大学に広報が根付かない理由
大学に限ったことではないが、民間企業以外の組織(例えば事業仕分け対象者など)に広報活動は余り根付いていない。もちろん、ホームページや冊子などを活用しての情報発信や、広告などは盛んにやっていることは言うまでもない。
しかしこれらの「自身からの直接的な情報発信」では付加できないのが、やはり”信憑性”である。より理解を促し、信用や信頼を得るためには、”信憑性”はなくてはならないもの。理想は第三者であるメディアを通じた情報発信が望まれるが、生みの苦しみと言うか、まったく広報活動の土壌が無い中でいきなりメディア対応を行っていくことも厳しいこともあり、個人的には初期の段階からメディア対応を行うことは必須とは思わない。
広報活動で一番重要なのは、如何にメディアに取り上げられるかということではなく、第三者的な視点で評価検証するということではないだろうか。これさえ出来ていれば、ホームページのコンテンツや表現方法、冊子などの作り方や広告での打ち出し方も変わってくる。
大学などに広報という考え方が根付かない理由は、第三者的な視点で自身の評価や検証が出来ていないからだろう。自身の評価も出来ていないから広報活動にも理解がない。即ち、広報担当者への評価も出来ないから育てられないのではないだろうか。
男は黙って自分の生き方さえしていれば、追い掛けなくとも女性はついてくる的な感覚は、もう何十年も前の発想。歴史や伝統があるから”理解される筈”と思っていても、周囲の環境は日々変化しているため、間違いなく取り残されてしまう。背中だけでは誰も評価はしてくれない。
一度、”自身の組織”という発想ではなく、第三者的な視点で自身の組織を評価、検証してみては如何でしょうか?
クリックをお願いします!
やれば良いってもんではない
とあるスーパーマーケットの食材売り場での話。
その食材を使ったレシピを紹介することで購買につなげるという手法は、いまでは珍しくもない。お手軽簡単レシピなどが載っていれば、今晩のおかずに購入と言うように直接販売に結び付く。しかし。
何でも良いからレシピを知らせれば、即訴求につながるという訳ではない。
先日たまたま目にしたのは、「絶品、豚丼の作り方」というもの。
まずフライパンで豚バラをこんがりと焼く。ここがポイント。そして豚丼のたれをかけて、あつあつのご飯に乗せるだけ。
と書いてあるものの、周りに専用の豚丼のたれなどは、置いている訳ではない。ほんと、消費者をバカにしているのかという印象を受けた。なんのひねりもないばかりか、これではタレも作れない。
基本のタレなどは何も難しいものではない。加えて「夏はさっぱり青紫蘇をトッピング」と加えてやるとか、「冷製豚しゃぶうどんに梅肉を添えて」など書けば良いものの、手を抜く位なら無い方が良かったのではないか。
「やれば良い」と思ってやるのであれば、「やらない方が良い」場合もあるのではないでしょうか?
クリックをお願いします!
記者の方が企業価値を理解している
取材や記者会見後に、自身で想定していた以上の記事が出る場合がある。皆さんも経験はないでしょうか?これは記者の文章力が優れているだけではありません。記者の方が、広報担当者より会社の価値を知っているからと言えます。
記者は取材などで言われたことを鵜呑みにすることはなく、必ず第三者的視点で、大所高所、消費者の観点などから、その事象についての業界や一般社会への影響度を検証します。その検証力が勝っているから想定以上の報道がされる場合がある訳です。
そのため、”想った以上の記事が出た場合”は、自身が気付いていない価値があった、自身で検証しきれていなかった価値がその会社(商品)にあったということになります。この様な記事が出た場合は、喜ぶだけではなく、広報担当者として記者に負けたということになりますので、視点や切り口を習得することに努めましょう!
逆に、想像以上に反対の結果が出た場合、これには2つの理由が挙げられます。
①過剰に価値を評価していた(具体性、信憑性に欠けた)
②記者との関係が上手くいっていない
記者が悪いと言っても何も始りません。この場合であっても、再度記事を読み直し、どこが過剰評価で信憑性がなかったのか、説明の仕方がどう悪かったのか、また記者との関係の見直しを行い、次につなげる(同じ失敗はしない)ことが必要だと言えます。
「記事は最高の教科書」です。