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ブロブロ奈良2012

ブロ長ブログ略してブロブロ。
公益社団法人日本青年会議所奈良ブロック協議会会長ブログ。
一年限定です。よろしく。

先日大相撲の春の巡業として

大相撲葛城場所が開催されました。

一連に不祥事禍根からひさしぶりの興行の第1弾として

相撲の発祥の地奈良県葛城市が招致したということです。

日本書紀によると紀元前23年にこの地の當麻蹴速(たいまのけはや)と出雲から来た野見宿禰(のみのすくね)が日本で最初の相撲の試合を葛城で行ったと言われています。
(注釈:あとで調べたところ相撲を取った場所は葛城ではなく現在の桜井市のようです)

結果は・・・野見宿禰が勝利。


當麻蹴速は腰骨を折られて殉死だそうです。。イタイ敗戦


日本最初の相撲が行われた北葛城郡當麻町(現葛城市)には

相撲記念館が建てられ、今でもわんぱく相撲や学生相撲大会などが行われています。


この蹴速と宿禰の闘いは地元民は小学校で習う郷土史でもあります。


郷土の歴史は語り継いでいきたいですね。



んで、葛城場所はどうだったかって?



結局忙しくて行けませんでした・・・
でも大盛況だったようですよ。


私がこよなく愛する天才モーツァルト。

天才という言葉を冠する偉人はたくさんあれど

私にとって真の天才はモーツァルトをおいて他にありません。

最近モーツァルトのシンフォニーを車中で聴くのが至上の楽しみでもあります。

モーツァルトのシンフォニーと言えば後期三大交響曲が特に有名ですが

今日聴いたのは表題付きでありながらなぜか地味な存在 

交響曲第36番ハ長調「リンツ」K425

明るく祝典的な雰囲気を持つハ長調で書かれた交響曲ですが

曲中は転調に溢れ飽きさせないおもしろさを持っています。

特に第1楽章を私は好みますが、例えば楽しい散歩の中でいろいろな発見があり

「おっ!こんなところにつくし発見。」

「タンポポの綿毛がきれいだなー」

そんなウキウキとした気分にさせてくれます。

普段の生活からファンタジーの世界へ連れて行ってくれるようなひととき。

モーツァルトの魔法にかかったら私はメロメロです・・


この曲の残念なところは2,3楽章がちょっと頼りないところ。

そして4楽章は若干凝りすぎているかな。ファンタジーが難解です。


でも驚くべきはモーツァルト。この30分近くの交響曲を

たったの3日で書き上げたそうです。。


ひらめきを楽譜にする能力とその感性。

真の天才って本当にすごいですね!


