷から追い払う活動を継続しており

椅子ラエルの爆撃で何万軒もの家が破壊されたため

テント生活をしていた人々は、さらに悲惨な状態に苦しめられた。

 

パレスチナ人は、椅子ラエルの真の権力体制、ロス茶家のために

椅子ラエルを支配する暴君によって

計画的に壊滅させられている。

そして、アメリカなど諸国の納税者

(この本を読んでいるあなたもそうだ)が

この計画的な殺戮にお金を払っているのである。

 

 

パレスチナ人に勝ち目はない。

ゲーム台は傾けてあり、いつも八百長だ。

不正を排除するには

その不正に対して暴力的に対応する動機を排除するべきだ。

悲惨な状況を受け入れるか、戦火を交えるか

どちらを選ぶかという立場に人々を追い込めば

戦うことを選ぶしかないと考える人が出てくる。

 

根本的な原因(不正)に取り組むのではなく

椅子ラエルは「自衛」のために最新鋭の爆撃で対応する。

2007年には

椅子ラエル人一人につき、パレスチナ人25人が殺された。

2009年初めの椅子ラエルによる22日間のガザ攻撃では

子供300人を含む約1400人のパレスチナ人が殺された。

椅子ラエルの一般市民の死亡は3名だった。

これは「自衛」という範囲におさまらないものがある。

 

 

彼らは

非ユダヤ人のことを「ゴイム」とか「ゴイ」(家畜)と呼ぶ。

私が彼らのことを人種差別的だと言う具体例を示しておく。

 

●ユダヤ人を叩いたゴイは、殺さなければならない。

●ゴイが紛失したものを、ユダヤ人が発見したなら、返さなくてよい。

●ユダヤ人がゴイを殺しても、死罪にはならない。

●ユダヤ人がゴイから盗んだものは、そのまま保有してよい。

●ユダヤ人は、ゴイを出し抜くために、言い訳をしてもよい。

●ゴイム(異邦人)の子供は全て動物である。

●ゴイムが産んだ女子は誕生のときから二ダー(月経の不浄)状態にある。

●ゴイムは人間ではない。獣だ。

●ゴイと食事をともにすることは、犬と食事をするのと同じだ。

●ゴイムであれば、最良の者でも全て殺すべきだ。

●ゴイムの性交は、動物の性交のようなものだ。

●平和な時代には、間接的な方法で異邦人を負傷させることもできる。

 例えば、地の裂け目に落ちたら、梯子を撤去するとかである。

 

あまりの壮大な偽善に、息が止まりそうだ。

 

 

ジョージ・オーウェルは

「詐欺があまねく生き渡った時代になると

真実を語ることは革命的な行為になる」

と預言書のごとく語っている。

今や革命的な行為というよりも、犯罪になりつつある。

驚くことに、「自由の国」のはずであるにもかかわらず

カナダの「人権」委員会が審問する訴訟では、真実では弁護にならない。

 

 

別の言い方をすれば、「良いユダヤ人」は

ロス茶・シオニストのことであり

ロス茶・シオニストが言う通りに行動する人間のことである。

一般のユダヤ人はこのことをよく理解しておかなければ

騙され続けることになる。

 

 

マーティン・ルーサー・キング牧師は言った。

 

「我々は背筋を伸ばして、自由のために働かなければならない。

背中が曲がっていなけれなば、乗っ取られることもない」

 

いろんな意味で、立ち上がらないといけないときだ。

 

2巻おわり 3巻は昔一番興味深かったけど

売上の邪魔しちゃいけないので、これにて終了

 

 

2巻164ページより

 

 

ロス茶王朝は、一族の黒魔術師が支配している。

この悪魔崇拝の黒魔術師は、現実がどのように動くか

どのようにすればエネルギーと人間の知覚を操作できるかを熟知している。

何でもエネルギーではあるが

彼らはマネーもエネルギーであることを知っており

この知識を活用できるように金融制度を築いた。

我々は「マネーの流れ」と言うが

実際には「エネルギーの流れ」であり

彼らはマネーのエネルギーが

自分たちのほうに流れるようなエネルギーの構造体を築いた。

この構造体のことを我々は

「経済制度」とか「経済」と呼んでおり

銀行など金融機関、株式市場、その他の取引主体で構成されている。

 

