民主党に必要なのは広報力
先の参院選で民主党は大敗。過半数を大きく割り、かつ衆院で2/3を確保していない事から俗に言う”ねじれ国会”となった。これで民主党の思い通りの法案が可決出来なくなる。そのため、連立など様々な策を検討中なのだろうが、その動きに何の価値があるのだろうか。
あたかも”ねじれ国会”がいけない状態の様に言うが、検証機関である参院が機能しただけの話であり、ねじれ国会が悪の様に言うならそもそも参院は不要と言えるだろう。そもそも過半数を取っていたこれまでも、野党と国会で政策議論している訳ではなかった。全くの単なる与党の戯言ではないか。
これから法案可決が容易にできなくなった民主党が進むべきは連立の模索ではなく、きっちりと野党と議論をしていくことであり、その姿勢を国民に見せていくことではないだろうか。野党を如何に味方につけるかではなく、国民を如何に味方にするかであろう。
これまで小沢さんはだんまり、鳩山さんは軽い、管さんは逃げるわ思いつきと、広報的な問題が山積していると言える。今後は”党としての姿勢”を見せていくためにも、きっちりと党としての結集力を高め、その内容や姿勢を代表者が発信していくことが必要ではないだろうか。
企業では、もちろん提案型というケースもあるが、殆どが顧客満足度を意識した開発やプロモーション活動を行う。政党が意識するのは、競合ではなく、まず国民であることを忘れてはならないのではないだろうか。
「うちの子供が一番」は理解されない
「うちの子はXXなのよ~」とか、「うちの子は将来絶対にXXになるわ」などは、小さなお子さんを持つ親がよく言う言葉。その発言にはなんの具体性もなく、また信憑性もない。つまり相手には理解される訳がない。
例え同じ環境の人間には伝わるはずであろうが、恐らく「自分の子の方が」との想いが大前提としてある筈であり、伝わっていないのだろう。要は、具体的には何も伝わらず、「親バカ」という情報だけしか伝わらないと言うわけだ。
これは非常に解り易い例であるが、似たようなケースが企業の広報活動にも言える場合が少なくない。
・うちの商品が一番であるとの想いが先立ち過ぎ、説明に具体性が欠ける
・うちの商品だから間違いない、と言っても”うち”の説明が乏しい
・全てにおいて自分自身の視点でしか見れていない(第三者評価が出来ていない)
商品やサービスは親から見た子供同様、企業にとって宝物であることは言うまでもない。しかし、それはどこでも同じとも言える。好きであればあるほど、大事であればあるほど、冷静に第三者的な視点で評価検証して伝えなければ、結果何も伝わらない事が多い。
もちろん、自社や自社商品が好きだという想いは非常に重要。しかしこれは記者には伝わるが、その先の読者に伝えるためには、やはり冷静な判断が必要ではないだろうか。
広報担当者には愛社精神なども必要だが、冷静なニュース性評価がより重要かと思います。
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「相手を認める」がコミュニケーションの基本
野党の仕事は、与党の批判?
確かに与党と野党ではメディアの取り上げられ方が格段に違うため、「党の打ち出し」と言う観点からも致し方ない事かも知れない。しかしある程度均等に露出の機会が与えられる”討論番組”であっても、各党とも、如何に与党を始めとする他党の批判を行い、自身の党の存在をアピールするかに終始している。
これらの発言を見ると、党の存在感アピールや価値向上とは逆に、なんとも「稚拙な子供の喧嘩」、結局本当にやりたいのは「国民の利益ではなく党の発展」という印象しか受けないのは私だけではないだろう。
確かに”相手への批判”は、自身を浮き出させるための常套手段であろう。しかしこれだけ混乱低迷している政治の世界では、正直どの党がどうなろうと、どの議員が落ちようが興味関心はない。むしろ国民が望んでいるのは、政治や景気の安定であり、単なる批判屋では逆に評価を落としていることに気付かないのだろうか。
「自身がどうしたいか」は、自身にとっては最も重要なのだろう、「何が求められているのか」を把握しなければ、逆効果な場合が少なくない。
「コミュニケーション能力の課題」は、政治家や政党を見ていれば幾らでも抽出できるのが悲しい現実。
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