今日聴いた演奏
モーツァルト/交響曲第36番ハ長調「リンツ」K425
オトマール・スイトナー指揮ドレスデンシュターツカペレ




数え年で41歳になった私は前厄の厄除祈願に行って参りました。

信貴山朝護孫子寺(しぎさん ちょうごそんしじ)は奈良県生駒郡平群町にあります

毘沙門天をご本尊とされる信貴山真言宗の総本山です。

今から1400年以上前、蘇我馬子率いる官軍が大和の豪族物部氏を討伐しようと

出兵したとき、官軍側にいた馬厩皇子(聖徳太子)のもとに闘いの神毘沙門天が

寅の日寅の刻に降り立ったと言われる伝承から虎を祭神とされていますので

阪神タイガースファンには特に有名なスポットでしょう。

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写真は世界最大のはりこの虎です。

体長は6m近くあるのじゃないでしょうか・・

でもお顔は凛としていながらどことなく愛嬌があって・・

是非実物をご確認ください。


本日は凄まじい雨と嵐だったせいか、祈祷される方は私を含めて

4名でした。太鼓のリズムと荘厳な声明。終始敬虔な雰囲気で

ご祈祷をいただきました。

自分だけが幸せになるのではなくまわりの人も幸せであることを

願うことが毘沙門天の教えだそうです。

それを周知しただけでも私にとって御利益があったと思います。

聞くところによると、大和七福八宝巡りというのがあって7つの寺社・神社を

巡ることで願が成就するとか・・

また今年の目標がひとつできました。



今日の祈願の前に息子に「どこに行くのか」訊かれたから

「神様のところに行ってくるよ」と答えたら

「天国?」と言われました・・・


パパはちゃんと夜には帰ってくるからね。







しばらくの間ご無沙汰しておりました。

私事ですが実は先日40歳の誕生日を迎えることができました。

一昨日、昨日とそのお祝いも兼ねて?久々の家族旅行をしてきまして

近場で一泊ですが改めて家族の有り難さを感じた次第です。

産んでくれた両親、いつもサポートしてくれる家族に感謝の言葉を伝えました。


子曰、
「吾十有五而志于学、
三十而立。
四十而不惑、
五十而知天命。
六十而耳順、
七十而従心所欲不踰矩。」 

有名な論語「為政編」の一節ですが

40にして惑はずとは

迷うことがないとか狭い枠にとらわれないと言う意味に捉えることができます。

つまり30歳に自立したら40歳の時点ではもう迷うことがないほど

人生において経験を積んでいることが望ましいのでしょうけれど

未だ迷うことばかり。。


私が論語のような教えを今説くならば

四十而不逃

目の前の現実から目を背けず立ち向かう勇気

こういうことを大切にしていきたいと思います。

不逃の40歳。これからもがんばります。






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福島県宮古市にある被災がれき処理工場

正式には宮古地区災害廃棄物破砕・選別等業務委託 二次仮置場

を視察する機会をいただきました。

こちらは鹿島建設・三井住友建設他6社特定JVによる作業所で

工期延長を含む2014年3月31日までの業務ということです。

宮古市、岩泉町、田野畑村における災害廃棄物は各地で7種類に粗選別され

こちらの二次仮置場で細かく破砕され、20mm以下の復興資材(リサイクルガラ)

20mm以下の軽量物(木質系)、50mm以下の可燃物、50mm以下の不燃物

に分別されます。

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こちらは細かく破砕される前の(一時破砕)資材です。
デンマーク製の破砕機でおおよそ150mm以下に裁断されます。

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このあとこのような機械で再破砕され分別されます。
振動ふるいと風力選別機、さらに人力と磁選機により
選別は行われます。

ここで生産された廃棄物の中でも特に50-0mm可燃物と
一次粗選別で出た柱材・角材について広域処理に頼らざるを得ない
状況にあるとのことです。

岩手県全体の災害廃棄物の量は約435万トンあるそうで
これは通常の10年分だそうです。
このうち復興資材やリサイクルされて地元活用できるものを除いた
約182万tの廃棄物の処理が必要ですが、平成26年3月末までかかっても
県内で処理できる能力は約125万t。
残りの57万tは広域処理が必要な量となります。

その間仮置場での自然発火による火災、夏期には悪臭・害虫の発生が
問題になることから災害廃棄物の早期処理が必要となりますが
広域処理をすすめていかなければこれらは解決しません。
実際に岩手県内で被災後一年間に処理できた災害廃棄物の量は
約42万tで、全体の9.7%に留まっています。

広域処理をすすめるにあたって「放射性物質の拡散」に対する危惧、または「被災地の雇用を奪う行為である」という見解があります。

当然、放射性物質の拡散は許されません。
放射性物質濃度の高い災害廃棄物は早急に現地で処理され
その灰も含めて適切に管理されるべきであることが重要です。

また、災害廃棄物処理が現地の雇用の一役を担っているのは事実ですが、現在の廃棄物処理限界を上回る57万tを広域処理としても現地雇用の妨げとはならないことは明白です。

さらに科学的根拠をもって安全とされている災害廃棄物はなおさら
可能な限り早期に焼却処理されるべきであろうと考えます。
そして、その方法は現在では広域処理が最も理に適っているという結論です。

環境省は県や市に広域処理をお願いする前にその災害廃棄物の安全性を
もっと国民にPRすべきであると思います。
同時に私たち国民はもっと冷静になり、震災直後のような助け合いの精神で
日本各地での広域処理を進めていければと思います。

これからもいろいろな方のご意見を伺いながら運動を進めてまいりたいと思います。