だが、こうした経済主体は

マネーという経絡(けいらく)の経穴(つぼ)に過ぎず

世界の富は血筋の家系に流れ込むようになっている。

この仕組により

ロス茶の資産は、億単位ではなく、兆単位になっている。

金融制度というエネルギーの構造体を操ることで

世界中の政府を合計したよりも大きなマネーを握っている。

 

ロス茶家にしてみれば

無数の河川と運河から24時間無休で巨大な湖に水が流れ込み

刻一刻と湖が深く広くなっていくのを眺めているようなものである。

その水がマネーであり、マネーはエネルギー(力)である。

マネーは、エネルギーを交換する手段である。

 

彼らが創造するマネーが社会を循環し

人から人へと受け渡されるが、人々は知らない内に

自らのエネルギー場をマネーのエネルギー場に刷り込んでいる。

彼らは

我々のマネーを盗み取ることで、我々の生命力を奪っているのである。

 

これについては私自身が直接経験したことがある。

Aという人が、Bという人のために働くという形で

エネルギーを与えたならば、Bは等価の労働をして返すか

マネーでエネルギーの相互作用をバランスさせることになる。

もしこの交換が、バランスの取れた公平な形で行われないならば

どちらかが受け取るよりも多くのエネルギーを与えていることになる。

経済制度というのは、多数の人と少数エリートの間で

まさにそうしたエネルギー交換が

具体的かつ恒常的に発生するように設計されている。

 

まず、多くの人が受け取っている賃金は

雇用主が必要な労働力を確保するために

これだけ払っておけばいいという最低限の金額である。

多くの人は、毎日与えているエネルギーに対し

最初から公平な見返りを受け取っていない。

そのようにできているのだ。

 

だが、これはまだ序の口である。

基礎となる収入(与えたエネルギーに対して受け取るエネルギー)を

吸い取ろうとして、エネルギー吸血鬼たちが長い列を作って待っている。

その代表が、「課税」であり「利子」である。

所得税、消費税、地方税、州税、相続税、自動車税

税金の規模はすさまじく、いつも増え続けている。

消費税というのは

自分自身のマネーを使うことに対する罰金であり

相続税は、すでに課税されたマネーに対する課税である。

 

一年に支払う税金を全て合計し、所得から差し引いてみれば

自分が与えたエネルギーに対して受け取ったエネルギーが

税金だけで

どれほどシステムに吸収されているか、ショックを受けることだろう。

最終的にこのマネー(エネルギー)は

ロス茶の「湖」に流れ込むことになる。

 

だから、常に税負担が増え

公共サービスのためにマネーを支払っているにもかかわらず

公共のサービスは劣化を続ける。

この税金に加え、「信用(クレジット)」という

存在しないマネーを「借りる」ことに対して銀行に支払う利子があり

人類がシステム的にエネルギーを骨の髄まで吸い取られているのが分かるだろう。

 

エネルギー以外にも吸い取られているものがある。

選択肢と可能性だ。

「そんな余裕はない」とか「お金がない」という決まり文句で

やりたいこと、行きたいところがあるのに、何度拒絶されたことだろうか。

我々のマネーは

我々のエネルギー場の一部であり、「我々」の一部である。

 

マネーを「所有」することで

我々のエネルギー場とマネーのエネルギー場が

振動的に接続されるからだ。

マネーを与えること、受け取ることは、エネルギーの出入りである。

人々は取り戻すよりも遥かに多くのエネルギーを与えるように操られている。

本来の交換が、給料とか利潤という形でなされた後も

我々が受け取ったものの大半は、税金、利子、人為的に

インフレにされた生活に必須のサービスの費用として消えてしまう。

 

ロス茶家が操縦する経済制度は

地球の人類の生命力を吸血鬼のように吸い取るために創造された。

人々にはマネーしか見えていないが

ロス茶は、その本質、つまり、全てをエネルギーとして見ている。

我々はマネーのことを「通((カレンシー)」と呼ぶが

本当は「流れ(カレント)」である。

ロス茶はそのように利用している。

電流のように回路に流し込み、遥かに大きな電圧で

(利子を付加されて)取り戻しているのである。

 

