効果ある?その選挙用ポスター
いよいよ参院選がスタート。掲示板にはさまざまなポスターが貼られている。ひと昔前なら、強面のいかにも”や○ざ”の様な人が必ず何名かいたと記憶するが、最近は爽やかな笑顔が主流である。テレビカメラが向けられるといつも文句ばかり言っている人でさえ、ポスターでは満面の笑みを浮かべている。
”顔”と”名前”にどれだけインパクトを持たせられるかが選挙用ポスターの醍醐味であろう。しかしその要件だけ満たしていれば効果的なポスターと言えるのだろうか。
タレント候補やぽっとでの想いで作り候補などは、顔写真と名前だけで、公約もなければ何のポリシーも解らない。有権者は、誰に入れれば何をしてくれるのか、自分の生活がどう変わるのかという視点で見ている筈であるが、何もメッセージがないのは如何なものだろうか。だが人にもよるのだろうが、名前や顔だけで一定数の票が獲得できるのは悲しい現実であろう。
またよくあるパターンとして、党代表と握手をしたり、単に写真を並べているものがある。「期待されている」、「政界に強いパイプがある」などということをアピールしたいのだろうが、私には「他力本願で中身がない」と映ってしまう。
単に目立てば良いというのはひと昔前の話。目立つということはインパクトがあるということ。しかしそのインパクトはプラスとは限らないということをもっと認識すべきではないだろうか。マニフェストという言葉がこれほど浸透している中、公約とはいかなくとも自身のポリシー位表現する必要があるのではないだろうか。
広告的発想ではなく、自分PRというものをもっと考えるべきではないだろうか。
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包括的な連立政権は禁止にできないのか
いよいよ参院選がスタート。昨日、選挙カーから必死に叫ぶ候補者を目にしたが、丸坊主となった杉村太蔵氏であった。自民を離党してたちあがれ日本の比例で出るようだ。
政治家も当選せねばただの人。そのため選挙に当選しようと必死になるのは当然のことであり、当選後も次の選挙のことを常に念頭にあることも理解できる。
しかし、そのために衆院から参院へ、また党の鞍替えしたりということがよくあるが、ポリシーは全くないのかとふと思うことがある。加えて選挙の為に連立を組んだり脱退したりと、政治家のみならず”党としてのポリシー”も見えてこない。
同じ党内でも意見をまとめられないのに、連立を組んで無理やり過半数を確保し、ロクな政策論争を行わずに強行採決するという現状の政治には疑問視をせざるを得ない。
そもそも連立政権のメリットは、政局が安定することと言われているが、ここ何年もの間、首相が毎年変わるは、永年続いた自民党政権が終わり漸く安定するのかと思えば、民主になっても8カ月という短命内閣というありさま。連立先であった社民も離脱と全く安定とは程遠い状況。
であれば、意味不明な連立政権などは止めてしまい、党としての強烈な縛りもやめ、政策ごとに十分な議論を行った上で、自由投票にした方がよほど国益の為であると思える。強行採決した後も、与党議員から不満がでるような政治に安心できるとは思えない。
正直一人の政治家が選挙で落選しようが、党が解散しようが国民には殆ど影響はない。というか関心もない。選挙のたびに”国民の声”と謳われるが、議員定数の削減同様、連立禁止も議論してもらいたいと思う今日この頃です。
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下手な政治よりスポーツ強化が効果的
サッカー日本代表が、強豪デンマークに勝利し決勝トーナメント進出を決めた。勝てても1点差と思っていたが、3-1という快勝には驚いた。今日は多くの人たちが寝不足なのではないだろうか。
しかし一時的とは言え、これだけ国民中を集中させ、熱狂させ感動や勇気を与えられるのは素晴らしいこと。このうちのひとつでも今の政治で与えられる事が出来るだろうかと思えてならない。
下手な政治を行うより、スポーツ強化を図った方が、よほど経済効果のみならず国民感情もプラスに寄与するのではないかと思えてならない。個人主義の象徴とも取れる政治家を報道するより、チームスポーツに力を入れた方がどんなに良いことだろうか。
衆参とも議員数を半減させ、その財源の一部をマイナースポーツを含めて継続的に強化費にあて、少なくとも若いうちだけでも何らかのスポーツに携われるようにした方がよほど健全なのではないだろうか。
その様な意を見込んでいるのか、元スポーツ選手の立候補が後を絶たないが、なぜかしら投票しようとも思えないのが残念なところ。選挙が近付けば、またテレビカメラが向けば議員定数減少を謳う人もいるが、実際に動くとも思えない。
今政治に必要なのは、見え透いた政策を打ち出すことではなく、単なる選挙対策でもなく、一議員を売り出すということでもなく、党としてもチームプレー、国としてのチームプレーではないだろうか。政治家にもスポーツ精神を学んでもらいたいものだ。