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原発世論調査にみる安易調査のリスク

 政府が実施している討論型世論調査で、2030年の原発依存比率を0%とする国民が46%を占めるという結果が出された。加えて予備調査の段階よりも、調査を進めるにつれてその比率が上がったという。


政府が落とし所として捉えていた依存度15%の約3倍という結果であり、国民の半数近くが原発依存を完全否定したと言えます。


その他にも全国11都市で行われた意見聴取会では応募者の7割が、そしてメールや郵送による約9万件の意見公募では、分析終了分で約9割が0%を支持していたという。


大事なのはこれらの結果をどう反映させるかということ。もちろん世論調査で重要な政策を決めるとは思わないが、これら圧倒的な0%支持という結果を出してしまった以上は、それに何らかの形で応える必要があります。国民の意に反す結論を出すのであれば、十分な情報公開と説明責任を果たしていくことは必須だろうと言えます。


でなければ何のための世論調査なのか、そもそも国民の意見を聞くつもりがあったのかというロジックに陥り、結果政府に対する信頼や求心力は急速に低下すると言えるでしょう。

ましてや結果を誘導すべく電力関係者を潜入させて民意を誘導させようとしていたことが発覚しているためなおさらでしょう。


依存度を15%にしたいと企み世論調査を実施するのであれば、結果が出た後のシュミレーションも十分に行っておく必要があったと言えます。



企業でも社内報や中長期経営計画策定時などに社内アンケートなどを実施する場合があります。

社員の意識調査を行う、ベクトルを合わせていくという点では効果的な手法ではありますが、意図しない結果が出た後の対処まで十分に検討の上実施しないと昨今の政府の様な状態に陥ってしまうことを認識しておく必要があります。


”安易な意識調査は逆効果”になることを念頭に企画することが必要でしょう。

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広報のド素人であれ

広報は専門職であり、経験がモノ言う職種でもあります。


しかし経験やスキルが豊富だからといって良い事ばかりではありません。当然玄人の手抜きが始まったり、既成概念に囚われたりということが出てきます。


例えばリリース。


この手の切り口ならこのパターンかなと、特に新たな切り口を発掘することなく流れ作業的にリリースを書いてはいませんでしょうか?また単に自身が好きな言葉遣いや専門用語などを使ってしまうこともよくあることです。

一度リリースを書き上げた後は、やはりど素人的に、素になって読み返してみることをお勧めします。


またメディアリレーションでは経験を積む事に比例してメディアリストは増えていきます。付き合いは永いと認識しているのは当方だけで、記者が同様に思っていてくれるかは全く別のことです。

部署が変わっても送り続けている、書きようのない切り口のリリースまで送っている、かぶろうが何にしようが大量に送りまくっているというケースは散見されます。

メディアとの関係を構築していくには、都度配慮をしていく必要があります。自身が相手の記者ならという視点で見直すことが必要と思います。

付き合いの永いにもかかわらず最近掲載が無い記者などはチェックしては如何でしょうか?


”親しき仲にも礼儀あれ”。これはメディアリレーションでも同じです。初心忘るべからずでしょうか。


効率や効果を上げるという名のもとにぞんざいになっている作業はありませんか?


見直してみることで効果が変わってくるかも知れません。


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存在意義の再認識を!

最近、いじめ報道が散見され、当事者である学校のメディアを含めた外部への対応を見て、安易な表面的な自己防衛に走っていると言わざるを得ません。


原因究明や責任の所在の明確化、再発防止や生徒や父母に対する配慮などは二の次で、”自身は悪くない”ということを唯一で最大の訴求メッセージとしているように思えます。


このことから言えることは、極一般的な組織や企業でも同様ですが、”自身の所属する組織は存在価値(意義)がある”ことを大前提とされているということ。


例え業界トップの企業だからと言って存在価値があるかと問えばそれは必ずしも同一ではないと言えます。業界トップという位置づけは単に業界内での業績の結果であって、それと社会の中での位置づけや役割とは全く尺度が違います。


現に業界トップが潰れたとしても、瞬間的に業界内では騒然とするでしょうが、単に2位の企業がトップに躍り出るだけであり、業界外からすれば直ぐに忘れ去られる事象に過ぎないでしょう。


加えて言えば、少子化が続く中、学校数がこれまでと同数が必要かと言えばその必要性は全くないと言えるのではないかと思います。公立だから必要であるという考えも当然、成立しないと言えます。


自身の所属する組織は当然存在価値(意義)がある、と思っているのは当事者だけであり、周囲は必ずしもそう思っていないという現実を再認識する必要があると言えます。


自身の想いと周囲とのそれとのギャップを埋めていくことが広報活動であるとも言えます。


単に業績云々や業界トップなどという現時点での成績を訴求するのではなく、社会の中での役割などを明確にして情報受発信をしていく必要があるのではないでしょうか?


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