ロス茶は

世界の金融システムを支配し、窃盗と搾取で力を蓄積してきた。

このシステム全体が壮大な詐欺になっている。

我々が思っているようなマネーは存在しないのだ。

財布の中に入っている紙幣も硬貨も、何の裏付けもない。

我々が価値があると納得しているから価値があるだけだ。

価値のない紙切れ

(支払うことの約束、約束手形)と金属片であるが

そこに何か深刻な価値があると、我々はごまかされている。

さらに今日では、大半のマネーは、手に取ることさえできない。

コンピュータ画面の数字でしかない。

本当に「電流(カレント)」だ。

 

 

ここで鍵となるのは利子である。

もしもマネーが無利子で流通し

いかなる形態の利子も存在しないならば

マネーは、物々交換の限界を克服する

エネルギーの交換単位としての本来の正当な役割を取り戻すことになる。

だが、利子が登場すると問題が発生する。

マネーからマネーを作り出していることになり

マネーが人々に奉仕するのではなく、人々がマネーの奴隷になる。

政府が自ら無利子のマネーを創造しないのは

政府が、銀行を支配する家系に支配されているからである。

 

 

(米国)アブラハム・リンカーン大統領は

南北戦争の北軍の軍資金のため、「グリーンバック」という

無利子のマネーを印刷し始めたとき、暗殺された。

ロス茶家は、彼らが画策する戦争ではいつもそうだが

南北戦争の両サイドに資金を提供していた。

ところが、リンカーンは

その目が飛び出るような利子の支払いをついに拒否してしまった。

グリーンバックの仕組みはとてもうまく機能したため

リンカーンは政府の財政を恒久的にグリーンバックにしようと考えていた。

ロス茶家にとっては最悪の事態だった。

ロス茶家は、ジョン・ウィルクス・ブースを使って

1865年にリンカ―ンを暗殺し

リンカーンとともにグリーンバック政策も葬られた。

 

1963年6月4日、ジョン・F・ケネディは

ロス茶家が私有する「アメリカの中央銀行

(連邦準備制度)を通さない無利子のマネー

(銀証書)を42億9000万ドル発行する権限を

財務省に与える大統領命令11110に署名した。

その年の11月22日にケネディは暗殺された。

暗殺計画に関与していた後継のリンドン・ジョンソン大統領は

ケネディの政策を取り消した。

 

さまざまな国の大統領や首相が

ロス茶の言いなりになる理由は

もし言う通りにしなかったらどうなるか知っているからだ。

 

5巻261ページより

翻訳者の爬虫類神に関するコラム2/2

 

 

蛇というテーマを考えたとき、最大の疑問は

これほどまでに(古代において顕在的に、現代においては潜在的に)

蛇を崇拝していながら、なぜ人間は蛇を嫌悪するのかという矛盾である。

この疑問を考えていくと、宇宙の原初までさかのぼらなければならなくなる。

私はこのように推理する。

 

原初の状態。

ぼんやりとした中に根源意識(魂)があった。

特に問題もなかったが、少々退屈だった。

そこで複数に分離すると楽しいかもしれなと気付いた。

そこで、魂は分かれ、心(マインド)=物質(ボディ)となった。

これは何段階も行われ、いくつもの次元が誕生した。

陰と陽の二分割の繰り返しで、ニのべき乗的に複雑化する

(コンピュータの二進法との類似。

易の64卦と64種類のRNAコドン=遺伝コードなど)

思うだけで

物質を自在に操ることができるうつろいやすい次元もあれば

我々がいるこの現実世界のように

とても創造(想像)したものとは思えないほど

かっちりした物質世界もある。

 

そうしたプロセスの中で、神(蛇)が「人」という

心(マインド)=物質(ボディ)を作った(プログラムした)

神も次元の違う心(マインド)=物質(ボディ)であるが

自らが人として生まれ、楽しむためである。

男女を分け、性の快楽も作った。

神人が一体化すること(食べること、食べられること)

