ブロブロ奈良2012

ブロブロ奈良2012

ブロ長ブログ略してブロブロ。
公益社団法人日本青年会議所奈良ブロック協議会会長ブログ。
一年限定です。よろしく。

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またもやおひさしぶりの更新となりました。

「次年度モード」という単語はおそらく私たちのような単年度制の団体にしかあり得ない

ワードなのでしょうが、我々青年会議所では9月になると

今年度の事業(およそ12月末日まで)と次年度の準備(来年1月から始まる)が交錯し

本当に忙しい時間が始まります。

仕事の合間を探しては所信や事業計画づくりに翻弄し

役職出向によっては厳しい合宿もあったりして本当に大変な時期なのです。

歴を重ねるほど年々忙しくなる青年会議所の中にあって

卒業年である私にはとうとう「次年度モード」のない一年がやってきました。

今まで卒業に向けて「寂しい」なんて思ったことがないほど

入会以来突っ走ってきたつもりですが、周りのメンバーが次年度に向けて

忙しく走り回っている姿を見て

「うらやましい」とつい思ってしまいます。

いや。これを見たうちのメンバーは

「イヤミやな~」

なんて思うのでしょうけど

これは本音です。

青年会議所が素晴らしいところって

頼られて「よしっ!」と心に決めたら

自分の能力以上を発揮するべく頑張る「怪物」のような人たちが

いっぱい集まっているところなのでしょう。

いままで何度もそんな人たちを見て、共に運動する

だから感動できたし、成長もできたと思います。

理事長やって地区の役員をやってさらにブロック長に挑む志高い○○君や

激務のブロック会長をやり遂げつつ、さらには来年本会の役員に挑む

△△君や□□君。

本当に頭が下がります。。

こんなパワーに溢れる人たちと一緒に運動できたことが私の誇りです。

成長するためには自分から渦に飛び込む勇気が必要ですし

また、このとんでもなく刺激的なチャンスが40歳までにしか与えられない

と言うのはまさに私たちの特権ではないでしょうか。

私は青年会議所に参加させてもらって本当に感謝しています。

と同時に、せっかくの卒業年。キラキラ輝いてこの年を終えたいと改めて思います。


内輪話でごめんなさい。
先日の海老沼選手の準決勝といい、同日の中村美里選手の有効取消といい

オリンピック柔道でのジュリーの存在に翻弄される

一オリンピックファンの戯言を聞いてもらいたい。

Juryとは陪審員という意味で、本来主審と二人の副審しか存在しなかった

柔道の国際試合で特別に認められた存在であります。

ジュリーは3人の審判員が判定できなかった瞬間を

ビデオで確認し、審判に助言できる立場であるはずなのですが

例の「旗判定のやり直し」などを見ていると

審判員の審判のような立場に映ってしまいますね。

これでは主審・副審の権限がなくなり最初からジュリーが裁定すれば・・

というような印象になってしまいます。

審判が絶対的な権限を持つからこそ、全ての競技が成り立つもので

国際柔道連盟が決定したものとはいえ、柔道のジュリー制度は

きわめて日本的な解決方法だなとあらためて思います。

日本人はともかく外国の方々はこれが納得できるのでしょうか。

私は個人的にはジュリーは必要ない。

というか助言をすることはあっても審判員の判断が絶対であって然るべきだと思うのです。


青旗3本が挙がったとき、篠原総監督が抗議する画面が何度も映っていました。

元々ジュリー制度はシドニー五輪の決勝戦で篠原・ドイエ戦の世紀の誤審が発端で

導入されたもの。

篠原監督も判定が覆ったことに対しては、

もしかしたら複雑な心境だったのかも知れません。(想像ですが)



ジュリーで思いだしたのですが

サヴォイ・オペラの巨頭 アーサー・サリヴァン の隠れた名作オペレッタ

「Trial by Jury(陪審裁判)」は楽しい音楽がいっぱい詰まっていて

ステキなひとときを過ごせること請け合いです。

サー・チャールズ・マッケラスのTELARC盤が個人的にはおすすめです。

脚本家のギルバートとサリヴァンの名コンビにあやかって

アイルランドのシンガーソングライターが自分の芸名をつけたことは有名ですね。

♪アローン・アゲイン。ナーチュリーィ♪




追伸 ジュリーの流れで沢田研二を期待した方ごめんなさい。。




7月15日 青年会議所の近畿地区大会が終了しました。

ここに至るまで社団法人天理青年会議所稲田理事長、竹野実行委員長はじめ

多くのメンバー、市民、関係者、行政の皆様と天理大学、天理教高、地元児童のみなさま

市民合唱団、オーケストラ、よさこいダンサー、地域たから市参加の皆様

の絶大なるご尽力があってこの日を迎えたことは言うまでもありません。

また、地区5ブロック会長と地区内メンバーの皆様、奈良ブロック内メンバーの皆様

当日参加頂いた5000人を超える参加者のみなさま。本当にありがとうございました。

大会式典、グローバル事業報告、震災復興事業報告、人間力大賞最終審査

そしてエネルギーリテラシー事業と大交流会。盛りだくさんの一日でした。

愛溢れる近畿の未来のために さぁ行こう!と一歩踏み出す

最高の一日となりました。







最近になって、新幹線での移動も苦痛でなくなってきた。

また、出張に関しては一人で行くのが良いかもなと感じるようになった。

出来れば隣に誰も座っていないという状況が最高だが、こればかりは運に任せるしかない。

我が社の創業者である私の祖父の言葉を思い出す。

「出張はな。特急に乗っていきなさい。できるだけ一人で静かに過ごせる手配をしなさい。その時間を使って発想しなさい。」

車での移動や通勤電車を嫌った祖父は確かに可能な限り特急の指定席を利用していたらしい。

「特急料金の何倍もの値打ちがあるから。」

確かにそうだ。

読みたかった本を無心で読むのも、あれこれとスピーチを考えるのも、がんばってくれた脳をゆったりと休めるのも、一人で移動するこの瞬間にのみ許される行為なのだから。

移動中は単なる移動中にあらず。

このひとときを無駄にしてはもったいないな。

新しいイマジネーションのために!



、、、と言いながらやっぱりブログに30分近く費やしている僕。(笑)

今日もいってきます!サスティナブルな奈良の実現のために。





iPhoneからの投稿
百人のうち九十九人に誉めらるるは善き者にあらず

武田信玄が遺した有名な言葉ですが

意味は理解できるのですが、なかなか自分の腑に落ちない

というかこれを実践できないジレンマに陥ります。



もともと私の生き方としては周りを気にして行動するタイプ

よく言えば協調型。

悪く言えば八方美人。

どちらかと言えば99人に褒められることを良しとして生きてきたので

これは仕方がないことなのかも知れません。

特に団体の長という立場であって私はその意識が強くなっているように思います。


信玄公に指摘されるまでもなく

百人中一人にだけ誉められるような生き方は私にとって一種のあこがれであります。

憧れならばそれに向かって自分を研ぎ澄ますのが本来なんでしょうが

いつまで経ってもその道に達することがないだろう自分にジレンマを感じてはいます。




卓越したリーダーへの途は一本ではないと思いますが

先人の素晴らしすぎるリーダーシップを既に言葉として遺された以上

この言葉に克つ自分を体現することが私にとって到達点であると

そう考えて生きることこそ、俺らしいなってついにやけてしまうわけです。

自分は自分らしく生きる。これがいちばんですね!