【2025年NO306|日本教育100年の歴史シリーズ第21回】
おはようございます。けんいちです。
本日のテーマは「教育における『志』は、なぜ必要なのか」です。
前回は、これからの教育が「答えを教える」から「問いを引き出す」ものへと変化していくことを見てきました。
そして、どのように問いを育てるのかという方法についても整理してきました。
しかし、ここで一つ大切な問いが残ります。
それは、「そもそも、何のために学ぶのか」という問いです。
どれだけ優れた方法があっても、その根本にある目的が曖昧であれば、学びは続きません。
現代の教育現場では、この「目的の不在」が一つの課題となっています。
なぜ勉強するのか。
なぜ努力するのか。
それが分からないまま、ただ何となく学んでいるという方がほとんどではないでしょうか。
では、この問題をどう考えればよいのでしょうか。
ここで重要になるのが「志」という考え方です。
志とは、単なる目標ではありません。
何のために学ぶのか。
どのように生きるのか。
誰のために価値を生みたいのか。
そうした、生き方の軸となるものです。
日本の教育を振り返ると、この「目的」は時代ごとに変化してきました。
戦前は、国家を支える人材を育てることが中心でした。
戦後は、民主主義を支える市民を育てることへと変わりました。
高度経済成長期には、経済発展を担う人材の育成が求められました。
このように、教育は常に社会の目的と結びついてきました。
しかし現代はどうでしょうか。
社会が多様化し、価値観も一つではなくなった今、「これが正解」という生き方は存在しません。
だからこそ、その中心に求められるものは、外から与えられる目的ではなく、自分自身で見出す「志」です。
ここに、教育の本質的な転換があります。
知識を学ぶだけではなく、考える力を育てるだけでもなく、その先にある「志」を持つこと。
この三つがそろったとき、学びは初めて「生き方」と結びつきます。
志がある人は、困難に直面しても学び続けます。
なぜなら、その学びが自分の人生とつながっているからです。
一方で、志が曖昧なままでは、学びは「やらされるもの」になりやすくなります。
だからこそ、これからの教育においては、「何を教えるか」だけでなく、「なぜ学ぶのか」を問い続けることが重要になります。
最後に、本日の問いです。
あなたは、何のために学んでいますか。
その学びは、誰のためにつながっていますか。
一度立ち止まり、自分自身の志について考えてみてください。
次回は、この「志」をどのように育てていくのか、具体的な方法について見ていきます。