も快楽だった(カマキリの交尾のイメージ)

 

ある系統の神々が、人(となった神)が

この原初の過程を忘れ

ますます個別化した意識を持つように

人の心(マインド)=物質(ボディ)を改造した。

この現実世界にトラップする策謀である。

(エデンの園で蛇が人に知恵をつけたという話)

主な遺伝子プログラムの改造内容として

 

①老化を早め、短命にして、頻繁に生死を繰り返すようにした。

 

②女に月経を作り、本来は別のものであった性愛と妊娠(生殖)を結び付けた。

 

これにより、自ずと人間は増殖し、縄張り争いを続けることになる。

その戦闘で人々が恐怖するのが楽しかった。

(恐怖をエネルギー的な食糧とした)

人間が格闘技や闘牛などを好むのと同じである。

「古事記」の黄泉の国の話で

イザナミが「1日1000頭、絞め殺す」と言うと

イザナギは「ならば1日1500の産屋を建てよう」

と言い返したのは

このことを表しているのかもしれない。

 

③自らと同じような思考スタイルを埋め込んだ。

 

階層・秩序が好きで

特定の思い込みや信仰を固守し、権威に従属して集団を形成する。

そうして形成した集団間で大規模な戦闘をするようにしたのである。

また、思い込みが激しく、個別意識にとらわれ

互いに争うように遺伝子をプログラムした。

 

④神霊としての蛇を見えないようにするとともに

本能的に蛇を怖がるように人間の遺伝子を組み換えた。

 

神界(妣(はは)の国、常世)との接続を切断したのである。

クレド・ムトゥワが

爬虫類人は神々と人間の通信の妨害者と言っている通りである。

全体的(ワンネス)に考えると、こうすることで

水戸黄門的な勧善懲悪(二次元)ストーリーを

さらにリアルで複雑でエキサイティングにしたのである。

 

そして人は、自らの本体(魂)である蛇を

外側にある存在として誤認識するようになり

畏怖(いふ)し、崇拝するようになった。

これは、自分自身を怖がるのであるから

深層意識での自己否定(精神病)にもつながる。

そして、その宗教(想念パワー)により幽界が形成された。

死んでも神(蛇)の世界(常世)に帰ることなく

その幽界(想念が作っているので各宗教ごとに存在する)

にとどまるようにしたのである。

 

こうして、何度も生まれ、死んでは、現(うつ)し世と

幽界を往復するというループに陥ることになった。

人々が蛇を怖がるため、慈悲深いタイプの神々も

悲しいことに、身を隠すしかなかった(神が見えなくなった)

五感の現実世界にとらわれた人間は、文明を発達させては

自然を破壊し、神々の領域を侵していった。

地底(海底)に住む神々は、地球を守るため

何度も人間の文明を滅ぼす以外に方法がなかった。

 

時系列のように書いたが

時間は錯覚であるので、全て今発生していることになる。

この経緯からして、人間の遺伝子はもともと二元的に思考し

互いに争うようにプログラムされている。

意図的に欠陥を持つように改悪されたのである。

肉体(五感)にとらわれたままでは

平和が訪れないのはこのためである。

 

 

ところで

現在でも主流の学者たちは、爬虫類人をトンデモ扱いするだろう。

だが、いくら動物の蛇に生命力があり、脚なしで地上を滑り

水に泳ぎ、男根の形状をし、毒で一撃する能力を持つからといって

そうした理由だけで、「人間を蛇の末裔としてとらえ」たり

「古代日本人にとって、その初代の王も、また蛇となってしまう」

(吉野裕子「日本人の死生観」)であろうか?

また、動物の蛇が人間(巫女)と交合していたという説と

蛇のヒューマノイドが人間の女と交合するという話と

どっちが非常識で、どっちが現実的だろうか?

