リリースでの横文字の使い方
リリースや報道向け資料で横文字を多用するものを散見します。
外資系などによく見られる光景ですが、これにはどういう影響があるのでしょうか?
まず言えるのは、縦書きの新聞などには嫌われるということ。スペースが限られている中での横文字は異質である他、必要以上にスペースをとります。そのため最低限にとどめる配慮が必要です。
横文字は英語のみならずURLなども含まれます。Webメディアへのリリースは逆に積極的に書きSEO効果を狙う必用はありますが、紙媒体の場合は余りにも長いURLは相当な必要性を感じられなければ書かれません。その際は、URLを書かれなくとも、”詳細は同社HPより”などの一言で済まされても対応できるように、TOPページからでもそのページに容易に誘導できるよう配慮しておく必要があります。
また意味が解らないもの、読み方が解らないものへの配慮も必要です。
専門紙誌ならその業界での常識、一般紙であれば万人が知っていることであればそのまま表記されます。しかしそうでないものは自身の読者が解り易い様に表現を変える必要があり、一カ所くらいであれば問い合わせてくれるでしょうが、多ければ面倒くさい…見送りとなる可能性があります。固有名詞などはルビを併記する必要もあるでしょう。
また記者の理解で意訳される場合もあることから、発信者側の意図を伝えるためには意味も併記しておく必要があります。
この様に縦書き記事の日本においては横文字は使い難く、出来る限り避けた方が望ましいと言えます。またどうしても書きたい場合は、十分な配慮が必要です。
広報の中途採用は効果的か
広報活動を強化する場合、様々な対策が考えられますが、大別するとPR会社に業務を委託するアウトソーシング型と内部強化ということで広報スキルをもった人の採用という2パターンが挙げられます。
広報スキルをもった方の中途採用には、ご承知の通り下記のメリットがあります。
①即戦力として広報活動を強化できる
②メディアとのパイプが拡がる
③他社、他業種での広報手法、パターンが活用できる
④外注費(PR会社)を抑えられる など
しかし本当に求めている広報スキルを持っているのか、実務をどれだけこなしてきているのかなどを十分に見極めることが大前提であり、アピールの上手い?転職者をどう見極めるかは目を肥やしていく必要があると言えます。
一方で、中途採用によるデメリットやリスクも十分に認識しておく必要があります。
①思ったほどスキルが無かった
②戦力にはなったが数年で転職してしまう
③個人力はあるが組織力につなげられていない
④配置転換が難しい(生涯広報も難しく、数年するとプロの手抜きも始まる)
メリット、デメリットをどう感じるかはケースバイケースだろうとも言えますが、デメリットやリスクを最小限に抑えるべく、採用時に配慮することは重要だろうと思います。
また広報スキルを組織力にしていくため、また人材育成という観点からも社内から登用し育てていくという発想も重要だろうと思います。例え広報スキルが乏しくとも、自社について、事業についてこれまでの経験から”自身の言葉で話せる”ということも非常に重要です。
そして現場とのローテーションを図り、現場とのパイプを強化していく、現場に広報スキルをもったひとを配置することで広報への社内浸透を図っていくことも長期的な観点から重要と言えます。
広報の解る人を採用した!は、単なる一時しのぎ。中長期的な視点で検討してみては如何でしょうか?
”いじめ”という言葉
残念ながら”いじめ”の問題が最近テレビを賑わしています。
”いじめ”とは非常に柔らかな印象を受けますが、テレビなどでの報道を見る限り、死に追い込むなど悪質化していると言えます。最近では”自殺の練習”などをさせていたということであり、以前描いていたいじめのイメージは弱い者いじめでありましたが、殆ど犯罪というレベルに到達しているといえます。
また”いじめ”は何も小学校などの子どもだけが対象ではなく、高校や大学ばかりか、広く一般社会にも蔓延しているともいえるでしょう。という状況下、いじめで死に追いやったケースを放置しておくと特に直接手を加えずに、犯罪にならない様に人を殺せることになり得るのではないでしょうか。
しかし、”いじめは犯罪”という認識を敢えてさせない様にしているのか、本当に立件が難しいのか状況は解りませんが、傍から見るといじめ問題は放置されているようにしか見えません。
もっというと学校や教育委員会が自身の立場を守ろうと”隠ぺい”しているところだけクローズアップされている印象です。
最近のいじめは、侮辱罪、脅迫罪、暴行罪、傷害罪、殺人罪に十分値する行為と言え、また生徒のみならず学校や教育委員会なども隠ぺいやほう助という観点で同罪なのではないでしょうか。
いじめ撲滅に関して文科省や教育委員会などが積極的に動いているようには見えませんが、少年法の改定を含めて、”いじめ”という曖昧な表現ではなく、”犯罪である”ことを十分に認識させる言葉に変えていかなければいつまでたっても状況は変わらない気がします。
いじめは弱い者いじめではなく列記とした犯罪であり、手を加えた者、見逃した者、子どもや大人含めて”犯罪である”という認識を浸透させていく必要があるように痛感する今日この頃です。