私は家族と生きる。~毒親育ちが母になった~ -66ページ目

「普通」への羨望

普通に笑い合いたかった。


普通に話を聞いてほしかった。


普通に相談したりしたかった。


普通に何かを教わったりしたかった。




たまに帰省とかしたら


普通に近況報告をし合ったりして


孫の成長を喜んでもらって


「お前が小さい頃はな」とか

自分の昔話を聞かされたりして


そんな「普通」にずっと憧れてた。




私にとっての「普通」は「理想」で


これから先も


絶対に私には訪れない未来。




【双子日記】①病院探し~緊急帝王切開

先日双子が産まれた病院のそばを通り

妊娠中の事を思い出した。


多胎妊娠はそれだけでハイリスクなので

NICUのある大学病院でしか

受け入れてもらえず

遠いうえに検診の回数も人より多い。



お腹は早々に巨大化して


6ヶ月で「臨月ですか?」と聞かれ

7ヶ月でほぼ寝たきり魂が抜ける


多胎児はほぼ早産で産まれてくるので

1日でも長くお腹に留めておくために

適度な運動とかしなくていいから

とにかく寝ているように言われたふとん1ふとん2ふとん3


最後の1ヶ月は管理入院で24時間点滴生活の末

なんとか36週まで持ちこたえて

緊急帝王切開で双子が誕生おやすみおやすみ


手術室は超広くて

執刀医の先生ふたり

麻酔の先生ふたり

小児科の先生ふたり

看護師さんが4人もいたびっくり



最初に「①番ちゃん(長男)」が

元気に声をあげながら連れてこられたが

私はこわくて触り方がわからなくて

指の甲で長男の鼻をちょんちょんするしかできなかった。。。泣き笑い


「②番ちゃん(娘)」は

一度弱々しく泣いた後何も聞こえなくなった。

長男のように触らせてはもらえず

すぐに小児科の先生のところに連れて行かれ

多分呼吸を確保されていたのだと思う。


「自発呼吸ができる週数まではなんとしてもお腹の中で」が双子妊婦の合言葉だったのだが

娘のほうが少し小さく産まれたので

呼吸機能がまだ未熟だったのかもしれない。



その日の夜、なんちゃらICUなる部屋で

夜通し大量の鉄剤を点滴されている最中に

緊急地震速報がなり

かなり大きな地震がきた。


(当時)4年前の東日本大震災を思い出し

今あの規模で被災したら

私も双子も動けずに

どうやって助かればいいのだろうと考えた。


自分に付随する命の存在を意識し始めた日。





↓続きます。



傲慢な育児の結果

なぜ上履きは白なんですか

グレーとか茶色とかにしてくれれば


毎週つけおきしたりゴシゴシしたりしなくて済むんじゃないですかちょっと不満


と、洗ってる間じゅうずっと思ってる。


だんだん子供たちの足が大きくなってきて

3足洗うのがなかなか面倒オエー


上履きスニーカー洗いが

家事の中でいちばん嫌いな作業かも。

言葉のチョイスと見た目のギャップ