少なくとも、トンデモのレベルとしてはよい勝負だ。

 

アイクさえも出る幕がなくなりそうな

吉野裕子氏の言葉を引用する。

 

「世界蛇とは宇宙意志をおこなう大元の存在であって

想像を絶する巨大さで国土を取り巻き

その派生した蛇神、および人間を支配し

あやつり、争闘させて勝敗を決し

統一をはかるなど中央にあって静かに思念する根源的な存在である。

初代神武天皇が蛇出目である以上

天皇家の祖霊が蛇であることは当然であり

また世界各民族の神話でも見たように

太陽と蛇は密接に関係するものであるから

日神天照大神が蛇神であることは

きわめて自然に納得されるのである。」

『日本人の死生観』

 

天皇が爬虫類人ハイブリッドの血筋であるとしても

「良いレプティリアン」の系統だと

思いたいのが日本人としての心情である。

それについては、例えば、こんなエピソードが参考になる。

 

「古事記」によると、一夜を過ごしただけで

木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が懐妊したため

ににぎ命は自分の子供ではないのではと疑った。

木花咲耶姫は

それを悲しみ、産屋に火をつけて身の潔白を証明した。

そのとき生んだのが

火遠理(ほおり)命であり、その孫が神武天皇である。

つまり、恋人を信じることもできず

異常なまでに自らの遺伝子の存続に固執する存在が

現在憲法において「象徴(シンボル)(人形)」と

定義された存在の祖先であると公式の記録に書いてある。

 

では最後にこの言葉で締め括りたい。

 

人間とは

「仮に人の姿となっている蛇」であって

現世にあふれる蛇の一種なのである。

人間は本来、蛇であるゆえに祖霊蛇の領する他界から来て

他界に帰すべきものであって、その誕生は蛇から人への変身であり

死は人から蛇への変身である(日本人の死生観)

 

こうして2008年に91歳で「他界」された

(蛇に変身された)吉野氏は

神体とされる「鏡(かがみ)」は

「蛇目(かかめ)」または「蛇身(かかみ)」だと述べている。

神社に参拝すると、正面には鏡があることが多い。

 

あなたが拝んでいる鏡には

何が現っているだろうか?

要するに

私もそうだが、あたなも爬虫類神(レプティリアン)なのである。

 

5巻おわり 2巻につづく

 

 

5巻255ページより

翻訳者の爬虫類神に関するコラム1/2

 

 

日本の歴史を振り返ると、この地球物語の縮図のようである。

江戸時代(過度に美化するべきでないが比較的)

自然と調和した生活をしていた日本に

発達した技術を持った西洋人が黒船でやってくる。

西洋人は、日本人を西洋の思想で洗脳し

現在に至るまで日本人を代理人として日本を支配している。

さらにさかのぼれば、自然と調和した生活をしていた古代の日本に

水稲栽培や土木技術などの高度な技術を持った大陸人がやってきた。

これが王権を樹立し、歴史を捏造して、日本を支配してきた。

もっとさかのぼれば

縄文時代にも同じ乗っ取りのパターンが繰り返されていたのかもしれない。

我々日本人としては

日本こそは自然と調和して生きるナヴィであり

地球を蝕む邪悪な勢力と対峙する存在であると信じたいところである。

先史文明に詳しい浅川嘉富氏は

古今東西の情報をもとにこのように総括している。

 

①地球の創成期には龍蛇族(龍神系宇宙人)が深くかかわっており

その中心となって働いた龍神は

国常立尊(くにのとこたち‐の‐みこと)

「日本書紀で、天地開闢ののち最初に出現した原初の神」であった。

また天照大御神(あまてらすおおみかみ)も

白龍神ともども大いなる働きをされたようである。

 

②人類は龍蛇族のDNAをもとに創造され

その初期の姿は人魚と両性類を合体させたような水棲動物的で

時代を経て今日の姿に変容してきたものと思われる。

 

③龍蛇族系のグループに属する宇宙人には

プレアデス人やシリウス人のほか

グレイ型のゼータ・レクチル人などもいるようだ。

 

④レプティリアンや龍蛇族の中には

「幽界」(アストラル界)に住む者と、「神界」に住む者がおり

前者の一部には地球人の進化を妨げようとしている邪悪な存在もいる。

この種の存在とオリオン系の一部の宇宙人が

地球支配を目論む地球人と手を組んだ集団が、いわゆる「闇の勢力」である。

ただし、龍蛇族のほとんどは人類を導く高次元の存在である。

 

