広報力向上ブログ -298ページ目

取材は受けるもの?

誰しも取材依頼がくれば嬉しい筈。しかも余り途切れることなく取材依頼が続くことがある。新商品、新サービスなどの発表で、社会ニーズや商品力、発表の手法やタイミングなどが合致し、多くのメディアから問合せや取材依頼が続くと言うケースだ。こうなると広報担当者は、取材対応の手配や当日の対応などと多忙を極める。しかし忙しいからと言って、そのまま取材を受け続けるのが果たして良いものなのか。


取材依頼は、当然のことながら記者が記事構成を考えるため、報道される確度が非常に高い。そのため取材依頼が多い時は、当然の事ながら報道実績が増える。しかし露出が多ければそれで良いという訳ではない。下記の2点を検証する必要がある。


①言いたいことが言えているか
当初発信者が意図した消費者や取引先に言いたかった内容、切り口などのキーメッセージが報道されているかどうかの検証である。もしされていなければ、未対応の取材時に取り入れていく必要がある。またこちらから切り口を提案して取材をとっていく必要がある。


②言いたい人に伝えられているか
これは媒体の適正さである。当初伝えたいと思っていた読者や視聴者に伝えられているかの検証である。新聞社や雑誌などが合致していても、紙面やコーナー、番組などが違えば当初の思いを達することはできない。こちらが伝えたい相手に伝えてくれる担当者が取り上げてくれているかを良く見ておく必要がある。


取材対応が続くと多忙の余り、こちらの意思を入れられなくなる状態となるのはよくあること。またこれまで付き合いのなかったメディアとのパイプができたり、メディアの考えるテーマや切り口なども勉強になるのも確かだ。しかし報道が多いことと、効果が出ていることは必ずしも正比例しない。常に言いたいことが言いたい人に伝えられているかを念頭に、できればこちらから取材は仕掛けていくことが望ましい。


広報70箇条 取材は取っていくものと認識せよ!



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社内報は生きていますか?

皆さんの会社で社内報は生かされているだろうか。専任担当者を置いて紙媒体として積極的に取り組まれている企業もあれば、イントラネットとの併用、或いはイントラネット化をして活用されているところも少なくはないだろう。


また最近創業された若い企業では、そもそも社内報という概念がない或いは、経費削減の折、社内報の存続を検討されているところもあるのではないだろうか。そこで社内報のそもそもの役割について考えてみたい。

社内報は言わずと知れた社内広報の最も重要なツールである。その目的は多岐にわたり、その一部を下記する。


・経営理念の浸透、経営トップの思想浸透
・一体感、帰属意識の醸成
・商品サービス情報の理解浸透
・業績や中期経営計画などへの理解浸透
・モチベーションの維持、向上
・他部門への理解浸透 など


書き出すときりがないが、経営の中でも非常に大きな役割を担っていることは間違いない。単に経費削減のために廃止すると言うのは以ての外であり、むしろ景気悪化などでモチベーションが下がっている際には強化しなければならないものではないだろうか。また業界再編などで原籍が複数ある企業が増えつつあると感ずるが、これら企業ではより重要度は増す。問題なのは、社内報は単に一担当者が苦労して制作するものではなく、経営の意思が反映されたものでなければならないことだ。


また何も社内報の効果は対従業員だけではない。従業員の家族も見る可能性がある、或いは見せることもできるのだ。業績悪化やリストラなどで不安に思う家族に対しても、企業メッセージを発信することもでき得る重要なツールである。再度、社内報の意義、活用方法について検討しては如何だろうか。


広報69箇条 不況時こそ社内報が大事と認識せよ



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呼んで言えないはあり得ない

広報案件の発表手法で、成功すれば効果が大きいもののひとつに記者会見が挙げられるだろう。しかしテレビなどで見る限りでは、上手く効果が出せているとは言えない、或いはやらない方が良かったと思える会見も目にする。ではどの様な会見がマイナス要素をだしているのか。


まず記者会見は何故、どの様な時に行うのか。大きく分けて2つの要素が挙げられる。まず出来る限り多くの人に伝える必要がある、伝えるに相応しい広報素材であることであろう。それにはそれ相応のニュース性が必要であり、事案的なニュース性のみならず、どこまで言えるのかということも含めて事前に検討する必要がある。


そしてもう一つの要素は、発信するだけでは理解が得られない場合である。リリースの一斉配布でも十分大きな報道効果を狙えるが、普段付き合いのない記者の場合、そのリリースだけでは十分な理解ができない。その様な記者に対し十分な説明ができること、また質疑応答ができるため、より深い理解が得られる。しかし逆説的に考えれば、十分な説明ができない、質問に答えられない場合は、記者会見を行うに相応しいとは言えないだろう。


参加する記者の立場からすると、呼ばれて来たのに言えないとはあり得ないということだ。余りひどいと、論調まで容易に変わってしまう。失言や、変顔ばかり報じられる、或いは今後の取材活動にも影響する場合がある。確かに営業政策上や相手がある場合に、言えないことがあることは理解できる。その場合は、言えない理由をはっきりと説明する必要があるだろうし、余り言えないことが多い場合は他の発表手法を検討した方が良い。


単に発信者として言いたいことだけを多くのメディアに取り上げて欲しいという安易な考えで記者会見を行うと痛い目にあう。記者会見を行うのであれば、それ相応の覚悟、準備が必要である。


広報68箇条 言えない状態でのニュース性を吟味せよ



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