リリースは記事ではない
最近どういう訳か記事調のプレスリリースが散見されるようになりました。
リリース配信サービスなどの台頭により、ネットで掲載(転載)されるケースが増えたために、どうせ見せるならと書いた結果なのかどうかは解りませんが、リリースではなく全くの記事のようなリリースが増えている様に思います。
どうせ紙媒体などには載らないんだからと割り切っているのかどうか解りませんが、ネットで転載されて読んだ際、それがメディア発信ではなくリリースと解った時点で一気に信憑性が無くなるのと同時に、私だけかもしれませんが不信感を抱きます。
メディア側からしても決して良い印象は受けないのではないでしょうか?
記者は多くのリリースから、社会に発信する価値があるか否か、業界にとって自身の読者にとって有益か、などを検討して記事を書きます。その際、そのリリースが記者の琴線に触れるか否かが重要であり、その際売り込み色の強いものは敬遠されることは言うまでもありませんが、既に記事体で書かれている文章を読んで記事化への意欲が増すことは少ないだろうと思います。
例えばリリースなどから多くのメディアに取り上げられるケースを見てみると、リリースのタイトルは1つなのに対し、見事にバラバラの見出しがつきます。リリースから記事化されるいわゆるストレート記事の場合、記者の想いを入れられるのはある意味”見出しだけ”であり、そこに原文の状態で下手に着色されたものであると敢えてそこから自分で記事を書きたいとは思わないのではないでしょうか?
メディアというフィルターを通じて発信したいのであれば、第三者であるメディアの評価を受けたいのであれば、自身で”評価されている”などという第三者的な立場で書かずに、評価を受ける当事者として真摯に書くことをお勧めします。
学内のアンテナ点検を!
大学広報の課題は何かと聞かれれば、私は情報発信力などではなく、学内の情報収集力不足を真っ先に挙げます。
広報部が学内への情報ネットワークを構築できておらず、その結果各現場からの広報部に対する認識が低いということが言えるかと思います。
企業のお客様の広報素材の中に、産学連携絡みの案件があっても、多くのケースで大学側の広報部を通っていないと感じています。
出来る限り両者の広報部と連携した発表をしたいと思い、担当教授にひとこと貴学の広報部を通して欲しいとお願いしても、”うちの広報部はダメだから通さなくてよい”という回答を頂いたことが幾度となくありました。
どんな社会的に意義のある取り組みであっても、広報部が認識していなければ大学の価値として認識されることはないでしょうし、他にも意義のある取り組みなどは間違いなく学内にゴロゴロと落ちしているにも拘らず、それを拾っていない、拾えてない事は大きな損害であると言えます。
如何に他校との差別化を図るか、大学価値を上げるかなどを色々と検討されていると思いますが、お金を掛けて話題性のあるニュースを作ることよりも、まず埋没しているニュース素材、価値ある取り組みなどを発掘して発信していく、システム的に情報が集まる体制を構築していくことが最優先事項ではないかと思います。
たばこ700円発言は伝わったか
小宮山洋子厚生労働大臣が、たばこ税の増税発言をし物議を醸しています。
「たばこは700円にしても税収は減らないからすべき」と大臣の記者会見の席上で発言したあと、直ぐに他の官僚から反発された様です。税制は当然財務省所管であり、そろそろ2年後の選挙を視野に入れていかなければならないのに、勝手に発言するなというこのなのでしょうか。
確か野田総理もかつて、たばこ税や酒税だけの増税は”オヤジ狩りみたいなもの”と発言していたと記憶しています。つまり閣内統制は何も取れていないということ。
小宮山大臣は、あくまでも税制に対して発言したのではなく、健康面を考えた発言であり、厚生労働省を代表した発言と言ったようです。
では本当に健康を考えての発言なのか。
もし健康面を考えるなら、指定喫煙所以外での喫煙の罰則を強化するとか、海外の様に真っ黒の肺の写真をパーッケージに印刷することを義務化するなど手法は増税だけではない筈。
それを安易に「たばこは700円で良い」と安易に発言したのは、単に”私は嫌煙家です”ということが伝わったに過ぎません。本当に健康増進や増税をしたいのならもっと策や根回しなど頭を使わないと、単なるパフォーマンスで終わってしまいます。
取り敢えず思いつきの花火をドンドン上げていくのが好きな民主党ですが、この様に大臣記者会見の場を、安易な自身のパフォーマンスの舞台と考えていると策が実行される云々以前に、信用を失うだけではないでしょうか?
税収アップだけではなく、安易な政治家の削減(議員定数削減)も選挙時だけではなく同時に考えて頂きたいものです。