⑤かつて龍蛇族はムー文明を興し、ムー大陸を統治していたが

やがて、オリオン座からやってきた物欲と支配欲を持った

アトランティス人との間に戦いが起こり

最後は天変地異により滅びることとなった。

ただ、ムー大陸の一部は沈まずに残され

それが現在の日本列島となっている。

また、ムー時代にも日本という国は存在しており

それを統治していたのが国津神(国土の各地方の有力な神々)

と呼ばれる人々であったようである。

 

⑥滅亡したムー文明を引き継いだのが

大艱難に遭遇しながらも生き残った日本で

再スタートを切った地の一つが

九州の高千穂峡や幣立神宮一帯であった。

その後、神武天皇が戦い続けたのは

オリオン系の獣神に導かれた一族であったようで

現在も両者の戦いは次元の違う世界で続いているようである。

 

➉「闇の勢力」により

人類の創成に龍神や龍蛇系宇宙人が

深く関与していたという事実はこれまで巧妙に隠されてきた。

そして、龍神や宇宙人たちも長い間神界に身を退き

また海底基地に潜んで、陰から人類を指導してきたふしがある。

「龍蛇族直系の日本人よ!ヒカルランド、2011年」

 

また、聖徳太子が編集したという

「先代旧事本紀大成経(せんだいくじほんぎたいせいきょう)」

(1679年に江戸の書店で発見)には

神武天皇など初期の天皇が龍蛇を思わせる姿をしていることが

記述されていることも指摘してある。

記紀にも、さまざまな神・人がワニから生まれたとか

蛇から生まれたと堂々と記述されているのであるから

何ら不思議はないことであるが

この文書は偽書扱いされ、関係者が処分されたそうである。

 

アイクもこのように述べており、おおむね共通している。

 

「ずっと昔から地球に狙いを定め、資源を略奪し

人々を支配しようとしていた爬虫類人のグループがいた。

念を押しておきたいが

特定の爬虫類人グループのことであって、全ての爬虫類ではない。

爬虫類種の多くは、より高次なレベルの意識につながっている。

だが、霊能力と物理的(肉体的)な手段を使い

両性的だった人間の振動状態を崩そうとする無法者の爬虫類人グループがいた。

そして、こうした爬虫類種が生命の糧(エサ)としている

「恐怖」の振動を非常にゆっくりと徐々に植えつけていったのである。」

(第10章)

 

星座には動物の名称を付けたものが多いが

宇宙のいろいろな星の生命体が

地球を舞台に勢力争いをしていることも想像できる。

稲荷台遺跡(千葉県市原市)の古墳群が

北斗七星の配列になっていたことが

今年(2011年発行)発表されているが

他の古墳でも壁画に星座が描かれていることや

エジプトのピラミッドが

オリオン座の三ツ星の配列になっていることなどを考えると

それぞれ故郷の星との接続を暗示しているのかもしれない。

 

ところで

善良なレプティリアンと邪悪なレプティリアンは何が違うのだろうか。

こうした問いを考えるとき、我々は人間を中心に考えてしまいがちである。

つまり

邪悪なレプティリアンとは人間に災いをもたらす存在で

善いレプティリアンとは

人間に豊かで安定した生活をもたらす存在だと考えてしまう。

あるいは、恐怖をエサにするのが邪悪なレプティリアン

快楽をエサにするのが善良なレプティリアンという区分もできるだろう。

 

人間を中心に考えるということは、ヒューマニズム

人間の生命尊重主義であり

究極的には人口の増加を善とする思想に行き着く。

科学技術の発達や相互の思いやりなどにより

なるべくたくさんの人間が生きているべきという思想である。

そして、人口の増加を技術の向上により克服したかと思えば

また人口が過剰になり新たな技術の開発が必要になるという

エンドレスに新たな問題が噴出する状態に行き詰まってしまう。

 

動物の蛇は、善だろうか?悪だろうか?

生理的な嫌悪感(心と感情)を除去し

よく習性を観察すれば分かるように

蛇は特定の刺激に対して

特定の反射的行動を取っているだけであって

それが危険かどうか

農作業の邪魔になるかどうかは、人間が判断しているだけである。

善悪は人間(心)が決めているに過ぎない。

 

自然に対する人間の思いも同じである。

生命を育む太陽の光など人間にとって都合のよい部分は「善」と捉え

地震のような災害をもたらす部分は「悪」だと決めている。

同じ自然

一体をなしている自然を、人間中心の視点で善悪に分けている。

津波の被災者に対する「同情」も

人間が人間に同情しているに過ぎない。

我々が自然(竜)を敵だと思考すれば敵になるし

味方だと思考すれば味方になる。

 

我々が「人間」という肉体と心に束縛されている限り

この人命尊重主義の観点から一歩も抜け出すことはできない。

そして、支配システムは、その人命尊重主義

肉体サバイバル至上主義を利用することで人類の魂を支配し続ける

(根源意識と絶縁し続ける)ことができる。

病気に感染しないようにワクチンを打ちましょうとか

食品の衛生管理を徹底しましょうとか

安全のために警備を強化しましょうとか

テロを防ぐために戦争しましょうというようにである。

 

人命尊重主義から脱却したとして、それに代わる価値観として

例えば「美しい地球」に人命よりも高い優先順位を付すなら

良いレプティリアンと悪いレプティリアンは、どこで線引きできるだろうか。

今の人類は、「美しい地球」に貢献する存在だろうか

それとも地球を汚している存在だろうか。

その人類を殺戮しようとするレプティリアンは善悪どちらになるだろうか。

人類を支配・支援し

地球の汚染に拍車をかけているレプティリアンは良い存在だろうか。

他の動物、樹木などの植物にとって

良いレプティリアン、悪いレプティリアンとは、どんな存在だろうか。

 

地球を一つの生命体(竜)として見ると

(地震兵器が使用されたか否かにかかわらず)

天変地異は地球の免疫反応、排毒作用とも考えられる。

アイクが言うように、地球そのものも

今、新たな振動に同調しようとしているならば

癌におかされた人間が自己治癒力で回復していくように

地球にとって有害な生物を排除しなければならない。

そのプロセスを人間の立場から見ると「自然災害」になる。

それは肉体レベルの生死だけでなく

振動的に地球と共鳴できない魂(霊的なボディ)は

追放される(または消滅する)ということだろう。

 

第6巻に詳細に記述されているが

この仮想現実はホログラムであり

地球と個々の人間の肉体は、相似形で連動している。

ということは

地球の汚染は、我々の身体の病気となって現われるし

我々の身体を健全に維持することが、地球の浄化になるということである。

医薬品が糞尿となって地球を汚している。

 

テレビの時代劇「水戸黄門」は

悪代官や商人に苦しめられている民衆を

最後の場面で光圀公が救出するというストーリーであるが

それと同じように、良いレプティリアンがいるならば

最後の土壇場で

人類を救出してくれるのではないかという期待を抱くことも可能である。

だが、巧妙なことに

悪代官が大部分の民衆をピラミッド支配体制に組み込んだ国があり

民衆が互いに監視し、競争し、奪い合うように操られ

そのことを民衆が自覚していない状態だとすると

水戸黄門に救出できるものだろうか。

 

あるいはこのように言い換えるとよいかもしれない。

自分に何でもできる超能力があったとして

悪い連中を好きなだけ殺すことができるとしよう。

それで、例えば

アメリカの現在の支配勢力を皆殺しにすれば、世界は平和になるだろうか。

地球の人間を覚醒させ

精神的に高次元に導くのが良いレプティリアンならば

「闇の勢力」を構成するレプティリアンこそ

我々に人間の臆病さ、醜悪さ、卑屈さを痛いほど分からせ

自らの欠陥を直視させる、最高の指導者的

反面教師的レプティリアンとも言えるのではなかろうか。

人間の積極的な協力なくして彼らの支配はありえないからである。

 

なぜ、そもそも邪悪なレプティリアンが地球に介入してきたのか?

全てが必然であるならば、その「必然性」はどこにあったのか?

アイクもその答えはまだ示してくれていないようだ。

今後の解明に期待しつつ、我々自身で考えなければならないことだろう。